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新説 魯粛子敬伝 異伝  作者: 元精肉鮮魚店
第二章 血と炎で赤く

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第六話 甘寧に会う

 錦帆賊の根城は思いのほか近く、合肥近辺の川沿いにあった。


「……気に入らんのう」


「何がです? 俺も錦帆賊の根城に来るのは初めてですが、荒くれとして名を馳せた割には綺麗なところじゃないですか」


「そう、まさにそこが気に入らんのじゃ。暴れるしか能のない賊じゃと思っておったが、これは案外お主と同じく、武将としての資質も悪く無いのかもしれん。じゃとすると、油断ならんのう」


「今からでも帰って良いですか?」


 眉を寄せる陳武に対し、魯粛はガシッっと肩を組む。


「死ぬ時は一緒にと誓い合った仲じゃろうが」


「俺の記憶には無いですね。帰って良いでしょう?」


「よっしゃ、乗り込むぞ」


 嫌がる陳武を引きずる様に、魯粛は錦帆賊の本拠地と思われる小城に入っていく。


 小城、と言っても廃墟だった城に集まって暮らす集落の様なモノで、最低限程度の城壁の名残があるくらいなので城と呼んでいいのかも疑問なところもある。


 しかし、蒋欽や陳武らの時よりは備えがある様にも見える。


 また、魯粛が先に感じた通り、その武で川賊として名を上げ、他の川賊達からも恐れられたにしては荒れた様子も少ないのが気になった。


 錦帆賊の者達にはすでに魯粛が訪ねる事は伝えていたので、魯粛達の案内を務める者達がやって来る。


 この者達にも、魯粛は違和感を覚えた。


 妙に線の細い色白の男達で、見るからに兵士には向かないのが分かる。


 おそらく水夫としても、その能力が高いと言う訳では無さそうだった。


 何じゃ? コレが陳武や蒋欽が最強と認めた錦帆賊なのか?


 住民のほとんどが錦帆賊と言う事もあって、無骨な者達が多いのも頷けるのだが一定の割合で妙に線の細い者が紛れている。


 ただ細いと言うだけでなく健康上の問題もありそうで、妙な悲壮感を身にまとった者達。


 貧しい家に生まれた者が売られたかの様な、陰を背負った雰囲気は川賊に似つかわしくなかった為に、魯粛は気になっていた。


 とは言え、もちろんそんな連中の数は少なく、ほとんどの者が屈強な男達であり見るからに戦闘に長けた者である事が分かる方が多い。


「では、剣をお預かりします」


「断る」


 細い男がそう言って来たが、陳武は即答する。


「ほう、使者として来ておいて武器を手放さないつもりか? 孫権の使者は礼儀を知らぬ者とされるぞ?」


 甘寧の側近なのか、厳つい男がその見た目とは裏腹に真っ当にこちらの弱みを突いてくる。


 こういうところは、劉表のところで鍛えられたのか?


「うははははは! 気にするな! わずか二人に恐れをなしたと言うのであれば、錦帆賊の名が泣くわい。のう、そうじゃろう?」


 魯粛は豪快に笑い飛ばす。


 文官気質な者には通用しない理屈ではあるが、腕に自信のある荒くれ者には非常に効果的である。


 陳武にしても魯粛にしても実力は十分過ぎるのだが、それでもわずか二人である事に違いはない。


 メンツを重んじる者達にとって、わずか二人に恐れをなしたと思われるのは心外極まりない事だ。


 その側近と思われる男もそう考えたらしく、自分たちも帯剣したまま魯粛達にも帯剣を許して甘寧のところまで案内する事にした様だった。


「しばしここで待たれよ」


 態度は冷たいが、それでも側近の男は魯粛達を甘寧の私室まで案内する事は放棄しなかった。


「うむ、ご苦労じゃの」


 魯粛は笑いながら言うが、男は舌打ちしそうな表情を浮かべて離れていく。


 甘寧の私室と言ってもここは来客に備えた場所である為、少し広めの部屋に卓が幾つかある程度の場所だった。


「対して面白味の無い所に押し込めてくれたモノですね。錦帆賊は客のもてなしを知らないらしい」


「まぁ、望まれておらんのじゃろうの。こちらからどう思われても構わんと言う意思表示じゃな」


 陳武も本気で不満と言う訳では無さそうな口調だったので、魯粛も軽く答える。


 それより気になったのが、卓の上に無造作に置かれた地図だった。


 何故川賊が地図を?


