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新説 魯粛子敬伝 異伝  作者: 元精肉鮮魚店
第二章 血と炎で赤く

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第九話 武を担う者

「いや、待たせて申し訳ないのう、甘寧殿。お主の素行の悪さが問題になり過ぎて来るのが遅くなってしもうたわ。歓待の方に不備は無かったかのう?」


 魯粛が笑いながら甘寧に言う。


「それはもう。名門と言われる劉表のところより、ずっと手厚く迎えられてます」


「それは良かった。ここでお主にへそを曲げられては、ワシの苦労も水の泡になるところじゃった」


 魯粛の挑発とも取れる発言に対し、甘寧は笑いながら躱して行く。


「で、そちらの武将は?」


「お主にも今後大きく関わってくる者じゃよ。早めに会っておいた方が良いと思って連れてきた。今後はお主と共に主君孫権を支える武将じゃよ」


「ほう、それは将来有望な事で。初めまして。甘寧と申します」


 甘寧は笑顔で丁寧に挨拶するが、魯粛に連れて来られた凌統の方は甘寧を睨みつけて挨拶を返そうとしない。


「おや? 想像以上に歓迎されていない様子。ひょっとして初めましてではないのですか?」


「ふむ、勘所はさすがに悪く無いのう。では、どこで会っているかの予想はつくかの?」


「それは江夏でしょう」


 悩む素振りすら見せずに、甘寧は即答する。


「歓待が武将を迎えるかの様なところで、おそらく川賊としての甘寧ではなく、武将としての甘寧をご希望でしょう? 先日の事も考えるとそう考えるのが自然な事。孫権軍との接点と言えば、それは江夏しかありえませんからね」


 先日会った時にも思ったがこの甘寧と言う男、賊にありがちな武勇一辺倒の者ではないな。


 魯粛は淀みなく応える甘寧に、そう思う。


 孫権の元に降った川賊組の陳武や凌操は、まさにそう言う武勇一辺倒ではない将軍としての資質を十分に持ち合わせていたが、それはむしろ少数派であり、川賊の多くは蒋欽の様に血気盛んで何よりも自分の武勇に頼り切る傾向が強い。


 その為に孫権から書を嗜む様に注意される事となったのだが、この甘寧と言う男は陳武や凌操と比べても何ら劣るところは無いどころか、長らく将軍位にある黄蓋や韓当らと比べても劣らぬ知識を持ち合わせているように見える。


「確かにその通り。その時、お主に討たれた者の息子じゃよ」


「なるほど、親の仇と言うワケですか」


 その事が分かっても、甘寧は薄く笑っている。


「何を笑っている」


 凌統は声を絞り出して、甘寧に向かって言う。


「いや、そちらも武将であると言うのであれば分かっているでしょう。一度戦場に立てば、我らは武勇を示し武功を立てて主に尽くすもの。それはつまり、戦場で敵を倒すと言う事。その敵はほぼ総てが誰かの父親であり、誰かの息子であり、兄弟従兄弟友人であるはずだ。これまでに立てた武功の事を考えれば、こうやって誰かの仇として恨まれる事など日常茶飯事。いちいちそれに反応するほどの事は無いのはお互い様ではないかな?」


 その言葉に、凌統は鬼の形相で切りかかろうとしたが、魯粛に止められた。


「なるほど、その言い分には一理あるとワシも思う。まっこと因果なものじゃよ。お主さえいなければワシらは江夏を降し、黄祖を切り、その息子や一族からは恨まれる事になったじゃろう。確かに一々気にしてられんわな。じゃが、勝ち戦を負け戦にされた上に親の仇ともなれば恨まずにはいられんじゃろう?」


 魯粛の言葉に、甘寧はふと気付いた。


「……凌統? あの時の武将、凌操の息子か」


「ほう、討った武将の名を知っておったか」


「あの戦での大きな武勲は、前線で指揮を取りこちらの動きを封殺していた凌操と、最期まで主を守り通そうとした徐琨じょこんの二人。それで親の仇となれば、それは凌操の事でしょう」


「ご名答」


「それで? 孫権殿はまだ私を旗下に加えるつもりはあるのですか? まさか謝罪しろとでも言うつもりではないでしょうな?」


「ほう、謝罪するつもりは無しか」


 魯粛は凌統を抑えながら尋ねるが、甘寧は鼻で笑う。


「他者から強要された謝罪に何の意味があると言うのですか? 私が心から悔いている、あるいは恥じているのであれば当然誰に言われるまでもなく謝罪していますが、私はあの時の行動に戦術的にも軍略的にも恥じても悔いてもいません。それで上辺だけで謝罪しては、凌操将軍に対してすら非礼ではありませんか?」


