ダイブ
「馬鹿な奴らだ。自ら逃げ道がない場所へと逃げるとは。これだから、ニンゲンは下等な生物だ」
ダダは余裕を出し、野心を内に秘めることなく愛馬に跨り二人を追従していた。
部下の戦闘ロボも一糸乱れることなくダダに続いた。
しかし、思わぬ形で彼の野望が潰えることになろうとも知らずに。
「レジスタンス……。分隊長バミューダに真紅の緋音、追い詰めたぞ。
大人しく投降するならば、命は保証してやってもいい」
「ケッ。思いのほか速かったな。緋音はともかく、俺まで知ってやがるのか?」
ついに相対することになったダダと二人。
緋音は最上級の獲物として三銃士が彼女を認識していることは想定していた。
レジスタンスの分隊長であるバミューダまでも一個体として認識している。
「星森緋音は最重要人物である……。それはそうと、三銃士の一角、
ミケルを実際に葬ったのは貴様だろバミューダ。
貴様も真紅の緋音と同じく我らの肉体を撃ち抜くことができる“武器”を持つ者だと認識している。
勇敢な漢……だとな」
「へぇー。意外と調べてやがるな。
まさか俺が小宇宙銃剣を所有していることを把握しているとはね。
そんで持って、お仲間を討たれて弔い合戦ときたか。俺はお前たちを勘違いしていたようだ」
ダダはミケルほど満身していなかった。
むしろ、今までバミューダを放置していたことに苛立ちを覚えていた。
宇宙機械皇帝から授かった機械の肉体を破壊する存在が身近にいたことに恐怖心を抱いている。
「勘違いするな。所詮、ミケルは三銃士の中でも最弱だった。
奴に対してお前達ニンゲンのような感情は一切沸いてこない。ただし、形式上の三銃士は崩壊した今、どうだバミューダ。貴様を新たな三銃士として迎え入れよう。
私から伯爵様、そして陛下へと進言し我らと同じ永遠の体と命を授かるのだ」
「何を言いやがるッ! 俺がそんな甘い誘いに乗るか。見くびるのも大概にしろ。
俺はレジスンタスの戦士だ」
――一瞬、緋音はダダの甘い誘惑にバミューダの心が揺らいでいないか、疑心暗鬼になった。
そんな彼の言葉を耳にして彼女の心は安堵した。
「交渉は決裂だな、ダダ? レジスタンスを甘く見ない方がいい」
「ふっ。新米の癖に得意げに言いやがる」
無機質なダダは表情を一切変えることなく、淡白な口調で返した。
「残念だな、バミューダ。貴様はもう少し賢い男だと思っていた。
遅かれ早かれレジスタンスは星森緋音によって崩壊するぞ。まぁ、それが貴様の運命だな。
その前に私を前にして、生きて仲間の元へと帰れると思うなよ」
はたから見ていては感情の起伏が分からないダダだった。
しかし、バミューダを仲間へ迎い入れようとしたが、彼から拒絶された。
プライドの高いダダは怒りの感情を静かに放っている。
近くにいるバミューダと緋音はプレッシャーを肌で感じた。
「流石にミケルを三銃士で最弱と評することだけある。威圧感が段違いだ。
この場は撤退が懸命な判断だ。緋音! お前泳ぎは得意か?」
「うぇっ!? 得意ではないが一応泳げるぞッ」
緋音は完全に虚を突かれた。
バミューダからの意外な問いかけだった。
「泳げはするか、良かった。だったら、あとはここから飛び込む勇気だけだな」
「なるほど、バミューダ。お前は元々、アイツらを引き付けて崖から川に飛び込む算段だったんだな。ふふ。クレイジーだよ……」
バミューダはこの事態を見越して川が流れている近くの崖へとダダらを誘導していた。
「生身のニンゲンがここから川へ落下して無傷で済むと思うな。
ハッタリも程々にしろ。大人しく命乞いをしろ」
「確かにお前らからすれば、俺らはか弱い生物さ。
だったらよ、お前も一緒に飛び込んで来いよ?」
絶体絶命にも思える状況下でバミューダは一歩も退くことなく、
むしろ三銃士ダダを精神的に揺さぶり攻勢に出た。
緋音も彼の勝負強さを目の当たりにして、緊張している。
「調子に乗るな。レジスタンスの見せしめとして処刑する」
ダダは痺れを切らして抜刀した。
不気味なオーラを乗せてそのまま、二人目がけて突きによる突進攻撃をしかけた。
「そりゃ、困る。もう少し生き抗いたい。緋音、行くぞッ!」
「あ、あわっ。こ、心の準備が!?」
バミューダは躊躇することなく、緋音の手を取り勢いそのままで崖から落下した。
見事に二人は垂直状態のまま、水面へ接触した。
しかし、緋音の様子がおかしかった。
「うぇ。あわっ!」
「あ、緋音!?」
逃走経路として利用することもあり、川の流れは速かった。
泳ぎが得意な者でも気が抜けない。
バミューダは小宇宙銃剣を背負った状態でも川の流れに身を委ねて順調に川を降っている。
対して緋音は溺れているように思えた。
「こんな激流の川なんて、聞いていないぞっ!
