7
話しながらも手を止めずにセットしていく。
「次はメイクですね。腕の見せ所だ」
「え...遠慮するわね。メイドにやって貰うから」
ドキドキしているのに更に触れられる事を考えて辞退する。
「いいえ、やらせて頂きます」
言うが早いがパッとメイク道具を広げ始めた。持っているんだと驚く。
意外と頑固者なのかと驚き抵抗を止めて委ねる事にした。
「肌もきめ細かで綺麗ですね」
「ありがとう」
短くお礼を言うだけに留め、目を閉じてケインの顔を見ない様にする。意識してしまうからだ。
関係無い事をあれこれ考え頭の中からケインを追い出す。
「レディは元が、とても綺麗ですから自然な感じにしましょう」
手が優しく肌の上をすべり筆が少しくすぐったい。
「何て美しいんだ。まるで彫刻のよう」
そろそろ終わったのかと目を開ける。
「ひッ」
ガタンと後ろに倒れそうになった所をケインが支えた。
「レディ、大丈夫ですか?」
「あ、貴方のせいでしょ!」
また至近距離に顔があり驚いたのである。少し怖い。どうして何度言ってもバグった距離感を直してくれないのか。
「本当にもう」
ため息を溢しつつ鏡に目をやれば高飛車でキツめの女に見えない。今まで受けていたメイクとは違う。ここまで変わる物なのか。少しキツイ印象は有るものの目元に力を入れない様に気を付ければ、そこまでではない。
普段のメイド達のやり方は足して、足しまくる方法なのだ。美の暴力である。脳筋故に美しさを! もっと美しさを! と力み加減が凄いのだ。
「嘘...」
「綺麗ですよね。元が整っているから楽しかったです」
褒めて下さいと膝をついて見上げてくる。思わず頭を撫でてしまった。
「有難う。貴方凄いのね」
「ケインと」
こんな時でも訂正してくる所に少し苛立つ。
「ケイン、凄いわ」
パーッと顔を輝かせて嬉しそうだ。
「レディ、今日の食事はとても有意義な物になりますよ。楽しみにしていて下さい」
「そう? 分かったわ」
さぁご褒美に踏んで下さいと此方に尻を向けてくる。
「踏む訳無いでしょうが!」
踏む踏まないで押し問答を繰り返していると扉をノックされた。
「お嬢! ご飯の時間です」
「分かったわ、有難う」
まだ尻を向けたままのケインは無視して部屋を出る。
「レディ、本当に美味しいと思うので期待していて下さい」
耳元で聞こえて飛び上がった。
「ちょっと! もう」
距離が一々近い。本当に心臓に悪いと思う。
「貴方ねぇ、近いのよ! 離れてなさい」
「はい」
スッと距離を取った事を確認して歩き出す。
扉を開けて中に入り席に着いた。当然の様に隣に腰掛けるケイン。両親が見ている手前、何も言えない。
「婿殿が昨日、何かしてくれたそうだな」
「楽しみねぇ」
顔を見合わせて笑いあう仲良し夫婦である。
「いやぁ、喜んで頂けたら嬉しいです」
ハハハと照れ笑いする様は好青年だ。とても変態には見えない。両親と和やかに会話を広げる変態の様子をぼんやりと見つめる。
「猫被りやがって」
ボソッと思わず毒づいてしまう。
「はい? 何ですか?」
「あ、何でもないわ」
その内にマッチョ達は料理を持って入ってきた。いつもはメイドが持ってくるのに珍しい。
「こ、これを、お婿様が教えて下さった通りに作りました。めめめ召し上がり下さい」
ぎこちなく料理を前に置いてくれる。
鼻をくすぐる香ばしい香りに驚く。ただ切って焼くだけの豪快さが見た所無い。一口サイズに切られているし、何より野菜が沢山使われている。
