035 恋バナ鍋2
俺は三田園ユウコど同時に沈黙し、先生のほうを見た。
「担当さんには幼馴染の運命の人がいるのです!」
だったか、ちょっと違ったか? でもだいたいそんなニュアンスだ。
幼馴染、というか先生が知っている俺の知人といえば、春日ヒカルしかいない。
中学生の同級生だ。高校も大学も違う、つい最近、調布の映画館でバッタリ会っただけだ。先生と一緒にいた時に。
春日が言うには俺たちは小学校のときも学童よく遊んでいたという。申し訳ないが覚えていない。だが、幼馴染と言われれば、そうなのかもしれない。俺的には「馴染んで」はいないが。知っているだけだ。
「おい」
三田園ユウコが俺のほうに顔を向けて言った。
ビールの缶をつかんで飲み干す。ついにグラスに注がなくなった。
「おい」
もう一回言った。
「違う」
俺は即座に返す。
「じゃあ、なんで、そんなに居心地の悪そうな顔をしてんの?」
なんだと……。
たしかに居心地が悪い!
なぜだろう。なぜ俺はこんなにも窮地に立たされた感じなのだろう。
箸を置いて、メガネをクイっとあげる。
考える。わからん。
「春日、さん、は、たしかに幼馴染ですが」
「が?」
三田園さんが詰めてくる。彼女の箸が肘に当たって落ちた。やめろ、酔っ払い。
「やめてください、ユウコ。食事中ですよ」
先生がたしなめる。
いや、どっちかというと先生が煽った感じなのでは。
「いや、おふたりとも。俺の交友関係はどうでもいいじゃないですか」
「関係なくない!」
「なんで!?」
「知りたい!」
「え?」
「教えろ!」
「なにを!?」
「付き合うてんのかって聞いとんねん」
なんで関西弁?
「はあ……」
俺は深いため息をつく。
「つきあってませんよ。後輩とも、幼馴染とも」
「そうかー、まあ、振られたばかりでそりゃないよな!」
三田園さんがバシバシと俺の肩を叩く。
「そうですよ、まったく……」
先生の表情を覗き見る。が下を向いて、食事に手をつけたはじめたので、わからなかった。
やれやれ。
なんなんだこの時間。
ようやく場が落ち着いた。
なのにさっきより居心地が悪い。
「焼酎、もらっていいですか?」
先生に尋ねる。
「ええ、どうぞ。お湯割りになさいます?」
「あ、そうします。ありがとうございます」
「じゃあ、お湯を沸かしてきますね」
「すみません」
先生は腰をあげて台所に向かった。
……
……
ん?……
あれ?……
「うううううーん!???」
言葉というより、体の中から込み上げて音が鳴ったという感じだった。
「三田園さん、なんで、俺がフラれたの、知ってるんです?」
「そりゃあ、あんた……」
「申し訳ございません!!!」
台所から悲鳴のような声がする。
「わ、わたしです!」
見ると、先生が土下座をしている。
「申し訳ありません! ゆ、ユウコが世界一おしゃべりなのを知っていたのに、でも、でも!」
「うそ、私、世界一だったんだ」
「ごめんなさい、ごめんなさい! 私、私っ」
先生の声はほとんど涙声のように鼻まじりだった。
この場合、なんか三田園さんのほうがぶっちぎりで嫌な感じがするが、このキャラを知っているんだったら、ほんとやめてほしかった、とは思う。この人に弱みを握られたら永遠にからかわれそうだし。
でも……。
先生も世間話のように俺をネタにしたのだろうか。
人生経験の少ない先生には、もしかしたら、現実で起きた数少ないネタだったのかもしれない。
人間関係もロクにつくってこなかった、ましてや恋愛なんてものが人生の中になかった、それが急にリアルな話にふれて、刺激的だったのだろうか、高揚してしまったのだろうか。
小学生みたいに、興奮して友達と共有したくなったのだろうか。
酔いが一気に醒めてしまった。
「ほんと、俺の恋話なんて、どうでもいいじゃないですか……。少なくても、俺は面白くはないです……」
そう言って、立ちあがろうとした。
「ちょっと待った」
三田園さんが言う。
それから、あわてるように居住まいをただした。正座になった。
「謝る。謝ります。ごめんなさい」
手をついて頭を下げる。
さんざんからかっといて、と思いながら、その豹変ぶりにこっちが慌ててしまう。
