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変態との帰還

ケインの癖にと心の中で何度も叫ぶ。ドキドキと煩い心臓。

はぁとため息を溢して顔を覆う。


「どうされました?」

「話し掛けないで頂戴」


そもそもだ。そもそも、もやし男を倒した後にケインが結婚について言及してきたのが悪い。そう云うなれば諸悪の根源である。


「貴方のせいね」


スッと目を細めて見つめた。目が合えば嬉しそうに頬を染める。


「前向きに」

「話し掛けるなと言った筈だわ」


ピシャリと遮れば顔を蕩けさせて喜ぶ様子に少しだけ可愛いと思い、そんな自分にげんなりする。


「全く」

「苛立ち解消に打ちますか」


目を輝かせ期待に満ちた表情だ。ハッと馬鹿にした様に笑ってケインを見る。


「打った所で貴方が喜ぶだけなのは分かっているわ」


フンと窓の外に視線を固定させて視界にいれない様にした。



暫くすると何故かハァハァと呼吸を乱し始めて、しかし無視を貫く。地獄の時間である。変態の乱れた呼吸音をBGMに見飽きた外の景色を見続ける。


ようやっと馬車が止まった瞬間、勝手にドアを開けて降り立った。


「めでたい! さすが、お嬢!」

「お嬢! ようやくですね」


口々に賛辞の言葉を発して領民達が寄ってくる。どういう事だ。他の人に押し付ける計画だったのに。

はっとして周りを見れば花等で飾り付けられ、昼間だと言うのに酔っ払いが沢山居る。めでたい、めでたいと喜びに溢れていた。


人を掻き分け屋敷に入れば両親に抱き締められた。


「聞いたぞ。決闘の末、良い男を手に入れたらしいな」

「良くやってくれました。ウメオド家といえば優秀な息子達が居ると評判の所じゃない」

「あ...いえ。その」


言い淀む娘を余所に飛び上がりそうな程に喜ぶ両親。お祝いの品も届き始めていて驚いた。


「おぉ! 君が」

「ウメオド家、次男のケインと申します」


いつ間に後ろに居たのか。


「良く来て下さいました」


もう断るとか、そんな雰囲気ではない。


「なんて事...」


余りのショックからかフラリと目眩をおこす。


「レディ!」


さっと身体を支えられた。あぁ、やはり紳士だわと胸をときめかせるナナリー。こんな事でと軽く自己嫌悪である。


「あらあら、まぁまぁ」


口元を隠しながらも嬉しそうに目配せし合う両親。


「さぁ食事にしよう」


父の言葉で移動する。


「遠慮しないで食べてくれ!」


次々と運ばれてくる料理、焼いた肉、煮込んだ肉、揚げた肉。出るは出るは肉のオンパレード。スープですらゴロゴロと肉が入ったシチューだ。

最早、圧巻である。


「普段から、こういったメニューですか?」

「あら? どうして?」


何か問題でも、と一様に極当たり前に口に運んでいる。


「いえ私の為に豪勢にしてあるのかと思ってしまいまして」

「いやいや、いつもこうだぞ」


ワッハッハと豪快に笑い飛ばす父君。


「さぁさぁ召し上がって下さいな」

「頂きます」


硬い、噛めない、噛み切れない、まるでゴムだ。咀嚼し続け何とか一口飲み込む。ケインはチラリと女王様の様子を伺う。涼しい顔で食べ進めていた。美しい。


煮込まれた物なら大丈夫そうだと口に含む。良かった硬いけど噛み切れる。煮込み料理とシチューを中心に食べた。


「どうかしら? お口に合ったかしら?」

「はい、美味しいです。特にシチューが」

「まぁ! 嬉しいわぁ。実はね、今朝私達で倒してきた魔物なのよ。ね? 貴方」


「いやぁ、久しぶりの大物でな」


また豪快に笑う父君。

どうりで、臭みが残っている訳だ。そう、不味い訳ではないが美味しくなかったのである。本来、魔物の肉は臭みが強い為に長い時間漬け込まれた物を食べるのが主流なのだ。

きっと、そういった知識が無いのだろう。この調理方法を伝えるだけでもご両親からの株が上がりそうだと舞い上がる。ついで、魔物肉を柔らかくする方法も伝えようと決意した。


