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人生が輝くたったひとつの方法  作者: 無銘、影虎
1 君が愛を語れ
25/31

025 幼馴染3

 雨はやんではいなかったが、勢いを失っていた。

 雲の切れ間から日差しが差し込んでいるが、その光の中から水滴は落ちてくる。

 不思議な天候だった。


 そして、俺、雨宮先生、そして春日光は駅ビルの喫茶店に場所を移していた。


 なんで?


 作家とその担当者、そして担当者の幼馴染み。

 この三人でお茶をしなければならない理由は?


 理由は、俺と先生が押しに弱いからであり、春日光かすがひかるの押しが強いからであろう。


 はじめ、春日光にグイグイやられたのは先生である。

 どれだけ、先生の著作に救われたか、いまでも愛読しているか、こんな偶然を逃したくないので、もっとお話がしたいです……。


 俺から見た印象。先生はとまっどっていたし、あわあわしていたが、嫌そうではなかった。

 そして、

「担当さんがいっしょなら」

 と、俺に下駄を預けてきた。

「仕事で映画館鑑賞に来ていますが、プライベートです。すみませんが、ご遠慮ください」

 と、言いたかったが、言えるわけもなく。

 先生がNGサインを出してくれないと、俺には選択肢がない。

 というか、先生は頬を染めながら、ワクワクしている表情……にしか俺には見えない。

 肯定的な読者、ファン、そういうものにはじめて遭遇したのだろう。

 本は売れているのに、多くもないNGレビューで心を病んでいた先生だ。

 またとない機会だろう。


 やっぱり、俺には選択肢がない。


 そうして、俺たちはちょっとお高いカフェで対面している。

 四人席。俺と先生が壁際のソファに並んで、春日ヒカルは下座のチェアだ。

 映画館で並んで座っていたのよりも近いところに先生がいる。

 接触しないようにコンパクトに腕をたたむという意識をしなければならない。


「せんせー何頼みますうっーー、あーあたしークリームメロンソーダ〜」

 我々のような〈気まずい星〉からやってきた異邦人をものともしない。これが陽キャ。あこがれるが、どうやったってなれないから、いつも〈酸っぱいブドウ〉理論で否定している。我々、じゃなかった、俺の話。

 先生はそれに輪をかけたコミュ障。

 相性は最悪だと思うのに。

「ほんとに、そうなんですよねーわかるっわかりますぅーーー!!」

   春日光は注文してから、全員が無言で一口つけたあとから、突然、のたまった。

 俺と先生はぎょっとして目をむく。

 春日さんは『人間関係の9割は洞察力』を開きながら言う。独り言にしては音量がデカすぎる。

「ほんとに、先生の本がなかったら、私、立ち直れなかったんです」

 春日光が言う。そのセリフはたぶん、道中10回以上聞いている。

「あ、ありがとうございます……」

 そのたびに先生は頬を染めながら答える。

 そして俺はそれをただ聞いている。

「私、バレーボールをやっていたんです。高校では下北沢にある強豪校に進学したんです。もうそこに行く人、全日本、日本代表、オールジャパンを目指すような人たちばかりなんです」

「はい」

 先生は春日光の話を素直に聞き始める。

「でも、私、初年度で大きな怪我をしてしまって。焦って復帰を急いだらまた怪我をしてしまって。気づいたらどんどん置いて行かれて。まともに練習できない日々が続いて、2年の時に退部したんです。もう、人生終わったと思いました。そこからは消化試合みたいに人生過ごしてきたんです。大学に進学しましたが、やりたいこともなかったのですが、動いていないと辛かったのでバイトばかりしていました。いまは保険の外交員をしています。でもね先生の『置かれた場所で咲きなさい』という言葉に出会って、よし、もう一度がんばろうと思ったのです」

「それは私の言葉じゃないです」

 俺もおなじくそう思ったが、先生が「すん」という顔で即座に答えた。

「え、そうでしたっけ。あはははは。でも先生の本はいつもこうやって持ち歩いて、付箋を立てたところをばっと開いて元気をもらっているんです」

「全ページ付箋立っているよね」

「そうそう。あははは。意味ないよね」

 屈託のない春日光。先生も思わず吹き出す。

 そう、彼女にはそういう魅力がある。

「でも、友達の長谷川くんが私の大好きな先生とお仕事しているなんて運命ですよね!」

 俺、友だち?

