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新説 魯粛子敬伝 異伝  作者: 元精肉鮮魚店
第二章 血と炎で赤く
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第二話 反乱鎮圧に向けて

 孫権はすぐに反乱鎮圧の命令を下すが、程普を参謀として自ら兵を率いて反乱の鎮圧を宣言した。


 その中で一部、意外な人事もあった。


 反乱を起こした廬江は、元袁術軍の配下であった陳蘭が合流している事もあって、かなりの勢力になっているのだがここの攻略を任されたのが張昭だったのである。


「……儂が?」


「そうだ、子布。お前が廬江鎮圧の総大将だ。しかし、手に余ると言うのであれば、鎮圧まではしなくとも良い。その場合であっても、廬江勢力の足止めは行ってもらう。率いる武将は子布が指名する事を許そう。ただし、公瑾は除外せよ。公瑾には国外の事に目を向けてもらわねばならんからな」


 自ら参謀を名乗り出ようとしていた周瑜だったが、孫権に先手を打たれてしまった為に口を閉ざす。


「旗下の者は儂が自由に選んでも良いとの事でしたな」


「うむ、誰が良い?」


「では、副将として魯粛を希望する」


「……ワシが?」


「うむ、それと配下には凌統、蒋欽、呂蒙を」


 張昭の希望は誰の目にも、意外なものだった。


 見た目はともかく張昭は文官であり、戦略や戦術の知識はあったとしても専門家ではない。


 それだけに黄蓋や韓当といった歴戦の武将や、陳武や董襲、太史慈などの経験のある者達を選ぶと思っていたのだが、張昭が選んだのは将来有望な若手達だった。


「良いだろう。子布、頼んだぞ」


「御意」




 この人事は後日武将達にも伝えられたが、張昭の指名した三人の不満は大きなものだった。


「子敬ならまだ分かるが、張昭と言うのは文官だろう? それが戦の指揮を取るだと? 冗談にも程がある!」


 出陣を前に集められたところで、呂蒙ははっきりと不満を口にしていた。


「文官などという青瓢箪に何が出来る。いざ戦が始まったら、俺らの自由にさせてもらうさ」


 蒋欽も鼻で笑って言う。


「副将には子敬がいるんだろ? だったら総大将なんて誰でも構いはしないさ」


 凌統は他の二人ほどではないにしても、それでも積極的に協力しようと言う姿勢ではなかった。


「整列! 総大将からの訓話である!」


 壇上に副将を任じられた魯粛が上がると、よく通る声で宣言する。


 三人共、所詮は文官と侮っていたのだが、壇上に上がってきた人物に目を疑った。


 確かに服装は文官のソレだが、決して小柄とは言えない魯粛より頭一つは軽く高い身長と、体格も悪く無いはずの魯粛の二回りは大きな筋骨隆々の体躯は、凶相の猛将太史慈と並んだところで何ら遜色のない迫力である。


