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人生が輝くたったひとつの方法  作者: 無銘、影虎
1 君が愛を語れ
14/31

014 【雨宮薫】

 こまりました。

 どうしよう。どうしましょう。


 仕事相手が同じアパートに住むなんて、とんでもない。

 もう、コンビニやスーパーに買い物にも行けません。


 ほぼ他人でいられるほかの下宿人とはぜんぜん違う。


 話しかけられても、挨拶あいさつされても、「どうも」みたいに会釈だけして立ち去ってしまえば、それ以上深追いしてくる人はほとんどいません。つまり3文字を超えない間柄。『どんな相手でも20分会話が続く魔法のフレーズ』ほか、会話術の本を読みあさった私だから使える逆張ぎゃくばりの技術。もちろん、そもそも平日の日中、みなさんがお仕事に出かけている間に私は外出する。

 しかし、ニアミスはありえる。

 気まずいどころでは……。


 会いたくない、会いたくない!


 私が引っ越す? どこに?

 買い物はすべてベゾスにする? でも駅前のお肉屋さんのコロッケは売っていない。

 もしかしたら、もう一人別の〈長谷川薫はせがわかおる〉の可能性は?

 そうそう、たぶん、日本には100万人くらいは……いや、ないない。


 せっかく、この生活にも慣れてきた頃だというのに。

 なんの呪いなんでしょう。

 私が〈ひとつ屋根の下理論〉なんて話をしたから?


 いまから解約できないかしら? 無理ですよね……。


 悩んでもどうにもならない。

 私はスマホを取り出して電話をかけた。


「ああ、ユウコ? いまちょっといい? うん、まあ……そうかな。うん。来てくれる? ありがとう」


 ガチャ。1分後、玄関のドアが開く音がした。


「ひぃいいいぃぃぃぃい!!」

 私は過去にないような悲鳴をあげてしまう。

 でも、そこに立っていたのはユウコだった。


「な、なんで?」

「なんでって、カオルが呼んだんでしょーが」

「い、いや、ど、ドア!」

「え? 開いてたけど?」

 開いてたら入ってくるんかい。

 あ、しまった。さっき置き配を回収した時に閉め忘れた。


 ユウコはそのままずかずかと上がってくる。彼女は私の唯一の友達。大学時代からの付き合いだ。

 土曜で今日は休みだったのだろう。グレーのパーカーにスウェットといういかにも部屋着姿だ。

 彼女は103号室、つまり私の部屋のふたつ隣に住んでいる。友人であり、大家と店子の関係でもある。

 彼女はIT企業に転職してからショートヘアに金色のメッシュを入れている。

 ベンチャーらしい自由な社風のようだ。


 私がお茶を淹れようと立ち上がると、彼女がそれを制す。

「いーよいーよ。で? どしたの」

「えーと、ですね」

 私は要領をえず、右に行ったり左に行ったりの迷宮のような言葉を並べる。文章ならこんなことはない。そのうえ、プライベートなことを人に伝えようとすると緊張してしまう。たとえそれが友人であっても。

 しかし、こんな時にユウコがありがたいのは、私のことを理解してくれて、なんとなく察知してくれるところだ。


「つまり、知ってる男が、知らないうちにこのアパートに引っ越してくることになって、気まずいと」

「そうそう」

「どういう関係?」

「えっ、それ言ってなかったっけ?」

 あんなにたくさんしゃべったのに。

「うん、聞いてない。そんなに狼狽えるということは、そっか。……ついにカオルにも……」

「違うから。遠い目をしないで」

「じゃあ、引きこもり女に男の知り合いがいる理由を説明せよ」

「し、仕事ですっ」

 私は、また本を書くことになったことを伝える。

「うそっ、前の本でもう終わりって言ってたじゃん。というか、じゃあ、男って編集者なんだ。どこの出版社?」

「前の本と同じとこ……」

「えっ、私の前の職場? じゃあ知っている人かも。あそこにまともなメンズいたかなあ。ねえ、誰、誰?」

「えーとですね。はせがわ……」

「長谷川薫!!」

 唐突とうとつにユウコが私を指差す。クイズの早押し回答をするように。

「し、知ってるんですか?」

「知って……いやよくは知らない。でも、カオルと同じ名前の人がいるなって、だから覚えてた。私、あんまりデスクに座ってなかったし、部署違うし」

 ユウコは雑誌編集部にいた。毎月毎月売り上げが下がっていた老舗のPC雑誌だった。広告も取れない、部数も落ち続けていた。会社からの風当たりは強く、ほかの収益源を立てるように言われて、ユウコは単行本をつくることにした。それが私の処女作だ。


