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人生が輝くたったひとつの方法  作者: 無銘、影虎
プロローグ はじまりはいつも雨
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007 打ち合わせ

「あらためまして、第2編集部の長谷川薫はせがわかおるです」

 ビジネスマンの儀式、名刺交換。

 とはいえ、彼女はもっていないので、渡すだけで交換はない。


「よろしくおねがいします」

 と、先生。


 こんなに若い(推定)だとは思わなかった。そもそも若い人が名言的な自己啓発本を出すイメージがなかったからだ。ああいうのは、培ってきた人生経験で書くものだと思っていたから。


「意外でした」

 雨宮先生は言った。


「はい……すみません、なにがでしょう?」

 ちょうどこちらも意外に思っていたので、逆に意外といわれて驚いてしまった。


「すみません、女性だと思っていました」


 ああ、そういうことか。たしかによく間違えられる。どっちともとれる名前だし、これって人によって勝手に決めつけてくるよな。自分の場合は、メールだけでやりとりしている年上の男性でも女性でも、電話すると「男性なんですね」という反応が高確率である。

 古代ローマのカエサルが「人は自分の都合のいいように考える」といった趣旨の名言を残しているが、女性である方が都合がいいということか。その都合ってなんだろう?


 男嫌いっていう話あったな。もうアウトかな?


 とはいえ、自分も人のことはいえないので、ここはお互い様ということでふわっとさせておこう。


「いえいえ、申し訳ありません。じつは自分も最初は勝手に男性と思い込んでいました。自分と同じ名前だったので」


「なるほど。そういうバイアスはありそうですね」


 注文を済ませたら、あらためて挨拶をして、とりあえずどうでもいい話をする。自分はこの仕事ではない話でいったん人柄を探ってから仕事の話をするようにしている。先輩か誰かから聞いたやり方で、自分に合っているのでそうしている。多忙な著者の場合は別だが。


 どうでもいい話というのは天気やらのことだが、今回は、偶然の出会いがあったので、それでいい。


「こんなことってあるんですかね!」

 少し興奮気味に言う。

「そういうこともありますよね」

 かなりあっさりと返される。


 だめだった。盛り上がらない。ノリのいい人なら「運命ですかね、うふふ」という冗談を、そうでなくても「偶然にしてもすごいですねー」ぐらいは言うだろう。


 それに「どうして私だとわかりました?」とか聞いてもくれない。

 難敵かな。


 先生が著書のなかで、

 〈どんな言葉でも拾ってあげることができます。その一言で関係性はよい方向につながっていきます〉

 と書いてましたが……と言いたくなった。


 すごく、しゃべらない。俺は沈黙が大の苦手だし、自分が呼び出したのだから自分が率先して話すべきだ、と思ってしまう。嫌なプレッシャーがかかる。


「あの、企画書見ていただけましたでしょうか……」

 もう仕事の話をしてしまった。珈琲もまだきていないのに。


「あ、はい」


 冷たいわけではない、こちらの話に興味がないわけではない、見るからに緊張されているみたいだ。

 ある意味ひと安心だ。こちらも企画の評価で緊張していた。少なくとも、厳しいことをいきなり言われることはなさそうだ、と思いたい。


 その時、ちょうど珈琲がきたので、仕切り直しになった。


「担当、女性のほうがよかったですかね?」


「いえ、そんなことはありません。勘違いしたのは申し訳ありませんが、そのようなわがままは言いません」

 今度はずいぶんしゃきっとしゃべる。


「わがままなんて。でも、もし希望があったらどっちです?」


「だから……、どちらでもでもいいといっています」

 少し口調が強くなる。


 あちゃーやっちまった。さすがに失礼だったか。素直にあやまろう。


「すみません。失礼いたしました」


「企画ですが、なぜこれを私に?」


 いま?


「えーっとですね」

 説明しようとしたが、さえぎられた。


「いま、女性向けの生き方エッセイ、恋愛を含めたアドバイス、そういうものが一定の市場があるのは知っています。でも私の前作は女性向けには書いていません。私が女性だからいけるだろうと思って安易に立てた企画だと思いました」


 ご名答。

「安易に立てた」という一言がなければ、「そうなんですよ、どうでしょうか?」と返してつなげるんだが。明らかにお気に召していない。


「はい。安易といいますか、私も市場研究が甘いのは承知です。でも、前作もやわらかい文章で女性読者が多かったのは事実です。それもヒットした要因のひとつと考えています。そのへんも含めてご相談できればと思いまして」

 お、割とそれらしいことを返せて自分でもビックリ。


「でも、企画書にある、〈愛され体質になる〉とか、〈恋愛のかけひき〉だとかが多いです。そのへんはいっさい書いたことがありません」


 知ってる。

「でも先生の洞察力をもってすれば、これまでとは違う視点が提供できると思うんですよ」


「洞察力というのは見えている情報を分析、考察し、本質にまで辿り着く力のことです」


「はい」


「これらは経験の多寡ではないと思っています。そして私は洞察力9割なのです」


 うん? どういうことだ。9割というのはそれだけ大部分を占めるファクターという意味ではないということだろうか。ということは……。

「えっと、もしかして経験もしていないことを語っているということですか?」


「していないとは言ってません! どうしてそうなりますか!」

 明らかに強い口調になった。言い終わったあとに顔を赤らめている。


 今度は確実に口をすべらせたようだ。

 それにしたって、そんな人が人間関係を語っていいのか。詐欺じゃないのか。


 どちらも次の句が告げなくて、空気が張り詰めてしまう。


 メガネを2回ほど、くいっとする。なんか直らない気がする。


 どうしよう。これまで経験のないくらい第一印象が最悪です。

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