 それくらいの興味で魯粛は地図を見たが、その地図の意味するところに気付いた時、魯粛は血の気が引くのを感じた。


 まさか、川賊風情が……。いや、しかし、この地図を見る限りでは、ソレとしか……。


「せめて酒でもあれば……、どうかしましたか?」


 陳武は軽口を叩いていたつもりだったが、魯粛の雰囲気が変わっている事に気付いた。


 一方の魯粛は、地図を睨みながら陳武の言葉に答える事も出来ずにいた。


 もしコレがソレであるならば、甘寧と言う男、ワシが思う以上に危険な男なのかも知れん。


「お待たせして済まない」


 そう言って現れた甘寧もまた、魯粛が抱いていた印象とは違った人物だった。


 いかにも猛将と言う姿で色々と吊り上がっている様な外見だと思っていたのだが、その場に現れたのは細身に見えるほどよく絞れている、日に焼けた肌が健康的な印象を与える爽やかさすら感じさせる人物だった。


「お主が甘寧か?」


「それを聞く貴方が、孫権殿の使者としてやって来た『魯家の狂児』と呼ばれていた魯粛殿ですね」


 甘寧は笑顔で答える。


「そちらの陳武とは久しぶりですかな」


「まだ生きていたのだな」


 甘寧は爽やかに笑顔で言うのだが、陳武は赤い目を向けて険しい表情で答える。


 凌統ほどではないにしても、陳武や蒋欽にとっても甘寧は今でも敵であるらしい。


「それで、孫権殿の使者がこんな卑しい川賊に何か御用で?」


「この地図はお主のモノか?」


「ええ、さして珍しいモノでは無いでしょう? 富豪の魯家の方が興味を持つ様なモノでは……」


「天下三分の計」


 魯粛の言葉に、甘寧は明らかに表情を変える。


「誰に聞いた?」


「ソレは一介の武将の手には余るじゃろう?」


「一介の軍師モドキには手に負えるのですかな?」


「手に負える主がおるからのう。甘寧よ、この大それた軍略、劉表には話したのか?」


「答える義務があるとは思えないですが?」


 甘寧はやって来た時の爽やかさの仮面を脱ぎ捨て、冷たく暗く残忍さを感じさせる表情で魯粛に尋ねる。


「獣の臭いじゃのう。その様子では劉表には話しておらんな。いや、話すまで近くに行けなんだか。ふむ、黄祖如きで扱える様なモノではないのぅ。お主は一介の武将に留まる器ではない。大将の器じゃが、それだけに危険極まりない存在の様じゃ」


「それは高く評価していただいていると言う事で良いのでしょうか?」


「うむ、ワシの評価としては最上級じゃ。もし連れて帰れぬ時には貴様を殺して、ここは焼き払わねばならんほどに高く評価しておるぞ」


「盛り上がっているところ悪いのですが」


 臨戦態勢の魯粛と甘寧の間に入る様に、陳武が声をかける。


「天下三分の計とは? 聞き覚えの無い言葉なのですが?」


 陳武は不思議そうに尋ねる。


「……説明して差し上げてはどうですか? 軍師殿?」


 甘寧は大きく息をついて、魯粛に促す。


「ふむ、まさかワシと同じ事を考える者がおるとは思わなかったのじゃが、天下三分の計と言うのは、その名の通り天下を三分すると言う計略じゃよ」


「天下を三分? 何を馬鹿な事を」


「まぁ、普通はそう考えるじゃろうの。じゃが、この天下は始皇帝が統一し、漢の高祖がそれを引き継いだとは言えそれ以前にはいくつもの国があったのじゃ。漢は合わせて四百年。その腐敗は続き、天下は乱れに乱れておる。これは一人の皇帝では天下は広すぎると言う事では無いかのう?」


