13
小ぶりの可愛らしいティアラをケインに着けて貰う。
「あぁ素晴らしい、とてもお似合いですね」
「そう? ありがとう」
「本当に、お似合いですわ」
2人から褒められ少しだけ恥ずかしくなる。
いつもはツンと澄ましているナナリーが頬を染めてはにかむ様子を見た周囲に衝撃が走る。近寄りがたく思っていたのに可愛らしい様子を見てソワソワしてしまう。
「俺、話しかけてみようかな」
「馬鹿か、お前は爵位が下だろう。あちらから声を掛けて貰えないと無理だ」
とは言え可愛らしく笑う美女がとても気になるのだ。話しかけても怒らないのでは? と優しそうな雰囲気を見て少しずつ近付く。
「ご令嬢」
「はい、何かしら?」
「私に貴女と踊る栄誉を頂けないだろうか?」
スッと手を差し出したのは栗色の髪の男で実に紳士的だ。服装も、そこまで華美な物ではない。全体的にスマートな印象だ。
「えぇ喜んで」
フワリと笑って応えようと手を乗せようとした瞬間。ケインが鬼の形相で差し出されていた手を横から払った。
「ご主人様に触るな」
普段の姿からは想像出来ない程に不機嫌で声も低い。
マダムは不思議そうに首を傾げて様子を見守る。ご主人様とはこれ如何に。
「ケイン? いつ私が貴方のご主人様になったのかしら?」
微笑んではいるが周囲にグッと圧が掛かり力の弱い令嬢達は足元がふらつく。魔力が怒りによって僅かばかり漏れ出ているのだ。
「あ...いえ口が滑りまして。私はナナリーの婚約者ですよね」
「口が滑った...そう。いつもは言い直しているものね?」
この変態はどういうつもりなのか。ここに来て未だに態度を改めずに公的なパーティーでご主人様呼び。ふざけているとしか思えない。スッと目を細めて顎を掴む。
「今直ぐに考え方を改めなさい。それから彼に謝って」
「ふぁい」
うっとりと恍惚の表情を浮かべるケインに嫌そうに顔を歪めるナナリー。
ケインは栗色紳士に向き直ると素直に謝罪をする。
「ナナリーに圧倒的に相応しくないとはいえ、触りたくもない貴殿の手を振り落とす真似をして申し訳ありません」
謝っているとは思えない文言だが栗色紳士は一刻も早く恐ろしい魔力圧から離れたいが為に受け入れた。
「いえ、此方も婚約者殿が居るのに声を掛けてしまい申し訳ありません」
あの可愛らしい瞬間に騙されたと思いながら速攻で離れる。戦闘の女神は、どこまでも好戦的だった。
「せっかく、まともそうだったのに...」
少しだけ気を落とすナナリー。
「踊りたいなら私が相手をしますよ」
柔らかく笑い掛けられた。
「それに、私以外の人と踊る所は見たくありません。ナナリーは私だけの婚約者ですからね」
手にキスを落とされる。バクバクと心臓が煩くなった。ケインの癖に。ケインの癖に。
「そ、そう。それなら仕方無いわ。婚約者ですからね」
頬を染め少し潤んだ目で見つめられケインは天にも登る気持ちである。女王様が私だけを見ている、明らかな好意の滲む表情で。
「ナナリー」
「何かしら?」
腰に腕を回され引き寄せられるナナリー。暫く見つめ合う2人。
もはやマダムは意識の外に置かれていた。2人の邪魔をしないように、そっと離れる。
「踊りましょうか?」
「えぇ...そうしましょう」
恥ずかしそうにフイッと視線を外す。もはや周囲が入り込める隙は無い事が明白だ。
「美男美女ねぇ」
「本当に目の保養だわ」
余りに家格が離れているのに仲睦まじい様子を目の当たりにした令嬢達は魔力圧の事等すっかり忘れ、ロマンスに思いを馳せる。
「普段からケイン様がリードしているのかしら。殿方ですものね」
「そうかしら。女性とはいえ北部の女王ですよ」
