010 恋愛論
〈恋愛の法則、発見しました〉
と、いう、雨宮先生から連絡があり、
〈さすがですね! ぜひお聞かせください〉
と少々、疑いながらも賞賛のメールを返す。なぜ疑うかっていうと、なにしろ、恋愛未経験。そして、とつぜん攻撃的になるコミュ障女。そしてパリピ(きめつけ)である俺のことを嫌っている。第一印象で敵認識されてしまった。彼女は敵を叩き潰すために「モテる女の極意」を研究している。たぶん、主に本とかネットで。
だが、これは仕事。そして相手は「著者」。当然、おろそかにできない。
そうして、〈お聞かせください〉の話がオンラインでの打ち合わせということになった。
もちろん、打ち合わせはメールやチャットではできない。そして、先生からは電話は絶対NGだと言われている。たしかに、電話というのは相手の感情が見えづらくて緊張する。なのに昭和のおじさんはすぐに「そんなもん電話すりゃいいだろ」と言う。自分は電話とらないくせに。
コロナのおかげでオンラインミーティングが世間的に普及したのは自分世代には歓迎だ。
ただ、出かけることも圧倒的に少なくなった。それはいい場合も悪い場合もある。
会社に籠もりたくない時は、遠くても「うかがいます」とゴリ押しするし、出かけたくない打ち合わせの時はオンラインを提案している。
※ ※ ※
社内の打ち合わせブースのデスクにノートPCを持ち込んで、その脇にミネラルウォーターのペットボトルを置く。
開始時刻の10分前。イヤフォンを耳につけ、5分前になったら、ルームを開く。
ペットボトルの水を飲む。
うそ、先生もう待機している。
あわてて入室を許可する。
音声とビデオをオンにする。
「ぶっ!!」
俺はまさしくブッと発音し、水を吹き出す。
あわててモニターにかかった水をティッシュで拭く。
そこにはキツネの面をかぶった怪しい女がいた。
「せ、先生……どうしたんですか?」
「すみません、緊張してしまうので、これでお許しください……」
キツネ面の女は言った。
「どこで手に入れたんですか……」
「ベゾスで買いました」
誰もが知ってるオンラインショッピングサイト。そりゃなんでも売っている。
よかった家に伝わる特級呪物じゃなくて。
「じゃ、じゃあ、本日はブレストというか、見出しになるような〈恋愛法則〉をお聞かせいただけるということですよね?」
「はい。まず、lkfmlsd;:k;,s」
「あ、すみません。先生、ちょっとよく聞き取れないです。お面のせいかもです」
すると、先生は口元のところだけキツネ面をクイっとあげた。
「失礼しました。聞こえますか」
「はい。大丈夫です」
口元だけ見えるとなぜか色っぽい。先生の声も好みかもしれない。
先日の初対面時は仕事の緊張感から気づかなかった。
いや、オンラインは音に集中できるのと、視線にあまり気を使わなくていいからだろう。
まあ、先生はその視線がいやでお面をかぶっているのだろうけど。
「担当さん、いいですか。今日は基本的なところです。前提、と言ってもいいでしょう」
〈担当さん〉か。たしかにお互い同姓同名なのだから、名前で呼ぶのはややこしい。
「はい。恋愛における前提、ですよね」
「そうです。まず、男女間の恋愛感情で、まずはじめに問題となるのは、〈相手の気持ちがわからない〉ということに尽きます」
そりゃ、そうだろうっ……!!
わりと衝撃を受けた。先生の観察力、分析力、洞察力やらに。
「でも、お互いの気持ちを知らないだけで、結局のところ、最初からくっつくことはわかっているのです」
「は?」
「一目惚れだとか、前世の縁だとか、理由はいくらでも。ただ、くっつくことは決まっています」
は? なにそれ、それこそスピリチュアルでは?
