懐かしき航海
一万二千年前だと、海賊は命を懸けて宇宙を航海し夢を追いかけていた。
レフィーナは宇宙海賊とは無縁な環境だったが、己の使命を最後まで全うする思いと、
ミカギルへの抵抗を込めて真紅の髑髏を掲げていた。
「あぁ、懐かしいな。決して長い時間ではなかったが今でも思い出す。
あのレフィーナ様が孤児の子供を抱きかかえられて、現れた時はビックリした!」
「そうだったな。だが、どうにも俺は引っかかる……。まぁ、俺の考え過ぎだろうがな。
しかし、そんな穏やかな時間は束の間だった。あんとき俺らがもっとしっかりしていれば……」
マルコは後悔の顔を浮かべつつ、ある出来事を思い出していた。
未来へ到着後、新天地を求めてレフィーナらグランドアース号は宇宙を駆けていた。
――ある星で停泊していた際に、時流の嵐が発生した。
時流の嵐とは現代でいうところの台風だが、磁気を帯びて辺り一帯を無と還す災害だった。
グランドアース号と言えど、まともに喰らえば損壊は免れなかった。
彼女の運命は過酷であり、その旅路に終わりを迎えようとしていた。
この時、レフィーナは銀河地平融合を阻止し、
持てる力を使い果たした上で、産後という状況だった。
彼女がグランドアース号を操縦することは困難な状況だった。
エネルギーは機動戦艦ノアと同じように宇宙の粒子や星の欠片を吸収し、
機関室で燃焼させて船体へエネルギーを供給していた。
『グランドアース号』自体は、健在でも危機的状況はレフィーナしか打開できなかった。
それは、継承者を乗せた【箱舟】としてグランドアース号はレフィーナ、サーシャしか操縦できない特別な船だった。
「今も何もできていないが、あの時は本当に無力だった。
俺達はいつもあの人達に守られてばかりだった」
「ただただ、レフィーナ様を眺めていた。悔しいな……」
満身創痍な状態のレフィーナだったが、
危機的状況下でも愛娘のアン――緋音は穏やかな表情で寝ていた。
「ふふ。なんと穏やかな寝顔でしょうか。人の気も知らないで……。あなたは強い子です。
私は未来へと旅立つ瞬間、不安がありました。ただ、それはエンペリオンの継承者として。
そして、ジ・オリジンの継承者サーシャとの約束を果たす責任を全うさせようと、
自分を戒めていました。しかし、この顔を見るたび、不安や恐怖心が薄まりました。
だから、私は決意をしました」
「レフィーナ様、お体に触ります! お、俺達が何とかします!
もうグランドアース号は捨てて全員で避難しましょう」
「みなさん、ありがとうございます……。ですが、これは私の運命であり、
この船とは共に過ごす必要があります。――この先、そう遠くない内に次の者への贈り物となります。
……アン。あなたには何もしてあげられそうにありません。ただ、未来への希望は残してみせます。
アン、愛しているわ……」
弱り切ったレフィーナだったが、生気が戻り瞳には闘志が宿っていた。
それでも、足取りは重かった。
最後に『アン』を抱きかかえてマルコに託した。
「マルコさん。この子をよろしく……頼みます。
これから、何が起こっても私には構ってはいけません。また、他言無用でお願いします。
もちろん、この子にも……」
「そ、そんな。俺達も!」
レフィーナは船員の制止を払い機関室へと入った。
そして、グランドアース号へ時流の嵐が衝突する瞬間、船体に衝撃が走った。
緑色のオーラに包まれ、機関室が発熱し一気に船体の温度が上昇した。
「! な、何が起ころうとしてやがるッ! とりあえず、みんな固まれ」
『おう!』
全員マルコの元に集結した。
マルコは無我夢中でアンを抱きかかえていた。
「レフィーナ様。信じております……」
再び衝撃が走り船体が宙に浮き上がり、『グランドアース号』はワープ航法へと突入し、
