纏わり付く視線
久しぶりに商会に顔を出せば、客として来ていた女性陣からの視線が一斉に向いた。居心地の良い物ではない。ジロジロと頭から爪先まで舐るように見られるのだ。
声を掛けようと近くに来られた瞬間にザワリと鳥肌が立つ。視線を合わせず気付かない振りをして中に急いで引っ込んだ。
「はぁ、恐ろしい」
「会長! どうかされましたか?」
「いや、忘れていた感覚を嫌でも引きずり出されただけです」
額に手をやり溜め息をこぼす。
「そうですか、無理しないで下さいよ。何せ、あの戦闘の神の娘と結婚する訳ですから」
「心得ております。ほんの少し前までは平気で耐えていたというのに」
こんな視線は四六時中感じていたのだ。寝込みを襲われそうになった事だってある。それなのにだ。
如何に女王様の側が居心地の良かった事かと。絡まれる事があっても素直なマッチョ達だったし悪気が無い物だと分かりやすかった。
「早く帰りたいので速攻で終わらせますね」
「あ、あぁはい」
目当ての一級品のシルクを見ていく。入念に肌触りも確認して相応しい赤は無いかと血眼になる。
上司の鬼気迫る様子に周囲の部下達は距離を取って見守っていた。
「これだ! これにしましょう」
1枚の美しいシルクを掲げて満足そうに頷いている。それでは、さようならと直ぐに出て行ってしまった。
「あ! 確認したい事があったのに」
今更である。後を追って出てみても何処にも居なかった。
早足で急ぐのだが後を着いてくる女性達を振り切る事が出来ない。終始視線に晒されているのだ。
耐えられなくなり走り出す。勿論全力だ。
繋いであった馬に跨り直ぐに走らせる。逃げなければ。全く私は何で、こんなにモテてしまうのか。それもこの類稀なる美貌のせいだろう。
分かってはいるのだ。今迄も散々な被害に合ってきている。それは少年の頃から始まっていた。
同い年の子ども達の集まる場面では私を取り合う女の子達のバトルが幾度も勃発して、男の子達には嫉妬からの苛めにあってきた。そう、この美貌のせいだ。
「全く罪作りなものですね」
両親は学園なんて所に入ったら私を巡る女性達の恐ろしい戦いに巻き込まれる事を危惧して家庭教師を呼ぶ事に徹した程だ。呼ぶ先生も絶対に男性のみにして気をつけていたのである。
しかし、仕える身の上であるメイドが夜這いに来るのだ。
これにより、屋敷から女性の姿は消えたのである。私の美貌のせいだ。恵まれ過ぎた見た目のせい。
この美しいプラチナブロンドに青色の綺麗な目。鼻筋は通っているし、髪を伸ばせば男にまで言い寄られる程に目鼻立ちが整っているのだ。実に罪造りである。
嫌いだった自分の容姿も女王様と同じ色合いだと言うだけで少しだけ好きになる事が出来た。
「それでも美し過ぎるというのは問題です」
本気で思っている。自分がいかに容姿が整っているか理解していて苦労もあったからだ。
森の中だというのに未だ視線が纏わり付いている様で気分は悪い。一刻も早く過ごしやすい女王様の隣に戻るのだ。
こまめに休憩を取るようにして馬を休ませるが、頭の中は女王様で一杯である。
ほとんど夜通し走らせる事になった。
「あぁ疲れてしまいましたか。申し訳ありません」
グッタリと倒れ込んだ馬に回復魔法を掛ける。
「得意ではありませんが、何もしないよりはマシですかね」
淡い光が馬を包んだ。
ケインは攻撃特化型なのである。回復魔法も使える事自体が優れている証拠であり壮絶な努力の賜物だろう。
馬は幾らか元気になったのか立ち上がった。
「もう少し休憩して行きましょうか」
労いも込めて首を撫でて魔法で水の玉を出して馬に飲ませる。
「はぁ、何て過ごしやすいの」
