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「やってくれたな! お前は何て事をしてくれたのだ!」


思ってもみなかった父からの怒声に肩を揺らす。


「俺は悪く」


話している最中にバンッと机を叩いて怒る父。


「黙っていろ! 謝罪の手紙を出さねば...」

「どうして、田舎貴族ごときに伯爵家が頭を下げるのですか!」


ギロリと睨まれ口をつぐむ。


「お前は爵位の事も分からんのか...あー情けない」

「申し訳ありません」


頭に手をやり深いため息を吐く。


「良いか? 辺境伯というのは侯爵に匹敵するんだぞ! つまり! 家格は! 彼方が! 上だ!」


良く考えろ。そんな相手に言い寄った挙げ句に? 戦いを挑んで負けて。それから極めつけに働いた無礼に対して謝罪もせず、その場を離れたのだろう? 取り返しがつかないかもしれん。


淡々と告げられた内容に事態の深刻さが分かったのか顔面蒼白になるジョン。

そんな息子の様子を一瞥して背を向ける。


「部屋で反省していろ。1歩たりとも出てはならん」

「はい」


どこで育て方を間違ったのだろう。と落ち込みつつ手紙をしたためる。許して貰える事を祈りながら。

深い、ため息が幾度も溢れる。息子のせいで今まで築いてきた事がパーになるかもしれないと思うと泣きたくなってきた。


「これを頼む直ぐに出してくれ」


書いたばかりの手紙を家令に渡す。一大事だと分かってくれているのか大きく頷き早足で部屋から出て行った。


「あぁそうか、賠償金の事も考えていた方が良いか」


頭を抱えて呻く。馬鹿息子が、こんな大きな失態を犯すとは。最悪この屋敷を売ってでも用意した方が良いだろう。

よりによってニコン家に喧嘩を売ってくるとは、どうしたものか。皇帝のお気に入りの家門だし噂が真実なら友人の様な関係らしい。


「もう死ぬしかないだろうか」






領地に帰る馬車の中、何故かケインも一緒におり向かい合って座っている。


「ケイン?」

「はい」

「そこじゃなくて、ちゃんと座ったら?」


そう、床に座っているのだ。ナナリーは正直、足の置き場に困るから止めて欲しくて先程から説得しているのだが動こうとしないのである。


「ちょっと! 私がそっちに座れって言ってるのよ? 何回目? 貴方、耳ついてるわよね。それとも、くっついてるそれは飾りなのかしら」


我慢の限界で口調がキツくなる。扇子でクイッとケインの顎を持ち上げて話した。


「う...ぁ。ふぁい」


恍惚とした表情になったケインを見て露骨に嫌な顔をするナナリー。しかし、これすらもご褒美になってしまうのである。ブルリと身体を震わせて嬉しそうだ。


「もう、本当に...まずはちゃんとそこに座りなさい」

「はい、ごしゅ...レディ」


今、ご主人様って呼ぼうとしたわね。スッと目を細め嫌そうに顔を歪めてしまう。

その表情にまた嬉しそうに顔を綻ばせるケイン。


何なのだろうか。この悪循環は。頭を抱えたくなるが、そんな醜態を目の前の男に曝す事は耐え難い。


「こっち見ないで」

「はい」


キラキラと期待に満ちた視線に耐えかねたのだ。無言で馬車に揺られる。


馬車が止まった。

恰幅の良い御者が窓を叩く。


「ナナリーの嬢ちゃん」

「何かしら?」

「ここいらで休みましょう」

「良いわ」


馬車から降りて辺りを見回す。王都に行く時にも休憩した宿屋の前だった。座りっぱなしで固まってしまった筋肉を伸ばす。


「手伝いましょうか?」


振り返れば至近距離で、柔らかく笑い掛けられ鳥肌が立った。


「結構よ。触らないで」

「かしこまりました」


気付くと距離が近い所にいて居心地が悪いのである。


「離れなさい!」


サッと離れると褒めてと言わんばかりの表情をする。そんなケインにプイッと顔を背けて宿屋の中に入った。