「総大将の張昭である」


 体格に劣らぬ重厚な声は、下手すればそれだけで威圧する事が出来そうである。


 少なくとも壇上の文官は、今この場に集まった者達の中でも群を抜いた武将としての資質を見せつける人物でもあった。


「張昭って、おい、阿蒙、お前、鄧当将軍から何か聞いた事無かったのか? 鄧当将軍は確か張昭先生から推挙されたとか言ってたよな?」


 凌統が小声で呂蒙に尋ねる。


「立派な先生としか聞いてない」


「確かに見た目にはちょっと違う意味で立派だよな」


 呂蒙の言葉に蒋欽が小さく頷く。


「公績こそ、親父殿の付き添いとかで見た事無かったのかよ」


「見た事はあったけど、アレが文官とか思わないだろ?」


 凌統の言葉に、二人共頷く。


「儂は見ての通り文官であり、戦は専門外故にいざ戦が始まれば貴将らに託す部分は非常に大きくなると思う。何卒、力を貸して欲しい」


 張昭がそう言った後、魯粛の指示で壇上に甲冑を纏ったカカシが運び込まれた。


「儂は刀槍の心得が無く、馬術も弓も不得手である。故に軍令を破った者への罰則と言えど、切って捨てると言う訳にもいかん。故に」


 張昭は無造作にカカシに向かって拳を突き出す。


 その直後、周囲に響く爆発音の如き轟音と、原型を止めないほどにいびつに歪んで吹っ飛んでいくカカシに、全員が度肝を抜かれた。


「殴る。皆、そのつもりで」


 この訓話によって、全員が同じ事を考えていた。


 これなら切られる方がマシじゃないか、と。


 そして、この時から孫権軍では張昭を文官と侮る者はいなくなったのである。




 が、それはあくまでも孫権軍の話であって、蘆江の反乱軍にまで届いていると言う訳ではない。


 反乱軍がそれぞれに連携を取っている訳ではなく、各々が独自に孫権に反旗を翻したと言う事もあって自分たちこそが反乱軍で最大勢力であると言う自負が強い。


 蘆江の反乱軍は元袁術軍からの流れ者を受け入れている事もあって、その自負が他より強い。


 それは他の勢力より孫権軍を侮っていると言う事でもある。


「相手は孫権ではなく、文官と若僧だと? この李術りじゅつ、舐められたものだ」


 劉勲討伐の後に孫策から蘆江を任されたのは、元劉勲の配下であった李術と言う者だった。


 彼自身は孫策に心酔し、孫策に対しては絶対の忠誠を誓った事もある。


 それだけに彼を失った喪失感が大きく、その弟である孫権を侮って反旗を翻したのである。


「なれば、誰を敵に回したかを教えるべきでしょうな」


 李術にそう言ったのは、元袁術軍の武将であった陳蘭である。


 彼の手引きがあったからこそ、劉勲は袁術軍残党を襲って財宝を奪う事に成功したと言う事もあって、劉勲からも一目置かれていた。


「孫権と言えば、最近江夏攻めでほぼ勝ちを手中に収めておきながら惨敗したほどの戦下手。まともに戦も知らない小僧故に、人事も雑なのでしょうな」


 陳蘭は笑いながら言う。


「それに我々には曹操の後ろ盾もある。孫権程度の小僧、何を恐れる必要がありましょうか。なあ、雷薄らいはくよ」


「今の俺は雷緒らいしょだ」


 陳蘭に呼ばれた男が、ムッとして言い返す。


 この男、雷緒については陳蘭も扱いかねていた。


 元々は雷薄と言う陳蘭と同僚であったのだが、ある時から時々自分の事を雷緒だと名乗る事が出てきた。


 雷薄は袁術の傘下に加わる前は山賊でありながら知勇兼備で侠気溢れる男であったが、雷緒は粗暴でありながら戦場では剛勇を誇る男だった。


 同一人物でありながら、まったく別人というべき人物と言うなんとも扱いづらい人物である。


 しかし、袁術を見限って劉勲に協力してからは雷薄ではなく雷緒である事が多く、これから戦になると言う場合では雷薄より雷緒の方が使い勝手のいいところはある、


「若輩弱小の主と、何を思ったのか戦にまでしゃしゃり出てきた文官、戦の事もまともに知らない若僧の軍など、ものの数ではない。しかし、曹操に我が意を示すには実績は必要だろう。その後、侮られない為にも」


 李術の言葉に、陳蘭も雷緒も乗り気であった。


 彼らは袁術軍と言っても、軍備拡張に着手する上でその数の多かった賊を吸収していた時期に吸収された事もあって、名門氏族の様に十分な教養を備えていると言う訳ではない。


 彼らは戦が、とりわけ弱者をいたぶる勝ち戦、略奪が好きなのだ。




「呂蒙、蒋欽、なんだ、この報告書は」


 行軍の中で、呂蒙と蒋欽は頻繁に張昭に呼び出された。


「何か間違ってたッスか? 俺は腐れ儒者じゃないもんで、書は専門外なんスよ」


 蒋欽はまったく悪びれる事なく、また張昭を恐れる風もなく言い放つ。


 と言うのも、張昭はまだ座ったままであり、呼び出された呂蒙や蒋欽は武装している事などもあって、恐怖に震える段階ではないと思っているのである。


 単純な戦術判断としては、必ずしも間違ってはいない。


「なるほど、確かに専門外ではあるかもしれんな。子敬、この者ども、本当に将軍に向いていると言うつもりか? 良いところ兵長止まり、いや、伍長でも荷が重いかも知れんと思うのだが?」


