006 待ち合わせ
木曜日、午後3時。
コーヒーショップで待ち合わせ。お店で待ち合わせのときは、会計が後払いの店のほうがいい、以前一度、スタバを指定されたことがあるが、著者が先にきてしまったことがある。
注文して支払ってから席につくから、別会計になってしまう。
お金だけあとで渡すのはみっともないし、だいたい領収書がないから手続きできない(以前はレシートでできた)。
打ち合わせの費用は出版社が出すものだ。
絶対に出させるわけにはいかない。自分の金ではないのでつくづくそう思う。
吉祥寺駅に着いた。早すぎた。30分以上も前だ。
じつは西荻窪に住んでいたので、会社からいったん自宅に戻って、ぶらぶらと歩いてきた。余裕をもってでたとはいえ、久しぶりだったので読み誤った。
(井の頭公園でも見てからまた戻るか)
北口のコーヒーショップが待ち合わせ場所だが、そのまま南の公園口に向かった。
5月は晴天が続いていたが、いまは空気が湿っている。少し雲行きが怪しい。
予報では30パーセントの雨だったから、傘は持ってきている。
雨は好きじゃない。だから徹底的に備えている。
平日の井の頭公園は人が少なくていい。休日になんてきたくもない。
とくに何をするわけでもなく、あたりを眺めながら散歩をする。
スワンボートは一台しか出ていない。
天気が悪いからだろう。
案の定、ポツリときだした。
ちょうどいい頃だ。打ち合わせ場所に向かおう。
そう思った途端、雨はいきなりはげしくなった。
あわてて傘を広げ、駅の方向に向かう。
歩いているうちにすぐ雨は小降りになってきた。
視線の先にはさっきの強い雨に濡れたであろう、女性が木の下で雨宿りしている。
とはいっても、あまり凌げてはいない。ハンカチで服や顔をふいている。
傘を忘れたのだろう。
歩みを進めるほど彼女に近づく。
ワインレッドのジャケットに、長めのスカート。雨に濡れた長い髪。
こんな時間だし、大学生かな。
しきりにスマホを見ては、ハンカチで首や腕を拭いている。
このままいても、またちょっとずつ濡れてしまうだろう。
それになにか、とても焦っているようだ。
「駅までなら入っていきます?」
声をかけてみた。
女性はこちらに気づいた。
「い、い、いえっ、いいです!」
速攻拒否られた。少しくらい考えるとか、やんわり断るとか。いろいろ想定できたが、予想外のリアクションだった。
視線が合う。
そのとき、雨が似合うな、と思った。
自分の語彙力ではなんともならない、幻想的な「絵画」がそこにあったような。見惚れてしまったとしても、自分のせいじゃないって言える。そんな姿。ずっと見ていたいと思ってしまった。もちろん、気まずいので見ていないふりをしてしまう。結果、視線の定まらない変なやつになってしまったので、仕方なく諦める。
「それじゃ」
いちおう、微笑んで会釈する。
だが、その横を通り過ぎようとしたとき、
「すみません! やっぱり駅までお願いしてもいいですか?」
前言撤回が早い!
しかも、あの神々しい光を纏っていたかのような幻想的な雰囲気は消え、ただの困っている人。いや、むしろ、その表情からは絡んでくる人の勢いだ。
これは、ちょっとやばい人に声を掛けてしまったかなと思いつつ、数分の付き合いだと思い直した。
「ああ、はい」
そう言って半分入れるようにスペースをつくった。
お気に入りの傘だ。ふつうのよりサイズが大きいし、骨が3倍の24本あって強風にも強い。ネットで買った。
彼女を入れたらさすがに自分のカバンははみ出すが、書類はクリアファイルに入れたうえで、100均の書類ケースに入れてるので濡れることはない。
だいたい、ペーパーは人に渡すか見せる用で、自分はタブレットですべて済ませている。
ちょっと、驚いたのが、意外と彼女の歩みが早いことだ。
さっきよりも、彼女の顔をチラチラ見ても大丈夫だろう、そう考えていたら、ズンズン進んでいく。
傘をもって並走しているので合わせないといけないが、思いのほか歩調が合わない。
「あの、急いでます?」
「あ、すいません。約束があって」
「そうですか」
先に言ってくれたら合わせるのに。15時の15分前、まあ、自分も少し急いだほうがいい。
「何時の約束ですか?」
「15時です。北口の鍋島珈琲」
同じだ。なら、駅までだとまたサンロードのアーケードまでに入るまでに濡れてしまう。そこまで入れていくか。
いや?
ふと、思い立つ。
たとえば、友人、恋人、誰かと待ち合わせしていたとしよう。この急な雨に遭遇して、遅れそうだとして、こんなに焦ることがあるだろうか?
とりあえず一報入れればいいだけだ。
そういう間柄じゃないということか?
うーん……。
「違ってたらすみません。雨宮先生ですか?」
俺は言ってみた。
「――はい」