およばれ
月日は流れパーティー当日。
ボルドーのドレスはタイトな物で裾はふんわりと広がり歩く度にユラユラと動き優雅である。裾から左肩まで光沢のある綺麗な黒の羽が、ゆるく一周する様なデザインだ。
ピンヒールの黒のパンプスを履きこなして美男にエスコートを受けながら歩く様に皆が釘付けになる。
今迄は、どこか野暮ったい印象だっただけに衝撃が凄いのだ。ノースリーブで綺麗な鎖骨が見えているしスラリと締まった腕に加えて暴力的なスタイルの良さが際立ち妖艶だ。
髪はハーフアップに編み込まれ赤い薔薇と黒い羽で飾り付けられていて良く似合う。
「素敵なドレスね」
「何処で買ったのかしら」
正に女王様と呼ぶに相応しい。隣を歩ける事が誇らしく自然と顔は緩んでしまう。
チラチラと横顔を盗み見ては表情が緩む様子は端から見てもぞっこんな事が分かった。一部の女性陣は成り上がりの絶世の美男をも魅了するとは流石の悪女だとヒソヒソ話す。
「下品な服を着て来る何て田舎貴族まるだしね」
「ケイン様を見て。きっと色仕掛けを受けたのよ」
出る所は出てウエストはキュッと締まっている。歩く度に色香を放っているようだ。男性陣は目を離す事が出来ない。
「おい、本当に成り上がり野郎と結婚しちゃうのか」
「本当かは知らん。だが、前にパーティーでプロポーズを受けてるのを見た奴が居たぞ」
「俺の女にする。成り上がり野郎には勿体ない」
赤髪の大柄な男がズンズンと側に寄る。
「どうもレディ」
「何かしら」
「私と一曲如何かな?」
エスコートされている事が見えないのだろうか。一曲目はエスコートを受けた相手と踊る事がマナーなのに。
「目が見えないのね」
「は?」
「私にはパートナーが居ます」
「レディ、成り上がり貴族と付き合うのは止めた方が良い。」
「成り上がり?」
「爵位を金で買った浅ましい連中の事ですよ」
チラリとケインの表情を伺うとパチリと目が合う。そうすると嬉しそうに頬を染めへニャリと崩れる。全然、赤髪の話は聞いてない様子に胸を撫で下ろした。
「正当な手順を踏んでいるのに見下しているのですか?」
「歴史ある家門より劣っているのは紛れもない事実だ」
「認知が歪んでいるのですね? 可哀想に」
カッとなった赤髪は一歩踏み出す。微笑んだままではあるがナナリーも負けじと一歩踏み出した。必然的に2人の距離が縮む。
すると気に食わなかったのか無理矢理に間に入り込んだケイン。
「ナナリー。曲が始まりましたよ? 踊りましょう」
「え...そ、そうね」
クルリと向きを変えて呆然とする赤髪を置いて行く。
慣れないヒールの高さに内心失敗しないかとビクつきながら踊り始める。しかしケインにしっかりと支えられている事で危なげなく踊れた。
「良かった、踊れたわ」
小声でボソリと呟かれた言葉はケインの耳にしっかり届いていた。
「流石の身のこなしでしたよ」
柔らかく笑い掛けられ胸に温かな気持ちが湧く。ケインの癖に。
「ありがとう。でも貴方のお陰だと思うわ」
次の曲が流れ始めたのに動かず見つめ合い微笑み合う2人。如何に仲睦まじいかを見せ付けられ羨ましい、あんな風になりたいと頬を染める者も居たが良い気はしない者達も居る。
「何なの? あれ」
「あの阿婆擦れ、ケイン様にどうやって言い寄ったのかしら」
コソコソヒソヒソ蔑む。
「成り上がり野郎が」
「家格の違いがあるのを分かっていないのか」
「明らかな身分差だろうに」
2人に向けて歩き出したのは公爵家の1人娘ロージーだ。大事に大事に蝶よ花よと育てられてきて性格が少しばかり歪んでいる。
