027 【雨宮薫】
ユウコは、週に一度は私の部屋で夕食をとりにくる。
だいたい火曜か木曜の夜あたりだった。たぶん、仕事の都合なんだろう。彼女が私のアパートに入居して、しばらく経ってから、食事の誘いを受けたのだが、あいにく出かけるのがおっくうな私は、食事をするなら私が振る舞うので101号室で、返事をすると、あっさりと受け入れられられた。大学時代、友人と呼べるのは彼女だけだった。いや、人生を通じて、友人と呼べるのは彼女だけだろう。友だちっていまでも曖昧すぎてよくわからないのだけど。
そうして、ユウコは私の手料理を絶賛し、「これなら毎週食べたい」と言い、本当に毎週来るようになった。聞くと彼女は自炊をまったくしていないらしい。掃除と片付けは好きだけど、買い物をして物が増えるのはあまり好きではなく、在庫とゴミの出る自炊はいちばん納得がいかないという。
そんなわけで週 1か2の頻度で彼女は私の元を訪れる。
「ねぇ、カオル、デートどうだった?」
ユウコは缶ビールに口をつけながらだしぬけに言った。
「デートではありません」
「まぁ、いいわ。で、どうだったの?」
「良かったです…………映画」
「映画はどうでもいいわよ。あんた、はじめてでしょ、男とふたりで出かけたの」
「帰りは三人でしたが」
「は?」
それは「は?」と言われても仕方のない話だと私も思う。
たいへん説明しずらいが、私はじっくり、ゆっくりとありのままを話す。
「あちゃー、なんだそいつ。邪魔してくれやがって」
「いえ、とても良い方で、私の、その本を持っていてくださって。いっぱい感想をくれたんです」
「まあ、そりゃ良かったけど。担当くんとはなんもなかったの?」
「何を期待しているかはわかりますが、そんなラブコメみたいな展開はありませんし、私自身がそういうことに興味ありません。幼馴染と15年ぶりに偶然再会した担当さんにとってはとんでもなくラブコメ展開だと思いましたが」
「じゃあ、なんなのさ、このラブコメ本だらけの端末は」
そう言って私のタブレットをかってにタップしている。
「私は恋愛の本質が知りたいだけです」
「嘘つけ」
「はい、嘘です。きわめて楽しく読んでます。ちょっとした生きがいになっています」
「だったら、恋してもいいじゃんかよ」
「自分のはいいんです。他人がいちゃいちゃするところを見たいんです」
「はー、やれやれ」
ユウコが何を考えているのかはわかる。私と担当さんがあーだこーだなるのを酒の肴にしようとしている。 仕事が大変なのだろうか。自身のプライベートが充実していないのだろうか。
私のほうこそ心配になる。
「じゃあさ、こんだけいっぱいあってカオルはどんなのが好みなのよ」
ユウコは私の端末にある数々のラブコメ本をフリックしながら問いかける。
「……」
「それぐらいで顔真っ赤にすんな」
いやいや、恋愛的な嗜好とか、ふつう聞かれたら困りませんか。なんで平気なんですか。私が知る限り、そういうのをズケズケ聞いてくるのはギャルですよ。あ、ユウコは元ギャルだったかも。
「得意の妄想話だろ」
妄想話とは失礼な。まあ、でもお話のお話であれば、お話ししてもいいでしょう。
「そうですね。最近流行している、波乱のないのがいいですね」
「波乱?」
「ラブコメってふたりが好意に気づく、でもそれは口や態度に出さない。そこで必要なのがライバルです」
「はい」
「ライバルはたいてい積極的です。もじもじ主人公を焦らせるための仕掛けなので」
「はい」
「でも、そういう危険はいまは排除されています。それっぽい演出で登場して波乱を予感させますが、すぐにそうでないことがわかります」
「はい」
「実はヒロインの兄弟だったパターンが多いですかね。親戚だとまだ危ないですから。あと、すでに彼女持ちにしてしまうパターンもあります。主人公、安心します。ほっ」
「はい」
言いながらも、ユウコは納得がいっていない様子だった。
「それだと物語の起伏がなさそうだけど」
「そうですね。ですから二人を囲む人物は次々と現れますが、二人の間に割って入ることはなく、二人、あるいは主人公と友情が芽生える人物ばかりです。恋人だけでなく友達もゲットできるんです。それでお話は続けられます」
「はい」
「そういう、危機のない、波乱のない、物語がいいいんです」
「都合よすぎないか」
「どんな創作物も都合がいいんですよ。その都合が読者が受け入れてくれるものであればいいんです」
