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新説 魯粛子敬伝 異伝  作者: 元精肉鮮魚店
第三章 天下遼遠にして
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第二十八話 別働隊の戦い

 別働隊を率いる朱然と丁奉は若く実績に乏しいと言うのは十分に自覚していたが、それでも武勲を焦り無謀な突撃に全てを賭ける様な事はせず、慎重でありながら決して遅くない速度で合肥を目指していた。


 それは彼らが十分な胆力を持ちながら、本質的には知将の一面を持っていた事が大きかっただろう。


 だからこそ、違和感の正体に気付くのも早かった。


「楽進に動きが無いですね」


「備えがある、と言う事か」


 丁奉の言葉に、朱然は頷く。


 全軍の動きと比べると別働隊の動きは確かに小さく目立たないモノだったが、それでも眼前の敵である楽進が五千もの別働隊の動きに気付かないはずがない。


 情報では合肥の守備兵は八千にも満たないらしく、そのほぼ全軍が外の戦場に出ている。


 城を守るのは負傷兵や、場合によっては非戦闘員であっても動員する事が出来るが、もしかするとそれをあてにしているのかもしれない。


 が、それだけでは無いだろうと朱然は予測していた。


 そうでなければ、楽進の部隊がまったく動きを見せないのはおかしい。


「罠、ですか?」


「それもあるだろうが、おそらく伏兵だな。それによって罠に誘導するつもりだろう」


 それが上手くいけば、小数の兵でもある程度の数を撃退する事は出来る。


 だが、それらは全て看破されていなければと言う前提であり、それを見抜かれた時点で威力は半減していると言えた。


「しかし、どこに伏兵がいるか分からないのは厄介ですね」


「構わない。踏み潰していく」


 朱然ははっきりと言う。


 もちろん朱然なりに勝算があっての事である。


 伏兵と言っても現状で動員出来る兵士はどれほど多くても千人にも満たない。現実的には五百が限度だろう。完全に不意打ちされたならともかく、いる事が分かっている五百前後、どれほど多くても千に満たない伏兵にあっても返り討ちに出来る。


 罠への誘導を考えるのであれば、返り討ちにあった伏兵が逃げる方向か、伏兵にあって混乱する部隊を追い打ちしようとする方向であるとも予測出来る。


「恐れるべき点は無い。合肥に圧を掛けて戦場を動かすとしよう」


 朱然の言葉に、丁奉も頷く。


 丁奉もまったく同じ見立てだったからである。


 それもあって、実際に伏兵の報告を受けた時も朱然にまったく焦る様子は無かった。


「慌てる事も焦る事も無い。伏兵の数はおそらく千にも満たないはずだ。十分に守りを固めるだけで連中は手詰まりになる」


 慌てて報告に来た兵士に対し、朱然は十分な余裕を持って指示を出す。


 朱然や丁奉が予想した通り、合肥の城への途中に置かれた伏兵は約千名と言う事であり、率いる武将がすでに正確に予想していた事もあって兵の混乱は非常に小さなものだった。


「これで程度も知れたな。太史慈将軍の期待に応えようとするか」


 朱然は伏兵を撃退するにしても、深追いの必要は無い事を兵士に告げる。


 合肥の守備兵の全てが出尽くしたと判断した朱然は、伏兵の小勢を適当にあしらうと合肥の城を目指して進軍する様に指示する。


 それこそがこの別働隊の目的だったのだが、事態は若き武将達が想定しているほど甘く浅いものでは無かった。


「将軍! 伏兵です!」


「伏兵? 先ほど指示した通りだが?」


「別です! 別の伏兵です! その数、約千の伏兵が、新たに現れました」


 その報告は、さすがに耳を疑う報告だった。


「さらに千だと? 合肥の守備兵は報告より多かったのか?」


 城の守備に残すと言うのであっても想定より多い数ではあるが、もしそれほどの兵士がいるのであれば、野戦に出た兵士が少なすぎるのはおかしい。


 どう考えてもこんな来るか来ないか分からない様な別働隊に対する備えに、二千もの伏兵を、しかも分散して置いているのは不自然だった。


「朱然将軍、俺が片方の伏兵を防ぎに行きます。それで立て直しも出来るでしょう」


 丁奉がすぐに朱然に対応策を提案する。


「うむ、そうしてくれ」


 朱然としてはそれが精一杯の返答だった。


 今の状況がまったく理解出来ないのである。


 何もかもに辻褄が合わない。


 攻めてきた孫権軍に対して、迎撃に出た張遼軍の少なさは報告の通りだったが、こんな主戦場になりえないところに貴重な二千もの兵士を伏兵として忍ばせているのは、戦術的には有り得ないどころではない。


