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人生が輝くたったひとつの方法  作者: 無銘影虎
1 君が愛を語れ
36/36

036 ラブコメ的に

「うーん。いや……うーん」

 大隈おおすみ君は腕を組んで難しい顔をしている。

 ときとぎオレンジジュースのストローに口をつける。

 俺も抹茶アイスを口に運んではとくに言うこともない。


 大隈くんに先日のことやら、最近の俺をとりまく環境について相談したいとお願いしていた。

 俺たちはまあまあ職場でも話すほうだったが、こんなにプライベートのことを話すようになったのは最近だ。

 雨宮先生に「恋愛系の自己啓発本」の企画を打診して、どういうわけか先生が小説や漫画などのいわゆる「ラブコメ」ものを研究し始めたあたりだ。

 まったく素養のない俺が先生の話についていけるようにレクチャーしてくれている。大隈くんはそれなりの知見をもっている「研究者(本人談)」なのだそうだ。能力バトルのアクションもの、日常系、趣味サブカルもの、歴史コミックまでなんでも読んでいるという。もちろん、ラブコメもだ。短い人生ではとても間に合わないボリュームの経験ができるのがフィクションの素晴らしいことだと常に言っている。


 だから、先生が「未経験で人生を語ること」は否定しない。


 はじめに雨宮先生のことを話した時、ずはり言っている。

 ぶっちゃけ、今でも雨宮先生の担当は大隈くんであるべきだと思う。相性は俺なんかよりずっといい。

 俺は真逆だ。

 自分が経験していないことを人にとやかく言いたくないし、言われたくない。

 そんなものは想像、予想? いや妄想じゃないか。


 俺もそれなりに内向きなほうだと思う。だが、社会に出たらきっちり仮面がかぶれるし、それを苦痛に感じることもない。適度に距離をとるのは得意といってもいい。それで気が合えば近づけばいい。いままでそうやってきた。みんなそんなもんだろう?


 先生には恋愛経験がない。

 それどころか人間関係というものがほとんどない。

 理由は知らないが、極度の人見知り、人間関係に対して怯えている。


 そんな人の気持ちが俺に分かろうはずもない。


「まあ、僕も恋愛経験がありませんが……」

 大隈くんがやっと言う。


 あ、そうなんだ。


「もちろん、バキバキ童貞です」


 聞いてないですけど、そうなんだ。

 なんでそんんなに堂々と言えるの?

 カッコいいんですけど。


「ですが、人を好きになるのはしょっちゅうです」


 あ、そうなんだ。


「しかし、先生のそのセリフは、長谷川さんが好きだけど自覚がない、という現実には存在しないラブコメヒロインのそれとしか思えませんね……」

「それはそれは……」

「重症かもしれませんね」

「重症?」

「だって、その前に、その長谷川さんの幼馴染でしたっけ?」

「ああ、春日?」

「その春日さんを長谷川さんの運命の人とか言ってるんですよね」

「そうなんだよ。意味不明でさ」

「ふつうなら、長谷川さんに気持ちがあるのを自覚していて、それか叶いそうもないので、そういう話に落ち着かせたとも考えられます。〈確証バイアス〉〈セルフハンディキャップ〉〈認知的不協和〉とかなんとか心理学で言いますけど、ようするに自分が傷つかないための言い訳、自己暗示ですかね」

「戦ってもいないのに?」

「そういうもんですよ。自信がない人にとっては」

「わからなくないけど、いや、やっぱりわからない。だいたい、先生とそんな感じになるきっかけがまったくない」

「長谷川さんになくてもいいんですよ。片思いっていうのもあるでしょう」

「先生が俺を好きなの決定なの?」

「だいたいの読者はそう思いますよ」

「誰だよ、読者って」

「ラブコメ読者の視点から教えて欲しいといったの、長谷川さんでしょうが」

「そうでした」

「先生は長谷川さんに好意をもっている、だけど自覚が足りない。で、長谷川さんのまわりには女の影がいっぱいある。とても自分が入り込む隙間なんてない。こっちはしっかりと認知してるのだと思います。ハーレム系ラブコメの主人公です。少年漫画によくあるやつですね」

「いや、大隈くんに薦められて俺も読んだけど、ありゃ漫画だし。ありえないのくらいわかるでしょ」

「先生には経験がないんです!! ありえる話なんですよ!!」

「いや、いくらなんでも、子どもじゃないんだし」

「カラダは大人、頭脳は子ども、なんです」

「いくらなんでもバカにしすぎでは」

「言い出したのは長谷川さんですよ。だいたい、そんなラブコメあるかよって、実際あるじゃないですか。仕事先で出会った美女、数年ぶりに美しくなってあらわれた幼馴染、憧れの女上司、妹のように慕ってくる後輩。逆にそんなのハーレム状況が現実にあるって驚きですよ。いつか長谷川さん、アニメ化されますよ」

