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人生が輝くたったひとつの方法  作者: 無銘、影虎
1 君が愛を語れ
24/31

024 幼馴染2

 寿司屋を出た後、まだ少し時間があったが、映画館があるビルに向かった。

 晴れていたら話しながら歩けそうだが、雨だと移動に専念してしまう。

 時間にして30分前だが、飲み物やポップコーンを食べるなら、超余裕をもって用意しなければならないのは知っている。ここのスタッフさんはワンオペに使い。注文を受け、調理的なことをし、手渡すまでわりと時間がかかる。さして、誰もが自分の開演前ギリギリに来るから、繁忙期がやたらと重なる。それにしても絶え間なく上映時間は来るのだが。


 そんなことを思っていると、できるだけスタッフさんたちの労力を減らしたいとは思う。

 飲み物くらいは持ち込みOkにしてもらいたいけど、これが売り上げなんだから仕方ない。


「先生、お腹いっぱいですよね」

 ぜんぜん食べたい気にならないし、並ぶ気にもならないので一応確認する。

「はい。ですが、ポップコーンを映画館で食べるのはマストと思っています」

 まさかの小学生のような答え。

「ほんとですか。少ないのでも結構食べきれないくらいありますよ」

「知っています。私が何も知らないとでも?」

「いや、すみません。そういう意味じゃ。でも、食べられますか?」

「残ったのは持って帰ります。タッパを持ってきました」

 タッパって。ご愛用のキャラクターコラボのポップコーン容器ではないのか。

 主婦なのか。

「だから、食べたいです。祖父と一緒に映画を観ていたときも、ポップコーンは食べきれませんでした。だから、問題ありません」

 小さな頃の記憶だろうか。ひさしぶりに童心にかえったとか。

「じゃあ、買ってきますね」

「いえ、これは私のミッションです。私がやらなければならないことです」

 ポップコーンを注文し、食べて、持ち帰る人のなんと重い言葉よ。

「さきほどお支払いしていただきましたし、ここは私がお支払いします」

「そうですか。ありがとうございます」

 高めの寿司屋でごちそうして、数百円の飲み物でイーブンにしてもらえるなら、ラッキーだ。俺の懐は痛まないし、心も痛まない。

「担当さんは飲み物なににします?」

「あ、じゃあ、ジンジャーエールで」

「わかりました。ではそこのソファに座って待っていてください」

「いやいや、いっしょに並びますよ。運ぶのもありますし」

「私、別にひとりでもできますけど」

 気を遣っているつもりなのだが、先生はまるで子どもあつかいに聞こえるのだろうか。社会性がないことに自覚があるからだろうか。ここは先生の自尊心を大切にしよう。


 これはデートではないな。間違いなく。

 別な意味で気を使う。

 結局、ソファに座って、長蛇の列にひとり挑んだ先生を待つことになった。

 とても気まずい。休日だというのに、こんな気分を味わうなんて。


 ※  ※  ※


 チケットの番号を見ながら、シートを探し、隣り合って座るとやはり、胸がざわつく。

 

 「映画館は非日常空間ですよね……」

 先生がこっそりとつぶやく。

 「非日常」

 思わず鸚鵡返しをする。たしかにそうだ。映画自体が非日常だが、この空間はそれこそ非日常だ。

 特別な気分に高揚するところがある。


 だから……。あっ。


 シートの肘掛けのところで先生の手を触ってしまった。


「す、すみません!」

 先に先生が言った。そしてすかさず両手で顔を覆った。

 心臓が早鐘を打つ。非日常空間で、柔らかい手に触れ、相手が羞恥している。やっぱり仕事の気分になれない。それからはずっと無言だった。先生の緊張感のようなものが自分にも伝染してくるようだった。


 だが、映画がはじまると、先生はすぐさまスクリーンに集中し始めた。


 ※  ※  ※


 冒頭、主人公は年老いた母親と二人で暮らしていて、お弁当をつくってもらって会社に出かけてるところだった。50歳近いのにまるで高校生が出かけるような風景。というところで、ほんとうに高校生の頃にシーンが変わる。まるで何十年も同じ朝を繰り返してきたかのように。


