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新説 魯粛子敬伝 異伝  作者: 元精肉鮮魚店
第三章 天下遼遠にして

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第十話 蠢動する策謀

「うぉーおおおい! なんで魯粛殿がこんなところに? 自宅謹慎中では無かったのですか?」


 諸葛亮が突然訪ねてきた魯粛を見て驚く。


「うむ、その情報で間違い無い。とはいえ暇じゃったから、豪傑と旨い酒を飲みに来た」


「暇って、あなた……」


 天下の鬼才であると周喩が認めた諸葛亮ですら、魯粛の行動には眉を寄せる。


「せっかく目出度い席なんじゃから、こっちはこっちで祝おうではないか。のう、そう思うじゃろ?」


 魯粛は賛同を得ようとしたのだが、関羽と張飛は複雑な表情を浮かべている。


 そもそも魯粛の来訪が唐突であり、いかに魯粛が私的に交友を深めに来たと言っても関羽としては諸葛亮に報告しない訳にはいかなかった。


 その報告を受けた諸葛亮は、大急ぎで戻ってきたのである。


「どうせ来るなら、ご主君を送り出す前に来て欲しかったものです」


「いやいや、そこに意識が向いたからワシも自由に動ける様になったと言うものじゃよ」


「自由に動ける立場ではありますまい」


 関羽が冷静に言う。


「と言うより、自宅謹慎と言うのであれば自宅で謹慎するべきでしょう」


「無論、ワシも心の中では自宅で謹慎しておる。深く反省しておる。それはもう、国の行く末を憂いておる。が、それはそれ。時間は有限で貴重なモノじゃぞ? 少しでも時間を無駄にする事なく有効に使う事にこそ意義があると思わんか?」


「言っている事は立派ですけど、それが酒を飲む事ですか?」


「豪傑と旨い酒を飲む事より有効な事があるか?」


 魯粛はそう言うと、持参した酒を張飛の器に注ぐ。


「のう、翼徳。そう思うじゃろ?」


「うぉ? お、おう」


 急に話を振られて、張飛は酒を飲もうとしていた動きを止める。


「飲もうではないか。玄徳も孫家で歓待を受けている事じゃろう」


「本当に歓待を受けているのでしょうね。身の危険などは無いのでしょうね!」


「はっはっは、あの公瑾じゃぞ? お主と違ってそこまで汚い手は使わんじゃろう」


 魯粛は諸葛亮に対して笑う。


「それが心配なんじゃないですか! 何か知ってるでしょう、教えて下さいよ」


「教えられるくらい知っておれば、謹慎などされんわい。お主の事じゃ、何ぞ対策も練っておるんじゃろう? 心配なぞ必要無かろう。玄徳がどうにかされる様な人物でもあるまいに」


「魯粛殿、随分と気安い物言いではありませぬか?」


 関羽が魯粛に向かって言う。


「今のワシは私人の立場じゃからのう。副都督の立場であれば気も付けようところじゃが、今はその辺でクダを巻いている酔っ払いと一緒じゃわい」


 そう言ってガハハと笑う魯粛に、関羽も諸葛亮も眉を寄せる。


「……私は今手が離せないので、関羽殿、張飛殿、客人をお任せしてもよろしいでしょうか。どうにもそちらのお客様は我々が考えている常識とは少々違う価値観をお持ちのようですので」


「言葉を飾らんでもいいわい。信用出来んから見張っておれと言わんか」


「関羽殿、お任せします。飲む分には構いませんし、酒代はあちら持ちでしょうから」


「おう、酒代くらいは持つわい。孔明も一緒に飲もうぞ」


「そう思うのであれば、婿入りの話ではなく嫁入りの話にして下さい。そうすれば私の抱えている案件も大幅に減りますから」


「それをやろうとして謹慎させられとるんじゃ。次は首が飛ぶわい」


 けっきょく諸葛亮は酒の席につく事は無く、魯粛は関羽と張飛を相手に酒を飲む事になった。


「魯粛殿、我が主は確かにご無事なのでしょうな。もし危害を加えるとなると、この関羽、いかなる汚名を着せられる事になったとしても、まずはあなたを人質として孫権を糾弾しますぞ」


「おう、あの関雲長から切られたとなれば、ワシも鼻が高いわ。じゃが、考えてもみい。あの公瑾じゃぞ? ワシの知る限り、あれほど清廉潔白にして良い格好しぃは天下に二人とおらんじゃろう。戦場での騙し合いならいざ知らず、先主とは義兄弟じゃった公瑾からも妹君は義妹じゃ。あのジャジャ馬がようやく輿入れとなったのに、いきなり未亡人にする様な策は取らんわ。そこは保証しようぞ」


