004 作家へのアプローチ
さすがにちょっと反省した。
きっちりリサーチしよう。これは仕事だ。本は一通り読み終えた。印象としては、月並みな気がしたが、妙に説得力があるというか、成功者が書くような「何何すべし」のような押し付けがましくなく、ちょっとしたエピソードにそっと添えるように右ページの箴言に立体感を与えていた。
ただ、自分には刺さらなかった。
SNSはその元になった名言を載せたツイッターしかやっていない。著者インタビューの記事もなく、情報がほとんどない。だいたいプロフィールも出身地と好きなことくらいしか書いていない。性別がわからなくても当然だ。
これでよく売れたな。
いまは著者自らが広告塔になって発信するのが当たり前、SNSのフォロワーの数などの影響力や信頼度、活動力は企画プレゼンでも添えなきゃいけないのに。
年齢も二十代というだけで、はっきりとした年齢もわからない。
そして、ふと思ったのは、自分の勘違いだけでなく、若い女性が書いた本には思えないことだった。
そもそも自己啓発本を出す著者は成功者であるか、専門家である場合が多い。専門家というのは精神科医、心理カウンセラー、作業療法士、あるいは僧侶。パブリックイメージ的に「心の専門家」と思われる人たちだ。
まったくなんの肩書きもなく、よくこんな企画通ったな。この頃は編集長が楠木さんじゃなかったけれど、だれであろうと難しいだろう。営業部も反対するはずだ。なにか秘訣があったのなら、ぜひ知りたいところだ。
ある日、会社から近い大型書店に行った。
自己啓発本は「ビジネススキル」、「生き方」と同じフロアにあった。
あまり来ないコーナーだ。やっぱりこのへんは、成功者やら定番の精神科医の著作が多い。『人間関係は洞察力が9割』は見つけたが、棚に1冊ささっているだけだった。
棚の手前にカバーを見せて置かれる場所は「平台」といわれて、ほとんどが新刊だ。半分はベストセラー、ロングセラー。『人間関係は洞察力が9割』も売れてはいるが、そこまでじゃない。売れたら営業がチェックして店員さんに補充をお願いする。一日に何冊も売れるようじゃないと、印象には残らない。
だから営業部はこの平台をとりたい、ということなのだ。
しかし、平台のメンツを見ても、知られた著者が多い。それはきっちり2冊目、3冊目が出て、きちんと仕上がっているからだろう。雨宮薫は他社からも出していない。うちからの1冊のみだ。
1冊目は新しさがあって話題になればそれが武器になる。2冊目、3冊目と続くと似たよう内容になっていくのは仕方がない。主張がころころ変わることなんてないし、テーマや切り口をずらしていく手法になりがちだ。だから、売れっ子著者同士で企画テーマがかぶっていることもよくある。一度ついた読者からすれば、知っている安心感、この人の視点で読みたいと思って手に取るから、ある意味競合はしていない。
と、いうくらいの知識で考えているのだが、そこに雨宮薫の「勝ち目」をどうつくればいいのか。
とぼとぼと見ているような、見ていないような感じでフロアをぐるぐるまわっていると、「女性ライトエッセイ」というコーナーがあった。前に一度見た時に、よくわからないコーナーだと思ってスルーした覚えがある。
書店によって棚の名称はまちまちだから、一般的かどうかはなんともいえない。なんだたっら、ナショナルチェーンであっても、棚の区分が違っていて、同じ本が違うコーナーで売られていたりする。
ざっとタイトルを見たところ、自己啓発本なのか、エッセイなのか、恋愛指南術なのか、わかりづらい。しかもその隣には「女性エッセイ」があって、知名度のあるエッセイストの本が並んでいる。線引きがよくわからないが、「女性ライトエッセイ」のほうは、肩書き、著者の男性女性関係なく、女性が関心のある話題で、かつ自分磨きに近い内容のものが集まっているような気がした。
比較的、「運気をあげる」「愛される」「キレイになる」といったテーマが、元アナウンサーだったり、CAだったり、それこそ心理学者だったり、占い師だったり、さまざまな人が実用〜スピリチュアルという幅広いレンジで取り扱っているようだ。
雨宮先生、女性であるのは隠しているのかな? 素直にいったら、こっちのほうが戦えそうだけど。
複数企画を提案するのなら、ひとつはこの方向性だろう。
とはいえ、これで諸々了解とれても、それはそれできついかな……。
会社に戻ってから、楠木さんに声をかける。
「雨宮先生なんですけど……」
「ああ、どう?」
「大隈くんが以前何度か企画の相談メールしているんですけど、スルーされてるみたいなんですよね」
「ああ、そうだったわね」
「どうすればいいですかね?」
「あなたは連絡してみたの?」
「いえ、まだです」
「一度してみてからにしたら?」
「でも、同じことになるんじゃ」
「同じことして同じになるなら同じことでしょうけど」
早口言葉のようで、すぐにどういう意味かはわからなかった。
「人も違うし、タイミングも違うし、同じじゃないアプローチをすれば、同じ結果が目に見えてるなんてことはないでしょ?」
「まあ、そうです。楠木さんならどうします?」
「人はそれぞれ違うから正解なんてないよ。一般論だけど、連絡手段も好き嫌いがあって、電話じゃないと放置する人、メールじゃないと怒る人、初めてであれば手紙が効果的な人もいるし、会って話さないと伝わらない人もいる。つきあいがあれば多少わかるけど、雨宮先生のことは知らないわ。知らないなら失敗してもいいから、どれでもやってみたら? 断った理由もスルーしている理由もいまのところわかんないんだから」
もっともすぎるご意見だが、人に言ってもらうと助かる。これでイラついたりしないできちんと相手をしてくれるから楠木さんは編集長なんだろう。
まずはしらばっくれてメールでもしてみるか。