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新説 魯粛子敬伝 異伝  作者: 元精肉鮮魚店
第一章 雄飛の時を待つ
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第五話 参謀詰所にて

 呂布の壁は連合の諸侯や参謀達の予想を遥かに超えて高く分厚く、容赦無く立ちはだかった。


 そこからは面白い様に届く、敗戦の報。


 王匡おうきょう軍の方悦ほうえつ張楊ちょうよう軍の穆順ぼくじゅん孔融こうゆう軍の武安国ぶあんこくと名立たる猛将豪傑達を撃破したらしい。


 恐ろしい事に、それらの武将は討ち取られた訳ではなく、まったく相手にならず、まるで遊び相手の様にあしらわれてしまったと言う。


 片腕を失った武安国などまだマシな方で、方悦や穆順に至っては呂布に手傷を負わせられなかっただけでなく、驚く程軽傷で本陣に戻されたと言う事だった。


「武将の名折れじゃの」


「想像を絶する化物みたいですね、呂布と言う武将は」


 魯粛にしても、劉曄にしても、今回あしらわれた武将たちの事は聞き及んでいる。


 三人が三人とも袁術軍の武将として所属していてもおかしくない武名を持つ者達であったが、手傷一つどころか三人共呂布に触れる事すら出来なかったと報告があった。


 各勢力にとって、董卓や呂布の首と言うのは分かり易い武勲であり、それぞれがその為の切り札を用意していたはずで、先の三勢力の三武将は正しくそう言う切り札だったはずだ。


「それが通用しなかったと言うのは、返って良かったかもしれんな」


 魯粛はふと思う。


 呂布には手が出せないとなれば、多方面攻撃による総攻撃と言う戦術が提案されるのは何もおかしい事は無い。


 そう思いながら、魯粛は首を振る。


 それをさせない為に、ここで目立つコマを見せつけてきた。


 もうしばらくすれば、呂布は撤退するだろう。時間稼ぎと言う役割を果たしたら、最前線拠点に居続ける必要もないのだ。


 そして、呂布の撤退を自分達の功績にしたいと思う連合軍は、必ず追撃に移る。


 罠があるとすれば、その先だろう。


「……今からでは間に合わんか」


「呂布について?」


 劉曄が尋ねると、魯粛は首を振る。


「罠じゃよ。この調子じゃと呂布が敗れる事などなさそうじゃが、もし呂布が敗れたとしても噂の赤兎馬に逃げられては追う事もままならんはずじゃ。その先、おそらくは虎牢関の先には罠が待ち構えておる。もっとも、キレ者と噂の曹操殿なら気付いておられるかもしれんがの」


「罠……か。なるほど」


「一応、報告に向かってみるか?」


 魯粛が尋ねると、劉曄も同じように首を振る。


「今からでは間に合いません。それに、袁紹殿が聞き入れてくれるとも思えません」


「確かにの」


 魯粛は天を仰いで呟く。


「四十万の連合軍も徒労と化すか。袁紹殿はともかく、袁術では話にならん。董卓がこのまま天下を取れるとは思えんが、ワシの期待した袁家による二天朝は有り得ん事を知らされた。後はこの顛末を見届けるだけじゃ」


「二天朝?」


「うむ。秦や漢の様な統一国家の誕生を望むには、少々乱れすぎておるからのう。ワシとしては二天朝、あるいは三国鼎立辺りが打倒じゃと考えておるからのう。さすがに戦国七雄はやり過ぎじゃろ?」


