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新説 魯粛子敬伝 異伝  作者: 元精肉鮮魚店
第一章 雄飛の時を待つ
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第三十一話 一変

 劉勲の軍を吸収した事によって、孫策の軍は江東では追従を許さない最大勢力となったのだが、それでも次の目標を考えるとまったく軍備が足りていないと言う状況だった事もあり、魯粛は皖城に残って多忙を極めていた。


 もちろん一人では手が回らない事もあって、城主を黄蓋に丸投げした後に自身の補佐として呂範の他、虞翻も呼んでいたのだが、残る勢力である華歆かきんへの降伏を薦める使者に出す事になった。


「呂範殿、誰か人手を集めんとのう」


「顧雍に頼んでみるか。言っても地元の名士だろ? 十人くらい簡単に集められるんじゃないか?」


「まだ残っとるのか?」


「ああ、朱家の朱桓しゅかんだとか、張家の張温ちょうおんだとか、残り物としては豪勢な連中が残るには残っているが、伯符の評判がなぁ」


「小覇王じゃしのう」


 多忙ながら口の悪い二人は、愚痴りながらもやるべき仕事に追われていた。


 そんな中、とてつもない凶報が飛び込んできた。


 孫策が刺客に襲われたと言うのである。


「何をやっとるんじゃ、あやつは。黙って大人しく養生せいと伝えておけ」


 魯粛はそう言って使者を追い払おうとした。


 いつもならそれで済むところだが、今回の使者はそれで引き下がらなかった。


「張昭殿から大至急魯粛殿を呼んでくる様に言われているのです」


「子布の言う事なんざ」


 放っておけと魯粛は言いかけて、ふと妙な事に気付いた。


 いつもの事と言うのであれば、張昭の事だから血管がブチ切れんばかりに孫策に怒鳴り散らし、孫策が寝込むまで説教する事になるだろうが、人を呼ぶ事はしない。


 まして魯粛を大至急招集など有り得ない。


「公瑾は……」


 言いかけたところで、周瑜は軍備拡張の為の募兵に出ている事を思い出した。


 また、孫策の弟である孫権も、先の劉勲との戦いで援軍に現れたものの孫策によって大打撃を被る事になった劉表軍の武将、黄祖が守る江夏こうかに攻め込んでいるところである。


 今にして思えば、これも孫策らしからぬ判断ではあった。


 主力であった部隊には甚大な被害を与えている事もあり、孫権に箔をつける為にもそこは譲るともっともらしい事を言っていたが、あの時すでに孫策は江夏ではないどこかを見ていたのだろう。


「分かった。すぐに向かう」


 魯粛はそう言うと身支度もそこそこに、孫策の元へと向かった。




 一方の孫権も、江夏攻略の途中でその凶報を受け取っていた。


 劉表の荊州軍は兵力こそ十分過ぎるほど強大ではあるが、精強と称する事は出来そうにない程度の戦力である。


 水軍こそ十二分な練度と戦力を有している為に、水路を使った攻略が極めて難しい事もあって守りは非常に硬い。


 が、それは荊州北部の最大拠点である襄陽じょうように限った事であり、江夏の戦いは陸上戦である。


 川賊によって強化された孫策軍にとっても、陸上戦より水上戦の方に長けているのだが、少なくとも手負いの黄祖軍など相手にならないくらいに戦闘能力には差があった。


「兄上が? 何がどうしてそうなったんだ?」


 使者から凶報を伝えられ、孫権は首を傾げる。


「その事実を確認する為にも、主の元へ戻る必要があるでしょう」


 孫権の側近として共に従軍している朱治や、軍師役である程普も同じように頷くので、孫権もそれに従って全軍退却の命令を出す。


 先鋒軍を勤め、存分に黄祖軍を打ち破っていた凌操と凌統親子にとっては不満かもしれないと思っていたのだが、意外なくらいすんなりと凌操から了解の意を伝えて来た。


「凌操将軍は、黄祖軍の弱さはあるにしても、敵の罠かもしれないと警戒されていましたから」


 孫権の護衛の任を受けた周泰が、孫権に言う。


 元々周泰は魯粛の護衛だったのだが、江夏攻略の際に自分より孫権の護衛にと言われて、この戦いに参加する事になったのである。


「親父殿は子敬も兄上も認める武将だからな、最前線は心配いらないだろう。こちらはこちらで退却の準備を始めておこう」


 凌操は川賊とは思えないくらいに武将として優れた資質を持っていて、我の強い川賊の中では珍しく上には忠実で下には寛容。


 戦術眼に優れているが、それに固執することなく大局を見る戦略眼も持ち合わせている。


 今でこそ元川賊という肩書きであるが、数年もすると孫策軍の武将としての名声も高まってくる人物でもある。




 その最前線では、凌操の意向ほどすんなりとはいっていなかった。


 凌操自身は事情が事情なので撤退するのは当然と考えているのだが、率いているのが凌統や蒋欽、呂蒙と言った次世代の期待を背負う若手達と言う事もあって、目の前の勝利を手放したくないと言う気持ちが強いのである。


