母と娘
「お前は自分の原点へ戻り、宿命に立ち向かう時が来たんだ。グランドアース号へ行け。
きっと、道が開かれる……。もう俺には構うな。いいな?」
「うん、ありがとう。あたしはあなたの覚悟と優しさに応えるよ。
だから、さよならは言わないよ。また!」
監視ロボットの想いを踏みにじらないように緋音は一切後ろを振り向くことなく、この場から駆け出した。
そして、頭の片隅で朧気だったある場所を目指した。
グランドアース号到着後、彼女は不思議な感覚を抱いていた。
それこそ、見慣れたはずなのに自分の船ではない錯覚を覚えた。
「ピース……。無事なのか?」
彼女はすぐさまグランドアース号の全てを制御するAI『peace』の名を呼んだ。
しかし、応答がなかった。
「まだ、システムダウン中なのか……」
無の空間で彼女は呆然としていた。
それでも、マルコが言っていたことを思い出し艦橋の機関室へと歩み始めた。
「着いた。何だか緊張する。マルコの話だと数十年、封印されている機関室。
妙な胸騒ぎがする。それでも、行かなきゃ」
意を決し彼女は機関室の扉を押した。
その瞬間、彼女の体は中へと吸い込まれた感覚に陥った。
「おっとと。どうやら、鍵のようなものはないのか。それにしても薄暗い」
部屋全体は薄暗く赤い光で弱弱しく照らされている。
また、部屋その物は機械や金属類で構成されている。
「少し蒸し暑いな。流石、機関室と言った感じ。道は続いているし奥へ行くか」
現在はエンジンが停止しているが、エネルギーを燃焼させていた名残か機関室は生暖かい。
ジッとしていても汗ばむほど暑い。
道は続いているため緋音は歩を進めた。
――数分後、行き止まりになった。
「ふぅ~。何もないと思ったが、そうじゃないみたいね……。
またしても扉。随分と大層なこった」
疲れと暑さによって緋音の口調が悪くなっている。
彼女は力を振り絞り扉の前に立った。
「これは生体認証ってヤツかな?」
『名を……』
緋音は扉に手を翳した際に、機械音声で応答があった。
そして、音声に従い名を口にした。
「星森緋音……」
『……』
音声に従って名乗ったがピクリとも反応がない。
緋音は呆然と立ちすくしかない。
不意に胸元を触った際に暖かい気持ちになった。
彼女はそっと、首から下げているペンダントを取り出した。
「お母ちゃん……。理解したよ……。うん、大丈夫ッ!」
自分を抱いている母の姿を見て、緋音は悟ったように静かにペンダントを閉まった。
次の瞬間、再度名乗った。
「アン・ケンファート・ネルス!」
――その名が轟いた際、厳重な扉は解放された。
緋音の瞳にはある人物が映し出されている。
「こ、これは!?」
「ついにこの時がやってまいりました……。緋音。いや、アン……」
実体は持ち合わせていないが、赤茶色の長髪に炎を宿したかのような瞳が緋音とふり二つだった。
モノグラムによって、全体像が映し出されている。
剣持親子の渚のように自然な形で描画されていた。
「お、お母ちゃん!?」
紛れもなく緋音の母であるレフィーナが存在していた。
一万二千の時を経て再会した瞬間だった。
「アン……。よくここまで成長しましたね。
きっと、みなに大切にされ、愛を持って育てていただいたのでしょう」
とても感動的な瞬間だった。
ただ、緋音は喜びと一緒に別の感情も浮き上がっている。
母へストレートな気持ちをぶつける。
「そ、そうさ! あたしはお父ちゃんやマルコ達に育ててもらった。
お母ちゃんはこんなにも近くにいて……なのに……」
「アン、ごめんなさい。あなたには辛く寂しい想いをさせてしまいました。
マルコさん達や現世におけるあなたのお父上へ感謝の言葉だけでは言い表せません。
それでも、母としての葛藤があったことも分かって欲しいのです」
レフィーナも母親として切なる願いがあった。
グランドアース号へ身を捧げるまで愛娘、アンの未来を案じていた。
それは己をひた隠し、エンペリオンの継承者の道を歩まない普通の女性の生きる道。
しかし、運命の悪戯か生前あった未来を見通す力を持ってしても、
このような再会は確定していなかった。
緋音が涙を流して訴えかける眼差しに彼女は困惑している。
「アン。いまさら、弁明の余地もありません。
まさか、このような形で防御プロテクトが解除され導かれるとは。
まさか、大臣とも再会したのですか?」
母であり一人の女性として、レフィーナは責任と重圧から
エンペリオンの継承者になりえる娘を宿命から遠ざけたい一心もあった。
いまこそ、腹を割った母娘の対話が必要だった。
「う、うん。宇宙機械皇帝――ミカギルと戦うレジスタンスの参謀として
あたしの面倒も見てくれている」
「あぁ……。彼も役目を果たしてくれたのですね。ではペンダントも持って?」
母の問いかけに緋音はペンダントを出し答えた。
『……』
二人の目線はペンダント内の写真に集まっている。
言葉を交わすことなく、しばらく沈黙が続いた。
レフィーナは万感の思いを馳せていた。
娘の緋音もこれまでの人生を振り返っていた。
厳かな雰囲気でレフィーナに異変が起こった。
「うぅ……。アン。本当によくここまで育ってくれました。ありがとう」
ホログラムで艶やかな髪をなびかせつつ、朱色の瞳から澄んだ涙が頬を伝わって流れている。
実態はないが、娘のアンは心が打たれ母へ抱き付いていた。
互いに叶わなかった願いが実現された“瞬間”だったかもしれない。
一万二千の時を経て心と心が繋がった。
「いいんだお母ちゃん……。あなたがくれた命なんだ。
いまなら、お母ちゃんの決断も理解できる。で、でも寂しかった……」
「アン。これもあなたの力であり成長した証なのです。ただ、こうしていられるのも残りわずか。
かの地球でサーシャが託した未来ではその子孫が、ホログラム化した生体情報を
未来永劫活かす“エンゲージリンクシステム”を作り上げました。
ただ、私の場合は有限でグランドアース号へ命を捧げたことへの福音をもたらし、
こうしてアンと再会できました」
緋音は血の通った生身の温もりを感じないが、
母からの想いを受け取っている。
ただし、一抹の不安を解消できずいた。
「うん。だけど、あたしにはエンペリオンの資格はない……。
地球の――剣持はジ・オリジンの力を発現させた。
宇宙機械皇帝の野望を阻止できるだろうか……」
「アン。あなたにも私が紡いできたエンペリオンの素養があるはずです。
ですから、自分を信じて試練を乗り越えるのです。
――きっと、その刻はそう遠くない内にやってきてしまうかもしれません……」
内に秘められた可能性を開花できない緋音ではあったが、レフィーナの慰めと激励によって表情に安堵が見えた。
しかし、レフィーナの表情はどこか、哀愁があり意味あり気な含みがあった。
――その頃、中央コントロールでは動きがあった。
見るも無残な監視ロボットがどこかを目指していた。
「なぜ鉄くずのお前がここにイル?」
「……」
明らかに様子がおかしい監視ロボット。
周辺の警備ロボットは、くず鉄同然のロボットの捕獲に動き出した。




