第九話 陸康を討つ
董卓の死を皮切りにと言う訳では無いだろうが、天下は極めて大きく乱れていった。
それに拍車を掛けているのが、袁紹と袁術と言う現在の漢を二分する様な大勢力同士が険悪化して互いの勢力を伸ばしている事である。
北方では袁紹と袁術派である公孫瓚の対立が決定的となり、本来であればお互いに袁紹派だった曹操と陶謙が不倶戴天の敵となっていた。
が、もちろん北方だけが混乱している訳ではない。
袁術の元でも、陸康が袁術に対して謀反を起こしたのだが、それに続く様に江東でも揚州の支配をめぐって袁術と対立している劉繇を始め、厳白虎や王朗と言った実力者達も袁術に対して敵対行動を取り、大きく乱れていた。
そんな情勢下にあって、魯粛は周瑜の元を訪れていた。
「まだ猿の子飼いなんぞしとるのか?」
袁術が孫策を寵愛している事は知っているが、重用しているとは言えない。
何しろ猛虎と例えられた孫堅の息子であり、その才覚は明らかに袁術の息子達とは比べ物にならないのは誰の目にも明らかである。
「いえ、どうやら火が入って機が訪れた様です」
「ほう、どう言う心境の変化じゃ?」
「先日呂布将軍と一騎討ちを行いまして」
「……待て待て。いきなり情報量が多過ぎるんじゃが、何がどうなって呂布と孫策が一騎討ちなんじゃ? ありとあらゆるところが有り得んじゃろうに」
「それが有り得たんです。私も目の前で呂布将軍に会いましたし、何ならその娘さんにもちょっとだけ関わりましたので」
「まず詳しい話を聞かせてくれ。ワシの常識では有り得ん事が起きとるようじゃ」
事の発端は、董卓を暗殺した後にその残党から長安を追われ流れ落ちてきた呂布が、袁術を頼ったところからになると周瑜は説明する。
その時、偶然孫策は呂布と出会い(孫策曰く)意気投合して演習として呂布と一騎討ちを行ったらしいのだが、自ら剛勇を誇る孫策ですら子供扱いされるほどに呂布は想像を絶する武芸を身に付けていたらしい。
そこで火が点いた孫策だったが、この時に即行動に移ろうとした孫策を周瑜が止めたと言う。
孫策が極めて優秀である為に、袁術軍の中で悪目立ちし始めていた。
妬みからくる足の引っ張り合いは、とにかく泥沼化して収拾がつかなくなる事が多い。
そこで周瑜は、孫策にあえて評判を落とさせる事を提案する。
最初は渋っていた孫策だったが、最終的に周瑜の案を受け入れて袁術から一揆の首謀者である祖郎討伐に出向いた。
元々負ける事を想定して戦うつもりだったのだが、祖郎は確かな実力者であり、孫策自身が想定していた以上の大敗北を喫して孫策は親族の呉景の元へ逃げ延びた。
その後、呉景の力を借りて祖郎の撃退には成功し、袁術陣営には一揆の鎮圧にも苦戦する程度と実力を隠す事にも成功した。
するにはしたが、孫策にとっては不本意であったらしく、周瑜も孫策の機嫌を治す為に四苦八苦していたらしい。
そこへ来て、曹操による徐州襲撃事件発生である。
今なら袁紹派の曹操と陶謙が揉めている事もあり、徐州侵攻の好機と捉えたのか袁術は徐州攻めを考えて陸康に莫大な兵糧を要求した。
が、それを陸康は拒否して双方共に関係が一気に険悪化して陸康がついに袁術に対して絶縁宣言を出す。
ここを好機と見た孫策は、以前の汚名返上の機会をと袁術に願い出て、かつての父の部下達であった黄蓋、程普、韓当達と兵一千を袁術から取り返す事に成功したらしい。
「なるほどのう。呂布が流れてきていたとは。ワシも一度会ってみたかったのじゃが、今はおらんのか?」
「いないと言うより、袁術殿の元にいたのがほんの数日だったので、私達が会えた事が偶然以外の何物でもありませんよ」
「ま、袁術にとっては厄介者じゃろうかのう。で、孫策は陸康を攻めると言うわけか。袁術から見返りの約束は取り付けたのか? あやつは相当な狭量じゃから、何らかの見返りを要求せねばただ働きさせられるぞ?」
「伯符(孫策の字)からは陸康を破った後にはその地位である廬江太守を与えると言われているとか」
「ふむ、悪くないのぅ。とは言え、陸康を相手に兵一千ではさすがに勝負にならんじゃろう? 公瑾は何か策があるのか?」
魯粛の言葉に、周瑜は笑って首を振る。
