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やはり姿絵を見た時から感じていた物は本物だったのだ。初めて打たれた頬は未だにジンジンと熱を持っていて気持ちが良い。
「私は何て幸運なのだろう」
最高のご主人様を見つけてしまった。キツめの顔立ちは勿論の事、完璧なプロポーション更に人を痛ぶる事にも余り抵抗が無いと見える。まさに女王様と呼ぶに相応しい。
「あぁ早く、また罵られたい」
ほうと感嘆のため息を溢して身悶えるケイン。
さっさと結婚して逃げられない様にしなければと気合いを入れる。早く私だけの女王様になって貰うのだ。ご両親に気に入って貰える様に頑張ろう。 無理を言ってついて来たのだ。結果を残す為に入念に準備をしようと拳を振り上げる。
一方その頃ナナリーは1人頭を抱えて唸っていた。何とか、ケインと結婚しない方向に持っていけないかと悩んでいるのである。しかし、ナナリーもニコン家の娘、両親に比べたらマシだが脳筋なのだ。あまり頭が良いとは言えない。
いくら頭をひねった所で出てくるアイディアは土に埋めるとか半殺しにして森に捨てておくとか物騒なものである。
「どうしたら良いの」
もはや泣きそうである。
「誰かがケインを教育し直してくれたら良いのに」
それか領地に帰ってから別な人を充てがうという手もある。それなら良いかもしれない。
「それが良いわ!」
良く綺麗所が多いと褒められるし人を痛めつける事が好きそうな人も居る。
「完璧じゃない!」
そうと決まれば寝てしまうだけだ。ボフッとベッドに寝転がり眠りにつく。
コンコンとノックの音で目が覚める。御者が起こしに来たのかと寝ぼけ眼で扉を開ける。
「あぁ、おはようございます。寝起きでも美しいなんて」
ヒクッと頬が痙攣する。御者じゃなくて変態だったのだ。
「へ、変態...」
「朝からご褒美を頂けるとは」
やはり頰を薔薇色に染めて喜ぶ変態。
「お腹空いてるの。準備もしたいから、また来なさい」
閉めようとすると朝食が載せられたトレイを差し出される。
「持ってまいりました。ごしゅ...レディ」
また、またご主人様と呼ぼうとしたわ。なんなのコイツは。
「ありがとう」
素っ気なくお礼を言ってトレイをひったくり勢い良く扉を閉めた。
「顔は完璧なのに...」
本当にどストライクの顔なのだ。頬を染める表情も、とても可愛い。
「勿体ないわ」
はぁとため息をついて食事を始めた。前に来た時に出された物より豪勢で味も美味しい。
「コックさん替えたのかしら」
この短期間で料理人を替えるなんて儲かっているのねと1人納得して食べ終わる。着替えも済ませてしまい扉を開ければ。
「お口に合いましたか?」
「ヒャッ」
目の前に居てぶつかるかと思ったし心臓も壊れるかと思う程に跳ねた。
「ねぇ、貴方」
「ケインと」
「...ケイン? 貴方ね、一々距離が近いのよ止めて下さる? 前にもお願いした気がするのだけど、覚えてたかしら? 貴方の脳みそ腐ってるの?」
至極真っ当なお願いに加えての暴言なのだが言われた本人は嬉しそうだ。
「レディ、申し訳ありません。貴女と片時も離れたくはないという気持ちが暴走していたようです。そんな私に罰を下して下さい」
さぁ、思う存分踏みつけて下さいと目の前で四つん這いになるケイン。腹が立っていたナナリーは無言で踏みつけた。
「あッありがとうございます」
ハイヒールで踏みつけられる度にビクビクと身体を揺らし感謝の言葉を口にするケイン。
そんな様子を物陰から見ていた店主は震え上がった。やっぱり貴族って怖いと涙する。
どれ位経っただろうか。ナナリーが息を切らし始めた頃にそれは止まった。
「もう良いわ」
「はい! ありがとうございました」
