分裂の危機
――すると、眠りについていた非戦闘員や子供達も異変に気付き目覚めてしまった。
夜にも関わらず異様な空気に包まれた空間へ人が自然と集まった。
「緋音やバミューダは伯爵にやられちゃったの?」
「マルス。そんな不吉なこと言わないの。あの二人がそんな簡単にやられる訳がない」
マルスとリナも起きて来て二人の身を案じている。
不確かな情報ではあるが、バミューダ達からレジスタンスへ連絡がないのは事実。
みるみる不安が伝染していく。
「そう狼狽えるでない。奴の思うツボじゃ!」
「参謀の言う通りだ。みんな、体を休めるように」
レジスタンスの幹部たちは、胸に妙な胸騒ぎを感じつつも冷静に対処するよう努めた。
ただ、伯爵の次なる一手によって、現場は混乱していく。
『ゴホン。随分と皆さん、あの小娘を信頼しているんですね。
そ~したら、私からスペシャルなご提案をさせていただきます。星森緋音を私に差し出せば、
大人しくこの星から、出て行きます。囚われのニンゲンも解放いたしましょう。
とても素晴らしい提案ではありませんか? 回答期限は明日まで待ちます。
ではご機嫌よう』
想いも寄らない伯爵からの提案に一同、言葉を失った。
それでも、思考を整理するとレジスタンスにとっては、
災いの種を追い払うまたとないチャンスと捕らえられた。
「そ、それじゃ。あの子をあいつらに差し出せば私の夫が帰ってくるのね」
「兄ちゃんが戻ってくる。だったら……」
宇宙機械伯爵へ反逆を誓っている者も揺らいでいる。
たとえ、罠であっても賽を振って願いたい気持ち。
慈悲ある献身的な人間がいる一方――。利己的で自己中な醜い人間もいる。
そんな心理を突いた伯爵の強力な一手。
緋音やバミューダがいないシチュエーションでもっとも効果的だった。
「な、なにを馬鹿なことを……!」
「そうやって、カッコつけないでよ。本当はリーダーや参謀もわかっているでしょ。
このまま、アイツらと戦って行っても最後は私たちが負ける。もうたくさんよ……」
達観した女性の言葉によって、一気に秩序が乱れていく。
負のネガティブが蔓延し、人々の心を蝕んでいく。
「そうだ、そうだッ! なんなら、今からあの子を探し出してやる」
「今までの戦いを無下にするのか。こんなのは、罠に決まっている!
大隊長ベティを失って我らは、嫌というほど喪失感に襲われた。もうあのようなことは起こさせぬ。
緋音一人を犠牲にして我々だけ、ぬくぬくと過そうとは思わない」
「参謀があの子へ肩入れするのは、例の予言と一致するからでしょうか?
確かにあの子がこの星に来てから、戦況が動き出しました。
ただ、あの子が本当に伯爵を倒す可能性はあるのでしょうか。
そんな大博打に賭ける必要はないと思います」
一部のレジスタンスは、参謀の緋音への温情措置が訝しげだった。
――数年前、大隊長ベティを失った事件以来、レジスタンスが混沌と化した。
結果的に命令違反をしたベティを見捨てる形になり戦士を動員させなかった。
今に来てこの判断が尾を引いている。
「アンタは大隊長を見捨てた。今回はあの時のような分断はない。総意だ」
「あの時のワシの気持も知らずに。お前達を見損なった……」
大広場は瞬く間に熱気に包まれ、リーダーと参謀は部屋の隅へと追われた。
土俵際の力士。今にも参謀らは群衆に飲まれてしまいそうだった。
しかし、待ったをかける声が集団に浴びせられた。
「みんな! 正気になってよ。僕は反対だよ。緋音は僕の命の恩人だ。
そんな人を犠牲にして自分だけ幸せな生活を送る気にはなれないよ」
「マルスの言う通り。私も緋音は大切な仲間だから。絶対にレジスタンスに必要な存在。
リーダー、参謀。流されてはダメッ!」
群衆を掻き分けてマルスとリナは、レジスタンスとの境界線に立ちつくした。
緋音を思う意思が彼らを突き動かした。
「お、お前達……。ありがとう。強くなったのぉ」
勇気をふり絞った姉弟。体は小刻みに震えている。
レジスタンスの仲間を家族のように思っている二人はかつて、
大隊長ベティが大切にしていた家族の在り方を説いた。
いつしか、ベティの意思は未来を担う子供まで受け継がれようとしていた。
「お前らは彼女に義理があるだけだろ。我々には思い入れがない」