「まあ、苦労したりなんだのって、現実でできるようなこと、わざわざ金払って読みたくはないかな。なら、わかる気がする。ファンタジーなんて現実逃避だもんな」
「そうです。まさに。いまの時代にあっているのです。現実逃避といえばその通りだと思います。でも、私は日常に不足している栄養を補っているのだと思います。そういう意味ではむしろ実生活に必要なものです。そこに余計な雑味はほしくない、という感じでしょうか。いっぽうで苦労や困難を乗り越えるドラマも大人気ですよね。主人公たちと一緒に冒険をして、強くなって、目的を果たす。主にバトル漫画やスポーツ漫画ですが。これも現実への原動力になることも多いでしょう。恋愛においては困難少なめが、いま主流ということののようです」
「うーん、つまり恋愛に関しては苦労するのがいやなんかな」
「はい。そうなんだと思います」
「つまりカオルみたいに、ほんとうに恋愛するのはゴメンだけど、恋愛的なキュンキュンは味わいたいと」
「そうです! そうです!」
「でも、現実の恋愛指南を書くんだろ?」
「大丈夫です。波乱が起きるものも結構読んでますから」
「そっか。まあ、もともとお節介なのはわかってたけど、デートの感想はもう少し色っぽいのが聞きたかったなあ。まるで担当君の話しないじゃん」
「それは、でも、何も話すようなことはなかったですし」
「そこで赤くなるのは、なーぜなーぜ?」
「いま思い出すと、なんであんなことができたんでしょう」
「は? おいおいおいおい、な、何ができたって?」
「男性と二人で歩いたり、食事をいっしょにしたり……」
「ん。……うん。よしよし。カオルすごいじゃん。うん。がんばったね」
「無我夢中でした」
「はい」
「映画館で手を触られました」
「は?」
「いえ、ちょっとぶつかってしまって」
「あー……。ドキドキしたの?」
「はい。とても」
「中学生か!! いや、でも、それが、それが恋なんだよ、カオル!」
「違います!」
「なんでよ。じゃあ、その、ぶつかったのが隣のおばあちゃんでもそうなるの?」
「た、たしかに!」
「お、やったー。あたしの勝ちー!」
「違います。違うんです。私には経験がないので、なんでも動揺するだけなんです……」
「おいおい、これから一般向けに恋愛指南を伝授しようと言う先生がそれでいいのかよ……」
「私が経験しなくても本質は理解できます。手が触れたの触れてないだのは、その……本質には関係ありません」
「わかってない」
「何がです」
「そんな他愛のないことでも、恋の一部なのさ」
ユウコはサムズアップしている。
「ユウコにもそんなことが……」
「ない。アタシにはない」
「なら、なんで言ったー!!」
「一般論。カオルのいうところの」
「一般論ではありません、本質、プリミティブです!」
「難しい言葉でアタシを煙に撒こうったってそうはいかないよ」
「む、難しい!?」
「ともかく、経験から見たっていいんじゃない?」
「それでは、いち個人の意見にしかなりません」
「それの何が悪いのよ」
「本を買ってくださった人に失礼です!」
「はははははは、ああ、そうだった。そうだったね。あの時もそんなこと言ってた。ねえねえ、カオル。全員に響くコンテンツなんてないんだよ。あらためて言うけど」
わかってはいる。それでも多くの読者の人生が変わる、もちろんいいほうに。そこを目指さないで本なんて書けない。
「それとこれとは別に考えるのは、アリだと思うよ……」
ユウコの言葉に茶化すような響きも匂いもなくなっていた。
「カオルには幸せになってほしいんだ」
「恋愛をしたから幸せというのは安直すぎないですか! 恋愛至上主義です!!」
「その頭でっかち、耳年増をどうにかしてーんだよ」
「……」
「カオルにはいろいろあった。うん。それは知ってる。でも、だから将来に選択肢がない、というのとは違う。実際、カオルはもう自由だ。やってみたいことはやっていい」
「ありません」
「手が触れたくらいでドキドキする感情もいらない?」
「……いりません」
「ふう。まあまあ、気長にやるよ。でも、担当くんが現れたのは本当にラッキーだよ。あいつのこと、嫌いにはなるなよ」
「嫌ってなんかいません!!」
「おうおう、なんでそんなにムキになるんだよ……ってアタシがいうからか。ははははは」