「そっかー。でもなんでやる気になったわけ? まさか相手が同姓同名で運命を感じちゃったの?」

「そんなことわあぁ、ありやせん」

 顔が熱くなる。

 本当にそう思っているが、理論的に考えると否定しきれない部分がかなり大きい。

 これじゃ私がロマンチストみたいだ。


「しかし、もう無理でしょう。契約しちゃったんだから。どうしたいの?」

「わからないから、呼んだんですけど」

「本書くのやめちゃえば?」

「それはいまさらです」

「なら、顔を合わせなければいいわけ?」

「はい。そして、私がここの大家であることも知られない。それが条件です」

「なんで私に条件出してくるのよ」

「お願いしますっ! このままじゃ〈ひとつ屋根の下〉理論なんです」

「は?」

「親の再婚で同い年の男女が兄妹になって同居することになるってありえると思いますかっ!?」

「は? 何言ってるかわからないけど、それはマンガの話だな」

「作家と編集者が、大家と店子たなこになることはありえるんですか!?」

「なんで私にクレームいれてくるんだよ……実際に起きちゃってるじゃん」

「お願いですっ! 力を与えたまえ」

「力は貸すけど与えられないわよ。カオルさ、いい機会だから男に慣れておいたら?」

「いやです」

「即答かよ」


 その時、近くで大きな車が停車する音が聞こえた。おそらく、引越しのトラックだろう。

「まさかっ、もう来たの?」

「来たのはトラックだけでしょ。本人が同乗してることはあんまりないわよ。とはいえ、時間は合わせてくるでしょうから、むしろもう来てるかもね」

「どどどど、どうしようー」

「あんた大家への挨拶はしないよう不動産屋には伝えているんでしょ? ならそのまま隠れていれば?」

「そ、それがですね。引越しの当日にポストに鍵を入れることになっていまして。今日だというのをさっき聞きまして」

「それ、不動産屋がやるんじゃないの?」

「その人がいつもバタバタしていまして……」

「ということは、彼、部屋に入れないね」

「ですね」

「困るだろうね。彼も、引越し屋も」

「別に……」

「うーん。わかった。私が渡してくる」

「えっ?」

「私が大家ってことにするよ」

「え?」


 ピンポーン。呼び鈴が鳴る。

「ああ、来ちゃったな。しょうがないよ。挨拶いらないって言ってもカギなきゃ取りにくるでしょ。カオル、カギちょうだい」

 私は引き出しから鍵を取り出す。あのバタバタさんがバタバタしているせいで、つい引き受けてしまったのだが、最悪の展開になってしまった。私はカギをユウコに渡すと、最もスニーキングに適したポイントを探して身を潜めた。


 ユウコは「はーい」と言って玄関ドアをあける。


「あ、どうもすみません。本日からお世話になります長谷川薫です」

「はい、どーもどーも。よろしくお願いしまーす」

「こちらには来ないよう言われていたんですが、ポストにあるはずのカギが見当たらなくて……」


 二人の会話がスニーキングポイントからもよく聞こえる。ユウコがドアを開けっぱなしで話しているからだ。


「これ、カギ。入れておくの忘れてたわ。ごめんなさい」

「大家さんて、大家さんていうんですね」

「そうそう。おもしろいわよね」

「お名前をうかがっていなかったので」

「私? 私は三田園みたぞのよ。三田園結子」

「え? 大家さんなのでは……表札にはそう書いてありますが」

「私はふだんそこの103号室に住んでいるの。で、こっちは大家としての事務用の部屋なの。だから大家」

「そういうことなんですね」


 そう、このアパートの住人はほとんどが表札をだしていない。防犯意識からだそうだ。ユウコも出していない。荷物は部屋番号だけで届く。私が〈大家〉の表札を出しているのは、不動産会社に「住人に大家の部屋を訪れないよう」伝えているため、念には念を押して表示している。魔除けのつもりだ。住人のほとんどが私の名前を〈大家〉だと勘違いしているだろう。不動産屋にも非公開をお願いしている。


「だから、なんかあったら103のほうに来てくださいね。〈大家〉の部屋はふだん使っていないので」

「そうなんですね」


 ナイス、ユウコ。これで私はここで静かに暮らせる。彼は2階の部屋だし、階段を降りて門と反対側にわざわざ引き返さなければ、この〈大家部屋〉が視界に入ることもない。


「大家さんへのご挨拶は遠慮するように言われたんですけど、迷惑でしたか?」

「いーのいーの。まあ、めんどくさっちゃめんどくさいからアレなんだけど、そこまで気にしないで」

「ははは、よかったです。それにしてもお若いんですね。意外でした。あ、すみません」

「そうね。まあ、相続っていうの。それ系だから」

「なるほど、それ系なんですね」

「ところで大家さん、以前出版社に勤めてませんでした?」


 なぬ。知り合いじゃないんじゃなかったの!?


「あ、気づいたー? そうそう同じ出版社で働いてたよね。長谷川くん」

「俺のこと知っているんですか。部署も違ったし、ほぼしゃべったことないですよね」

「とはいえ元同僚じゃん。書類も見てるし。勤め先も書いてあるし」

「そっか。そうですね。それにしても奇遇ですね。じつは俺いま、三田園さん――もう三田園さんって呼んでいいですか?」

「どうぞどうぞ」

「三田園さんの著者引き継いでるんですよ。雨宮先生」

「そうなんだ。彼女、難しいでしょう……」


 その時、ガシャンと大きな音を立てて食器が割れた。突然立ち上がった私がぶつけて落としたのだ。


「あ、ちょっと何か落っこちたみたい。またね」

「あ、はい。カギ、ありがとうございました」


 ドアを閉めてユウコが戻ってきた。


「ちょっと、ユウコ」

「いやいや、ちょっとどんな男か観察しようと思ってね」

大家わたしのキャラ変えないでよ」

わたしは誰にも知られたくないんじゃなかったっけ?」

 ユウコが茶化すように笑った。

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