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「良いわよ」


扉を開けて声を掛ける。


「ああ、やはり似合いますね」


うっとりと見つめられ気恥ずかしい。


「もう、そういうお世辞は良いから」

「お世辞? 本心ですが...」


スッと、また至近距離に近付かれた。


「こんなに美しいのに」


先程までのあの可愛い反応は何処に? スラスラ出てくる世辞の言葉に居た堪れない気持ちになる。面と向って褒めてくる異性が居なかった為に免疫が無いのだ。


「ナナリー、貴女は本当に美しい」

「...もう良いから」


プイッと顔を背けて中に戻る。ケインも中に入ってきた。


「そういえば、公爵家夫妻に婚約式の話をしていたと思うのですが...」

「えぇ、したわ」

「そうですよね...忘れてたのですか?」


何の事だと軽くパニックになりながら思い出そうと頑張る。


「婚約式はせずに、結婚式だけにするとご両親に言われたのでは?」

「あ...」


異例とも言える早さで式を挙げるのだから、もう婚約式は飛ばしてしまおうかと笑っていたなと思い出した。


「どうしましょう」


困ってケインを縋る様に見つめてしまう。


「手紙を送りましょう。大丈夫ですよ。彼処の夫妻は優しいですし、何より騎士を借りている身なのに横暴な態度を取る方がおかしい」


ニコリと微笑まれ何故か不安な気持ちは、あっという間に晴れた。


「此方に座って下さい」


ソファに促され大人しく座る。


「この飾りも取ってしまいましょうか」


優しく髪の飾りを取られ、編み上げられた所も解されていく。ついでなのか頭皮マッサージもしてくれた。気持ちが良い。


「ありがとう。気持ち良いわ」

「今日は、お疲れ様でした」


早く帰って湯浴みがしたいと思いながら気付けば夢の世界に。


スヤスヤと眠ってしまった女王様を抱えてベッドに寝かせる。

明るかった外は薄暗くなり寝るには早いが別に良いだろう。今日は疲れただろうから。


「あ! クロワッサン!」


そろそろ冷蔵装置にいれて休ませないと。慌てて部屋を出て料理場へと急ぐ。


「私とした事が常温で発酵させ続ける所でした」


またズンズンと中に入ってきた王子に慌てる料理人達。


「失礼しますよ」


生地を平たく整えてバットに置き冷蔵装置にしまう。バターも忘れず準備しておく。


「また明日来ます。これには触らないで下さい」

「か、かしこまりました」


サッと出て行った客人を見送る。


「何者なのでしょうか...」

「お得意様のはずですよ?」

「え...何で料理場に」


「何でも奥様の為だとか」

「へー奥様の...愛されてるんですねぇ」


見た目が王子について話は盛り上がった。





まだ、お客は起きて居ない時間帯にズンズンと現れた王子に慌てる料理人達。


「お、おはようございます」

「失礼しますね」


生地を取り出しバターを乗せて、伸ばしては折り伸ばしては折り。貴族としては異常な程に手際が良い。どんどん美味しそうなクロワッサンが作られていく。


「へー小さいサイズにするんですか?」

「私の女王様は、このサイズが好きなんですよ」


うっとりする程綺麗な微笑みを浮かべる王子に成る程、奥様に入れあげているのだなと納得する。


「後は焼くだけですか...。今日出す予定の料理を教えて頂いても?」

「え? あっはい。えーと」


突然、振られて慌てる料理人。


「今日はコーンスープに白パン、ポテトサラダに、カリカリに焼いたベーコンです」

「パンが変わっても問題無さそうですね」


温められたオーブンに入れて焼いていく。


「奥様はクロワッサンが好きなのですか?」

「そうです。ある店のクロワッサンが大好きなので、弟子入りして教わりました」

「で、弟子入り...」


愛が重い。貴族は愛の表現方法もスケールが違うらしい。


「これを食べて喜ぶ姿を早く見たいです。今日、初めて食べますからね」


頬を染めて嬉しそうに笑う王子。


「これ貰って行きますね」

「ど、どうぞ」


朝食セットを持ち、山盛りのクロワッサンと一緒に消えた。


「いやぁ、貴族様ってものを誤解していたな。もっと冷たい性格をしていると思っていたよ」

「馬鹿だなぁ。自分の嫁に入れあげる貴族の方が少ないぞ。あれは少数派だ」






そっと開けて中に滑り込む。


テーブルに朝食を準備していると。


「あれ?....あ、おはよう」


目の前に呪いの人形が居なくて驚いたのだ。


「おはようございます。クロワッサンありますよ」

「まぁ! 嬉しいわ」


早速ベッドから出てソファに座る。クロワッサンを1つ手に取り頬張った。


「お店の味と一緒だわ!」

「教えて頂きました」

「何でも出来るのね」


感心してケインを見つめる。


「あの、ナナリー?」

「何かしら」

「ご褒美に蹴って頂けませんか?」


少し潤んだ目で上目遣いに見つめられた。頬は上気していて可愛らしい。言ってる内容とのギャップが凄い。


「頭を撫でてあげようかしら」

「いえ、蹴って下さい」


期待を含んだ視線が痛い。


「はぁ、もう分かったわ。こっちに来なさい」

「はい!」


結婚してしまえば、こうして打ったり蔑んだりといった行為を頻繁に求められるだろう。今の内に慣れておく必要があると思ったのだ。


「さぁ、お願いします」


尻を此方に向けてはぁはぁと呼吸を乱すケイン。

念の為、靴は脱いで裸足になる。怪我はさせない様にという配慮なのだが。何かを察知したケインが振り向く。


「何で靴脱いでるんですか! その高いヒールの靴で蹴られる事に意味があるのです! さぁ! 一思いに!」


尻を向けたままじりじりと近寄ってくる。

えぇい、ままよ。一発入れた。


「あぁ! 気持ち良い」


クタリと横になりはぁはぁと呼吸を乱す。妖艶な雰囲気にナナリーは急いで視線を外してクロワッサンを食べ始めた。


全く毎回、毎回こんな事をしなくてはいけないのかしら。結婚を今の段階で無かった事に何て出来ないでしょうから、仕方無い。

こうして何かを削られる様な思いをしなくてはならないなんて。慣れるのに時間も掛かりそうだわ。

ストレスからか頭が痛む。こめかみを揉んでいるとケインが寄って来る。


「大丈夫ですか? 頭が痛いのですか?」


心底、心配そうな顔で覗き込まれた。


「だ、大丈夫よ」


ストンと隣に腰を落として手を握られる。


「無理は禁物ですよ」


顔が良いのだ。こんな至近距離から見つめられ心臓が煩くなる。


「食べるから手を離して貰えるかしら」

「あ...申し訳ありません」


サッと立ち上がると向かいに座り直した。じっと何も見逃してなるものかと視線を注がれ居心地が悪い。


「大丈夫だから、そんなに見つめないで貰える?」

「あ、申し訳ありません。無意識に見ていた様です」


そう言って視線を落とした筈なのに暫くすると痛い程の視線を感じるのだ。さすがの呪いの人形である。いつものあれだ。

指摘した所で治らないという事は重々承知している。これも私が我慢して受け入れるしか無いだろう。

もしかして、これまでは隣に座って食事をしていたから気付かなかっただけで見られていたのかもしれない。 


正解である。是迄もいつも、いつも視線は女王様に固定されていた。



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