005 作家へのアプローチ2
〈雨宮薫さま
いつもお世話になります。
○○社編集部の長谷川薫と申します。
このたび、大隈より業務を引き継ぎまして……〉
まずは事実。それから、
〈先生の御著書を拝読させていただき、私のような新人とも中堅とも言えない迷いのある世代にも刺さる言葉の数々、背中を押してくれるような、心をほぐしてくれるような気持ちで大切に読ませていただいて……〉
感想。そして、
〈この機会にぜひ見ていただきたい企画があり、不躾ながらいくつか添付させていただいております〉
使命。最後に、
〈よろしければ、一度、お会いしてお話しさせていただければと思っています。企画の件でもいいですし、最近のご興味などうかがえたら……〉
口実。
でも、いきなりハードル高いかな。企画は後回しにするか、会うのは次回にまわすか。いっぺんじゃないほうがいいのか。
わからん。
どれかひとつに反応があれば、ヒントくらいになるかもしれないから、この際ぜんぶだ。初回でぶっちぎられたら2回目の口実が難しくなるし、メールの往復だけで時間がとられる、いったんぜんぶでいこう。大作家でもないから、あまり気負いすぎないことだ。
送信。
たぶん即レスはないから数日返信がなかったら、「届いてませんかメール」を出そう。
しかし、翌日、出社してみると返信があった。きのうの深夜だ。退社後でも社メールは見られるが、あえてチェックはしていない。
〈長谷川薫さま お世話になります。どうぞよろしくお願いします。私の都合で恐縮ですが、お会いする日は……〉
拍子抜けした。大隈くん、気難しくもなんともないじゃないか。
そして用件が簡潔だ。企画のフィードバックはなにもない。
いくつか日時の候補をもらったが、都合の悪い日がない。どれでもいいですよというべきか。いや、指定した方がいいだろう。メールのやりとりが増えてしまうし、むこうに決めさせるのも悪いし。
後日、吉祥寺で会うことになった。
それにしても気が重い。話が弾む予感もしない。
(もし、話がまとまったら……誰か引き継いでくれないかな。著者が女性編集者がいいと言ってます、とかいう流れになって……)
ついつい、ため息が出てしまう。
適材適所で俺が指名されたというわけじゃないはずだし、こんなんでいいのかな。
ひらたく言うと自信がない。
自己啓発本で心動かされたことないし。ほとんど読んだことないけど。
『人間関係は洞察力が9割』をパラパラとめくる。
〈いまはまだできないと思ったときがチャンスです。
十分にできると思った頃には、そのチャンスは訪れないでしょう〉
――第3章 成長とは
「えー……」
本を閉じて、背もたれに寄りかかった。