問いかけ
「川の流れも緩やかなになってきた。もうじき森が見えてくる」
「そうなのか、バミューダ……」
女の子でありながら、男顔負けの体力と太い芯が通った精神的にも強さを誇る緋音だった。
今回のような偵察任務に彼女は不慣れで、かつトラブル続きだったこともあり限界を迎えていた。
「水に長く浸かり過ぎては体温を奪われてしまう。川を出てここからは少しだけ歩くぞ」
「クッシュ。確かにその方がいいな」
最後に十メートルほど泳ぎ向こう岸へと到達し彼らは川から出た。
いつの間にか日は堕ち夕日に照らされていた地上が闇夜に包まれ始めていた。
「俺も疲れた……。今晩はあの洞窟で寝泊まりするか」
「うん、そうしよう」
重い足取りでトボトボ歩き二人はようやく横になることができた。
「ふぅー。疲れた」
「もう一歩も動けない……」
二人は横たわり会話がないまま無言の時間が続いた。
そのまま、眠りにつくかと思いきや緋音の大きなくしゃみによって、バミューダは目が覚めてしまう。
「ったく、寝る寸前だったのによ」
「し、しかたないだろ。ここ寒くないか」
この星は日中、気温は三十度程度だが、夜は一桁ぐらいまで下がる環境。
水でずぶ濡れだと、耐えることができないほど寒い。
「それはうすうす俺も思っていたところだ。身に着けている衣服は最小限にし暖を取るか?」
「そうしよう☆ ……」
バミューダは素早く水浸しの衣服を脱ぎ捨てズボンだけ履いている姿になった。
鍛えられた体には傷が点在していた。
彼のこれまでの戦歴を物語っていた。
対して緋音はモジモジしつつ、無言でバミューダを睨みつけ圧力をかけている。
「もう少し女のあたしへ配慮ってもんがあんだろ? ほら」
「ふん? お前も早く脱げばいいだろ?」
幼少期からレジスタンスで集団生活を共にしていたバミューダにとって、
男女の見境はさほど意識したことがなかった。
ただ、緋音からの苦言を聞き、彼ははっとせざるを得なかった。
「ゴフっ。その……なんだ、俺は火を起こすために薪を拾ってくる」
「ご配慮感謝します。“今度”は覗くなよっ☆」
「だ、誰がお前の裸を覗くか! 勘違いすんなっ!」
バミューダは颯爽と走り出し、夜の森へと忽然と姿を消した。
緋音は彼がいなくなったことを確認し濡れた衣服を脱いだ。
タンクトップにホットパンツで非常にラフな姿となった。
バミューダが戻るまで一旦、彼女は辛抱した。
そして、数分後――。
バミューダは両腕一杯に薪を抱きかかえて緋音の元に戻った。
「戻ったぜ。もういいのか?」
「あぁ、大丈夫だよ!」
変なところで妙に律儀なバミューダは、緋音へ視線をやらずに戻ったことを伝えてあげていた。
そんな彼の姿を見て、緋音は静かにバミューダの元へ近づき顔を覗いた。
緋音のラフなカッコのせいか、バミューダは目のやり場に困っていた。
顔が少しだけ紅葉し、どこか余所余所しい。
「な、なんだ!? 俺も寒いんだ。早く火を起こす」
「なにをそんな、狼狽えているんだ。思春期の男子か!」
つい先ほどまで、緋音自身が配慮を求めて彼に退去命令を下しておきながら、
今度はバミューダをからかっていた。
年頃の女子って奴は難しいよね~。
「そんな薄着で恥じらいもあるか。まぁ、いい」
バミューダは気を取り直し、洞窟内で落ちている小石を集めた。
薪を設置し枯葉などを敷き詰めて、しゃがみ火打ちをした。
すると、数十秒後、煙が上がり瞬く間に火の手が上がり暖を取ることに成功した。
「へぇ~。さすが、バミューダ分隊長。暖かいや」
「分隊長じゃなくてもレジスタンスなら誰でもできる。緋音も覚えておけよ」
その後、自然と二人は体育座りになった。
しばらく、炎の灯を見つめた。
無言ではあったが、気まずい空間ではなく、お互いにこの空間、時間に浸っていた。
「なぁ、緋音……。さっきのことだが……」