 友だちの定義は難しい。陽キャは知り合えば友だち、俺みたいな陰キャは友だちの条件やら審査が厳しい。めんどくさっ、て自分でも思う。

「とても、仲良しなんですね」

 先生がいう。

「いや、さっきもいいましたが、10年以上ぶりなんですよ。よく自分のことがわかったなってびっくりするくらい」

「でも、長谷川くんだってすぐ思い出したじゃなーい」

「君は目立つから」

「なにそれ?」

「背も高いし」

「それだけで?」

「まあ、明るくて、まわりがいつも華やかだし」

「ふーん」

「だから覚えてるんだよ」

「長谷川くんは地味で無口でメガネだよね」

「そうだけど」

「でも、私ぜんぶ覚えてるよ。委員会で放課後いっぱいしゃべったこと」

「……」

「長谷川くんは覚えていないの?」

「いや、覚えている……漠然と」

 嘘だ。あの時間、あの空間、それが彼女が記憶に焼き付けられているいちばんの理由だった。

「私、好きだったの」

「!!!」「ひっ!!」

 俺が絶句したその隣で、へんな悲鳴が聞こえた。

「あの時間が。ほかの誰とも過ごせない時間だった。あの時間があったから、10年経っても長谷川くんが見つけられたと思うの」

 先生が激しく震えているのが、なぜかわかった。

 動転した瞳がチラ見の横目で飛んでくる。


 (ち、違うんです!!)

 俺は目で返答するが、自分でもなぜ弁明する必要があるのかが判然としない。

 いや、わかる。先生がガクブル状態になってしまわないように、だ。

 なぜ先生がガクブル状態になるかというと、恋愛に興味があるくせにリアルでは耐性がなさすぎるからだ。

 下手したら失神してしまうくらいに冷や汗をかいている(ように見える)。

 これ以上の刺激を与えてはいけない。


「懐かしいねー。俺も覚えている。君ほどじゃないけど」

 嘘。めっちゃ覚えている。あの時の君はキラキキに光ってた。

「うれし。ありがと」

「……」

 だめだ。向こうには余裕があるけど、自分は圧倒的不利だ。ガンガン来られるのは昔から苦手だし、先生の感情も背負わなくてはならないのだ。

「長谷川くん、雨宮先生、連絡先交換してもいいですか……」

 陽キャな春日光が唐突にもじもじとした感じで切り出した。

「今朝、占い見たらすごい最高の運勢だったんです。人生を左右するくらいの大切なものが見つかるって。きっと、ふたりのことだと思うんです。だから……」

 占いなのかよ。先生わりと理屈っぽいぞ。相性悪いぞ。性格的にも。

「俺はいいんだけど、ちょっとあの、先生は……」

 そこだけは死守しなければ。仕事として。

「私も、……かまいません」

 先生がいう。うそ。

「本当ですかあぁぁ」

 春日光が輝き出す。

「わ、わたし、幼馴染に興味がありますっ」

「え、ああ長谷川くんの?」

「いえ、一般的な」

「そうなんですね。取材的な?」

「そうですっ」

「なら、ぜひぜひ!」

「先生、俺たち言うほど幼馴染ではないです」

 俺は慌てて口を挟む。

「え? そうなの……」

 春日光の表情に翳がさした。

「担当さん!!それはあんまりです!!」

 先生が突然声を荒げた。

 俺は狼狽しまくった。

 知らない間に完封されていた。


 ※  ※  ※


 帰り道。

 同じアパートに帰るという事実をわりと忘れていた。

 春日光は「これからはヒカルって呼んでください」と一方的に言って弾ける笑顔で帰っていった。府中に住んでいるらしい。

 そして、先生とふたりきりの道中。

 いろいろありすぎた。

 俺は無言が苦手だ。内容はどうでもいいけど、なにかしゃべっていたい。

 しかし、思い出すのは今日の出来事。

「先生、映画、どうでしたか?」

 やっと、はじめて、いまさらな質問。

「よかったです」

 ですよね。あんなに感動して泣いていた。

 見惚れるくらいに。

「担当さんはどうでした?」

「よかったです。ちょっと想像していたのとは違う印象でした」

「そうですね。想いを胸のうちに仕舞っていた時間の長さと、地に足をつけて生きてきた長さ。理想と現実が交わったラストでした」

「なるほど。たしかにそういう感じです。先生はやはり言葉にするのが……素敵です」

 上手ですと言おうとしたが、上から目線な気がして言い換えた。

「幼馴染には、絶対的なアドバンテージがありますね」

 おお、予想通り、幼馴染絶対王者論に変わってしまったか。

「担当さんとヒカルさんは……」

「ないです。ラブコメ的展開はありません。すみません」

 俺は即答した。

「なぜです」


 俺には好きな人がいる。


 単純すぎる答えだが、それを伝える必要があるだろうか。

 俺と先生は仕事の付き合い。お互い、近寄りすぎないほうがいい。


「トクトントゥントゥン。トントゥトゥツンタラタッタタララララ」


 スマホが鳴る。

 とりあえず切る。こっちは話し中だ。休日に仕事の電話に出る義務はない。

 と、思ったら、着信は宇佐美さんだった。ついに休日に平気で電話してくるようになったか。

 食事に誘われてたが、いろいろ理由をつけて未だに行っていない。

 ふたりきりはちょっと勘弁してほしい。


 俺には好きな人がいる。


「いいんですか?」

 先生が気を遣ってくれる。

「大丈夫です。問題ありません」


 大丈夫じゃない。


 俺には好きな人がいるんだ。

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