 主人公は通学の途中、ヒロインを見かける。ふたりが幼馴染だというのは観客にはわかってしまっている。制服が違うので別の高校のようだ。遠くから見つめる表情はどこか切なそうだ。主人公が踵を返すと今度はヒロインが彼を見つめている。ふたりは別の高校だったが、地元が同じなため、駅で見かけてしまう。同じシチュエーション。

 また時間軸がうつる。

 高校卒業後、ふたりの恋愛模様が描かれる。ヒロインはいろんな男に言い寄られるが、すべて断っていくような描写があった。看護師を目指して日夜勉強に励む。いっぽう主人公は大学に進み、何人かの女性と付き合うものの、どれも長続きしなかった。

 やがて社会人となったふたりは仕事に精を出し、それなりの幸せな日常を過ごしていた。

 この映画は、むしろそこが丁寧にしっかりと描かれていた。あたりまえのようにある仕事の悩み、日常の孤独、ちいさな喜び。

 ふたりの人生はまったく交差しない。

 そのまま40代半ばの年になる。


 ある日、主人公の母が片付けをしていたところで、川遊びをした時のみんなが映った写真を見つけて眺めている。ふたりが小学生のころ、学童などで日常的に遊んでいた様子が映し出される。

 両親が仲が良く、家族ぐるみで付き合いがあった。中学生の頃だった。両家族が毎年恒例の川遊びをしていたとき、主人公の父が溺れたヒロインの弟を助けたために亡くなったことが明かされる。それがふたりの関係を変えてしまった。 それ以来、ふたつの家族が交流は途絶えた。

 写真を眺めながら主人公とヒロインのふたりの回想がはいる。ふたりのみずみずしい交流が描かれる。美しい思い出。年齢を重ねた主人公は、美化された思い出だと苦笑いする。


 母親同士はいまでも交流があって、ヒロインの父親が一年前に病気でなくなったという。そんなことを語り始めてから、ひさしぶりに両家族で集まらないかと提案する。

 食事会。ぎこちない交流が続いた。弟は小さくてあの時のことは覚えていないが、自分にとっては十字架だといった。しかし、それ以上に姉は自分に呪いをかけていた。それをなんとかしてくれないかと。

 主人公はヒロインとふたりになってこれまでの思いを語る。そこからは……。


 ※  ※  ※


 なんか思っていたのと違った。

 あらすじをまとめてしまえば、幼馴染が長い時を経て結ばれた。それだけ。というと身も蓋も無いが、ふたりのそれぞれの人生を見せたうえで、ラストは感動的だった。なにか自分まで報われたような気分になる。


そして、先生は号泣がとまらなかった。劇場ではすすりなく音があちこちで聞かれるが、先生のは抜きん出ていた。嗚咽が苦しそうなほどだった。

 これほどの感動をみると、自分は心が冷めているのではないかと思える。

 事実、自分は客観的に物語を見てしまっていた。感動というより、感心をしてしまっていた。


 そして、先生にかける言葉が見つからない。


 「う、うっ、うえっ、うえーん」

 声も出てしまっている。ほかの客は席を立ち始めている。しばらく落ち着くのを待った。

 こんなとき、〈彼女〉だったら背中をなでるくらいのことはできただろうに。

 俺はむしろ感動している先生に感動してしまっていいた。


 幼馴染必敗論を唱えていた先生だが、明日から幼馴染最強論者に変わるのかもしれない。

 期待値も知名度も低い映画だったが、観れてよかったと思う。


 泣き腫らした先生は化粧室に行きたいと言った。


 ロビーのシートに座り、手持ち無沙汰でスマホをいじる。

 そのとき、隣からすごく視線を感じた。

 なにげなくこちらもチラ見する。


 女性と目があった。そして、唐突に話しかけられた。

「あの、……間違ってたらごめんなさい。長谷川くん?」

「はい?」

「だよね?」

 明るい髪色のショートカットの女性だ。

 「いや、え?」

 違う、思い出した。バレーボール部の、あの、中学のときの、あの子だ。

 いつも屈託のない笑顔をしているアスリート美少女。背が高く、スラリとした健康的なスタイル。

 誰とでも分け隔てなくコミュニケーションのとれる陽キャ。だいたいの男子が好きになっちゃうあれだ。

 そんな彼女とは2年生の時だったか、委員会が同じで一時期濃密に会話をしたことがある。その次の年は接点もなくなって、話すこともなくなったが、廊下で擦れちがってもむこうから挨拶してくれた。