「あのさあ。……え? ちょっと待て。上司と後輩ってなんだ?」

「……」

「誰から聞いた?」

 俺は春日ヒカルのことと、先生のことしか大隈くんには話していない。

「いや、誰からも聞いてませんけど。やっぱりそうなんですね」

 大隈くんが驚いている。

「長谷川さんて、隠し事とかできないんですね。下手くそなんですね」

 そして笑い出した。

 しまった。冗談だったのか。チクショー。

 大隈くんは笑いが止まらない。

 もう認めてしまったようなものだから、何も言い返すことがない。

「なんでそう思った?」

「いやいや、長谷川さんが楠木さんを好きなのは、たぶんみんな知っています。わかりやすすぎますよ。長谷川さん、ふだん、ブスッとしてますし、いや、しているように見えますし。楠木さんの前でだけ、聞き分けのいい子どもみたいだし、ときどき乙女のように声が弾んでましたし。こっちがキュンキュンするくらい……」

「やめて!!!」

 まったく自覚がなかったが、実際、誰も彼もご存知だというのは最近知った。

「うわー、めっちゃかわわいい」

 さらにからかってくる。こういうの本当に苦手。

「宇佐美さんは、そんな長谷川さんが愛おしいって感じですよね。おなじくらいわかりやすいです。大人はみんな知っていますよ」

 俺は大人ではないと。童貞ではないのだが。え?大人ってどうやったらなれるの?

「彼女は基本的に明るくて人懐っこいだろうがよ」

 どうせまたハッタリなんだろうよ。

「いいえ。そんなことありません。宇佐美さん、わりと人によって態度変えますよ。たいていはビジネスライクというか、どっちかというとクールな印象すらありますね。長谷川さんの時だけですよ。キャピキャピしているの。されてるほうだからわからないと思いますけど」

「そうなのか……」

 俺、よわ。

「まあ、女なんてみんなわかりやすいですよ」

 大隈くんはグラスのまわして氷の音を奏でる。

 まじか。

 すごいな。

 恋愛経験のない人。

「それで、結局、何が聞きたいんですか? ハーレム坊やは?」

 くっ、なんでこいつは上からなんだ。

「えーっとですね……」

 くっ、なんで俺は下からなんだ。

「誰を選ぶかってことですかね?」

「なんでやねん」

「うーん、僕だったら春日さんですかね」

 大隈くんは無視して言う。

「まあ、ラブコメ的には負けヒロイン枠ですけどね。妹兼後輩も当て馬ですね。憧れの先輩はもう負け確ですし、ここは幼馴染一択じゃないですか、現実的に」

「いや、だから誰と付き合えばいいかとか聞いてないんだわ」

「でも先生がどうやら気がありそうだって悩んでいるんですよね。ないですよ。まず、仕事先ですよ。著者ですよ、クライアントですよ。作家と編集者ができちゃうのはよくありますが、スキャンダルですし、あんまりうまくいってる例もしりませんし。一時の感情で付き合うのはやめたほうがいいでしょう。何もいいことないです。それに、雨宮先生はさらにダメです」

「ダメ?」

 思わず問い返す。

「経験が無さすぎ、人間関係が狭すぎる。だからです」

 どゆこと?

「成人の男といえば長谷川さんしか知らない可能性があります」

 そんなことはない、とは言い切れないところがある。

「ですよね。仕事先であり、一つ屋根の下にいる。もう、雨宮先生にっとて男は長谷川さんだけです。もし恋に落ちるにしても、そもそも選択肢がないんです。一択です」

 失礼じゃないか、とい言い切れないところがある。

「人は日常的に接触する人ほど好意をもちやすいんです」

 先生も同じようなことを言っていた。

「それは恋心じゃないと思います」

「と、言いますと……」

「免疫力のない人が風邪にかかったようなものだと思うんです」

「は?」

「要するに、勘違いです」

 それはなんとなくわかる。免疫力がないから、ちょっとしたことで風邪をひく。そんな感じで好意を抱いてしまったということだろうか。

 そんなことはない、とは言い切れないところがある。

「先生、実際のところ、混乱しているようですしね。ちょっと距離をとったほうがいいですよ。あまり勘違いされると困るでしょう。僕なら勘違いします」

 大隈くんはきっぱりという。恋愛経験がない人の言葉は説得力がある。

「そして幼馴染を選びます」

「なんでそっちはいいんだよ」

「話聞く限り、すごくいい子な気がしてます。体育会系で明るくて。僕の人生には出てこないファンタジー枠です」

「いや、現実にいるから」

「失恋したこと話したら、優しく慰めてくれて、一気に距離が縮まるかもですよ!」

 いたずらのように言う。

 ちくしょう、もう言ってしまった。言っちゃってるんだよ。

 俺、恋愛下手なのかもしれない。

 この目の前にいる童貞先生よりもずっとずっと。


 人生って経験がすべてじゃないのかもしれない。

 俺なんかよりずっとずっと関心をもって人を見ているのだろう。

 雨宮先生も。


「経験だけが人生じゃないのかもな」

 ふと、つぶやく。

 楠木さんはまったく逆のことを教えてくれた人生にとって大切なこと。

「経験だけが成長」、そして「失敗だけが経験」だと。だからいっぱいチャレンジすべきだと。

「私は、若い人に、恐れることなく、それをさせてあげたいの。それが自分の役割だと思っている」

 楠木さんの顔がセリフとともによぎる。


「いや、経験はものすごく大事ですよ」

 楠木さんの美しい顔が消えて、バキ童先生があらわれる。

「いろいろと考察するのはできますけど、所詮他人事ですよね。占い師やら評論家とか、専門家とか、みんな同じですよ。外野だから冷静なんです。自分のことばかりは経験ないと、てんでダメです。こればっかりは」


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