「漢は滅ぶと?」


「ここから復活させるのは、不可能とは言わんが困難が過ぎる。それなら、新しく作るのと大して労力は変わらんと思うがのう」


「さすがにそこまでは割り切れないよ」


「おっと、皇族じゃったな。これはワシの方が口が過ぎたか」


「漢は一度は蘇っていると言う実績もあるんだし、それが二度、三度とあってもおかしくはないだろ?」


「確かにのう。相当優秀な人物が、それこそ張良ちょうりょう蕭何しょうかにも劣らぬ者が必要じゃが、不可能ではないな」


 魯粛と劉曄が話している間にも戦場では動きがあったらしく、劉備りゅうび、関羽、張飛ちょうひの三兄弟が呂布を撃退して前線拠点から追い払ったと言う。


「よし! 流れが変わった! ここから一気に行ける!」


 逢紀は大喜びだが、それは彼だけにとどまらず連合全体だっただろう。


「魯粛、君は罠だと予想していたね?」


「うむ、十中八九な」


「それをこれから主に伝えても間に合わないとも」


「その通りじゃが、それが?」


「今考えるべきは、罠の先じゃないかい?」


「もし君なら、連合を罠にかけた後にどうする?」


「何じゃと?」


「董卓軍が連合の先鋒隊を全滅させたとしよう。いや、先鋒隊どころか、呂布を撃退して一気に攻め込んだ軍を全てことごとく全滅させたとする。その被害によって連合は戦力を半減させられるだろう。董卓軍がそれでよしとするかい?」


「……狙いはここか!」


「漢が楚に勝利出来たのは、勝利出来るまで戦えるくらいに備えがあり、それを支える後方支援がしっかりしていたから。董卓軍の軍師は相当にやり手だから、そこを考えないはずはない」


「正しくその通りじゃ。しかし、いかにしてこの状況で守りに意識を向けさせるかじゃな。間違いなく勝ち馬に乗ろうとするし、失敗の後には逃げの算段を整える。ここで勝ちを捨てて守りを整えて待つと言うのは戦術的に考えて有り得ない事じゃぞ?」


「それを考えるべきだと思うんだけど」


「……まったくじゃな」


 勝ち戦の流れに乗ろうとしている中で、守りを固めると言う意見はどう考えても通りそうにない。


 勢力や戦力として劣るところは、一斉攻撃の波に乗る事が出来ずにこの拠点に残るハメになっているが、だからと言って武勲を捨てている訳ではない。


 いつでも追撃の準備、あるいは止めの一撃として出撃する事を考えているはずだ。


 そんな中で腰を据えて守りを固める事を良しとする諸侯を募るのは厳しく、また今まさに戦っている諸侯からの反感を買いかねない。


「ここは袁術様の出番じゃな」


「確かにそうだけど、上手く操れるかい?」


「なぁに、袁術様は腰の重い御方。動かなくていい大義を与えてやれば、それに乗っかってくれるじゃろう」


 魯粛はさっそく張炯を探す。


「お、いたいた。劉曄、ちょっと話を合わせてくれるか?」


「面白そうだから、喜んで」


 魯粛は張炯に気付かれない様に気を付けながら、劉曄と共に近付いて行く。


「直接進言した方が早くない?」


「早いが、伝わらない。あの御方は主に似て、上手に乗せてやらないと妙な方向に走りかねないんじゃ」


 魯粛は悪戯っぽい表情を浮かべて、張炯のすぐ後ろに背中合わせに立つ。


「攻勢に出ているそうじゃが、ここは袁術様の腕の見せ所じゃな」


 魯粛は劉曄に話している様に見せているが、後ろにいる張炯に聞かせているのだ。


「袁術様は、攻勢に強いのかい?」


「いや、そう言う事じゃない。袁術様は兵糧管理を任せられたほどの御方。漢で例えるのであれば、それは蕭何の役割じゃ。攻勢に出てそれに参加する事など、諸侯に限らずどんな武将でも出来る。しかし、ここで兵糧と拠点を守る備えを見せる事など、それこそ盟主から絶大な信頼を得ている袁術様にしか出来ない。それに」


「それに?」


「董卓軍が一か八か逆転を狙うのであれば、一軍をこの拠点に向ける事も考えられる。それを守れるのは諸侯の中でも袁術様しか考えられんからのう」


 魯粛の側からは確認出来ないが、向かいの劉曄は笑いを堪えながら手で後ろの張炯が聞き耳を立てている事を知らせてくる。


「確かに。漢における後方支援の役割は、それこそ高祖が最大の武功と認めた事もあり、袁術様が敢えて動かずに守りを固めると言うのは難しい決断ではあるが、袁術様にしか下せない決断だろう」