いつもは申し訳程度にしか使われない野菜が、こんなに沢山。感動すら覚える。
「嬉しそうですね。頑張った甲斐があります」
無意識に笑っていたらしい、ハッとして隣を見れば蕩ける笑顔と目が合った。
「どうぞ食べてみて下さい」
視線を外して口に運ぶ。とても美味しい。肉も柔らかく食べやすい。久しく並ぶ事の無かった海鮮もある。一口食べてみれぼ此方も美味しい。
「婿殿! どんな魔法を使ったのだ!」
「魔法は大して使ってませんよ」
「そうなの? 不思議だわぁ。こんなに美味しくなるなんて」
「これは直ぐに式を挙げるべきだな」
豪快に笑う父に慌てる。
「待って下さい! 早すぎます!」
「どうせ結婚するのに、早いに越した事は無いだろう?」
「そうよ。ナナリー、早い方が良いわ」
話しを聞かない両親に加えて嬉しいです、とはにかむケインに目眩を覚えた。
もう変態と結婚する道しか無い。ナナリーは腹をくくった。事有るごとに踏んだり打ったりしなければならないのだろう。疲れる結婚生活になりそうだ。
3人の事は意識の外に置いておいて美味しい料理に舌鼓を打つ。本当に美味しいのだ。
「ほら、胃袋も掴まれてるし幸せな結婚生活になりそうね?」
「こんなに美味しい、ご飯が食べられるんだから家のナナリーは幸せ者だな」
豪快に笑い飛ばして結婚式の日取りを決め始めてしまった両親。
「ドレスは、やはり白が良いですよね?」
突然、話を振られてケインに視線を合わせた。しかし、サラダが気になる。
「ごめんなさい、何て?」
「式で着るドレスの色です。白色が理想なのでは?」
まぁ確かに着るなら白色でレースたっぷりの物を着てみたい。
「そうねぇ、白が良いわ」
滅多に並ばないサラダを突きながら上の空で返信をする。
「お! ナナリーも満更じゃなさそうだぞ」
「あの子の気が変わらない内に注文してしまいましょう!」
家令を呼び、デザイナーを呼ぶ手配をさせる両親。
美味しいサラダに夢中なナナリー。
知らない間にどんどん話が進んでいく。教会は彼処にしようとか呼ぶのは時間が無いから最低限で、とか。
食べ終わる頃には、殆ど決まっている状態であった。
「婿殿」
「はい」
「いつまでもレディ呼びは、どうかと思う。もう結婚の日取りも決まったのだ。名前で呼んでやってくれ」
ナナリーもそう思うだろー? と声を掛けられ慌てる。
「え? な、何ですか?」
「全く恥ずかしがって。ナナリーも名前で呼んで貰いたいわよね?」
優しい母の笑顔に突っぱねる真似など出来る筈が無い。
「あ...そ、そうですねぇ」
「婿殿! さぁ! 呼んでやってくれ!」
父は気合い入りまくりである。
「ナ、ナ......ナナリー」
真っ赤になって俯くケイン。微笑ましく見守る両親。いたたまれない気持ちになるナナリー。
逃げ出したい気持ちを押し込んでにこやかに返事をする。
「はい、ケイン?」
涙目で潤んだ目で見つめられた。可愛い。どストライクの顔なのだ。不覚にもトキメキを覚える。
ケインの癖にと、また心の中で叫んだ。
「さぁ、式の日取りも決まった事だし。後は2人の仲を深めないとな! デートしてきなさい!」
晴れやかな笑顔で嬉しそうな父。
いつの間に日取りが決まったのかと狼狽えてしまう。
「あの...式を挙げるのは何時に?」
「もう忘れたのか? 5ヶ月後だぞ?」
少し心配そうな表情で見られ笑って誤魔化す。
「そうでしたわ。うっかり」
「本当に楽しみね。お料理は、お婿さんに協力して貰いたいわ」
胸を叩いて任せて下さいと元気良く返事をするケイン。