脱出
波動弾が機械伯爵の体を貫いた――。
「やったか……! いや、手ごたえが足りない。駄目なのか?」
「何と言う威力。この体を持ってしても、半壊するとは。ただ、頭を打ち抜くべきでした。
私は半機械人間のため、心臓を狙ったのでしょうが。私は生まれつき右にあるのです。
っても、傷みそのものを感じることができません。ただ、私は「賭け」にも勝った。
さぞ、貴女は絶望したでしょう。こうして、私直々に拘束させていただきますよ」
緋音は小宇宙銃剣を取り上げられ、両手を拘束された。
屈辱的な姿だった。
「これで、貴女と私との因縁も清算できました。おかげ様で清々しい気持ちです。
こんな気持ちはいつ振りでしょうか。
ここから、皇帝陛下の覇道がリスタートしていきます」
この瞬間、真紅の緋音は宇宙機械伯爵に敗北した――。
それでも、彼女の闘志は燃え尽きることはなかった。
この状況を打破するため、必死に頭をフル回転させていた。
この出来事を機に緋音は現代へ跳躍した使命――。
そして、『出生』を知ることになる。
それは、緋音自身の体を廻る【血の宿命】であり、受け継がれた意思の赤き血潮。
これから、銀河に“旋風”を巻き超すかもしれないが、
無情にも拿捕されたグランドアース号は強制的にワープさせられ虚空へと姿を消した。
緋音の不屈の炎も限界を迎え、連戦により疲れがピークに達していたことあり、
意識が朦朧とし目の前が暗転した。
しばらく時が流れて、再び船体に衝撃が走った。
緋音はその衝撃によって目を覚ました。目覚めは最悪だった。
「……! 随分と荒い運転だね」
自ずと口調や態度も悪くなっていく。
「おイ。しんくのあかネ。着いたゾ。大人しくついテこい」
「もうちょっと、丁重に扱えや。大事な客人なんだろう?」
緋音が捕らえられている部屋へ「機械人間」がやってきた。
人間型をしているが、無機質な素材でできていた。
たどたどしい会話からすると、純粋なロボットに違いない。
悪態を付く彼女を見かねて、ロボットによって強引に立たされた。
「……。うるさイ、立場をわけまヱろ」
「はいはい。付いていくよ」
緋音はロボットに連れられなくなく部屋を後にした。
移動中に彼女は複数の足音を耳にした。
「ここはどこだ……。やけに静かだ」
「マルコ! 無事だったか?」
足音の主はグランドアース号の船員達だった。
彼らも緋音と同様にロボット達に連れられていた。
宇宙機械伯爵の襲撃後、再会を果たす形だった。
「姉御! よかった、ご無事で! 心配しましたよ」
「みんな、すまない。あたしのせいでお前たちを危険な目に合わした」
船員は全員無事ではあった。
緋音は自然と船員達に謝罪の言葉を口にした。
「そんなちっぽけな事は気にしないでくだせぇ。そんな事よりも……」
マルコは緋音に近付き声のトーンを下げた。
「ここがあの野郎の『基地』のようですな。にしてはやけに静かだ」
「あぁ、殺風景だしな。それにロボット共も戦闘型ではない気がする」
船員の中でも一際冷静な男、マルコ。
彼は一万二千年前から宇宙海賊を生業としている。
三十歳前半で独身。特別カッコいい容姿ではないが、シュッとしている。
頭はキレ白兵戦もこなせる。
肩書はないが、実質『副船長』的な役割を担っている。
「なにヲおまえら、こそコソはなしてぃる?」
二人が話し込む姿を目の当たりにして、不審に思ったロボットはたまらず間に割って入った。
そして、少々強引に二人を引き裂いた。
「わぁ、ビックリした! なんだよいきなり?」
「感動的な瞬間に水を差してくれちゃって。あぁ、お腹痛ッ!」
二人は驚きつつも、すぐさま小芝居を始めた――。
「お前が乱暴したせいで、姉御が倒れちまった。
あぁ。こりゃ、伯爵様の前に行く前に死んじまうな。アーメン!」
「託したぞ……マルコッ! 天下の大将軍になれよッ!」
緋音もマルコの悪ノリに呼応した。
演技プランゼロ、台本なしの状態でアクターとなった。
「わ、私ハ……らんボウはしていない。女が勝手に痛がりハジめただけだ」
「早く手当しないと、ホントに死んじまうぞ! 俺は“船医”でもある。
だから、俺の縄を解け! そうすれば、処置を行える。さぁ、早く!」
ロボットは【想定外】の事態に困惑し動揺している。
彼らは独自に考え、動くことはプログラムで想定されていない。
ただただ、主人から言われた命令通りに動き遂行するだけの機械に過ぎず、
物事を柔軟に受け入れる“心”がない。
「モタモタするな。最善を尽くせッ!」
「……りょうかいシタ。これでいいか」
緋音の人命を優先しロボットはマルコの縄を解いた。
「あんがとよ! 姉御大丈夫か?」
マルコはロボットへ感謝を口にしつつ緋音に近寄った。
再度、声のトーンを下げて二人は会話を再開した。
「うしっ。これで、姉御も解放できました。
小宇宙銃剣は別のロボットが持っているのを先程、見てやす。
きっと、残りの仲間もこの道を辿ってくると思います。それまで、横になっていて下さい」
「ありがとう、マルコ。助かるよ! 小宇宙銃剣の在り処までも把握しているとは流石だ。
うん、みんなと合流しよう」
――しばらくして、また騒がしい声が聞こえてきた。