 「春日さん……」

 記憶が洪水のように流れてくる。

 「やったっ! 正解。春日光かすが・ひかるです! やだー、ひさしぶりすぎるー」

 相変わらず陽キャだ。陰キャな俺はきっと当時はうっとうしそうな態度で、めちゃくちゃ喜んでいたことだろう。それにしても、中学校以来なら15年ぶりだ。信じられない。あんな映画みたせいか。

 「なんで、こんなところに」

 「いや、映画を観に来たにきまってるでしょ」

 「そっか。泣けた?」

 「え? 泣けるとこあった?」

 「あ、そうか。なに観たの?」

 「『暗殺者ジョニー・グッドマン』」

 あの、ただただ人を殺していくやつか。

 「ストレスたまるとね、ひとりで観にくるのよ。もう5回目。長谷川くんもひとり?」

 「い、いや……」

 そういえば、先生……。

 化粧室のあるほうに目をやる。

 すると、壁から少し顔を出して張り込みをする刑事のように見張っている先生が見えた。

 「あ、もしかして彼女と来てた?」

 「いやいや、違うんだ」

 「でも、あの張り込みしている刑事みたいなひと、長谷川くんのこと見てるわよ」

 「いや、あの人は刑事ではないんだ」

 何を言っているんだ俺は。

 「先生、先生!」

 俺は言って手をふる。

 こわくない、こわくないよ先生。大丈夫だから、という念を込めて。

 先生の視線が〈大丈夫?〉と聞いている。

 俺は〈大丈夫〉と頷く。

 先生はゆっくりとこちらにやってきた。

 「美人さんの彼女だねー」

 春日さんが耳元でささやく。

 「いや、だから違うって」

 この感じ。中学生のころに戻ったようだった。

 先生がやってくる。

 「先生、すみません。ちょっと知り合いにばったり出会ってしまって」

 「そうでしたか」

 「はい。学校がいっしょだった春日光です!」

 屈託のない元気な挨拶。大丈夫か、先生には刺激が強すぎないか。

 「お、お、おさ、おさっ」

 案の定、先生がガクブルしはじめた。

 「おさ?」

 あ、そうか。幼馴染だ。いまの先生にはキラーワードだ。

 「ま、まあ、ちょっと中学校で委員会が同じことがあって」

 「何言ってんの。小学校もいっしょでしょ」

 「は?」

 「私と長谷川くん、中学はクラス違ったけど、小学校の2年から4年までいっしょだったよ。よく学童で遊んだじゃん」

 「へ?」

 「そ、それはあれですか。小学校のときは男の友達だと思っていたのに、じつは女の子だった的な?」

 「ん?」

 今度は俺と春日さんで同時に〈ん?〉が出た。

 それにしても俺は小学校の春日さんのことは覚えていない。もしかしたら本当に異性として見ていなかったからなのかもしれない。

 「ねぇ、ねえ、長谷川くん。それよりちゃんと紹介してよ。先生ってどゆこと?」

 「あ、ああ。俺、いま出版社で働いているんだ」

 「そうなんだ。編集者ってやつ? かっこいい!」

 「かっこいいか?」

 「うん。忍者みたいで」

 「まあ……。それでこちらは、仕事でお世話になっている雨宮薫先生。いま担当をさせてもらっているんだ」

 「雨宮薫……えっ!? ウソ、マジで! 先生、女性だったんですか! しかもこんな美人!!」

 「ど、どした」

 「私、先生のめちゃくちゃファンなんです!!!」

 そういって、春日さんはバッグから『人間関係は洞察力が9割』を取り出した。

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