「ただ、すぐにくっついてしまったら元も子もありません。あっちいったり、こっちいったり、上がったり、下がったりを繰り返してから、なんやかんやあって、ようやく結ばれるのです」
「はい?……」
「それがセオリーなんです」
画面の向こうで先生は本の表紙を次々とPCのカメラに向けて自分に見せつけてくる。
いまどきなイラストで、可愛い女の子がきゃっきゃしている表紙。
『義母の連れ子が俺のクラスいちの美少女と評判の委員長で、生徒会長になる野望のために毎晩俺の部屋に入り浸っているんですが』をはじめ、一瞬では読み取れない長いタイトルの本を次々と画面に向けてくる。
先生は、次々と本を持ち替え、画面越しに表紙を見せてくる。
『シェアハウス1000日ダイアリー』
なんか聞いたことある。コミック原作で実写ドラマになったあれか。
『余命28年の花嫁の弟』
それも、知っている。アニメになってずっこけたやつだ。原作も売れていないのにアニメになったことだけがネットで話題になった。
『ペガサス独身寮』
これはよく知っていてる。けっこう古いが名作と呼ばれているらしい。兄がもっていたので全巻読んだ。
「……で?」
「研究の成果です」
「ラノベ、コミック、みんな……創作……じゃないですか?」
「はい」
「企画としてお願いたしたのは、女性向けの自己啓発本であって、創作ではないのですが……」
「類書を研究して書くと、限りなく類書の影響を受けます。とくに私それに引っ張られます。なにしろ恋愛未経験ですから。似通った内容になって売れるんですか?」
「は?」
「は?じゃないです。ジャンルやカテゴリといった枠組みのなかにある狭い常識を壊さないと進化も、革命も、イノベーションも起きませんっ」
そんな趣旨の言葉が先生のご著書にあったな。
だからって、マンガやラノベに学ぶ現実の恋愛指南なんてあるのか?
「いや、自己啓発本の読者はですね。わりとアグレッシブで、自分磨きに積極的で……決して引っ込み思案で引きこもりなオタクじゃないんですよ……」
「担当さん!」
「うわっ」
また先生のスイッチを入れてしまったようだ。
「引っ込み思案は恋愛をしてはいけないのですか? オタクが引きこもりというのはいつの時代の常識なんですか!!」
た、た、たしかに。口が滑った。
そしてメガネもズリ落ちた。
でも、商売的にはその人たち間違いなく、今回の企画の「対象読者」じゃないと思うけど。。
「いいでしょう。やはり今日は〈嫌々(いやいや)でも〉打ち合わせの機会をとったのは正しかったようです」
「〈嫌々〉だったんですか……」
「そうです。できるだけ人と関わりたくない私が心的負担を覚悟してまで、しなければならなかったのが、今日のすり合わせです。いえ、わかっていない、担当さんへの〈恋愛指南〉です!」
あれ、いつの間にか俺が恋愛指南される対象になってる? 恋愛したことない人から?
正直、パニクっている。なに言ってるんだ、先生は。
「いいですか、まずラブコメの必須要件は〈くっつかないこと〉です」
「あ!?」
すでに雨宮先生に対して「は?」という失礼な応答をしていたが、その上位互換である「あ!?」が出てしまった。
おふ、おいおいおい――。つっこみどころが多い! まずそもそもラブコメの話になっているーーー。
でも、ラノベとコミックが参考資料なのたから、そりゃそうか……。
いや、そりゃそうか、じゃないっ! 完全に話がズレてるうううー!!
俺が頼んだのはラブコメ研究じゃ、ないいいーー!!
メガネ直しで心が鎮まらない時は、たいてい荒木飛呂彦のキャラになるしかないと、小学生からの友だちである佐々木くんは言っていた。
「いいですか、担当さん。メインキャラのふたりが、さっさと気持ちをさらして、案の定くっつくと、どうなりますか?」
「は? ハッピーエンドでは……?」
「はい、最終回ぃーーっっ」
「あ!?」
本日二度目の「あ!?」。
「わかってませんね、本当に。それだと話が終わっちゃうんですよ? 新連載スタートして3話目あたりで」
「すみません、先生。さっきからなんの話をしているのか……」
「恋愛論です」
「連載論に聞こえますが」
「恋愛論です」
先生の表情には冗談の面影も、微塵のユーモラスも感じられなかった。
お面をつけているからかもしれないが。
やばい。
なんでこうなったーーーっ!?