 まるで何も無いところから突然伏兵のみが現れた様な、薄気味悪さすらあった。


 事態を把握出来ていない朱然に対し、まるで答えを教えるかの様に三隊目の伏兵が現れた。


 別働隊にとっては止めの一撃であり、その伏兵もそれが分かっているどころかそれを見せつける為か、旗を掲げて突撃してくる。


 その旗には『臧』の文字。


「……臧覇だと? 臧覇は合肥ではなく居巣にいるはずでは? ここで、こんなところにいるはずが無い武将が、何故現れる?」


 朱然は混乱していたのだが、事実は臧覇の伏兵によって別働隊は全滅の危機にあると言う事だった。




 臧覇と言う武将は、曹操軍の中でも大きく評価の別れる珍しい武将だった。


 何故か率いる兵は弱兵を好む傾向が強い事がすでに意味不明であり、演習などの模擬戦では武将として最低限の働きすら出来ていないのではないかと疑われるところもあった。


 実際に楽進はその実力を疑っているのだが、実戦になると同じ武将が同じ兵士を率いているのを疑われるほどに仕事が出来るのである。


 特に策に対する対応が強くて早く、策の急所を見抜き連携を寸断し隊や軍の連動を妨げる事にかけては、能力至上主義の曹操軍にあっても屈指の実力者である。


 かつて呂布軍との戦いで苦しめられた曹操軍は、遊軍として城外に出ていた張遼や臧覇によって面倒をかけられていた。


 今でも合肥の守将達の間でも臧覇の評価は大きく割れており、楽進は多少の知恵は回るものの武将としては使い物にならないと評価し、李典は一芸には秀でているがそれ以外では無能ではないものの凡庸で中庸な武将、張遼は曹操軍の中にあっても屈指の名将であり一報を入れるだけで万事を知る事が出来ると最大限の評価をしていた。


 三者三様に評価が割れている事もあったが、合肥を守る上で臧覇に助力を求める事に関しては誰も反対しなかった。


 その上で張遼は全ての責任は合肥の守将である自分が引き受けるとして、臧覇に完全な行動の自由を許した。


 その後守将達は城を出ているので、臧覇がどう言う策を取ろうとしているのかを知らなかった。


 楽進が何ら反応を見せなかったのはそのせいでもある。


「反応が早いな。孫観そんかん尹礼いんれいの伏兵でもう少し狼狽えると思ったが、それでは足りなかったと見える」


 臧覇は様子を見ていたが、伏兵に対する対応の正確さを見てそう思った。


 臧覇が率いてきたのは三千であり、別働隊の総数より少ない。


 冷静に対処された場合にはこちらの方が不利である。


 また、臧覇の参戦は完全に想定外だったはずだが、もし対処されてしまった場合にはこれ以上の手は用意出来ていない事がバレて一気に踏み込んでくる可能性が高い。


 これ以上の余裕はこちらには無い、か。


 さほど悩む事も無く、臧覇は先に襲いかかった二隊の対応に追われている朱然の後方から突撃する。


 実戦経験が十分にあったとしても、予想外の兵力が現れて三方から攻撃された場合に正しく対処出来る武将は多くない。


 それに必要なのは突出した能力も然る事ながら、指揮官に対する絶対の信頼も必要になってくる。


 先の伏兵への対処から、率いている朱然と丁奉が無能とは程遠い事は臧覇にも分かった。


 しかし、主戦場から遠ざけられるのだから、能力ではない理由から何か足りないのだろうと臧覇は判断した。


 おそらくは実戦経験。それに伴う実績などが少ないからこそ、武勲を上げさせようとした配慮なのだろう。


 それであれば、その隙を逃す手は無い。


 どれほどの勇猛な武将であったとしても、攻撃と言うのは前方に向けて行われるものであり、後方に向けて行う攻撃はよほど特殊極まる行動であってそれを好んで行う武将は存在しない。


