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05話 教師に感謝を

 時は少し遡って、葉月の相談後である。

 俺にとって学校では長い一日だったが、今は後輩の先生の一人である佐藤と居酒屋で座っていた。俺は口数の少ないほうだが、俺はいつも彼女との会話を楽しんでいた。俺たちは酒を注文し、じっくりと話をすることにした。

 お酒を注文して、じっくりと話をするうちに、話の内容は次第に今日の出来事についてのものになった。


 そして、佐藤は口を開いた。今日の葉月のことを、佐藤はこう言った。


「あの子は、私の若いころの姿に似ています。いつも同じ問題で悩んでいて、解決できないでいたあの頃に」


 俺は、佐藤が自身の学生時代の経験を語るのをじっと聞いていた。

 彼女は自身の行きたい大学のために、必死に勉強していた。しかしそれでも彼女は不安だった。


 そして、ついに先生から厳しい言葉をかけられた。


 "この問題が解けないようでは、推薦も難しい”と言われた。その言葉は痛かったけど、やる気も出た。昼も夜も勉強に取り組み、最終的には推薦を勝ち取った。


 そう話す佐藤の目には、痛みがこもっているのがわかった。学生時代の経験が教師としての佐藤を形成していることは明らかであった。生徒を大切にし、成功させたいと願っていた。


「今日、恵理ちゃんには厳しい言葉をかけてしまいました」


 と、彼女は自分の酒に目を落としながら言った。


「でも、彼女の中に自分を重ねて見えたんです。彼女には成功してほしいんです」


「わかってる」


 俺はそのことに理解を示し、うなずいた。


「葉月はお前の言葉でいろいろ考えさせられるだろう。かつてのお前のように」


「そう、ですね……」


「お前と同じように葉月だって頑張るだろう」


 生徒の頑張りは、俺たち教師にも痛いほど伝わってくるものだ。


「あの頃のお前は本当に頑張ってたもんな」


「誰のせいだと思ってるんですか。先輩が偏差値の高い大学に行くからじゃないですか……」


 お酒のせいだろうか、ほんのり赤くした顔をした佐藤がボソッと言った。


「お前の進路が俺の大学とは思わなかったからな」


「ほんっとわかってないですね、先輩は」


 また佐藤がボソッと口にする。

 まあ佐藤と一緒の職場で働くことになるとは、あの頃の俺には考えられなかったな。



 教師として、俺たちは皆、生徒の成功を願っているが、時には、生徒をやる気にさせるための適切な言葉を見つけるのに苦労する。


 酒を飲み干し、別れを惜しんだが、居酒屋を出た後も、佐藤の言葉はずっと心に残っていた。教師とは、ただ知識を与えるだけではないのだ。生徒と深いところでつながり、生徒が自分の生きる道を見つける手助けをすることなのだ。そして、佐藤が同僚でいてくれるから、俺は安心して生徒を任せられると思った。




 何日経っても葉月のことが頭から離れない。俺は、彼女に正しいアドバイスを与えられなかったと考えずにはいられなかった。学校の廊下を佐藤と歩きながら物思いにふけっていると、突然、俺の名前を呼ぶ声がして、その場を立ち止まった。


「すみません、先生?」


 振り返ると、葉月が緊張した面持ちで、しかし決然と立っていた。


「どうしたんだ、葉月?」


 俺は、自分の口調を中立に保つように努めながら尋ねた。


「先日のアドバイスにお礼を言いたくて」


 と彼女は言い、深々と頭を下げた。


「アドバイス、ありがとうございました。いろいろ考えて、先生の言葉を胸に、もっと頑張ろうと思いました。今は佐藤先生の言う通り一生懸命勉強してます」


 俺は彼女の反応に驚き、そして喜んだ。

 佐藤はニヤリと笑った。


「そう言ってもらえるとうれしいです。あなたはきっと素晴らしい結果を出せます」


「はい。それと橋本先生にもアドバイスにお礼を言いたくて」


「葉月、俺は何もしてない。礼なら佐藤先生に……」


「もう、佐藤先生には今伝えてたの見ましたよね先生。それに先生だって『自分を信じろ』って言ってくれたじゃないですか。だから私は自分を信じて頑張ろうって思えたんですよ」


 と笑顔でそう言い、もう一度お辞儀をして廊下を急ぎ教室に入っていった。


 その姿を見て、俺は誇らしさと満足感を覚えた。俺たち教師は、自分の言葉や行動が生徒に与える影響を知ることはできないかもしれない。しかし、その瞬間、俺は葉月の人生に変化をもたらしたと感じた。そして、何よりも自分の選んだ職業に感謝した。

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