011 恋愛論2
「お互いが、なんとなーく、好意を持っているにも関わらず、それを確かめる勇気がない。それがラブコメの初期段階です」
先生はしたり顔で言う。
お面で見えないが、たぶんそう。
はじめて会った時の弱々しさ、とつぜん興奮した姿。最初に見たそれらとも違う、いわゆる〈ドヤ顔〉……のキツネ。
しかし、これは仕事の話であったはずだ。もっと自分を輝かせたい、「愛されて幸せになりたい」という前向きな気持ちをもった女性たちの背中を押すことのできる「自己啓発本」の打ち合わせのはず。
なんで、初っ端からラブコメのセオリーを聞かされているのか。
「くっついたら〈最終回〉なんです。実際のところ、読者からしたら、もうくっついてるも同然じゃん、という展開があってもくっついていないことにするんです。ずっとつかず離れずを繰り返す必要があります」
「は、はい……」
「そこで、大切なことがわかりますか? ――はい、担当さん」
俺を指差す先生。イラッとするマウント行為。
つかず離れずを繰り返すことに必要なこと? ……えーっと……。
いちおう考えてみるが、マンガとかラノベの話だよな。現実にそんなこと状況あるかな?
「どっちも、超奥手とか?」
「はい、ブーーーーーーーーーーーーッッ!!」
(ちっ)
「それだと、つかず離れずではなく、離れ離れです。永遠に」
「たしかに。どっちかが勇気を出さないとですね」
「勇気を出して告白すると、結論が出てしまう可能性がありますよ。最終回ですよ。いいんですか?」
「い、いや。連載が終わるのは……」
焦ってそう答えた。俺はよくわからないままこのペースに巻き込まれる。
「担当さんがおっしゃった奥手属性はもちろん重要です。すぐにコクったらダメなんです。ラブコメの要点はヤキモキなんです」
「わかる気は、します」
「じゃあ、奥手なやつらがちょっとずつ近づくには、環境がとてつもなく大事だということです」
「やつら呼ばわり……」
「つかず離れずの極意を教えましょう」
「ありがとうございます」
「それは、〈日常的接点〉です」
「日常的接点?」
「そうです。たとえば、担当さん――あなたが、どこかで一目惚れをします。でも奥手なので声もかけられない。ところが、二人は別のところで再会します。A.女医と患者として B.高校の同級生 C.アルバイト仲間として。最適なのはどれ?」
突然の三択。ラブコメだからロマンチックなのかな……。
えーっと。
「A ?」
「ブーーーーーッ」
「なら、Bですか?」
「ブーーーーーーッ」
ちくしょう、なんなんだよ。
「いいですか。さきほど、このお題が〈日常的接点〉だといいました。なぜ、それが必要かというと、一か月に一回程度しか会わない登場人物ではお話が成り立たないのです。進展も後退も、要するにあーだこーだいうエピソードがつくれないのです! というわけで、Aは通院のときにしか合わないので、ないです。無理やり毎日通院する設定ならありかもですが、閉鎖空間なので新キャラが出しにくいです。っていうか、この設定はエロ漫画です。……たぶん」
「きめつけがひどい」
しかし、エロ漫画と言ったとたん、先生はプイッと横を向いた。
耳が赤い。勢いで言ってしまって照れているのか。
「それと、高校の同級生はありそうですが、なんの接点もない二人が、引っ込み思案でいたら、たとえ同じ学校であっても3年間なにも起きません」
「まあ、ああ……」
「つまりですね。お互い好意とは関係なく、いえ、好意があるのがわりと明らかなのに、それを伝えなくても、ほぼ毎日顔を合わせる環境が必要なのです。それがつかずはなれずの状況を生み出すのです!!!」
「お、おう……」
「ともかく、主人公とヒロイン、性別逆にしたところで、学校のサークルが同じ、趣味が同じなど、心の距離感関係なく日常的に顔を合わせる設定がないと、お話になりません。なんにもはじまりません。主要登場人物数人しか所属していない、特殊な部活が、いい感じに放課後ラブコメになっているものもありました。大人数だとこれまた奥手は話すことさえできません。最近は、スクールカースト上位っぽいギャルが、なぜかオタクで主人公との距離をつめてきます。積極的に。趣味がおんなじだからって。なんつって。んなわけありますか? 都合がいい、都合がよすぎるんです」
これまてにない饒舌、そして情熱を感じる。
「まあ、漫画ですから……」
「そのシュチュエーションには手垢のついたものが多いです」
あれ、やっぱり俺はラブコメの講義を受けているのか。恋愛経験のない美人(コンプラ違反)に。
「そして、日常接触の最高峰が、第1位〈ひとつ屋根の下〉です」
「ああ、ありますね。一緒に暮らしてるんだから、そりゃもう避けられませんよね。毎日接触ですよね」
「そうです。これには、宇宙人やら異世界人やらが押しかけてくるSFとか、たまたま同じアパートに住んでいるお隣さん、親同士が仲が良くてどちらかの家の都合で同居する、もしくは片親同士が再婚してたまたま同い年くらいの二人が義理の兄妹だか姉弟だか、とにかく〈きょうだい〉になるだとか、があります。現実的にはものすっごいレアケースな気がしますが、いや、そんなわけあるかいと思うレベルですが、業界的にはスタンダードなようです」
「業界って……」
「そして〈ひとつ屋根の下〉はラッキースケベを生み出しやすいです」
「スケベ?」
「つまり、手をつなぐ前にエッチなシチュエーションが描けるので、いいとこどりなのです。はっっ!!」
また言ってから慌ててそっぽを向く。耳が真っ赤だ。
先生は照れるわりには下ネタ方向の話をするな。そういうのお好きなのかな。異性を目の前にしながら、コミュ障なのに、美人なのに、恋愛経験ないのに(コンプラ違反のロイヤルストレートフラッシュ)。
「わかります。なるほどです。でも、それ漫画の話ですよね」
「そんなことありません。ひとつ屋根の下は擦られすぎたファンタジーですが、日常的接触は、恋愛の最短コースだと思います。実際、結婚相手は学生時代の恋人、あるいは職場結婚というのが実際にも圧倒的多数と聞いています。とにかく接点がなければ、何も生まれません。ネット情報ですが」
先生はここぞとばかりにドヤ顔だ。お面で隠れているが、たぶん。
「うーん、うーん……」
そう言われて
反論するデータがない。
あれ、俺、なんの話をしているんだっけ?