「では、何故その周喩殿と揉めて謹慎させられたのです?」


「まぁ、方針の違いじゃの。ちょいと難しい軍略の話になるかもしれんが、翼徳はそれでも良いかの」


「是非、後学の為にも聞かせていただきたく」


 と答えたのは関羽であり、手酌で自分の器に酒を注ごうとしていた張飛はそこで動きが止まっている。


「そうだな、翼徳よ」


「お、お、おう、もちろんだとも」


「うむ、何なら荊州を得た時に活きのいい若い衆もいなかったのか? 後学の為と言うのであれば、そやつらも巻き込むか?」


「それはこちらから話します。まずは我らにお聞かせ下さい」


 思いのほか関羽から警戒されているのは意外だったが、主君である劉備が敵地にある状況にあって護衛として付き従う事の出来なかった関羽は、先ほど自分が口にした通り、事と次第によっては魯粛を捉えるつもりなのだろう。


「もっとも大きな差異は、やはり天下二分と三分の違いじゃろう。公瑾は此度の婚姻を手始めとして、最終的な理想として劉備軍をまるごと我ら孫権軍に取り込む事によって強大な曹操に立ち向かえる様な一大勢力にと考えておる。言うなれば、孫権軍の劉備大将軍、と言うところじゃの」


「あぁん? 周喩の小鼠め、そんな事を考えてやがったか!」


「そう悪い話でも無かろうとワシも思うのじゃが、今の翼徳の反応が目に浮かんでのう。劉備軍の強さと言うモノは勢力の強さとは別のところにあるのは、ワシも常々感じておった。あの戦の天才曹孟徳が、袁紹、袁術と言う最大勢力がいたにも関わらずそなたら劉備軍を誰よりも警戒していたのも分かると言うものじゃ」


「ははは、子敬殿、あんたわかってるじゃねーか!」


「翼徳、よさんか」


 まったく警戒を解こうとしない関羽と違って、張飛はすっかり機嫌を良くしている。


「はっきり言うが、劉備軍の強さはまさにその独立独歩の気概であり、間違いなく人の下に収まる器ではない。故に力を持って軍事力で争うのではなく、共に手を取り国造りにて競うべし。それこそが天下三分のあるべき姿、と言うのがワシの主張での。ちぃーとばかし話がこじれてのう。ついワシも売り言葉に買い言葉と言うか、口が過ぎてしまってのう。公瑾だけではなく、主君にまで不興を買ってしまったと言う訳じゃ」


「はっ、孫権の小童が偉そうに」


「翼徳、お前も口が過ぎようぞ」


「ワシが公人の立場であれば咎めもするが、今は私人。互いの酔っ払いの戯言として無礼講と行こうではないか」


「そう言っていただけるのであれば、有難い」


 これは、ワシが警戒されておるというより、関羽が異常に堅苦しいだけか?


 これまでの言動だけではなく、その轟く武名からも感じ取れる事ではあるが、関羽と言う人物がこちらの予想を遥かに超えて融通が利かないと言うか、己を律し過ぎているのかもしれない。


「無礼講ついでに言わせてもらえば、ワシは皆が知っておる通りの商人の出。玄徳はかつて筵売りであり、翼徳、雲長とて商売に携わっていた者同士。案外そこにワシ自身が自覚しとらん気安さがあるのやも知れんのう」


「気安さ、ですか?」


 関羽は首を傾げている。


「うむ、本質が同じ、とでも言うかのう。例えば天下に名を知らしめる劉備三兄弟じゃが、どれほど偉くなったとしても、侠客の気質までは変わらんじゃろう? 商人気質のワシとしては、官吏気質な孔明やら公瑾やらより、こっちの方が旨い酒が飲めると言う話じゃな。官吏気質な奴らは時々何考えてるかわからんじゃろ?」


