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人生が輝くたったひとつの方法  作者: 無銘、影虎
1 君が愛を語れ
20/31

020 関係修復

 あの日から、出勤する時も、帰宅する時も少し身構えてしまう。

 雨宮あめみや先生が、じつはアパートの大家さんで、101号室に住んでいることを知った日からだ。

 なんとなく、遭遇することを危惧してしまうのだ。

 なんていえばいいだろうと考えてしまう。

 いや、何も難しくはない。おはようございます、こんばんわ、で、いいに決まっている。

 だが正直、抵抗がある。仕事相手だ。見送られたり、迎えられたりする関係じゃない。

 だが、幸いにというか、これまで一度も先生と遭遇したことはない。

 アパートで顔を合わせたのは酔っ払った三田園みたぞのさんを運んだあの日だけだった。

 あれから一週間が経つ。本当にあの部屋に住んでいるのだろうか、というくらいに会わない。

 先生のことだから、ひきこもっているんだろうけど。

 そういえば、一度離れた場所のスーパーで偶然会った。

 いつも、あんな遠くのスーパーまで歩いて買い物をしているのか。

 ともかく、仕事相手が生活圏まるかぶりにいるというのは居心地がいいものではなかった。


 先生にも三田園さんにも、できるだけ会わないようにしよう。

 と、思ったそばから、三田園さんに遭遇してしまった。

 というより、うちの玄関の前で待ち伏せしている。

 この酔っ払いのせいで、どれだけ散々な目にあったことか。

 会うのはあれ以来だ。

「やあ」

 三田園さんはなんでもないように手をあげて軽い挨拶をしてくる。

「なんか用ですか?」

 自分でも少し刺々(とげとげ)しい口ぶりだと思った。

「怒ってる? 怒ってるよねー。ごめん! 本当にごめんなさい!」

 ゴメンナサイする時に手を合わせて拝む人をはじめて見たかもしれない。

「もういいですよ」

 言いながら自分でもブスっとしていると思った。ぜんぜん許せていない。

「そうはいかないよ。つぐない、させて」

 〈つぐない〉って語感はなんだか重みを感じる。そしてエロスを感じる。

 いかん、あの時の感触と体温がよみがえる。


 〈男女の感情には、そうした前提があるのでしょうか。私、わかりませんが!〉

 なぜか先生の声が頭に響く。


「つぐないは、おおげさすぎます」

 俺はメガネを中指でクイッとあげて、さも冷静クールを装う。

「はは、そうね。なんていうか、本当に悪いことをしたと思っているのよ。カオルも超怒ってたし。あ、あんたもカオルか。ははは」

 本当に反省しているのか。軽すぎるぞ。

「でね、カオルにさ、あんたのところに行っちゃダメって言われちゃった」

「出禁ですね」

「そうそう」

「さっそく、違反していますね」

「そうそう」

 だめだなこの人。

「ま、素面しらふならいいじゃん」

 だめだなこの人。

「それで、ふたりにお詫びしたいんだ。これ、映画の招待券」

 そう言って封筒を差し出す。

「はあ……」

 受け取って中を見ると、これから上映予定の恋愛映画だった。

 こういうの人にプレゼントするものなの? 相手の趣味趣向も知らないのに?