「ニコン家の! また来て頂けるとは光栄の限りです」


恭しく頭を下げられ恐縮してしまう。


「素敵な所ですもの。来たくもなるわ、頭を上げて下さい」


ニコリと優しく微笑む。

ケインは後ろから会話をする宿屋のご主人をジトリと睨み付ける。それに気付いた主人はビクリと肩を揺らして挙動不審になった。


「あ、あ、と、とりあえず、お部屋へご、ごご案内します」


カタカタと震え始めた主人に首を傾げる。


「貴方、大丈夫?」

「だ、だだ大丈夫です。平気です」


貴族に嫌われた平民の末路は決まっているのだ。怖くて震えてしまうのも当然である。


「レディ? 私もお供します」

「結構よ」


涼しい顔をしてついてくるケインを振り返る。


「貴方ねぇ」

「ケインです」

「...ケイン? 結構だと断わった筈だけど、どうしてついてくるのかしら? 頭が悪いの? 理解出来なかった?」


頬を染めて綻ぶ顔は可愛い過保護欲をくすぐられる類いだ。罵られる度に、この表情になるのだ。怒って話しても何も響いてない様子に落胆する。


「はぁ...もう。ケイン、貴方の部屋は別室よ。私とは違う部屋だから。其処に行って」

「部屋に入る所を見届けてから行きます」


ニコッじゃねーのよ。話が通じない。


「何があるか分かりませんからね。ちゃんと見届けるので安心して下さい」


お前が居る方が安心出来ないわ。


「貴方、本当に頭おかしいの?」

「心配性なんですよ」


少し困った顔で視線を彷徨わせるケイン。やはり少しだけ可愛いなと過保護欲をくすぐられる。


「騙されちゃ駄目ね」

「え? 何ですか?」

「何でもない。とりあえず少し離れてくれる? 近すぎるわ」


「結婚するのに、何が問題なんです?」

「まだ、それほど親しくないわ。不快なのよ」


不快でしたかと嬉しそうに笑う様子を見て、何で変態と結婚する羽目になったのだと断わらなかった事を後悔した。確かに見た目はドストライクだし、有能なのだろう。だが変態だ。紛れもなく変態だ。


「全くもう」

「私を打って下さい。スッキリしますよ」


目を輝かせて近付いてくる変態。さぁほらと頬を差し出して来るのだ。


「あら、そう? 良いのね。そんなに言うならやるわ」


良いのねと再度確認した上で1発お見舞いする。パシンと小気味の良い音が響く。宿屋の主人はドン引きである。


「あぁ、ありがとうございます」


恍惚とした表情でお礼を言われナナリーも引いていた。コイツ本物だわと改めて認識をして少しの恐怖心を抱く程である。


「スッキリしましたか?」


していない。むしろ感情が不安定になった気さえする。


「そうね、もう良いわ。ほら、部屋の前に着いたし自分の部屋に行きなさい」


ケインを視界に入れないようにしながらシッシッと手で追い払う仕草をした。


「では、ごゆっくりどうぞ」


そそくさと離れる主人。貴族って怖いとトラウマを抱える事になり実に不憫だ。


「レディ? お部屋に入らないのですか?」

「貴方が離れるのを待ってるのよ」

「あー、一緒に居て欲しいのですね」


「違うわよ! どうなったらそうなるの」

「照れないで下さい」


言い返す為にケインの方を振り返れば、また至近距離に居て心臓が跳ねる。


「また! 離れなさい!」


捨てても戻ってくる人形みたいだ。


「レディ、では暫しのお別れの挨拶をさせて頂きたく」


手を取られキスをされる。仕草が様になっていて少し見惚れてしまった。


「では、また明日お会いしましょう」


パチリとウィンクをするケイン。


「えぇ、また明日」


優雅な足取りで離れていく後ろ姿を見送った。見えなくなるとドッと疲れが押し寄せてきて、ため息が漏れる。


「何なの、もう...」


部屋に入りベッドに腰掛けた。



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