「その事だけで言うのであれば、魯粛殿とて十分理解不能なところは見受けられますが」


「ワシは頭は良くても分かりやすい方じゃろ? のう、翼徳」


「いや、その点はまったく分からん。むしろ周喩の方が分かりやすいかもしれない」


「まぁ、少なくとも孔明よりは分かりやすいじゃろう。あやつは手に負えんからのう」


 この時には笑い話の一つとして口にした言葉であったが、これこそが魯粛と周喩が画策した策の一手であった事は、関羽と張飛に見抜く事は出来なかった。




 一方の孫権軍の本拠地、建業では局所的にではあるが大問題が起きていた。


「娘の嫁入りを母が知らないなど、一体どういう事なのですか!」


 呉国太が孫権の元に怒鳴り込んできたのである。


 止めようとしたのか、一緒に糾弾に来たのかは分からないが、大喬と小喬の父である喬公も共にやって来ていた。


「答えなさい、仲謀! あなたは妹の事を何だと思っているのです!」


 凄まじい怒り様に、孫権もどう言っていいのか悩んでいた。


 偶然にもこの場には以前嫁入りの話をしていたメンツの中で、魯粛以外の者が集まっていた。


「義母上様、これは軍略の話で……」


「何が軍略ですか!」


 孫権が説明しようとしたところを遮って、呉国太は一喝する。


「あなたの妹ですよ! まだ若い女の手を借りる軍略など、恥ずかしくないのですか!」


「母君様、まつりごとに女人が口を挟むのは漢における禁忌に……」


「我が娘を軍略に利用しておいて、何を言うのですか! 師父、あなたにとっても娘では無いのですか!」


 張昭さえも怒鳴りつけられ、筋肉の塊がしょぼくれて隅っこに行ってしまう。


「公瑾、あなたは恥ずかしく思わないのですか!」


「何をです?」


 そんな中にあって、周喩だけはいつも通り涼しげな佇まいで首を傾げている。


「劉備と言えば、大王文台と同年代なのですよ! 娘にとっては父親同然の年の差です! そんな者に嫁がせるつもりですか!」


「何か問題が?」


 周喩だけは本当に呉国太が何に怒っているのか分からないと言う態度で、首を傾げている。


「問題あるでしょう! この年の差ですよ」


「はい。年の差はありますが、今の乱世を省みた時にはさほど奇異と言う訳では無いでしょう。義母上様、私は妹君の婿には劉備殿以上の方はいらっしゃらないと思っているのですが、義母上様はどなたか候補が?」


 周喩に尋ねられて、呉国太は言葉に詰まる。


「義母上様、今や孫家は大王の世代とは違い、江東の覇者の血筋。この江東において、どの様な名家と言えど孫家より格下です。そんな格下の家系に大王の娘を嫁がせると言うのですか? 私にはそれが義妹に相応しいとは思えません」


「では劉備では良いと言うのですか?」


「人には誰しも幾つか欠点や問題はあるものです。劉備殿はかつて流浪の者でありましたが、今は荊州を収め、確固たる地盤を手に入れています。その血筋も漢の皇帝自らが皇叔と認めた皇族であり、大王や先主と共に董卓と戦った豪傑。さらには住み慣れた土地を捨て共に流浪の苦難を共にした十万もの民を率いた仁君。年の差という問題はあれど、妹君の婿にこれほどの人物はいないと思っているのですが」


 感情を振り切らせていたはずの呉国太だったが、周喩の涼しげで心地良い声で諭されて冷静さを取り戻していく。


「一度劉備殿に会ってみられては? もし義母上様がお気に召さないのであれば、この話は無かった事にしてはいかがでしょうか。のう、公瑾よ」


 喬公が周喩の為か呉国太の為か、助け舟を出す。


「私は構いませんよ」


「良いのか、公瑾」


 即答する周喩に、小声で孫権が尋ねる。


「劉備は人の懐に入る事に関しては、間違いなく天下随一です。曹操、劉表の懐に入った事だけでも特筆すべきところ、袁紹や呂布を裏切っているにも関わらず、天下の仁君と言われているほどの不可解さ。きっと呉国太様にも気に入られるはずです」


「そこは劉備任せなのか」


「上手くやってくれると思いますよ、あの御仁は」

今回も創作設定回です


魯粛はこの時期、好き勝手に行動出来る様な立場ではありません。

が、そこはコーエー三国志シリーズの、各武将プレイが出来るシリーズの感覚と思って下さい。

プレイされた方は分かると思いますが、ゲーム中の三分の一くらいは飲み二ケーションやってるくらい自由に飲み歩いてます。

ただ、ゲームならともかく、実際にそんな自由過ぎる行動をとられた場合、作中の孔明先生みたいに

「あんた、何やってんの?」

となります。


演義でお馴染みのぶちギレ呉国太も登場です。

キレてます。

場面に名前は登場しませんが、顧雍もいます。

ただ、顧雍は空気の読める大人なので、余計な事を言って怒らせる様な真似はしません。

ちゃんと張昭の陰に隠れて、嵐が過ぎるのを待ってます。

呉国太には今後もキレてもらう為に出てきてもらう事になりそうです。


次回、ついに妹君登場(予定)です。

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