お出掛け
さぁさぁ行って来なさいと、しっかりお金を握らされ背中を押されて追い出された。
「あー、とりあえず領内を案内するわね」
「はい、ナ、ナナリー」
まだ恥ずかしいらしく顔を赤らめ返事をするケイン。
「ここで沢山ジャーキー作ってるのよ」
案内された大きな建物の中に入る。どデカい肉の塊が沢山並んでいてびっくりした。
「凄い量ですね」
「領民が飢えない様に量が必要なのよ」
肉を切ってる人が居た。手元を見れば切る厚さが尋常じゃない。厚すぎるのだ。これがジャーキー? これからローストビーフでも作るつもりなのでは、と勘繰ってしまう厚さというか塊なのである。
堪らずマッチョに声を掛けに行く。
「あの、もしかして...この厚さで作るんですか?」
「おうよ! 食いごたえがあるだろう?」
まだ歯が弱い子供や衰えてきた老人はどうするのだ。これを煮て食べるのだろうか。
「これにこうして」
ただただ塩を刷り込むマッチョ。まさか、これが味付け? タレを揉み込む事もしないらしい。いや、この厚さでは無理か。
「もっと薄く切られては?」
「お? どうしてだい」
話は聞いてくれるらしい。素直なマッチョだ。
「塩だけだと飽きてきませんか?」
「まぁ確かに。殆ど肉の味しかしねーからな」
「薄く切ってタレを揉み込むと良いですよ。子供や老人には更に薄めの物を作っておくと良いと思います」
「タレ? ちょっと俺じゃどう作るか分かんねーな」
しょんぼりするマッチョ。
「ケイン、貴方が作ってみせたら?」
「そうですね」
「あ! お嬢! あ、アンタが婿様かい?」
「はい、そうです。夫になる予定です」
「これは失礼な態度を。も、申し訳ないっす」
慌てて頭を下げるマッチョ。
「全く問題はありません。気にしないで下さい」
「調味料は必要よね? 市場に行く?」
「そうですね! お願いします」
マッチョに指を指す女王様。
「貴方は此処で待ってなさい。作業は中止よ。休憩してて」
「はい!」
元気の良いマッチョに見送られながら市場を目指す。
着いた所で驚いた。出してる店が少ないのである。これが市場?
「此処が市場で合ってますか?」
「えぇ、此処よ。調味料とかスパイスを売っているのはこっち」
歩きながら話を聞き出して分かった事は自分達で調達出来る物は無理をしてでも手に入れてしまうらしい。
買いに来る者の数が少なく、ここの領地で手に入らない物だけを買うとの事。
そりゃあ儲からないと分かっている事をやろう等とは思わないか。
「しかし、年配の人はどうするのですか? 狩りに出る事も厳しくなるでしょう。親の居ない子供は?」
「あら! ここの皆は団結力が凄いのよ?」
少し得意気になる女王様が可愛らしい。
「困っていそうな人が居たら周りが率先して声を掛けるの。面倒見が良いと言えば良いのかしら」
「それは、何と素敵な...」
「そうでしょお? ここの皆はね。とても優しくて少し、がさつだけど思いやりがあるの」
欲しい物選んだら? と促され吟味する。魚醤と香辛料を沢山買い込んでいると店主がニヤニヤしながら寄って来た。
「おや、デートですかい?」
「ち、違うわよ! 案内してたの!」
「また、またぁ。お嬢も照れる事あるんですね」
旦那は幸せ者ですなと肩を叩かれる。痛い。さすがマッチョ力が強い。顔には出さずに我慢した。
調味料を抱えて、ジャーキー製造所に戻る。
「ひぇーこんなに沢山、使うんですかい?」
「ワインを使ったりする事もありますし、これでも少ない方ですよ」
「そうなんすね」
どデカい塊肉をローストビーフ位に切り分けていく。それを魔法で半分凍らせる。
「完全には凍らせないで下さい。切りにくいので」