「はっはっは、確かにのぅ。ワシの目も節穴じゃったわぃ」


 これまではどちらかといえば張昭とやり合っているのは呂蒙たちより魯粛の方が多かったのだが、いつの間にか和解したのかそんな事を言っている。


「待て、子敬。蒋欽はともかく、俺もか? 川賊の蒋欽と違って、俺は鄧当将軍から……」


「鄧当自身は優れた武将であったが、育てるのは不得手であったと見える。鄧当さえ生きておれば、お前らは伍長、いや兵卒からやり直させるものを」


「呂蒙が甘えて使い物にならないのはともかく、俺は自分で一家を構えてんだ。今更伍長どうこう言われる筋合いはねえよ」


 その受け答えで、呂蒙と蒋欽はにらみ合う。


「程度の低い争いじゃのう。少しは考えんか、何故お主らは呼ばれておるのに公績がおらん事に疑問を持て」


「あ、そうだ! 公績がいねえ!」


「よっしゃ、呼んでくるぜ!」


「呼ばんでいい。公績はすでに及第点じゃ」


「ああん? アイツも川賊だったじゃないか! 俺らと一緒だろ?」


「まるで違う。凌操はよく息子を育てておったらしいが、それだけではなく凌統もよく学んでおる。お主らでは足元にも及ばんだろう」


 張昭はそう言うと、呂蒙と蒋欽を見る。


「お前らは自分の武勇に相当な自信がある様だが、お前らの所有する兵だけで十万の兵を止める事が出来るか?」


「まぁ、何とかなる……かな?」


「何とかするしかないな」


「たわけ。お主らでは十万どころか五千も無理じゃ」


 何故か何とか出来そうに思っている呂蒙と蒋欽に、魯粛はさすがに呆れる。


「子敬、お主、今は何の書を持っている?」


「今は、公瑾が曹操に宛てた書の写しじゃな」


 魯粛はそう言うと、懐から一篇の書簡を出す。


「これは公瑾が曹操に宛てた書じゃが、指示は仲謀が出しておる。内容を要約すると、李術は裏切り者のたわけじゃから、助ける必要など無いと言う事じゃな」


「公瑾がそんな下品な文書を書くわけがないだろうが、まぁ理解しやすい様に要約するならそう言う事だな」


 張昭はそう言うと、呂蒙と蒋欽を見る。


「この書がどれほどの価値があるか、分かるか?」


「曹操の援軍を止めた、と言う事か」


 呂蒙の言葉に、魯粛は笑う。


「ま、半分じゃな」


「半分? それで十万の兵と止めたと言う話じゃないのか?」


 蒋欽も驚いて尋ねると、張昭は大きく頷く。


「何だ、思っていたほど悪い訳ではない、か。今日のところは良い。ただし、報告書の正しい書き方くらいは身に付ける事だ。出来なければ、次は殴るからそのつもりでいろ」


 そう言われて呂蒙と蒋欽は、何やら訳もわからないと言う表情で張昭の前から自分達の陣に帰っていく。


「どうじゃ? 筋は悪く無いじゃろう?」


「今のままでは使い物にならんがな。何か良いきっかけがあれば、化けるかも知れないのは認めよう。だが、李術は侮り難い敵だ。いつまでも余裕ではいられんぞ」


「はっ、あの程度、ものの数にもならんわい」


 魯粛は鼻で笑うが、張昭はため息をついて首を振る。


「お前の資質についても、儂は十分に疑問なのだがな」

雷薄と雷緒


同一人物説がある二人ですが、その正体は分かってません。

雷薄は間違い無く袁術軍の武将だったのですが、ある時突然その名前が出てこなくなります。

で、同じタイミングで名前が出てきたのが雷緒であった事から、この二人は同一人物だったのではないかと思われたみたいです。


まぁ、実際のところと同一人物だったのか、似た名前の別人だったのかはわかりませんが、大体の作品で別人として扱われてます。

と言うより、雷薄も雷緒もほとんどの三国志関連の作品に出てこないし、まったくもって重要な人物ではないので、扱いも雑です。


ただ、本作の様に二重人格だったと言う事は無いでしょう。

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