とても良い笑顔で答えるケインにげんなりとしてしまう。痛めつけた側が憔悴するこれは一体なんなのかと額に手をやり俯く。
「レディ? どうされました?」
お前のせいだよ。とても不安気に見てくるケインに苛立つ。
「気分がすぐれませんか?」
無視して通り過ぎた。
冷たい態度も良いと喜ぶケイン。少し距離を置いてついて行く。
「ありがとう、良く眠れたわ。コックさん変えたの? お料理美味しかったわ」
ニコリと優しく微笑みかける。
「いえ、料理はその...お、お連れの方が」
「え?」
「私が作りました」
得意気に胸を張って見せるケイン。あら、可愛いと思ってしまい首を振って肯定的な意見を追い出す。コイツは変態なのだ。
「ありがとう、貴方お料理も出来たのね」
「あ...はい! 何せ有能ですから!」
パッと顔を輝かせて、まるで大型犬である。可愛いじゃないとまた思ってしまう自分に戦慄した。
馬車に乗り込むと案の定、床に座るケイン。これだと邪魔なのだ。
「ちょっと...良い加減にして下さる? そこに居られると邪魔なの」
冷めた目線を送ればブルリと身体を震わせ頬を染める。
「も、もうしわけ...あ」
ハァハァと息を乱し始めたケインに嫌気が刺す。可愛いなんて思ってしまった数分前の己が恥ずかしい。一向に動こうとしないケインに諦めたナナリーは外の景色に集中する。
足を組み直す時に誤って顎辺りを蹴ってしまった。
「あッ最高です」
「気持ち悪いわね」
たまらず飛び出た悪口に嬉しそうに顔を綻ばせるケイン。
「ねぇ、貴方って」
「ケインと」
1つため息をつく。
「...ケインは、どうして変態なの? 生まれつきなのかしら?」
外の景色にも飽きてきて話題を振る。少しだけ気になったのだ。
「さぁ、どうでしょう。気付いたらこうなっていたもので。ただ勘違いしないで頂きたいのは誰でも良い訳ではありません」
真剣な表情で見つめられ不覚にもときめくナナリー。
「レディ、私は貴女が良いのです」
手を優しく取られ口付けを落とされる。
「分かって頂けましたか?」
ボンと顔を赤らめ視線が泳いでしまう。
「ケ、ケインの癖に」
パッと手を振り払い、また視線を外の景色に戻した。
ケインは心臓が爆発しそうだった。女王様が自分に好意敵な様子を目の当たりにしたのである。至近距離で。
なんて事だと、こんな幸運があって良いのかと戸惑いもある。もしかしたら自分は近い内に死ぬかもしれないとも考えた。
まだ少しだけ赤い女王様の様子を見つめる。何とも言えない気持ちが込上がってきた。
挑発的な見た目の上に可愛らしいなんて、とんでもない人だ。やはり自分だけの女王様になって貰いたい。
「レディ、私との結婚について前向きに考えて頂いてましたか?」
「どうかしらね」
「ジャーキーだけで乗り切るのにも限界があると思いますよ。私の商会を此方に持ってきて道の整備をする資金を投入して改善する事も出来ます」
道が整備されれば人の流れが活発になる上に食材何かも入ってくる数が増える。
「損はさせません。私はレディにとって有益な人物だと思います」
近場の領地の魔物討伐に向かう際もスムーズに動けますよ、と微笑む。
「そうだ。まずは小さな学校を作りますか? 学ぶ事が出来れば有能な人材は増えます」
いつの間にか揺れる馬車の中、立ち上がったケインの顔が至近距離にあって胸が高鳴る。
「きっと多方面でレディを支えられます」
どストライクの顔は鼻先が触れそうな程に近い。恥ずかしくて耐えられずに胸辺りを目一杯押してしまった。
ドサリと向かい側に座るケイン。艶然と微笑んで、また口を開く。
「どうですか? 私程、お得な人物は居ませんよ」
色気全開で落としに掛かってくるとは予想外でナナリーはパニックになっていた。気付けばボタンを幾つか外していて厚い胸板がチラリと覗けるし絡む視線は中々外せない。