気付けば至近距離に居る呪いの人形が居ないからか、終始晴れやかな気持ちでいるのだ。ご飯も心配する程にクオリティーが下がる事も無かったし思う存分に動き周る。
「今日は何が出るかしらねー」
フンフン鼻歌を歌いながら森へと向かう。
「あれ! お嬢! お婿様はどうしたんで?」
オロオロと明らかに動揺して聞かれ笑ってしまう。
「私の着るドレスを造る為に出掛けてるのよ」
「あーそうですかい。良かった。てっきり...」
てっきり振られたとでも思ったのだろう。失礼なマッチョだ。
少しばかり気分は下がったものの早く森に行きたい気持ちは萎む事は無かった。
「じゃあ私、魔物狩りに行くから」
「へい」
やはりフンフンと鼻歌を歌い荷車を引きながら森へと歩みを進める。
全力で走り周り素早い魔物を翻弄させた。何度も突進してくるがヒラリとかわしてみせる。
疲れて来たのか動きが鈍ってきた所で畳み掛けた。雷を降らせ、炎の壁を造り、氷の刃で斬り掛かる。踊っているのかと思う程に足捌きは軽く飛び回っている様だ。
「ほらほら、もう少し気合いでもいれなさい」
やはり心底楽しそうに笑っていて美しい。
ドウッと大きな音を立てて倒れるのは真っ黒のとても大きな猪だ。美しく金色に輝いていた牙は無惨にもポッキリと折られている。
「これジャーキーにすると美味しいのよねー」
よいしょ、よいしょと声を上げて何とか引き摺っていく。
「全く何でこんなに重いのかしら」
森の入り口まで、もう少しだ。
「早くジャーキーにして食べたいわね」
ふうふう言いながら荷車に押し込む。
またジャーキー製造所まで運ぶと声を掛けた。
「これ! 美味しいのゲットしたのよー」
「さっすが、お嬢!」
出て来たマッチョ達から口々に褒められ、嬉しい気持ちのままに常連となっているパン屋に向かう。
「今日はとっても良い日だわぁ」
ガチャリと扉を開けて中に入る。胸一杯に香ばしい香りを吸い込んだ。至福の時である。
「お嬢! クロワッサンだね」
「その通りよ! お願いね」
やはり両手に紙袋を抱えて屋敷へと向かった。
屋敷に着くが開けられずにいると後ろから手が伸びてきた。
「私が開けましょう」
「あ、ありがと...う」
呪いの人形が帰って来たのだ。喜色満面といった様子に口を固く閉じる。
中に入り自室へと向かえば案の定、至近距離に来る。何も学んでいないではないか。何度も言ってきたのにこれである。
優秀な家系の男ではなかったか? 何故、こうも同じ事を何度もやるのだ。
「ケイン?」
「はい」
「近いわよ」
スッと離れるが歩いて行く内にまた寄って来る。これである。もう諦めた方が良いだろうか。どうせ直せないのなら受け入れる他あるまい。
部屋の前に着くとサッと開けてくれる。
「ありがとう」
「はい」
頬を染めて柔らかく笑うケイン。やはり可愛い。もう良いか。どうせ結婚するのだ。いがみ合うより仲良くいたい。
呪いの人形だろうと何だろうと見た目は良いのだ。少しの不快感等、我慢すれば良いだけ。
無言でソファに座りクロワッサンをもしゃる。何も言わずとも紅茶を淹れてくれるケイン。
「ありがとう」
「はい」
お礼を言う度に、この可愛い表情になる。眼福だ。
ルンルンとスキップしそうな足取りで離れ背負っていた鞄をおろしたケイン。
中から取り出した物に目を奪われる。美しいボルドーの布だ。テラテラと光を受けて輝いて見える。トロリと肌触りも良さそうだ。
「綺麗だわ」
「ナナリーのドレスになります。きっと、このシルクも喜ぶ事でしょう」
これを私が着るらしい。どんな物が出来上がるかはデッサンを覗き見ていたから分かっている。初めてドレスを着てみたいと心から思った。