 俺の映画の趣味は何も考えないで済むアクション映画だ。映画は現実逃避だ。

「恋愛の研究をしているんでしょ? ちょうどいいじゃん」

「いや、それは雨宮先生がやっていることで」

「だからカオルにも渡してあるよ。あ、あんたもカオルか」

 2回目だ。定番ギャグにしようとしているのか。

 ん? そういえばチケットは1枚だけだ。

 一緒に行けということか。

「なぜ、それがお詫びになるんです?」

「私のせいで二人が気まずくなっちゃったでしょ? 仲直りしてほしくて」

「ケンカしてないですし、誤解は解けましたし、仕事に問題はありません」

「でも、カオル、あれから担当さんから連絡がないって言ってたよ。あんたを引っ叩いたこと、相当引きずっているみたいだし、気まずくなってるんじゃないの?」

 あんたのせいだろ。

「そんなことはありません」

 そっとメガネを直す。もう自分でも思うが、この動作はクールどころか、動揺アピールだ。

「なら、いつ連絡するの? 定期的にミーティングしてるんでしょ」

 たしかにいまちょっと連絡が取りづらくなっている。

「近いうちにする予定です」

 言わされている感じ。

「ならさ、その時、映画いつ行くか決めなよ」

 やっぱり一緒に行かせるつもりか。

 だけど先生がそんなことをするとは思えない。コミュ障にしてひきこもり。難易度がかなり高いだろう。

「先生に対してお詫びになってるんですか」

 喜ぶどころか負担でしかないだろう。

「なーに言ってんの。なるに決まってるじゃん。あんたはカオルにとって特別よ」

「どういうことですか」

 メガネを直す。連続でもう一回直す。

「そのままの意味よ。私、大学からの付き合いだけど、あの子、人付き合いがまるでできないでしょ。プライベートで男と話しているのなんて見たこともないわよ」

 大学の同級生というのは初耳だ。そんなに長い付き合いだったのか。

「俺は仕事の付き合いなんだけど」

「はじめは仕事だとしても、そのあとプライベートの付き合いになって何が悪いの」

「悪いとは言ってない」

「ともかく、あんたははじめての男、はじめてよ。特別よ。あんただけのものよ。どうよ、嬉しいでしょう!?」

 通販番組のように畳み掛けてくる。しかして、その顔はからかっているようにしか見えない。

 メガネを直す。もう、どれだけ直したかわからない。逆に上にズレていそうだ。

「はい、私の用事はおしまい。あとでゆっくり聞かせてもらうからねー」

 三田園結子は去っていった。


 ※  ※  ※


 意識していないと言ったらウソになる。

 いや、正直に言ってめちゃくちゃ意識している。先生が俺にベタ惚れくらいまで妄想してしまう。

 俺は先生をどう思っているのか。美人だし、美人だし、美人だ。ルッキズム的な感想しか出てこない。最低だ。だからこれは恋愛感情ではない。よし、そういうことだ。

 意識していては仕事に差し障りがある。

 意識はしない。先生にメールを出そう。ミーティングをセッティングしよう。

 しかし、同じアパートに住みながら、会社に出かけ、自宅の階下に住まう人とオンラインで話すのはなんだか変な気分だ。


 〈雨宮先生   

 お世話になります。

 お時間あいてしまいましたが、次回のミーティング、今週木曜日はいかがでしょうか〉


 とかいうメールを送って、帰ってからアパートで会ったらどうすんだ。

 と、つぶやきながら送信。


 〈了解しました。午後であればいつでも結構です〉


 速攻で返信がきた。


 ※  ※  ※


 木曜日。

 打ち合わせ用の小スペースにノートPCを持ち込んで、オンラインミーティングの準備をする。

 今日いったいなんの話をすべきずっと考えていた。どちらがお題を出すかは決めていなかったが、すくなくとも自分は用意しておかなくてはいけないだろう。三田園さんによると先生は落ち込んでいるという。だとしたら、十分な準備ができていないかもしれない。多少ブレスト気味でも開催することに意義がある。いつもそうか。

 それと、例の映画の件、話すかどうかはまだ決められていない。心情的には完全に50:50だ。やっぱり、先生には負担だろうし、俺にも負担だ。気を遣いすぎる。でもこの話を切り出さなかったとして、先生が万が一にでも楽しみにしていたらがっかりさせてしまうことになる。そうなるくらいだったらいくらでもお供する。仕事だし、ぜんぜん平気だ。しかし、いざ誘ってみて、あの強いモードで速攻拒否られたらどうだろうか。

「いやです」

 間髪入れない強い響きが。

 俺は傷つくだろう。まるでエサにガッついてきた犬が「待て」をされたみたいにシュンとなるだろう。いや、そんなふうに見られていることに傷つきそうだ。

 どちらにしろ、これは俺に不利だ。先生からこの話をすることはないだろうし、もはや俺次第だ。やれやれ。


 そうこうしている間に、先生が入室する。

 今日は「おかめ」の面あたりだろうか。


 入室を許可すると、ビデオがオンになって、モニターに先生がうつる。


「こんにちわ。お世話になります……。今日はお面なしなんですね」

「はい。もうストックがありませんでした」

「毎回変えるルールなんですか」

「いえ……」

 言い淀んでいる。ここは突っ込むところじゃないな。

「今日は、どんなテーマでいきますか。先生の方からなければ、私のほうからでも」

「ええ、よければ担当さんにお任せします」

「はい。人を好きになる理由、あったじゃないですか。消しゴムを拾ってもらったとか」

「はい」

「ちょっと今日はセンシティブな話なんですが、その、一目惚れ、いわゆる見た目で好きになるというのはありえるんでしょうか?」

「私にはないです」

 一般論に落とし込んでほしいのに、フィクションの話ですらなく、いきなり自分の話だ。

「担当さんはあるんですか?」

 なんかいつもと違ってお互いの話になろうとしている。調子が狂う。

「見た目に惹かれることはあります。でもそれが、恋愛感情なのかどうか」

「ハロー効果というものがあります。一部のすぐれた部分を見て、ほかのすべても優れていると認識してしまうことです。勘違いです。あるいは常日頃イメージしている理想像に近いとこれまた相手に勝手な期待を抱いてしまいます。これも勘違いです」