「後で厨房をお借りしても宜しいですか?」

「構わんぞ。好きに使ってくれ。婿殿」

「お父様! まだ、結婚してません!」


「いずれするだろうに。良いだろう」

「そうよ、どうせ結婚するのだから。ね? お婿さん」

「もう! 知りません!」


フンと怒って席を立ち出て行ってしまったナナリー。


「照れてるのだろう。娘がすまないな」


大きな熊がシュンと落ち込んでいるみたいで可愛らしく感じてしまう。


「お気になさらず。その、家格があまりに離れているのにも関わらず暖かく出迎えて頂いただけで胸が一杯です」


本当に有難うございますと深く頭を下げる。


「まぁ! 此方こそ優秀だと言われているウメオド家の方に来て貰えて感激しているのよ」

「そうだぞ。来てくれて有難う」


その内、一緒に魔物狩りに行こうと誘われた。


「是非に! ご一緒させて下さい」

「これは楽しみだなぁ」


また豪快に笑う父君。その後も和やかな時間が過ぎて解散となった。


「部屋は娘と共同で良いだろう。仲良く使ってくれ」

「そうね、それが良いわ」

「はい、有難うございます」


女王様と同室、やはり私は近い内に死ぬのだろう。こんな幸運が続いて平気な訳が無い。


控えめにノックをして返事を待って中に入る。


「ちょっと! 何で私の部屋に」

「一緒に使ってくれと、ご両親に言われまして」

「断りなさいよ!」


最悪だわ、なんて事と言いながら部屋をウロウロと歩き回るナナリー。


「レディ、私の事は居ない者として扱って頂いて構いません」


せめて同じ空間に居させて下さいませんか、と懇願する。


上目遣いで見つめられ言葉に一瞬詰まる。


「仕方ないわね。良いわ」


可愛さには敵わない。はぁとため息を溢してソファに腰掛けた。

ベッドは大きくて数人、余裕で寝られるサイズである。ただ一緒に寝る事を考えただけで心拍数は上がってしまった。内心では嬉しいような、それでいて不安も抱き複雑な心境だ。


「あぁ何と有難き幸せ」


ほうと恍惚とした表情を浮かべてケインは嬉しそうだ。



湯浴みを済ませ後は寝るだけである。


「え? 其処で大丈夫なの?」

「問題ありません!」


毛皮の敷物だって敷いてあるのに態々、木が剥き出しの床に寝転がっているのだ。ソファもあるのに何故?


「貴方それで寝られるの?」

「ケインと」


何度目か。最早、気にしないでも良いのではないかと思う。ため息を溢して口を開いた。


「ケイン...床で、ちゃんと眠れるの?」

「心配して下さるのですね」


お優しいと頬を薔薇色に染めて嬉しそうだ。


「何て私は幸福者なのだ」


突然、ハラハラと涙を溢すケインに驚く。


「ちょっと、何で」


ワタワタと慌てながら走り寄る。


「大丈夫なの? ベッドに寝て良いわよ? 私がソファで寝るから。ね?」


ヨシヨシと頭を撫でながら宥めようと頑張っていると。ガチャリとノックも無しに扉が開く。


「仲良くしているかーー?」


父である。


「な! 泣いてるではないか。どうした? 喧嘩でもしたのか?」


此方もワタワタと慌てて走り寄る。

親子2人で大丈夫か、何処か痛いのかと心配し頭を撫で回し、ホットミルクを用意して飲ませてとお世話する。

またノック無しにガチャリと扉が開かれた。母である。


「あなたー? 2人の邪魔しちゃ駄目よ? まぁ!」


あらあらと話しながら、これまた走り寄り大丈夫なの? と心配する。

ニコン家の人間は総じて涙に弱いのだ。


暫く経ちケインの涙が落ち着いてくる。


「すみません。余りの嬉しさに涙が」

「そうなの? 何処も痛くないのね?」

「すこぶる元気です」


晴れやかな笑顔に一同胸を撫で下ろした。

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