「腹減ったー。それに眠い」
「もう歩くのは勘弁だぜ……」
グランドアース号の残りの船員達もロボットに連れられ、トボトボやってきた。
「マタ、ぞろゾロときたナ」
憔悴してやつれていた残りの船員達は、緋音とマルコを目の当たりにして彼らに飛びついた。
「姉御ッ! 大丈夫ですか、姉御? マルコどうなんだ?」
「シー! お前ら大丈夫だ。あんまり騒いで……余計な心配するな!」
床に横たわる緋音を横目に船員達は純粋に心配していた。
冷静なマルコは、彼らを静めた。
「それなら、よかった……。ふぅー。あれ? 姉御の縄が解けている?」
「ど、ドイウことだ。おまえ? だましたな?」
『ば、バカッ!』
ひょうきんな船員は一切空気を読まず、目にしたことをそのまま口にしてしまっていた。
これによって、マルコのプランは崩れた。
次なる手が閃くまでに……。
作戦を練っていた――次の瞬間、爆発音が響き基地全体へ衝撃が走った。
「な、何だ!?」
「コンナ時に、レジスタンスの襲撃か?」
すぐさま基地内で【警報】が鳴り響いた。
『レジスタンスによる攻撃を受けた。全機、戦闘態勢』
疑惑から確信へと変わりロボット達も状況を理解した。
「真紅の緋音、早く立ち上がれ。ワレワレはやるべきことができた」
「次から次へとイベント続きだわ。にしても、レジスタンスとは……?」
彼女の脳裏には気になる“ワード”が巡っていたが、
ロボットの指示に素直に従い立ち上がった。
そのまま“両手”をロボットに差し出した。
「騙してすまなかった。さぁ、早いとこあたしらを目的地へ案内して」
「サイショから、素直に従っていれば今頃は……」
ふと、その体制のまま緋音が頭上を見上げると、
天井に亀裂が入っていることに気付いた。
「……! 天井が落ちるぞっ! みんな、逃げて」
「その手には、のらないぞ。子供騙しも大概にシロ」
彼女の忠告を無視して、ロボットは緋音の腕に縄をかけようとした。
「あ、姉御! 落石がっ!」
船員達の声と同時に巨大な石が緋音とロボットの真上に落下した。
「危ない!」
緋音はそう叫びながら、ロボットを抱きかかえて飛んだ。
間一髪、巨大な石の下敷きになるところを二人は脱した。
「ふぅ、間一髪だった。大丈夫か?」
「……な、ナゼ!?」
彼女の咄嗟の行動によって二人は無傷だった。
それでも、ロボットは事態を理解できずいる。
敵対する者同士で自らを危険に晒してまで、ロボットである自分を救う矛盾点。
行動原理が機械のマニュアルオペレーションにはなかった。
「う~ん、あたしもわかんない。その場のノリかな。損得や考えて行動しなかった。
いつもなら悪い方に行くが、今回は結果オーライかな☆」
「これが、感情――。ヒトの意思なのカ」
特に誇ることなく自然な雰囲気なまま、緋音は屈託のない笑顔を見せた。
ロボットは彼女の返答に理解はできないが、納得はできていた。
それは、遠い昔持ち合わせていた“気持ち”なのかもしれない。
今は【超人プロレス漫画】でいうところ、ゆうじょうパワーを認識した状態だった。
「……ありがとう。これガ最適な言葉なンだろうな」
「あぁ、そうかもね……」
この場にいる全員、安堵していたが、一人だけは違っていた。
彼は千載一遇のチャンスを逃さなかった。
「全くの想定外だったが、それゆえに転機が巡ってきた!
姉御はこのまま基地から脱出して、その『レジスタンス』とやらと、合流して下さい!
さぁ、これを持って」
マルコの眼に光が宿り、緋音へ小宇宙銃剣を投げつけた。
「おわ。いつの間にありがとう、マルコ。だ、だけど……」
「俺達は問題ないですぜ。頑丈だけが取り柄です。今の内に脱出を!」
緋音は船員一人一人と目線を合せて頷いた。
「必ず……かならず、みんなを迎えに来るからッ!」
彼女は反転し、基地の出口へと走り出した――。
「待ってますぜ、姉御……。って、アンタらは追わないのか?」
「イイ。どうせお前らガ暴れて、収集がつかなくなる。それにあの娘はきっと帰ってくる。
残されたお前たちが希望を託した者だ。
もし本当にレジスンタスと手を組むことになれば、厄介だがな……」
こうして、宇宙機械伯爵の基地到着後、
紆余曲折を経て緋音は基地から脱出することができた。
ただ、状況は依然として悪い。それでも、緋音は一心不乱に走り続け光を捉えた。
「はぁはぁ。どうにか、出られた……」
基地の外は殺風景で岩や砦に囲まれていた。
改めて、外から基地を眺めて強固な作りだと緋音は認識した。
「今回、レジスタンスの襲撃によって隙を突いて脱出できた。
それに加えて、伯爵に負けはしたが、波動弾を奴に命中させ、
一時機能不全にでき指揮系統も乱れていたはず。
近い内にここを攻めるには仲間がいるなぁ……」
緋音一人では“攻略不可能”な鉄壁の要塞。
万全な状態である【グランドアース号】ならば、一隻でどうにかなる戦力差。
「今は外観をこの目に焼き付けておこう。
にしても人影がない。砲撃もあれ以来、一度もない。何かがおかしい」
『キャー、助けて!』
基地正面の裏側から女の子のような声が聞こえた。
緋音はすかさず、声がする方向へと再び、駆け出した。