おもむろにバミューダが気になっていた。
いや、罪悪感を抱いている出来事へ口火を切った。
「俺が洞窟から出て行く際に『今度』はと言っただろ? あの、言葉の真意を確かめたい」
「えっ? あたしそんなこと言ったけな?!」
緋音は彼の問いかけに対し、はぐらかしている訳ではなく、
意識的に口にしたことを覚えていなかった。
少し前のバミューダとのやり取りを頭の中で逡巡している。
「ったく。てっきりカマをかけられたと、深読みしちまった。
まぁ、いい。いずれにしても、俺はお前に謝罪しなければならない」
「あらたまって、何なんだ?」
バミューダは体制を変えて、正座しさらに強張った表情で緋音の眼を真っ直ぐ見た。
そんな彼の態度を目の当たりにし緋音も意を決した。
「緋音がレジスタンスの基地へと来た夜……。
参謀に呼ばれ別室で話をしていたことを隠れて聞いていた。
すまない。軽蔑してもらって構わない……」
「……! そうか。やっぱり、バミューダだったんだね。顔を上げて」
緋音はそっと、バミューダの肩に触れた。
そして、優しい表情でこう続けた。
「あたしも突然のことで頭が混乱していた。一万二千前からタイムスリップしてきて、
それでいて王女? エンペリオンの正統後継者……。いくらなんでも理解が追いつかなった。
それにあたしはまだ未熟だ。一人では背負いきれなかった。
だから、バミューダには一緒にあたしの【秘密】を知って欲しかった。
逆にバミューダを巻き込んでしまった。あの時、お前の波動エネルギーをかすかに感じ取った。
それでもあたしは参謀の話を遮ることはしなかった。バミューダ、あなたの謝罪はいらないんだ。
むしろ、わざわざありがとう」
緋音の言葉に思わず、バミューダは言葉を失った。
自分の行いを咎める訳でもなく、逆に感謝の言葉をかけられていた。
この時、彼の瞳には緋音のことが女神のように映っている錯覚を起こした。
「えっ!? お、俺が。か、感謝されてる?」
「あぁ、バミューダ。気にしないでくれ」
緋音の反応に肩すかしではあった。
とにもかく、バミューダから緋音への懺悔の告白は終了した。
気が緩んだバミューダは調子に乗り境地に至る。
「緋音……。いや、アン様! 恩にきるぜッ!」
「お、お前! さっきまでの意識消沈した姿は嘘だったのか!?
その名で呼ぶな。それは参謀と約束した。バミューダも守れよ!」
いつになく喜びを爆発させているバミューダは思わず緋音を【真名】で呼んでしまっていた。
ここから、彼女の反撃が始まるのだった。
「やっぱり、前言撤回!」
「あぁ。すまない! 緋音、許してくれッ! この通りだ」
いつもと違いバミューダは緋音からの口撃によりボコボコでグロッキー状態。
セコンドからタオルがいつ投げ込まれてもおかしくない。
たまらず、両の手を合わせた。慈悲ある許しを乞うた。
「ゆ、許してくれ……」
「はは。冗談だよ、バミューダ。ただ……」
一転して小悪魔状態の緋音は静かになった。
バミューダも彼女の雰囲気が一気に変わったことを察した。
「おいおい、今度はどうしちまった? 腹でも痛いか?」
「体調は大丈夫だ。その……。なんだ、あたしもバミューダのことをもっと知りたい。
お前が戦場に女性を連れてこない理由を知りたい」
打って変わってシリアスな空気に包まれた。
緋音はバミューダのパーソナル部分。
――彼の核心へと迫る。
「あたしの勝手な願いだ。だから、そのことは全然無理に話してくれなくても構わない」
「……」
バミューダは顎に手を当てて無言のまま地面を見つめていた。
しばらくして、バミューダは視線を緋音へと戻した。
「この際だ。別に秘密にしていた訳でもない。レジスタンスでも知っている人はそこそこいる。
まずは過去話をしよう……」
ついに明かされるバミューダの過去。
一人の少年がレジスタンスになるまでの悲しい成長物語……。