 魯粛の言葉に、陳武は眉を寄せるが口を挟まず黙って聞いている。


「ワシは董卓を倒した後、北を袁紹が、南を袁術が治める二袁天朝が来ると思っておったのじゃが、二人共とてもその器では無かったから破綻してしもうた。その後、伯符と公瑾の夢見た天下二分も悪く無いと思ったのじゃが、アレは伯符と公瑾と言う二人の天才と、北方の不安定かつ決断の遅い袁紹が主導権を握ってこそじゃからのう。現実的に三分と言うところに落ち着くと言う訳じゃ」


「随分と打算と妥協に満ちた天下の大計ですな」


 陳武はそう言うと、甘寧の方を見る。


「それで、その三分、どういうつもりだったんだ?」


「無論、反乱でごたついている孫権を討ち滅ぼし、帝室の流れを組む劉表を南の主に、地に守られ攻め入る事を許さない劉璋りゅうしょうを西の王に、北方は袁家を降した曹操の三分だったのですが、劉表の腰が思いのほか重く、荊州と言う地盤を持っていながらそれで満足する程度の小物。天下を担う器では無かった。それで、孫権はどうなのです? 孫策には覇王と称される覇気があったのは事実。では、その後を継いだ孫権はいかに? 継いだ直後に六郡の内五郡から背かれる主に覇気があると?」


「ある。無ければ伯符は仲謀に継がせておらんわい」


 甘寧は嫌味を込めて言っていたが、魯粛は即答する。


「故に五郡の反乱は鎮圧し、以前より強固な地盤となったわ。それこそ、劉表などものの数にもならんほどにのう。まずは江夏の黄祖じゃ。貴様も力を貸せい」


 魯粛の言葉に、甘寧は即答を避けて考え込む。


「先の脅し文句に屈する訳ではないのですが、こちらから積極的に敵対するつもりはありません。が、敗れ去る者の側につくつもりもありません。まずは天下を三分するに耐えうるだけの実力を示して欲しいものです。そうすれば、こちらからそちらへ降りましょう」


「……今はそれでよしとするしか無い様じゃのう」


 魯粛があっさり引き下がるのを、陳武は不思議そうに見る。


「良いのですか? 先ほどあんなに大口叩いていたのに。恥ずかしくないので?」


「やかましいわ。余計にこじらせても良い事は無いからのぅ。引き時も肝心じゃぞ」


「物は言いようですな」


「それも軍師の役割の一つじゃ」


 とは言え、敵対するつもりはないと宣言した甘寧は、一応の宴の準備は整えていた。


「大丈夫でしょうか」


「まぁ、ここは問題ないじゃろう。ここでワシらをどうこうしたところで、こやつらに失うモノはあっても得られるモノは無いからのぅ。利に敏感なのはワシら商人だけではあるまい?」