「うっす」
半分凍った状態の肉は切りやすいのだ。サクサク切れて気持ちが良い。
「これ位薄くて大丈夫です」
「うっす」
魚醤に砂糖、おろしにんにく、スパイスを入れてよく混ぜる。そこに薄く切った肉を投入して揉み込んでいく。
「焼いたら旨そうっす」
「美味しいですよ」
「手馴れてるわねぇ」
「好きな人に食べて貰える事を考えていたら上達してました」
グルンと首を回して真っ直ぐに見つめられ狼狽えるナナリー。
「そ...そうなの」
首の動きが怖くて後退り距離を置いてしまった。視線は絡んだままである。
「手を動かしたら?」
視線を外す事なく肉を揉み続けるケイン。やはり怖い。
「婿様、この後はどうするんすか」
ナイスマッチョ。声を掛けられた事により視線は外れた。
「こうして袋に入れます。味を染み込ませる為です」
そうして冷蔵できる装置に入れる。
1、2時間が経つと取り出した。
「これをこうして」
1枚1枚キッチンタオルの上に隙間なく広げていく。これをまた冷蔵装置に戻すのだ。
「一晩待ちます」
「そんなにですかい!」
何時もはどう作っていたのだろうか。本当にジャーキー? そもそも燻す為の物が見当たらない。オーブンならあるのだ。
「オーブンで作っていたのですか?」
「へぇ、そうっす」
オーブンでも作る事は出来るが、いや、あの厚さだと燻していたら大変な物が出来そうだなと思い直す。
「オーブンの方が早く出来ますし良い選択ですね」
褒められたのが嬉しくてへへッと頭を掻くマッチョ。
「これが俺達が作ってるジャーキーっす」
奥から持ってきた肉の塊を見せられる。ジャーキーじゃない。デカイ塊肉だ。どうやって齧るのだろう? と見ていると徐に裂き始めた。力業である。私には不可能だ。まだ少し厚いが食べられそうではある。
「どうぞ!」
「あ、有難う」
遠慮なく頂こうと齧る、が硬い。硬すぎる。歯が欠けそうだ。食べる事を諦めて持っていた袋にしまうと悲しそうにマッチョに見つめられた。
「あ...後で頂く事にするよ」
「うっす!」
嬉しそうな顔のマッチョ。機嫌が上向いた様で安心する。
「流れは覚えられたのかしら?」
「はい! 何とか出来そうっす!」
すこぶる元気だ。
「後は明日また来た方が良いわよね?」
「そうですね。ナ...ナナリー」
まだ恥ずかしがっている様子に可愛いと思ってしまう。
「もう帰りましょうか」
「はい」
屋敷に向けて歩みを進める。
何だか視察というか領地改革みたいな事になったなと考えていた。
「ごしゅ...ナ、ナ、ナナリー」
見れば顔を真っ赤にしている。結婚するのだから慣れなきゃいけないのに大丈夫だろうか。
「なに? ケイン?」
「やっぱり、もう少し見たいなと思いまして」
「そう? 別に良いわよ。あ、パン屋さんに行かない?」
「お腹が空いたのですか? 私が作って差し上げますよ」
「違うわよ。近くに来たら必ず買ってるクロワッサンが絶品なの。貴方にも食べて貰いたいわ」
「ケインと」
「...ケイン」
もうどっちでも良いじゃないという言葉は飲み込んでパン屋さんを目指す。
「もう少しで着くわよ! ほら、見えてきたわ」
「あれが、そうですね」
レンガで作られた小さなお店だ。美味しそうな香りが此方まで漂ってくる。
「さぁほら入るわよ」
「はい」
ガチャリと扉を開けるとベルが鳴った。
「いらっしゃい。お嬢! クロワッサンね」
「さすがだわ、お願いするわね」
スラリと長身で引き締まった身体をしている女性だ。
「なんだ、旦那さんも連れて来たのかい」
「ま、まだ違うわよ!」
「照れちまって。お嬢も可愛い所あるんだね」
一口サイズのクロワッサンを大量に買ってご満悦である。