 それだけに挟撃は恐ろしく効果の高い攻撃方法であり、さらに包囲となれば実際の被害だけでなく士気も大幅に削られていく。


 三方からの攻撃にさらされた場合には、戦術的に考えるのであれば円陣を組んで全ての方向に向かって対処するべきなのだが、それでは被害を抑える事しか出来ない。


 臧覇としてはそれでも構わない。


 必要なのは、この別働隊を合肥の城に近付けない事。


 自分の能力を過信する猛将などであれば三方の一点を突き崩して脱出を図る事だろう。その場合にはその道を開けて逃げる部隊の背中を討つ。


 臧覇としてはそれを狙ったのだが、朱然と丁奉の部隊は想定以上に辛抱強く守りを固めている。


 さらに別の援軍でも来ると言うのか?


 完全に策に嵌めたはずの臧覇の方が不安になるほど、朱然達は固く守って耐えている。


 包囲している側が圧倒的に有利であるとは言え、常に休む事無く攻め続ける事など出来るはずもない。


 当然消耗は包囲されている側の方が激しいのだが、それで脱出出来ると思っているのか?


 だが、臧覇が僅かでも不安を感じた事は、先の二部隊の武将である孫観と尹礼も同じ疑問を持った。


 特に最初に攻撃した孫観の消耗が激しく、これ以上の攻勢を掛ける事が出来なくなり間を外す動きを見せる。


 臧覇はその隙を埋める為にさらに攻勢を強めたのだが、朱然と丁奉は息を合わせた様にその臧覇に向かって反撃に出てきた。


 なるほど、厄介な連中だ。


 臧覇の読み通りに敵将は三方の一隊を突き崩して脱出の機会を探っていたのだが、その一隊に選んだのは隙を見せて間を取る孫観ではなく、最後に現れもっとも余力のある臧覇を狙ってきた。


 普通であれば、絶対に有り得ない選択ではあるが、敵将は冷静さを失っていないからこその判断だと分かる。


 この敵将は伏兵だけが備えであると思っていない。それ以外にも何かしらの罠があると見ているのだ。


 具体的にその罠が何なのかは分かっていないだろうが、その罠があるのは先に間を取った孫観の方にあると見ているのだろう。


 そして、もっとも罠の存在する可能性が低いのが、最後に姿を見せて余力のある臧覇の方向である。


 防ぐか?


 一瞬そんな事も考えたが、臧覇は窮鼠と化した敵軍の正面に立つのを避け、逃亡の為の道を開く。


 その上で敵軍の側面に攻撃を仕掛けて被害を拡大させ、その後方を尹礼と共に追撃して別働隊から合肥を守ったのであった。


 魏にとって厄介な敵を残したかも知れないな。


 武将を討つ事は叶わないと見た臧覇は、そんな事を考えながら追撃の手を強めていた。




 かろうじて臧覇の包囲を破って脱出に成功した朱然と丁奉だったが、五千の別働隊は二千にまで打ち減らされ敵部隊の総数より少なくなってしまった事もあり、これ以上の侵攻は断念せざるを得なくなった。


 もっとも、もし兵力があったとしても、臧覇の包囲を抜け出した朱然や丁奉の目にも見える様に、全軍撤退の狼煙が昇っていたのが見えた為、二人は武勲を立てる事も出来ずに引き返すしか無かった。

強いのか弱いのか本当に分からない武将


今回活躍した臧覇ですが、本来であればここで活躍する武将ではありません。

が、董襲もそうなので、ここに出てきてもらいました。

この人、本当に凄まじい戦歴で、徐州時代には劉備が戦うのを避け、呂布と戦って勝利し、曹操を苦しめた挙句に曹操軍に参加すると言うとんでもない事をやってます。

その後の戦にも参加しては物凄い大勝してますが、負ける時も派手に大敗したりします。


基本的には誰かの陰になってて地味で目立たない人なのですが、ポジションに似合わず勝つ時も負ける時も派手ですので、どうしても二軍扱いを受けてます。


実績だけ見ると化物じみた武将なんですけどね。

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