「お言葉ですが魯粛殿。伯符は呂布将軍ほど人知を超えた武勇は持っておらずとも、間違いなく自身も一騎当千の猛将であり、戦場においてであれば父君である孫堅将軍さえも上回る苛烈さを持ちます。先の戦にあえて敗れて見せたのは、その爪を隠す為。真の実力を知らぬ者であれば、一千の孫策軍を止められるものではありません」
「ほう、公瑾にそこまで言わせるか。興味が沸いてきた」
魯粛は何度も頷いて笑う。
「では、ワシからも餞別を送ろうか。孫伯符に箔を付けるのも面白そうじゃ」
魯粛が悪そうな笑顔を浮かべる。
それはかつて、袁術の元を離れる時に見せた表情だった。
「公瑾よ、孫策の率いるのは一千で間違いないのじゃな?」
「はい、伯符からはそう聞いています」
「出立はいつじゃ?」
「近々との事」
「では、一千も必要無い。五百で十分と伝えられよ」
魯粛の言葉に周瑜は一瞬眉をひそめたが、すぐにやろうとしている事に察しがついた。
「……まるで子供の悪戯ですね」
「戦術の中でもっとも有効なのが奇襲であり、奇襲とは予想せぬ手段を用いる事じゃ。侮られている孫策が若さゆえに暴走して手柄を焦っていると思われているのであれば、それを十分に利用しようではないか」
「さっそく伯符に伝えます」
「うむ、こちらも一発芸を仕込んでおこう」
魯粛はそう言うと、周瑜と分かれてさっそく準備にかかった。
そう、これは何も超一流の軍略家が立てた高度な戦術などではなく、単純な目晦ましと子供騙しな詐術による一発芸でしかない。
が、それは仕掛ける側だからこそ分かる事であり、観客にそれを気付かせない事が重要なのである。
その為にも孫策には『失敗を取り返そうと血気に逸る無謀な猪武者』であってもらわなければならない。
全ての準備が整ったと魯粛が周瑜に伝えようとした頃に、最初の合流地点ですでに孫策とその一団が魯粛を待っていた。
「……何故に?」
「君が魯粛か! 俺が孫策だ! 俺に会いたかったのだろう?」
孫策が飛びかからんばかりの勢いで魯粛の手を握ると、興奮を隠そうともせずに言う。
少なくとも『失敗を取り返そうと血気に逸る無謀な猪武者』と言うのは、演じるまでも無かったらしい。
「いや、別に会いたいと言う訳ではないのじゃが、ワシが魯粛である事は間違い無い」
「はっはっは! 公瑾から今回の事を聞いた時には、胸が踊ったぞ! 公瑾から話を聞いた直後にでも会いたかったのだが、準備が整っていないと引き止められてしまったよ」
それはそうだろうと言う事を、孫策は笑いながら話す。
「では、行こうか」
「は?」
「いや、一緒に陸康を倒しに行くんだよ」
「いや、行かんぞ?」
「え? 何で?」
孫策は本気で不思議そうに首を傾げる。
「ワシの仕事はまだあるからのう。行きの準備は整ったが、帰りの支度があるじゃろう。せっかくの出し物なんじゃから最後まできっちりやりたかろう? ワシが一緒に行っては、少々障りがあるのでな」
「うむ、確かに一理あるな。せっかくだから最後まできっちりと、か。分かった。すぐに済ませるから、帰りの準備は早めに済ませておいてくれ」
思いのほか孫策はすんなりと受け入れた。
そう、今回の最大のウリは速さであり、そこを緩めてはせっかくの一級品の見世物が、ごくありきたりなモノになってしまう。
周りの想像を絶する結果を見せつける為の行動だと言う事を、孫策も理解しているのだろう。
また、そんな遊び要素があったからこそ、孫策も完璧にやってみたいと言う好奇心が勝ったのかもしれない。
魯粛の立てた策と言うのは、驚く程単純なモノである。
まず孫策が陸康討伐に、本来の千名でも少ない数であるにも関わらず五百で良いと大言して周りからさらに侮られる様に仕向ける。
そして五百で出発するのだが、その進行拠点に魯粛と周瑜が用意した空馬五百と、増援の五百の兵を用意しておく。
次の拠点にも空馬と増援と言う様に、四ヶ所の合流拠点を設け、それぞれで空馬と増援を用意。
すると、通常では考えられない速度で、情報の四倍となる二千の兵が現れる事になる。
ここから陸康がどんな手を打とうにも、遅すぎる。
