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人生が輝くたったひとつの方法  作者: 無銘、影虎
1 君が愛を語れ
22/31

022 【雨宮薫】

「なんで私がそんなことしなければならないのです!!」

 あまりにも動揺していたせいか、私の声はアパートに鳴り響くくらいのものになる。


「だから、お詫びだって」

 ユウコはなんでもないように言う。

 親しくもない男性と、というか仕事相手と映画を観に行く? 映画なんて祖父と行くか、ひとりで行くものだ。いや、私の場合だけのような気もしますけど。


「いーじゃない。ちょうど恋愛映画よ。長谷川くんと恋愛の研究をしているんでしょ? たまたまうちの会社がさ、なんでかわかんないけどちょっと協賛してるせいで、社員に招待券配られたんだけど、私ぜーんぜん興味ないし」


「さっきも、言いいましたけど、私もありがたくありません」


「なんでよ。せっかく人と出かけられるチャンスなのに」


「だから、それが私には必要ないんです」


「カオル……私はあんたのために言ってるのよ。生涯、話し相手が私ひとりだけでいいの?」


「いいです」


「だめよ。私が許さないわ」


「もう、お詫びといいながら罰ゲームですよね」


「そんなね、5年以上経っても敬語でしか話せない〈親友〉のね、心配くらいはするわよ。というか、させてよ」


「すみません。ユウコのことは〈信用〉しているんですが。難しいんです。どうしても」


「わかってるって。もう、ここまできたら無理することもないし。でもさ、長谷川くんは大丈夫なんでしょ?」


「仕事で付き合うのとは違います」


「仕事でも私以外無理だったじゃん。彼は特別。そうでしょ、カオル?」


「ユウコは担当さんの何を知っているんですか!?」


「うーん。……ふふ、知っているわよ。あの晩もいろいろあったしね」


 なんてことを!! 信じられない。信用しているといったそばから信じられない!!

 やっぱり、そういうことだったんだ。信じられない!!


「カオル、顔真っ赤。怒ってるの? 妬いているの?」

 ユウコの口調はますますからかうようになった。


「ごめん。冗談よ。カオルが見た以上のことはなんにもないわ。誓って。あんなに泥酔していた女を部屋まで運んでくれようとしてくれたんだし、とりあえず悪い奴じゃなさそうでしょ。だからオススメしているのよ」


「先方の都合を考えなていないです。ユウコは強引すぎます」


「仕事になるんだからぜんぜん問題ないでしょ。カオルのほうこそ意識しすぎなのよ」


「私には経験がありません!!だからわからないんです。知っているでしょ!!」


「あれ? 雨宮先生は分析と洞察で経験を超えるんじゃなかったっけ?」


「……え?」


 しばらく間をおいてユウコが爆笑をはじめた。

 それは3分ほど止まらなかった。

 私には永遠に感じる。

 複雑な感情が蠢く。こういうものから私は逃れたかったのに。


 ※  ※  ※


「わかりました。担当さんのほうが了承しているのであれば、出かけるのはかまいません。文献を調べるのは私ひとりでもかまわないのですが」


「文献じゃなくて、映画だっつーの。しかもベタな恋愛ものらしいよ。私、ホラーとアクションしか興味ないから、いっこも観たことないけど。まあ、よかった。その気になってくれて。日にちとか時間とかは長谷川くんと相談して。じゃあね」


 ユウコが私の部屋こと〈大家〉部屋を出て行こうとする。


「ちょっと待ってください!!」


「どした?」


「じ、準備は、な、なにをどうすればいいのですか?」


「そういうの、カオルはなんでも調べて自分でできるタイプじゃん」


「そ、そうかもしれませんが、今回は急すぎて間に合う自信が……」


「たとえばなに?」


「なにを、着ていけばいいのか、とか……」


「いやいや、カオル、デートじゃないんだから、あはははは」


「でも」


「仕事で一回会ってるんでしょ? あははははははは」

 からかっている。あからさまに揶揄われているのがわかる。

 でもユウコは私を馬鹿にしているんじゃない、それもわかっている。


「そっか。じゃあ、経験してみる? 女の子がデートに臨むときのワクワクを」


「デートではありませんが!!!」


「服でもなんでもレクチャーしてあげるよ。明日、吉祥寺に出かけよう」


「明日はお仕事では?」


「体調不良で休みにするわ」


 ※  ※  ※


 私はユウコに当日着る服一式を見立てられて、そのままプレゼントしてもらった。

 映画なんかよりよっぽど高額なものなのに。

 しかも下着まで。

 なんで下着。


 でもユウコが楽しそうだったから、それがいちばんだった。

 私もとっても楽しかった。

 ふたりで買い物に出かけたのは大学の時以来かもしれない。

 私の人生では数えられるくらいしかない。

 私にはいろいろ経験がない。

 ユウコは祖父が亡くなってから、社会経験をさせてくれる唯一の存在だった。


 もう、それで十分「お詫び」にはなっている。それどころか私が「お礼」をしなければならないくらいに。


 できるだけ、ひとりでいたいのは本心。

 でも新しい人間関係をきづきたいとは思わない。

 私はそのリスクにしか頭が及ばない。

『人間関係の9割は洞察力』

 なんて本を書きながら、私は人間関係を恐れている。

 失礼にもほどがある。タイトルはユウコだか出版社がつけたものだけれど。

 私は弱い私が生きていくための「武器」として書いた。

 私は経験を否定しているわけじゃない。でも、経験だけが絶対だといわれたら、私に存在価値はなくなる。それにやはり、ひとりの人間が経験できることには限界がある。だからこそ、本があり、音楽やエンタメがある。

 そこで何かを受け取る。

 実践するのは読者の人たち。

 そこに、とても申し訳なさを感じていたけど、本を読んでうまくいった、前に進めたという声がびっくりするくらい届けられた。嬉しかった。

 いっぽうで、悪意のようなものを投げてくる人も多かった。だから、もう本なんて出したくない。


 たくさんの読者が前に進んだのに、私は立ち止まったままでいる。


 そんなことを考えていたら、仕事先の人と映画を観にいくことくらいなんでもないような気がしてきた。

 ふと、担当さんの顔が浮かぶと、そんな気がしなくなってしまうのは、なぜなのか私にもわからない。


 そうだ。私はデートだと勘違いしていたのだろう。

 だいたい私にはプライペートの人付き合いはユウコしかいない。

 異性がふたりで映画を観るからというだけで恋愛に結びつけるのは私の価値観が古いのだろう。


 これは仕事だ。だとしたら、映画「30年後の初恋」をきっちりと研究しなくてはいけない。

 まずは事前の評判、最新のレビューをチェックして、類型作品もリストアップしておかなくてはならない。


 準備はまだまだやることがある。

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