 いつにもまして歯切れがいい。

「ひと目惚れにはなんの説得力もありません」

「きっぱりしていますね」

「なぜなら、たいてい美男美女しか出てこないからです」

「へ?」

「少なくてもメインのふたり、そこに割り込んでくる登場人物はビジュアル的にみな整っています。最低でも平均的に描かれています」

 また創作フィクションの話になったか。

「ビジュアルで差がつけられないからこそ、恋愛が描けるのではないでしょうか」

 確かに。そう言われてみれば。コミックだけじゃなく実写ドラマだって美男美女だもんな。

「あと、作者にとって好みの顔はひとつなので、みなベースは同じということもあります。とくにヒロインの顔は毎回同じです」

「いや、それはまあ置いておいて」

「ともかく、〈恋愛〉を描く時に多少の好みはあっても、美醜で描かれることはありません。それは読者も望んでいます。だからそれが本質なのだと思います」

「でも、現実では顔の好みはみんな言いますよね。あ、言うんです。二次元でも三次元でもありますよね、好み。ルッキズムだなんだ言いますけど、それ使い方間違っているし、容姿の好みは誰でもけっこうなこだわりがあるのだと思うんですが」

「そうですね。だれにでも理想はあるでしょう。でもそれは恋愛とは別件ではないかと思います。なにしろ関係性というものが存在しません。消しゴムすら拾っていません」

「やはり一目惚れはない、と」

 先生とはじめて会った時、正直、絵画のように美しいと思った。これを一目惚れというのなら、俺は勘違いをしてしまうんだろうか。

「いえ、ひと目惚れ自体はあるんだと思います」

「あらら」

「そこから恋愛がはじまることもあるでしょう。ただ、あくまで別物というのが私の考えです。あと、男性はハンターであり、獲物を見つけて追いかけるのが本能だという、すぐに石器時代に戻りたがる話が、個人的に好きではありません」

 ああ、あるな。遺伝子的にとか、本能的にとかいう解説の仕方。

「なぜですか」

「いま、石器時代じゃないんで。調べたところ、そういうのが好きなのは主に男性で、女性にはピンとこないようで、今回の企画ではノイズにしかならないと思います」

 すごいな、先生。

 恋の欠片もないはずのに、これほどまでに堂々と語ることができるとは。

「ここまで定義したところで、もう一度聞きますが、担当さんは一目惚れするんですか?」

「恋をした、というのと違うのであれば、しょっちゅうしているのかもしれませんね。美しいものは美しいと思います」

「うまいことのっかりましたね。でも実際、美しさを追い求めるのは自分のためなんだと思います。キレイになりたいというのも、自分磨きも、恋だの愛だの建前があったとしても、やはり自分のためな気がします。それを求愛的本能と言われればそうなんだろうと思いますが、現代では結果よりもその過程に生きがいがあるように感じます。女性誌とか見てますと」

「女性誌を読まれたんですか」

 驚きだ。どういう心境の変化だろう。

「ええ、ちょっと覗いてみただけです」

 伏目がちに答える先生。別に恥ずかしいことじゃありませんよ! と口には出さない。

 ラブコメの話に終始しているいつもと違い、何か恋愛論的な話になった。


 とても上から目線だが、先生が成長している気がする。これはいけるかもしれないぞ。

 本日の釣果に大満足である。


 そうして話を締めようとした時、先生と目がガッツリあった気がした。


 あ、映画の話。


「先生、映画、いつ行きますか?」

 もう、さらっとあれこれ考えずに口にした。

「え、あ、ああああ、はい。はい。いつでも、いや、いえ、平日のお昼がいいですっ、人混みがあれなのでっ。あ、違う、お仕事ですよね、あ、えーと」

 先生があわあわしている。

 さっきまでとは別人のようだ。でもよかった。ほっと胸を撫で下ろす。

「大丈夫ですよ、平日でも。先生とお会いするのは仕事ですから。打ち合わせに出かけるのとおんなじです」

「そう、ですよね……」

 そうしてめでたく、日程が決まった。


 そうしてノートPCを閉じて、ふと思った。


 異性の作家と平日の昼日中に恋愛映画を観に行くのは仕事なのか?

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