それに小宇宙銃剣を背負った状態で泳いだこともない。溺れる……」
「宇宙海賊が川で溺れるとは、皮肉にも程があるぜ。俺に捕まれ緋音!」
分け目も触れず緋音はバミューダに抱き付いた。
彼の安定した重心により、緋音が傍にいても川の流れに沿って、順調に降ることができていた。
「レジスタンスの戦士たる者、これくらいは朝飯前だ。俺から離れるなよ宇宙海賊さん」
「うっ。宇宙海賊の主戦場は宇宙だ。あたしの体力が全快していたならば、川登だって可能だ」
負けず嫌いな緋音は根拠のない嘘を付いて、虚勢を張っていた。
その言動を聞いて思わず、バミューダは大笑いしてしまっている。
「あはは! やっぱり、お前凄いよ。よくもまぁ、この状況でそんなことが言えるよ。
逆に尊敬しちまうよ」
「笑いたければ笑えばいいさぁ。ば、バミューダ! 後ろ!!」
緋音との会話に夢中になる余りバミューダは背後に迫る岩に気付けずいた。
「危ないバミューダッ!」
「あ、緋音。何を!?」
緊張の糸が切れていたバミューダは一瞬だけ反応が遅れた。
緋音はすかさず、彼の盾となりバミューダが岩へ直撃するのを防いだ。
「あ、緋音! 大丈夫か? 俺としたことが」
緋音はバミューダを救った際、頭部を岩にぶつけていた。
その衝撃によって、彼女は気を失っている。
さらに矢継ぎ早に事態は悪化していく……。
「ちっ。まさか、こんな状況下で再度、落下することになるとは」
川の先端が徐々に消えていき、水しぶきが上がっていた。
目と鼻の先に滝壺が存在することが示唆されていた。
バミューダは独り意を決死した。
「何だかんだ俺もトラブルメーカーかも知れねぇ。今回、ばっかりはちと、反省だな。
とりあえず、目の前のことに集中だ」
気を失っている緋音をベルトで固定しバミューダは覚悟し自らを鼓舞していた。
彼の体は水に濡れ、体温が著しく低下しているはずにもかかわらず、
バミューダ自身は熱を感じていた。感覚が麻痺する程、集中力が高まっている証拠だった。
――そして、彼の視界は一転し体は宙を浮き、滝壺の底を目で捉えていた。
ありったけ空気を肺にとり込んだ。
上手く着地できたが、滝壺からの脱出が困難を極めた。
息継ぎが限界を迎えて絶体絶命に思われたが、
意識を失っていた緋音は再ダイブした衝撃により意識が戻った。
「むごふご、ゴヨゴヨ。(すまない、バミューダ)」
「ほごほご、ぶわぶわ(それは俺の台詞だ。とにかく水面に上がるぞ!)」
緋音復活により推進力は二倍になった。
もしかしたら、彼らの場合は相乗効果によって、二倍以上の力を発揮できていたかもしれない。
「ぶは―っ! マジで死ぬかと思ったぜッ!」
「ごふっ。ふぅ~。身投げはもう二度とゴメンだ☆」
二人は間一髪、窮地を脱し水面から顔を出し深呼吸をした。
酸素が身体中に回った。
「何はともあれ、一応上手くいったか」
「バミューダは無茶苦茶だよ。あたしよりもガサツで無鉄砲だ。
それでも、お前のお陰でピンチを抜けられた。ありがとう……」
緋音は水中でバミューダにもたれかかるようにして再び、眠りについた。
「お前には無理をさせた。今はゆっくり休め。もう少ししたら、身を隠せる森に出る。
そこで休まろう」
ひとまず彼らの脱出劇は終幕したように思えた。
ただし、一連の流れを静観していた三銃士ダダはシニカルな笑みを浮かべていた。
「ダダ様。追手を出しますか?」
「よい。癪だが伯爵様の計画を進めて行く。一旦、基地へと戻る」
レジスタンスが作戦を練るために摸索しているように、宇宙機械伯爵もまた策を練っていた。
いずれにしても、レジスタンス――緋音は因縁の相手との再戦が近づいている。
これからの戦いで大きな鍵を握る二人は未だ川に身を任せていた。