「チークダンスがお好きなのかしら?」
声を掛けられハッとする。抱き合った状態で見つめ合っていた事に気づいたのだ。
顔を赤らめ直ぐに離れるナナリー。名残惜しそうに熱い視線を送るケイン。
そんな様子にカチンとくるのはロージーだ。
「へー、麗しの貴公子を骨抜きにした訳ね。さすが阿婆擦れと言った所かしら」
挨拶する間を与えずに蔑む。
「売女みたいな服装ね。どうせ、その身体を使っておねだりしたのでしょう。下品だわ。さすが田舎貴族ね」
大好きな女王様を貶されケインは血管が切れそうになる。
「私の手造りですよ」
スッと目を細めナナリーを守る様に前に出る。
「お言葉ですが私から結婚をお願いしている身ですし、このドレスはナナリーの為に私が作り上げた物です。良く似合っている」
「だから何なの? こんな女の何処が良いのよ。とても下品な身体付きだわ。顔だって性格の悪さが滲み出ているし。田舎貴族が頑張った所で王都にいる私達の仲間にはなれないのよ!」
「ニコン家を貶めているという認識で宜しいですか? それが公爵家の総意だと...そういう事ですか?」
品良く微笑むナナリーに詰め寄られる。
「何よ! 田舎貴族なのは本当の事じゃない!」
「田舎ですか...確かに辺境の地にある訳ですから田舎と言われても仕方無いのかもしれませんね」
「ほらね、私の言った通りだわ」
微笑みを顔に貼り付けたままロージーににじり寄るナナリー。
慌てて走り寄る公爵家夫妻。
「ご挨拶が遅れてしまい申し訳ありません」
「いつもいつもお世話になっているとうのに」
夫妻が必死に頭を下げる様を見て田舎貴族だと陰口を叩いていた者共に動揺が広がる。ホストの公爵家が頭を下げているのだ。
ロージーは面白くない。口を開いた瞬間、両親にガッと口を塞がれてしまった。
「私共の教育が行き届いていないばかりに申し訳ありません」
誠に申し訳ありませんと何度も何度も頭を下げる。
「良いのですよ? お気になさらず。親がしっかりしていても子供もそうなるとは限りませんもの。仕方ありませんわ」
パッと扇子を顔の前に広げて微笑むナナリーを見て戦慄が走る。
「どうやら娘は体調が悪い様だ。下がらせます」
ぐいぐい引っ張り奥に消えてしまい妻側が残った。
「ご婚約、誠におめでたい事でございます」
こちらは、ほんの気持ちですと手渡された物は美しいティアラだ。光を受けてキラキラと輝いている。
「北部の女王の名に相応しい物が出来たと自負しております」
膝を折り腰を落としてみせるマダム。
「もう良いのです。楽にして下さい。こんな素敵な物まで頂けるなんて光栄ですわ」
扇子は閉じケインに持たせるとマダムに身を寄せる。
「今回の娘の失礼を許して頂けるなんて本当にお優しいのですね」
ありがとうございますと、また頭を下げるマダム。
「正直、怒ってなどいませんわ。パフォーマンスでしたのよ?」
顔を上げれば優しく笑い掛けられ、やっと胸を撫で下ろす。
「マダムには、私もお世話になっていますもの。これ位の事では怒ったりなどしませんわ」
「お世話になっているのは私共の方です」
武力が足りていない為に十数名の騎士を借りているのだ。加えて公爵夫妻はニコン家が国の防衛の要だと理解している。
勿論、他のほとんどの貴族も防衛の要だと分かっている為、蔑む様な事はしない。
若く教養の無い物や王都に居る事がステータスだと思い込んでいる者達が辺境伯であるニコン家を見下しているのだ。その中には勿論、爵位が下の者達も居る。