 この時は魯粛自身に危害を加えるつもりはないと確信もあったので気楽なものだったのだが、いざ宴会が始まるとその異様さに魯粛さえ眉をひそめる事になった。


 何しろ参加者のほとんどが帯剣しているだけでなく、甘寧以外の錦帆賊の者達は甲冑まで着込んでいる者達さえいたほどだ。


 その者達は錦帆賊の特徴である鈴を身につけている事もあって鈴の音を鳴らしているが、少ない割合の細い者達は甲冑などを身につけず、鈴も持たされていない。


 甘寧に会う時にはあれだけ渋っていた帯剣も、宴会の際には必要ないと思われるにも関わらず、ここでは何も言ってこなかった。


「……本当にこちらには危害が無いのでしょうか? 随分と物騒な宴会ですが」


「川賊仕様ではないのか?」


「少なくともウチではこんな宴会は行いませんでしたね。妙な緊張感もありますし」


「うむ、何事じゃろうの」


 宴が続くにつれて酒量と緊張感が増していくのはどうにも馴染めないが、それでもこの先に何があるのかは気になって魯粛は席を立つ事はしなかった。


 宴もたけなわになった頃、その事件は起きた。


「楽しんでおられるか、魯粛殿」


「うむ、それなりにの」


「それは良かった」


 妙に目が据わった甘寧が魯粛に絡んでくる。


「聞けば魯粛殿は相当な武芸者でもあるとか。是非手合わせ願いたい」


「それは以前の話。今は軍師として刀槍より筆を持つ事が多い故、その腕も鈍り錆付き、とても手合わせに耐えられるものではありますまい」


 魯粛は謙遜して言うが、その実力たるや今なお孫権軍屈指の実力者であり、魯粛と戦って互角に戦える者はいても確実に勝てると言う武将は誰一人としていないほどである。


 甘寧は特に粘らず、笑いながら魯粛の前から離れる。


 次の瞬間、凄まじい金属音が響いた。


 甘寧が振り向き様に剣を抜いて魯粛に斬りかかったのを、魯粛は自身の剣を抜いて甘寧の剣を逆にへし折ったのである。


 その一瞬のやり取りは当人達にしかわからず、近くに控えていた陳武ですら目で追う事が出来なかったほどの早業だった。


「ほう、これは凄い! 寸止めにするつもりだったが、逆にこちらが切られるところだった!」


「安物の剣じゃな。もう少し上等なモノを使った方が良い。武器の質は大事じゃぞ」


「魯家で探してもらおうか」


 甘寧は笑いながら席を外した。


 後から聞いた話では、甘寧の宴では殆どの場合においてこの様な刃傷沙汰になるらしい。


 錦帆賊の中にいる、とても戦力になりそうにない細い者達はそんな甘寧に対する肉の壁として控えているらしい。


 正気の沙汰とは思えない事ではあるのだが、気前の良い甘寧はそこで切り殺された者に対する補償は素晴らしく手厚いと言う事もあって、兵士として命を落とすより甘寧に切られる方を望む者も少なくないと言う。


「これは、想像以上に扱いづらい人物じゃのう。これじゃ劉表から追い払われるわけじゃ」


 魯粛は苦笑いして、色々と教えてくれた若い錦帆賊の少年を見る。


「お主、いっそこのままワシと共に孫権軍に来ぬか? 優遇するぞ?」


「いずれお頭もそちらに伺う事でしょう。その時にお願いします」


「と言う訳じゃ、陳武。お主、面倒見てやるが良い」


「ご自身でどうぞ。俺は俺の一家で十分ですので」


 特にこの少年に対して思うところがあると言う訳ではなく、陳武は単純に魯粛の言う事に素直に従うつもりが無いらしい。


「小僧、名を何と言う?」


谷利こくりと申します」


「ワシは気に入ったぞ、谷利とやら。我らの元に降るまで、甘寧に切られるでないぞ?」


 魯粛と陳武は、甘寧を連れて戻る事には失敗したものの、無事に孫権の元へ戻る事は出来た。

甘寧興覇と言う危険人物


おそらく孫権軍最強の武将は誰かと言う質問で、真っ先に名前が上がるのが甘寧だと思われますが、この人ってば三国志屈指の扱いにくさの武将です。

劉表や黄祖が扱いきれなかった事でその人達がダメと思われがちですが、明らかにこの人の方に問題があります。


作中でもちょこっと触れてますが、飲み会大好きなのにその都度死人が出るし、場合によっては寝てるところを起こしたら切り殺されたとか、通常の素行の悪さを通り越えたレベルのヤバさです。


が、気前の良さもあって兵からの人気はあったのは事実で、魯粛や孔明先生と同じく天下三分の計を考えるくらいの軍略に通じたところもあり、超一級武将だった事も間違いありません。


ただ、この物語では配下に谷利が登場しますが、これはこの物語のみの創作設定です。

谷利が演義でも正史でもチョイ役ですし、この物語でもスペシャルゲスト扱いになります。

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[一言] 魯粛スカウト、編成本部長。 ドラフト指名はできますが、甘寧を口説けるか? 裏金はできません。 ただ、環境が悪い。 同じポジションの選手が多いのがネック。
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