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「もう、喧嘩でもしたのかと思ったわぁ」
「本当にな、驚いたよ」
「ご心配をお掛けして申し訳ありません」
「嬉し泣きだったなんてね」
「安心、安心」
良かった良かったと言いながら出て行く両親。
「紛らわしいのよ」
「申し訳ありません。胸が一杯になってしまって」
まだ涙目のケインに見つめられ言葉に詰まる。可愛いのだ。見た目が良いと何でも許されてしまうのかしら。
「私は此処で寝ますから。ごしゅ...レディはベッドをお使い下さい。普段からそうしているので」
「普段から?」
え? と驚き凝視してしまう。
「寝心地が良いと熟睡出来ないので」
「そ、そうなの...」
根っからの奴なのねと遠い目をしてしまう。顔は好みなのに。
「あ! 厨房に行って来ます」
スクッと立ち上がり出て行ってしまった。嵐が過ぎ去った様に静かになる部屋。ベッドにダイブしゴロゴロと転がる。
「始めましてウメオド家の次男、ケインと申します」
爽やかな好青年が入ってきて、しっかりと礼を取られ驚く厨房に居る料理人達。
「あ、いや、ご丁寧にどうも」
ツカツカと、どんどん中に入って来る相手に狼狽える。
「え? え?」
「あぁ、お気になせらず。どの様に作っているかの確認がしたいだけですので」
見た所、やはり大した下処理もされていない。マッチョ達だから豪快な料理方法を取っているのだろう。肉も分厚く切られて置かれているし、普通はこの3分の1でも良い位なのに。細かい作業が苦手なのだろうか。良く見れば野菜何かも大きく切られている。
蓋されている鍋を開けてみれば、これまたどデカい肉だ。切ってすらいない何故。
ふむふむと見回る婿殿に居心地が悪くなる、マッチョ達は怯えた様子で固まっていた。
「これ、魔物の肉ですよね」
「あ...はい」
何やらタレ? らしき物を作り始め肉は手際よく一口サイズに切った。ボウルにタレと肉を入れ、良く揉み込んでいる。貴族様なのに、あまりに手慣れている様子に感心してしまう。
「これを明日の朝に弱火でじっくり焼いて下さい」
「は、はい」
将来の領主様だ。言われた通りにやろうと胸に刻む。それに漬け込まれた肉は美味しそうに見えるのだ。
今度は玉ねぎをみじん切りにし始める。自分達が切っている時とは比べ物にならない程、細かく切られていく様子に尊敬の眼差しを送る。
「あ、あの近くで見ても?」
1人のマッチョが意を決して声を掛けた。
「勿論ですよ。皆さんには私と同じようにやって貰いたいと思っていますので」
さすがに冗談だろうと数人が笑うが婿殿は真面目な表情でいて押し黙る。これを自分達が出来る様にならなければならないと悟ったのだ。
「遠慮せずに、もっと近くで見て下さい」
どんどん小さく切られていく野菜達。フライパンでオリーブオイルと塩、にんにくと一緒に炒められると美味しそうな香りが鼻をくすぐる。
「少しですけど味見してみましょうか」
スプーン一杯ずつ配られ口に含む。
「う、うまい!」
「塩とにんにくだけでも、これだけしっかりとした味が出るものです」
ここに海老を入れたり、茸を入れたり、一口サイズに切った肉を入れても美味しくなりますよと説明されてメモを取る素直なマッチョ達。
「細かく切る事は苦手ですか?」
コクコク頷くマッチョ達。
「であれば、こうしてみましょう。簡単な風魔法ですから皆さんも出来る筈です」
ゴロゴロと大きめに切った野菜を大きなボウルに入れる。そこに手をかざすと小さな竜巻が出た。あっという間に細かくなっていく野菜達。
「おー!」
「コツを掴めば簡単に出来ます。やって下さい」
1人1人目の前に小さなボウルが配られた。マッチョ達は真剣な面持ちで手をかざす。
「始めて下さい」
小さな竜巻を起こす筈が大きくなってボウルを吹っ飛ばす者が殆どだ。
「もう1度」
全員が出来る様になるまで何度も何度も練習する。
「良いでしょう。明日は実践ですね」
クルリと背を向けて出て行く婿殿。マッチョ達は深く頭を下げて見送った。
明日は美味しく食べる事が出来そうだと笑顔で王女様の部屋へと向かう。
寝てるかもしれないと控えめにノックをすれば予想とは違って返事が返ってきた。中に入る。
「まだ起きていたのですね」
「そうね、何故か眠れなかったのよ」
ベッドの上で大きな枕を抱えて座るナナリーに釘付けになる。顔を少しだけ埋める様にしている様は可愛らしいのだ。此方を上目遣いで見つめている。
「レディ、温かいミルクでも持ってきましょうか?」
「いらないわ、ようやく眠くなってきたから」
そう言うとコロンと寝転がり布団を被る。
もう遅い自分も眠ろうと床に横になった。固さが丁度良い。目を閉じれば、あっという間に夢の世界に。
パチリと目を覚ますと至近距離に顔があり反射的に殴ってしまった。
「な、何? え?」
まだバクバクと煩い心臓に倒れた人物をそっと覗き見る。ケインだ。
「また、この人は...」
ふぅと大きく息を吐き出し何度か深呼吸を繰り返す。
ピクリとも動かない様子に大丈夫だろうかと心配になり近くに行けば頬を抑えて嬉しそうにニヤニヤしていた。
「何で、至近距離に居たのよ」
「寝顔が余りに美しく」
まだ余韻の中に居るのかポヤンとした声だ。
変態は放おっておく事にして支度を始める。パッと近くに寄って来て思わず後退ってしまう。
「な、何かしら?」
「髪のセット等はお任せ下さい」
「貴方、出来るの?」
「ケインと」
「...ケイン出来るの?」
「手先は器用なので」
フフンと胸を張ってみせるケインに思わず笑ってしまう。
「分かったわ、頼みます」
動き易さ重視のシンプルなドレスに着替える。ドレッサーの前に座ると直ぐに後ろに立つケイン。
「美しいプラチナブロンドですね。サラサラだ」
ブラシですきながら、うっとりとした表情を浮かべているのを鏡越しに見る。ここまで思われるのも有り難い事なのかなと考えていると目が合って慌てて逸らした。
「編み込んでいきましょうか」
こんなに手の込んだ髪型をされる事が無い為じっと手元を見つめてしまう。
「器用なのね」
「好きな人を着飾る時を考えると他人に触れられたくなくて頑張って覚えました」
鏡越しに視線が絡んで動かせなくなる。
「レディは本当に美しい。青く透き通る様な目は、まるで宝石ですね。色をのせずとも頬は薄っすらと赤い」
唇はぽってりと色っぽく赤くて食べてしまいたいですよと、淀みなく褒められて何も言えなくなってしまった。何か言おうと思っても恥ずかしくて黙ってしまう。
「私はきっと貴女に会う為に産まれて来たのでしょう。心を奪われたのはレディが初めてです」
正真正銘の初恋である。姿絵に一目惚れしたのだ。出るかもしれないと聞いたパーティーには必ず出席して会う事を夢見ていたのである。遠くからしか見る事が出来ない事が多かったが諦めなかった。
そうして近くで生で見た時の衝撃は凄かったのである。そして強く思ったのだ、この人に蔑まれて痛めつけて貰いたいと。変態の誕生である。
幼少期から、その片鱗はあったがハッキリとそう自覚したのはナナリーと出会ってからなのだ。