023 幼馴染
「そ、そうですね。すみません! 映画については観てからですよねっ!」
雨宮先生は顔から火を出すような勢いで、あわてていた。
「そう、そうですよ。そうしましょう」
俺はメガネポジを直す。
いったい、この人は何を言い出すんだ。
だいたい想像はつく内容だが、だからと言って事前にガッツりネタバレくらってくる必要がどこにある。
俺は極力、情報は入れたくない。なんかもったいない気がするから。
それにしても、語ろうとした先生は真剣な眼差しだった。
そうか、先生はこれが仕事だと思っているんだ。
なんだか合点がいった。
あれ、じゃあ、俺はどんな気分で来たんだろう。
大家さんと仲直りするイベント? いや、実際のところ、気まずいところはあれどケンカをしていたわけではないし。そもそも仕事相手だし。とはいえ、仕事の気分ではない。経費を落とそうとしていながら。
うーん。仕事っぽいことをしておくか。
「映画のあらすじじゃなかったら、聞きますよ」
と言ってみた。
「はい。ありがとうございます。これは言ってもいいと思うのですが、今回のテーマは〈幼馴染〉です」
「それは知っています」
「幼馴染の定義はあいまいですが、未就学児童から小学校くらいまでに一緒に過ごした相手のようなイメージですね。もちろん、それ以降もずっと関係が続いていれば〈腐れ縁〉に進化するようです」
「それは進化なのですか」
「義務教育まではたいてい学区が同じなので、たいてい幼馴染と呼べそうですが、無邪気に遊べるのは小学校低学年くらいまでじゃないでしょうか」
「中学生もわりと無邪気ですよ」
「性別問わず、という意味です。小学校高学年から中学生になると、異性を意識しはじめて、交流が減るといいます」
どこの統計かはわからないが、なんとなくわかる。あんまりよく覚えていないが。
「つまり、それまでに日常的に接触する機会の多かった相手が幼馴染ということになります」
「なるほど」
本来、幼馴染は性別に関係ないはずだ。異性間限定なのが気になったが、おそらく先生はまたラブコメの話をしているのだろう。
「以前、日常的接触の話をしました。ふだんから接触の多い相手には自然と好意が生まれます。それだけで特別な関係になりやすいのです」
「はい」
「幼馴染はそこに思い出補正が入ります。これは良いこと、悪いこと両方です。前者はより美化され、後者はのちのちのトラウマにもなります」
「うん、なんか心当たりはあります」
ああ、でも俺は悪いことしか思い出せない。
「ただ、その出来事は、主人公のほうは覚えていないことが多いです。なぜならやつらは鈍感属性ですので」
やつら。あれ、なんか先生、怒っている? 最近そういうマンガでも読んだのか。
「でも相手は覚えているんです。だいたいそのパターンです。そもそも幼馴染だということも忘れていることが多いです」
「記憶力がやばいですね。アホですね」
「はい。アホです。そんなアホの前に現れるのはとびきりの美少女です。そして、その子こそが忘れ去られた幼馴染です。そしてあーだこーだの話が展開されます。なお、美女になっているのは前提です。だいたい幼少期は男の子みたいといわれるのも定番です」
「そのギャップでかえって思い出せないのですよね」
「そうですね。そして幼馴染は100%主人公が好きです。どんなにヘタレでも、冴えないモブみたいな男の子でも」
悪口ですね。
「遠い昔に消しゴムを拾ってくれた思い出だけで慕い続けています」
消しゴムマジックですね。
「ところが、最近、幼馴染は負け続けています。もはや幼馴染はルーザーと同義です。長いこと想い続けてきたというのに。いいところが見当たらない主人公を長く一途に思い続けられる、そんな天使のような存在なのに、あろうことか最近は噛ませ犬です」
「ひどいですね」
「お互いが一途であることが美徳だった頃、幼馴染は最強でした。しかし、最近はいろいろある中から選びたいという願望から、単なる選択肢のひとつとなってしまい、なおかつ、当たり前すぎて選ばれないようになってしまったのです」
「悲しいですね」
「でも、まだチャンスはあります。それは、時間を引き延ばすことです。小学生が高校生で再会とか、中学生が社会人になって再会とかそんなレベルではない引き伸ばしをするのです。そうすることにより、社会にもまれ、傷ついたり、喜んだり、さまざまな経験があった二人だからこそ、その再会に尊くて古い〈記憶が宝物のように輝く〉のです」
「それ、今回の映画のコピーですよね……」