「はっはっは、武人じゃのう。その辺の事は人それぞれあるじゃろうから正解かどうかは、ワシにもわからん。じゃが、ワシは嫌いではないぞ」


 魯粛は笑いながら言う。


 一方の凌統も、感情の上では何も変わってはいないものの一級と称するに足る武将である。


 事が戦術軍略の話になれば、その是非は感情ではない部分で判断される。


 状況を自身に置き換え、関わる名前を総て排除して戦術面だけに注目した場合、もし凌統があの時の甘寧と同じ立場であったとしたら、敵軍の指揮官を討つと言う戦術に出ていただろう。


 勝ち戦の中で軍中に弛緩する空気が漂う中、一切油断する事なく敵の動向に目を光らせて軍の指揮を取る武将がいたのであれば、間違いなく狙って討ち取る事だろう。


 それでなければ勝目は無いし、討ち取る事ができればそう簡単に立て直しが出来ず、戦線は一気に瓦解する。


 それはまさに甘寧が行った事、そのものなのである。


 それを見抜いた戦術眼と、それを実行出来る破格の武勇。


 それを備えた武将が、甘寧であると凌統も理解したのだろう。


 凌統は大きく息をつくと、手をかけていた剣から、ゆっくりと手を離した。


「言うまでもなく、我が主孫権はお主を武将として迎えるつもりはある。それ故にわざわざ早い段階で親の仇と面通しさせておるのじゃ」


「過分な心遣い、恐れ入ります」


「いや、心遣いとはちと違うんじゃ」


 嫌味を含んだ甘寧の言葉だったが、魯粛はさらに歪んだ笑顔で言う。


「今後の孫権軍にとって柱となり得る二人が、仇同士で憎みあっていては使い物にならんからの。それを解消させる妙案がワシにあるのじゃが、その説明の為にも二人には早く顔を合わせてもらう必要があったのじゃ」


「妙案、だと?」


 甘寧ではなく凌統が、魯粛に尋ねる。


「うむ、甘寧よ。お主、この凌統の元で戦うがよい」


「はぁ? ふざけてるのか!」


 凌統が魯粛の胸ぐらを掴んで怒鳴る。


「待て待て、慌てるでない。人の話は最後まで聞くものじゃぞ? お主にとっても納得出来るはずじゃ」


「聞きたいところですね。正直に言わせてもらえば、私は人に使われる事があまり好きではないので」


 甘寧は興味有りそうだった。


「ワシは公績の事も認めておるのじゃ。その上での提案なのじゃが、甘寧よ。お主、我が軍に加わるとなれば、さっそく江夏の黄祖との戦いになるが、そこは問題無いかの?」


「まったくもって。必要なら私の知る情報を総て差し出しましょう。もっとも、そちらの知る情報以上のモノがあるとは思えませんが」


「情報提供は有難いが、少なくとも黄祖軍との戦いにおいてお主が手を抜くと言う事はあるまいな?」


「有り得ません。それは断言しておきましょう」


「うむ、その言葉が聞きたかった。公績よ、お主の目から見てこの男の働きぶりが気に入らなかったら、遠慮せずに切り捨てるが良い」


「……は?」


 切られる側の甘寧ではなく、切る事の許しを得た凌統の方が不思議そうに魯粛を見る。


「何じゃ? 公績、オヤジ殿の仇を討ちたかったのでは無かったのか?」


「いや、それはそうなんだが、それはどうなんだ?」


「軍律と言うヤツじゃな」


「いや、違うだろ?」


「はっはっは! なるほど、面白い手だ」


 甘寧は手を打って笑う。


「私は構いませんよ。父親である孫堅は虎と例えられ、先主孫策は小覇王とまで恐れられた。そんな軍の武将に実力を見せつけるのは、私にとっても悪く無い。聞けば、あの太史慈もいるのだとか。是非比べていただきましょう」


「ほう、太史慈を比較対象と選んだか。随分と大きく出たのう。太史慈は相当名の通った武将じゃぞ?」


「知っていますよ。かつて単騎で敵軍の囲みを破って主の窮地を救ったとか、孫策との一騎打ちでも互角であったとか。新参の川賊であれば、そこと比べて劣らないと言うくらいの評価でなければ一軍を与えられる事は無いでしょうから」