「そんな身勝手なことを言わないで。緋音も必死になって、
囚われている仲間――家族を助けるためにレジスタンスへ辿りついた。僕らが協力すれば、
きっと伯爵を倒せるはずさ! 僕はどんなことがあっても緋音と一緒に戦うよ」
マルスの気高い誓いを前に躍起になっていた大人達は沈静化した。
騒音がなくなり、沈黙の空間が続いた。非情に気まずい。
振り上げた拳はいざ知らず。
不自然なほど静かな大広場。参謀は重たい口を開いた。
「みな、バミューダと緋音を待とう。それが、全員にとってよい結果になると信じている」
レジスタンスの戦士達は一時の休息を取った。
そして、数時間後。
闇の明かりは消え去り、大地や川に太陽の光が注がれ、日の出と共にコツコツと複数の足音が。
大広場で眠るレジスタンス達の元へと静かに近づいていた。
「……すまない。今、帰った」
偵察任務からバミューダと緋音が帰還した。眠気眼だった参謀は飛び起きた。
「ば、バミューダ。それにあん……緋音もよくぞ戻った!」
「参謀、そんなに騒がないで。みんな、起きちゃう」
あの騒動から寝付けないでいたレジスタンスの戦士達も彼らの会話を聞いて目を覚ました。
「バミューダに緋音、おかえり!」
「起しちゃったみたいだね、マルス? でもありがとう」
どこかぎこちないマルスだった。
表情や声のトーンがいつもと若干違っていた。
また、重苦しい雰囲気を察したバミューダは参謀を突いた。
「参謀、何があった? 緋音はともかく、俺には違和感しかないぞ?」
「グっ! そ、それはだな……」
威厳とした態度を保持できず、参謀はあたふたした中年と化している。
それを見かねたリーダーはバミューダへ正直に事の真相を明かした。
「そういう訳なんだ。すまない。俺や参謀がいながら、まんまと伯爵の術中にハメられている」
「最近、大人しいと思えばあの野郎、小癪な真似を」
数時間前の出来事を知り事態を把握したバミューダ。
レジスタンスの仲間へ怒りを向ける訳でもなかった。
ニンゲンの醜い部分を炙り出す性根の悪さ。
彼の怒りの矛先は宇宙機械伯爵だった。
ただし、見事のまでに分裂をきたしてしまったレジスタンスの士気の低下。
彼らの絶望や不信感を払拭するのは容易くないと分隊長として重圧を感じていた。
「やっと、帰って来たか。待ったよ。早いとこその”娘”を伯爵へ引き渡そう」
「あぁ。そうすれば、俺達は――この星に平和が訪れる」
希望を失い瞳に光が宿っていないレジスタンス。
バミューダや参謀を押し退けて静止を払い緋音へ急接近した。
「な、何をするんだッ!?」
「お前はお尋ね者。俺達に災いを招く。だから、伯爵の条件を飲む。
そ、そうすれば、家族やみんなによ、もう一度会えるんだッ!」
薄汚れている男は緋音の腕を掴み心の声を彼女へぶつけた。
緋音は逆上し払いのけるどころか、そのまま聞き耐え忍んだ。
それに見かねた参謀が怒号を発した。
『お前達、いい加減にせぬか。このお方は“アン様”であられるぞッ!』
参謀の怒号により大広場は再び静寂に包まれた。滅多に見せたことがない感情的な参謀の姿だった。
しかし、アンという文言に対して網膜的になっているレジスタンスに有効ではない。
「アン……? この娘は緋音だろ?」
「そうじゃ。じゃがこのお方はお前達も耳にしたことはあるだろう。
赤き継承者、レフィーナ様のお子【アン・ケンファート・ネルス】様なんだ」
参謀や緋音はついこないだに思えるが、ほとんどの人にとって一万二千年前など、
想像もできないほど過去話。
それこそ、昔話として紅蓮の姉妹の偉業は言い伝えられていた。
「そ、それがどうしたってんだ。あ、あんなモンおとぎ話だろうが」
「すぐに信じることは無理じゃろ。だが、ワシとアン様はレフィーナ様とサーシャ様によって、
あの時代から「現代」へと転送された。ワシは語り部としてだけではなく、
あの宇宙機械伯爵が忠誠を誓う宇宙機械皇帝――いや、ミカギルの野望を阻止すべく、
リーダーと共にレジスタンスを創設した。
今こそ、レフィーナ様のエンペリオンの力を受け継いだアン様が我々と一緒に立ち上がる時なのだ」
参謀が内に秘めていた思いをレジスタンスの戦士へとさらけ出した。