間一髪、時流の嵐の直撃を逃れた。
時が加速され、意識がなくなっていく中でマルコはある声を耳にしていた。
『赤き意思は時を超えて廻り合う。アン。私はいつもあなたと一緒です』
彼はおぼろげのまま、意識を失った。
その後、彼らは星森博士によって保護され、今に至る。
「そうだったな。懐かしい。俺達はあの人と旅をし別れた。
その後、姉御の親父さんに救われた」
「俺らはレフィーナ様の言いつけを守ってきたつもりだった。
それはレフィーナ様からの願いだった。でも俺は最後、姉御を授かった時、
レフィーナ様の顔が忘れられない。あれは母の顔だったような気がする」
人の子であれば、最初に受ける無償の愛情。
マルコはそんな幼い時、母親から受けた愛をレフィーナの雰囲気や表情から、
察してはいたが真相は不明だった。
「あの出来事を機にレフィーナ様は俺達の前から消失した。
そして、同時期に機関室も固く閉じられた。グランドアース号は凍結した。
姉御が成長し凍結後、初めて搭乗した際には、生体AI【peace】が宿っていた。
姉御の号令と共にグランドアース号が起動した瞬間、俺はレフィーナ様の姿を重ねていた」
「た、確かに。レフィーナ様を彷彿させた」
いつしか、みんな同じ思いを抱いていた。
成長した緋音の姿を見て、レフィーナを懐かしむ自分がいた。
ただ、彼女の意思を尊重し沈黙を貫いていた。
そして、今なおもグランドアース号の機関室は固く閉じられたままだった。
「なんだか、俺達も年を取ったな……。こんな時にしみじみと昔を思い出している。
俺達は今を見なくてはいなけない」
「そうだとも。俺達は俺達にしかできない事をやる」
船員達は一致団結し、あの日の後悔を払拭することを心に決めた。
横になり就寝しようとしたところ、鈍い金属音が床を叩き彼らが収容されている独房の前で静止した。
「随分と熱心にお話をしてましたねぇ? あの小娘についてですかね?」
漂々とした声にもかかわらず、宇宙機械伯爵の登場により一気に禍々しい雰囲気に包まれた。
マルコ達の眠気も覚めていた。
体も勝手に反応し、臨戦態勢になっている。
「そう、畏まらないで下さい。あなた方は貴重な『人材』です。
まぁ、あなた方も災難な人生ですね……。同情いたします。
一万二千年前、レフィーナ、サーシャが余計な事をしていなければ今頃、
皇帝陛下と共に完全たる生命へと進化できていた。ですから、あなた方は被害者なのです。
現によくわからないまま、未来へと飛ばされ、あの女達と“同じ赤毛の子”を育て見守る呪縛を抱えた。
つくづくお気の毒です」
「けっ。何が言いたい。俺達はしがない宇宙海賊でレフィーナ様と同じ時を過ごせて幸せだった。
お前や皇帝にあの方の苦しみや悲しみが、わかってたまるか。それによ、
案外子育てって悪いもんじゃないぜ。伯爵さんよ~。
お前に生きる者のジレンマはもう理解できないかもしれないがな?」
宇宙機械皇帝――ミカギルはレフィーナの消息を辿っていた。
ある仮説が浮かび上がり、執念の結果、エンペリオンを継ぐ者が緋音と断定した。
それ故に、緋音は燃えさかる赤き意思を正統に受け継いだ者としても認識していた。
「そんな、私情は随分前に置いてきました。冷やかしはこの辺にしておきましょう。
再度、星森緋音を捕らえるよう動きます。早く船長と再会できるといいですねぇ~」
「はは。そう強がっていられるのも今の内だ。きっと、近い内に姉御が仲間を連れて、
俺達や他の人達を解放しに来る。楽しみに待ってな!」
マルコの言葉には反応せず、伯爵は背中で受け止めてコツコツと足音を立て収容所から去っていた。
表情に関しては笑っているようにも見えた。
マルコ達は緊張が解かれ、一気に夢の中へと誘われた。
そして、再びレジスタンスの戦士二人へと移り変わった――。