なんで、鍋食べてただけで、ふたりの女性から土下座されているのか。
「ほんとに申し訳ありません」
「いや、悪いのはアタシっ!」
「いえ、私が話したから!」
「アタシが調子に乗ったから!」
「ちょっ……と。いったん、やめてもらっていいですか?」
なんだか自分だけが置いておかれたようだった。
「あの、そりゃ。面白ネタにされていい気分ではありませんが……」
「違う! 面白ネタにしてるのはアタシだけだ!」
潔い。うん。潔い。友を守るために自分を犠牲にする。胸熱……じゃねーわ。
「えー……」
「カオルは、カオルは、その話を、苦しくて、辛くて、どうしたらいいかわからなくて、私に話したんだ。たくさん考えて、どうしようもなくて……。なにしろカオルはリアルの経験がない。小説や漫画とは違う、ほんとうの人間の心にあまりふれてこなかった!」
「ひどい!」
俺と先生が同時に声を上げる。
「だから、抱えきれなかったんだ。それで、こんな、アタシみたいなクソ女にしゃべっちまったのさ! なにしろAI以外の話し相手は私だけだから!」
「ひどい!」
「冗談抜きに、カオルさ、長谷川くんの失恋、まるで自分のことのようにさ、ずつと、ずっと、泣きながら話してたんだ。自分のことでも泣いたりしたのを見たことないんだ。ずっと傷つかないように壁つくりながら最低限の人付き合いを選んでさ。私にさえ、いまだに敬語なんだぜ。それなのに、それなのにさ、……アタシびっくりしちまったんだ」
今度は三田園さんが鼻をすすりだした。
「……」
「どうしたらいい? 自分に何ができる?って……そんなことを言うんだ……グシュッ」
むこうで先生のすすり泣きも聞こえる。
「アタシ、複雑だったよ。何年も付き合ってるアタシには見せたことない顔だったし。こんなに人に興味をもつんだって。嬉しいのか、悔しいのか。正直、混乱したよ」
「……」
「まあ……ごめん。話戻るけど、カオルがゴシップネタで楽しむような子じゃないのはアンタもわかるだろ?」
「ええ。もちろん……」
言いつつ、俺は一瞬だが、先生を疑ったし、なんなら見下すことで許そうとまでした。
自分だけいい格好するのは違うな。
「いえ、ちょっと不愉快ではありました……」
「ほんとうに、ごめんなさい」
先生がまた謝罪する。
「いえ、心配してくださったのは嬉しいです。もうやめてください」
「はい」
「でも、なんで春日さんのことを、さっき?」
「春日さんは……あなたのことを思っているんです」
実は知っている。
朝帰りで引っ叩かれた時、
――よくありません! 〈心配している人〉だっているでしょう!
そう、春日のことだ。俺を心配している俺の幼馴染。
先生はその幼馴染と趣味の合うお友達になった。
そう、俺は知っている。
「春日は俺のことを心配している、先生は、春日のことを心配している、ということですね……」
「え、えっと……」
三田園さんが席を立ってトイレに向かう。
どうなんですか。
親友に泣きながら苦悩を打ち明けたのは、春日のためですかね。
そんなの、ズルくないですか?
「ズルくないですか」
思わず口にしてしまった。
「え?」
「なんか、三田園さんとか、春日とか、俺のこことか。この話、先生は〈どこ〉にいるんですか?」
うまくいえない、ちょっときつい言い方になってしまったかもしれない。
これじゃ誤解があるな……。
「い、いえ。先生ご自身は俺のことをどう思っているのかと……」
誤解のないように言った。
言ったが、それはそれはまたたいへん誤解のある聞き方だとしばらくしてから気づいた。
脂汗が出る。
こんな時に三田園さんはいない。おちゃらけ要員がいない。
いまこそ役に立つ時だというのに。
「わたし、わたしっ……」
先生は手を組んだり話したり、下を向いたりこっちを見たりあきらかに困惑している。
とはいえ、自分で言い出してしまったので、キャンセルするのも失礼だ。
「……あなたが、ずっと心の中にいます! ずっと離れません!」
え?……
ピィーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!
ヤカンの笛がけたたましく鳴り響いた。