「あら、知りませんか? ケイン様がプロポーズなさったのですよ」
きゃあきゃあと、はしゃいで盛り上がる。
「やはり私と踊る事になって良かったのでは?」
密着する上に耳元で囁かれ顔を真っ赤に染めるナナリー。
「ど、どうして?」
「私とだと踊りやすいでしょう」
「あ...そ、そうね。踊りやすいわ」
ケインの癖に。ケインの癖に。心の中で呪文の様に繰り返し気持ちを落ち着かせようと必死だ。
「あー幸せだ。ナナリーとこうして踊っているなんて今も夢みたいですよ」
「そ...そう」
この煩い心臓の音がケインに聞こえてはいないだろうかと気になる。
「今日はお招き頂いてありがとうございました」
「いえいえ、おめでたい事があったのですから当然の事です」
「いやぁ、本当にお似合いの2人で。見ていて此方も嬉しくなりましたよ」
「そうですか? お恥ずかしいです」
ロージーの1件の事など無かった事として触れる事もせず、にこやかに会話を広げる。
「ウメオド家の方を射止めるとは流石ですね」
「これで北部も安泰ですな」
「そうあって欲しいと思っております」
如何せん今迄は武力一択のやり方で、どうしても摩擦はうまれていたのだ。それが優秀と言われる家門から婿を迎え入れる事に成功した為に解消されるかもしれない。公爵家としても、より一層強く結び付いておきたいと思っている。
「婚約式の日取りは既に決まっているのですか?」
「まだです」
「決まり次第、声を掛けて貰えるのでしょうか?」
やはり娘の事が引っ掛かっていないだろうかと心配なのだ。
「それは勿論、ご招待致しますわ」
「ありがとうございます。楽しみにしておりますね」
安堵から胸を撫で下ろす。
「パーティーは楽しめましたか?」
「えぇ、楽しかったですわ。ティアラもありがとうございます」
馬車に乗り込むまで手厚く見送られた。
扉が閉まって出発するとケインがしゃがみ込む。どうしたのかと視線を下げると靴を脱がせてくれていた。
「履きなれない高さでしたよね。足は辛くありませんか?」
実は少し前から痛くて堪らなかったのだがケインが上手く支えてくれていた為に、なんとか歩いている状況だったのである。
「ありがとう」
優しく足を揉んでくれるケイン。床に座るなと怒る事はせず、されるがままにする。
緊張からも開放され気持ちの良いマッサージにウトウトしてしまう。
「寝た方が良いですよ。宿屋に着いたら起こしますから」
「ありがとう。ケインは本当に優しいのね。貴方のそういう所好きよ」
眠いからなのか素直な気持ちが溢れ落ちてきて、その言葉にハッとして顔を上げれば本人は既に夢の中である。ケインは堪らない気持ちになってマッサージをしている足に口付けた。
「私の方がナナリーを愛していますよ。きっと貴女からの気持ちは小さな好意でしょうが、とても嬉しい」
うっとりとしながら何度も足に口付ける。さすがの変態である。頬ずりをして恍惚とした表情を浮かべた。
「こんなに触れる事が許されるなんて」
起きていたら、きっと離れろと怒られる事請け合いである。足先から、ふくらはぎまで何度も口付けては悦に入るケイン。
「あぁナナリー」
しまいには匂いまで嗅ぎだす始末。
「何て、良い匂いなんだ」
ガスッと突然、鼻先を踏み付けられケインは余りの気持ち良さに身体を痙攣させる。
「何してたのかしら?」
「マ、マッサージを」
「そうは見えなかったけど」
はぁはぁと呼吸を乱して頬を上気させナナリーを見つめるケイン。壮絶な色香とは対象的に鼻血を出す。
「あー、もう」
ナナリーはハンカチを取り出すと鼻を押さえて上げた。
「これは私のせいね」
「いえ、そんな事は」
「黙ってて」
揺れる馬車の中、2人は狭い床に居る。