「だ、そうじゃ。公績、この男の実力、その目で見てみたくはないか? オヤジ殿、凌操将軍を討ったのは実力なのかマグレなのかを」


「……良いだろう。そちらも構わないのだな?」


「もちろん」


 甘寧は驚く程簡単に答える。


「では一つ、私の評価を高める為にも知っている情報を二つ売るとしましょうか」


「うむ、是非頼む」


 甘寧の言葉に、魯粛は頷く。


「荊州劉表軍の武将など、取るに足らない有象無象ですが、一人だけ、蘇飛だけは本物の武を知る武将。黄祖などどこにでもいる程度の武将なのに、劉表軍でこの孫権軍と戦えるのは蘇飛と言う武の柱あっての事。凌操将軍を討ったのは私ですが、もう一つの将軍首であった徐琨の首を取ったのは蘇飛である事は知っておくべきでしょう」


「うむ、先の黄祖との戦いの時にあれだけ深くハメたと言うのに打ち損じたのは、蘇飛が援護に来たせいじゃからのう。間違いなく有能な武将じゃ」


「なるほど、知っていましたか。では劉表軍の強さの秘密を教えておきましょう」


「秘密?」


 魯粛だけでなく、凌統すら甘寧の言葉に聞き入っていた。


「孫権軍と劉表軍、どちらが強いかと言う話なのですが、はっきり言うと孫権軍の方が圧倒的に強いでしょう。が、劉表軍と戦った時には何故か互角か、それより悪い事が多いはず。なぜか分かりますか?」


「うむ、ワシは分かる気がするが、公績はどうじゃ?」


「装備の差、ですか?」


「それもある。が、それより練度の差じゃろう?」


「ご名答。さすがは参謀殿」


 甘寧はそう言うと続ける。


 孫権軍は兵も勇猛で、川賊出身者なども多い為に高い戦闘能力を持つ。


 一方の劉表軍は生真面目な気質であるものの、川賊などの様に実戦経験が多い訳でもなく、むしろほとんど実戦経験が無いに等しい。


 そこに長所と短所がある。


 孫権軍の兵はそれぞれに勇猛ではあるが、それだけに我が強い事もあって集団演習となると足並みを揃える事から非常に困難であるのに対し、生真面目な劉表軍の兵士は個々の戦闘能力は非常に低いものの集団行動となると高い一体感を出してくる。


 つまり、一対一、十対十、百対百くらいまでは孫権軍の圧勝なのだが、その数が千対千、万対万となってくると途端に勇猛なはずの孫権軍が弱小なはずの劉表軍に押されていくのである。


「それはすなわち、ワシらの弱点でもある、と言うわけじゃな」


「短所を補うか、長所を伸ばすかはそれぞれに向き不向きがあるでしょう。私を旗下に加えると言うのであれば、おそらくは後者であるべきでしょう」


 甘寧の言葉に、魯粛も大きく頷いた。


 孫策もそのつもりだったからこそ、能力が高く個の強い人材を集め、それらを孫権に使わせて活かそうとしていた。


 孫権の代になったからと言って、その方針は何ら変わっていない。


「公績、よく甘寧を見ておくのじゃぞ」


 そう言う魯粛だったが、彼自身が予想していなかった事が起きた。


 山越対策として周瑜が派遣された事もあって、黄祖との戦いは自分の出番と思っていたのだが、それは程普に任され魯粛は外されたのである。


 と言っても、魯粛が閑職に回されたと言う訳ではない。


 長らく曹操の元に留まっていた張紘が帰ってくると言う事なので、歓待を任されたのであった。

完全創作です。


甘寧が孫権軍に入った時に、魯粛や凌統を交えてこんな会話はしてません。

ただ、甘寧と言う人は相当変わったところが多く、やたらめったらに強いだけの武将とは思えない妙なエピソードをいくつか抱えている人です。

例えば天下三分の計。

孔明先生の計として有名ですが、同時期に魯粛や甘寧も考えていたところなど、孔明先生や魯粛並みの戦略を川賊が練っていたと言う事になります。

また、意外と書を嗜む趣味もあったと言うので、ただの暴れん坊ではないみたいです。

が、なんとなく部下を殺したり、酒癖が悪かったりと素行の悪さを治せるほどの教養では無かったみたいでもあります。


ちなみに凌統との関係ですが、演義ではこれからかなり後に和解してるんですが、正史では和解したとか一生恨み続けたとかあるみたいで、真偽は不明です。

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新お疲れ様です。 黄祖の運命も極まった。 劉表か蔡瑁が兎耳を早く江夏に追放しておけば、江夏の球場ではノーサイドの打ち合いになっていたな。 手に汗握るルーズベルトゲームかな
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