 劉曄もコツを掴んだらしく、魯粛に合わせて言う。


 魯粛らと比べて、張炯は残念ながら数段勝ると言う様な能力ではない。


 本人にもその自覚があるのだろう、必死に袁術に気に入られようとあの手この手で取り入ろうとしている。


 そんな中で魯粛が袁術に直接進言したりすると、おそらくムキになって攻勢を言い募る事になる。


 逆に魯粛が張炯に進言した場合にも、そのまま袁術に伝えるとは限らない。


 あくまでも張炯が自分の意見として、袁術に進言する必要がある。


 袁術の事だから、前線に出ない理由を与えてやればそれに乗るだろうし、側近である張勲や橋蕤も戦わずして失敗を戦わずして取り返す事が出来ると言うのは、魅力的な提案のはずだ。


 今の攻勢が主流となっている中で守備を主張するのは、相当な弁舌の才と胆力を要する。


 そこで魯粛と劉曄は、こうすれば袁術を説得できると言う答えを伝えているのである。


 それが例え盗み聞ぎであったとしても、魯粛が袁術に対して主張する前であればそれは張炯の進言である。


 しっかりと聞き耳を立てていた張炯は、魯粛に気付かれない様に立ち去っていくが。向かい側にいる劉曄からは丸見えである。


「筋から言えば、実に情けない事じゃがやむを得んのう」


「まぁ、参謀見習いの言葉を盗み聞きして主君に進言と言うのは恥ずべきところですね」


「それを分かっておらん事が由々しき事態なのじゃが、当事者達がそれに気付いていないのは致命的と言わざるを得んな」


「魯粛、君は袁術を見限るつもりかい?」


「うむ、そう遠からず」


 あっさり認めた事は、話を振った劉曄の方が驚くくらいだった。


「何じゃ? そっちが振った話じゃろう?」


「いや、こういうのはあっさり認める様な話じゃないと思っていたので」


「時間の無駄じゃろう。アレは治世においても乱を呼ぶ類の者じゃ。乱世においては言わずもがな。勢力が大きく名声も広まっている事が余計に質と始末が悪い」


 現在の主である袁術だが、魯粛はすでに見限っている事もあって言いたい放題だった。


「なら、君も曹操殿のところに来ないかい? あの方は才覚を認められる御方だし」


「悪くない話じゃが、曹操は官位も持たぬお尋ね者じゃろ? ワシとて魯家の看板がある。無位無官の者に出資するのでも十分に難しい選択じゃが、主従となると無理じゃな」


 これは何も魯粛の傲慢を表すモノではなく、商売人としての信用にも関わる事である。


 特に魯家は父を早くに亡くし母が切り盛りしている事もあり、女性と言う事で下に見られたりと言う苦労もあった。


 才覚によって豪商で有り続けている魯家が、いかに才能に溢れているとは言え無位無冠の者の臣下となったとなれば信用が無くなってしまう。


 それでも袁家の様な、官位に関わらない名門であればともかく、お尋ね者となった曹操では今の顧客が離れるどころか、おそらく商人としてやっていけないくらいに信用を失う事になる。


「確かに。こちらが安直に過ぎたみたいだね。この連合の着地がどうなるかは分からないけど、その後に曹操様はおそらく正式な官位を得るだろうから、その時にまた同じ話を持っていくよ」


「うむ。その時にワシが無官であれば、喜んで曹操殿の元に厄介になろうぞ」


 やがて、連合の敗戦がこの参謀の詰所にも届いてきた。


 虎牢関に仕掛けられた罠や、董卓自らの参戦、異常としか言い様がない董卓軍の強さと容赦ない戦術によって攻勢に出た連合軍は完膚なきまでに叩きのめされ、前線拠点で踏みとどまる事も出来ずにこの本拠点まで撤退する事になった。


 事実上、連合軍の敗北と言うべき結果である。

言うまでもなく


今回の話はまるっと創作です。

魯粛や劉曄が連合に参加していた事実はありませんし、二人で連合の行方について語った事もありません。

ただ、正史によるともっとあとの事ではありますが、劉曄が魯粛を曹操軍に招こうとした事はあります。


また、袁術軍では密告やら特定の人物の意見が通りやすかったりした事もあり、その事も魯粛が袁術を見限るきっかけになった様です。

総じて袁術様には天下人として器が小さすぎたと言う、大きすぎる問題を抱えていたみたいですね。

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新お疲れ様です。 こうなると、劉璋や袁術、袁紹、馬騰、公孫瓚、劉表、劉虞など、欠点を補えるような逆行のお話を作れば、それなりに戦えるなあ。 題材としては十分。
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