孫策は瞬く間に陸康を討ち取ったが、無駄かつ無意味な殺戮や刑罰などは行わず、また捕虜などを取る様な事もせずに逃げた者は逃げるにまかせて追撃も出さず、増援で増えた兵を置いて住民を慰撫させると自身は最初に率いていた五百と共に帰路につく。
と言っても、今回はとにかく異常ともいうべき速さで周囲の度肝を抜かなければならないので、帰路にも魯粛は空馬を用意していた。
これによって孫策は、片道の期間にも満たない日数で陸康を討ち取ってその首を袁術の前に差し出すと言う離れ業をやってみせたのである。
ただ、これには周りを驚かせると言う悪戯以外にも、ちゃんとした戦略的な目的もあった。
袁術はとにかく報奨を渋り倒す傾向が極めて強く、今回は孫策に対して成功報酬に廬江太守を約束したそうだが、それも時間が空いてしまったら心変わりする恐れがある。
いや、袁術なら確実にする。
孫策がどうこうと言う訳ではなく、単純に成功者を正しく評価出来ないのである。
袁術にとって重要なのは、自分に対する貢献度であり、それはどの様な武功を挙げてきたかと言うより率直に自分に対する献上品の過多である事が多い。
今回の一発芸で速さを最優先したのは、何も陸康に対して備えさせなかっただけではない。
袁術にも、孫策の代わりに廬江太守を任せられる様な人物を用意させないと言う側面もあった。
せっかく陸康を打ち破ったとしても、勝利の余韻に浸ってゆっくり帰ると言う訳にはいかないのだ。
その速さを維持する為に暗躍したのが、軍事行動とは別行動を行っていた魯粛と周瑜である。
援軍の人員には凌操を始めとする魯粛のツテや、呉景や孫河と言った亡き孫堅のツテを当たったのが周瑜であり、また物品などの手配は魯粛が行ったのだがその時の後ろ盾として信用を与えたのが現職の三公の息子である周瑜の存在だった。
それらの支えがあったとは言え、全てを成功させたのは孫策という天下でも屈指の英傑がいたからこそでもある。
「よし、魯粛! 一緒に行くぞ!」
帰り道で孫策が堂々と言うが、魯粛は首を振る。
「ワシは袁術のところから逃げて来た身じゃぞ? 今回の活躍、ワシが後ろで支えてました、なんて言うてみろ。それはそれは大騒ぎになるぞ。特に李豊辺りが」
「あー、あのおっさんかー。大騒ぎしそうだな」
「何かあれば公瑾を遣わしてくれ。ワシに出来る事で支えていくぞ」
魯粛が言うと、孫策は笑う。
「今すぐ俺の手元に置いておきたいが、確かに面倒事になりそうだな。公瑾に目付をさせておくよ」
孫策は大きく頷く。
「のう、孫策よ。ワシから一つ、袁術に会う前に言うておく事がある」
「何だ? 言ってみろ」
「もしかすると、袁術は今回の廬江太守の件を反故にする事は十分に有り得る。それをさせない為の速攻じゃったが、何しろ袁術はその場の一言ですむのじゃから、速攻の成功が全ての成功とは言えん。じゃが、その場合にはあの猿にブチギレたりせずに、劉繇の名を出すと良い。地位は手に入らんかも知れんが、行動の自由は得られるじゃろう」
「……ほう、面白いな」
そう言ったのは孫策ではなく、一行で最年長である程普だった。
「魯粛と申したな。なるほど、公瑾の言う通り一目を置くべきは『魯家の狂児』か」
「お褒めいただき、光栄の至り。では、ワシは本業に戻る事にする」
「本業? 俺の臣下か?」
「何故そうなるのか気になるところじゃが、そちらは手柄をいち早く届ける本命の役割があるじゃろう。いつまでもワシに構う暇は無かろう」
そう言うと、魯粛と孫策はそこで一旦は別れる事になった。
魯粛が関わっていた訳ではありませんが
陸康討伐は、おおよそこんな感じで孫策の速攻が決まった戦です。
本編でもちょこっと触れてますが、孫策はあくまでも陸康のみを狙っていたみたいで、その一族皆殺しみたいな事はやってません。
そのお陰もあって、と言えるかはわかりませんが、陸績や陸遜と言った面々は生き延びています。
また、その前にちょっとだけ触れてますが、演義には出てこない祖郎にはけっこうガチで負けたみたいです。
ちなみに祖郎は撃退されたのみで討たれた訳ではないので、また出てくるかも知れません。
あと本編では触れてませんが、正史では孫堅時代からの臣下達と一緒に朱治や呂範なども同行しています。