「将、外にありては……、何だっけ? 言う事聞かなくていいとか、そう言うヤツだろ?」


「雑な覚え方するな」


 呂蒙に対して、凌操は苦笑い気味に答える。


「それに理由も無く撤退の命令など有り得ない。何らかの理由で撤退しなければならなくなったのだ」


「でも、せっかく勝っているのに……」


 凌統も撤退には反対らしく、食い下がる。


「この程度の敵、いつでも勝てる。それに黄祖は孫権殿にとって父の仇であったはず。その敵より優先する事なんだ。ここは退くぞ」


 若手衆もようやく納得しようとしたその時、最前線でも取り返しのつかない大事件が起きた。


 敵の追撃部隊が見えて来た事もあって、凌操達は撤退を始めたのだが、先鋒隊の総指揮を取る凌操が閃光の如き一矢によって胸を貫かれたのである。


 あまりの現実味の無い一撃に、胸を貫かれた凌操本人ですら自分の身に何が起きたのが理解出来なかったほどだった。


 が、それを理解し納得するだけの時間を与えてくれる様な相手ではない。


 どこからともなく響いてくる、鈴の音。


 それは馬の蹄の音でもかき消される事無く、戦場に響く。


「錦帆賊……、甘寧かんねいか!」


 蒋欽が槍を手にするが、鈴の音を響かせる派手な雉飾りを身につけた武将は、統制を失った先鋒隊には目もくれずに、そのど真ん中を突き破る様に騎馬で駆け抜けていく。


「父上? 父上!」


 凌統は、崩れ落ちる凌操を抱き抱えて泣き叫ぶ。


「凌統! 泣いている場合じゃない! 俺達も急いで退くぞ! 今の奴らの狙いは本隊だ! 今本隊が瓦解しては、俺達はもちろん、孫策軍全体が傾きかねない!」


 呂蒙は、凌統に向かって叫ぶ。


「おのれ! 許さんぞ! 父の仇! 今すぐに追う!」


「よせ! 錦帆賊の甘寧は、そう簡単な相手じゃない! 今は退いて体勢を立て直すのが先決だ!」


 凌統が敵を追おうとするのを、蒋欽が止める。


「放せ! お前達から殺されたいか!」


「お前は甘寧を知らないんだ! 今の俺らに止められる程度の腕では、甘寧を討つどころかそこまでも届かないだろう。今は抑えて撤退するべきだ」


「うるさい! まずは貴様から血祭りだ!」


「それならそれで構わないが、凌操将軍の亡骸はどうするつもりだ? 俺達も全滅してその屍にまで恥辱を与えるのがお前の孝行の道か?」


「殿軍は俺が務める。蒋欽、任せたぞ」


「おう、お前もすぐに追ってこいよ!」


 呂蒙が自ら殿軍を名乗り出ると、蒋欽と凌統を逃がす。


 その後、呂蒙もかろうじて撤退する事には成功したが、先鋒隊が甚大な打撃を受けただけでなく、孫権の本隊も大損害を被り、周泰がその身を呈して孫権を守り、かなりの深手を負いながらも孫権を守り通した事によって撤退する事には成功した。


 しかし、ほぼ勝利していた状況から一転して全滅寸前まで反撃されて撤退を余儀なくされたのは、若い孫権の評判を大きく損ねる結果となった。




 魯粛が孫策の元にたどり着いた時、孫策の寝室からは楽しげな談笑が聞こえてきた。


「何じゃ、随分と楽しそうじゃのう」


 魯粛は安心して寝室に入っていったのだが、そこで言葉を失った。


 孫策を襲った刺客は実力でかなわない事は自覚していたのであろう。


 おそらくは毒によるモノだろうが、孫策の体の一部はドス黒く変色していた。


「おう、子敬か! ちょうど良かった、紹介する。徐州から逃げてきた諸葛瑾しょかつきん殿だ」


 一目見て助かりそうもない、死を待つだけの状態であるにも関わらず、孫策自身はまるでいつもと変わらない様に話している。


 その傍には、盲目の大喬も控えている。


 この際、目が見えない事は救いかもしれない。


 そして、紹介された面長の男には面識が無かった。


「初めまして、諸葛瑾と申します」


「うむ、ワシは魯粛じゃ」


「徐州から来たと言う事で、呂布将軍がいかにして敗れたのかを聞いていたところだ。まったく、世の中には上には上がいるものだな。あの呂布将軍に勝てる者がいるとは思わなかった」


 呼吸が浅く、早いのは明らかに異常なのだが、それでも孫策の覇気は失われていない。


「今後も顔を合わせる事になるだろうが、ちょっと子敬と内緒の話があるんだ。諸葛瑾と大喬は席を外してくれるか?」


「あら、私もですか? 私には隠し事の必要がないと思いますけど?」


「ああ、大喬には隠すつもりはないんだが、戦の話だから退屈かも知れない。ちょっと難しい話もするけど、聞いていくかい?」


「では、お二人でどうぞ。諸葛瑾様、少し手を貸してくださるかしら?」


「私で良ければ、喜んで」


 諸葛瑾はそう言うと、大喬の手を取って孫策と魯粛に会釈するとその場を離れていく。


「すぐそこに張昭先生もいるはずですから」


 大喬の明るい話し声が遠ざかっていくのを聞いて、孫策は大きく深呼吸する。


「伯符よ……」


「言うな。それより、子敬。お前に頼みたい事がある」


 魯粛が口を開くより先に、孫策が言う。


「ワシに出来る事であれば、なんでも応えようぞ」


「何、難しい事ではない」


 死に瀕しているのは見ただけで分かるのだが、それでも孫策は悪戯をやめるつもりは無いといった、悪そうな笑顔を浮かべていた。

諸事情により、内容を大幅に変更しています。


そんな訳で、甘寧初登場が随分と雑な扱いになってしまいました。

しかも登場したのにセリフも無いと来てますが、まぁ、そこは大目に見てください。


凌操をかなり高評価にしていますが、これも甘寧を引き上げる為でもあります。

が、凌操は実際のところ相当優秀な武将だったはずで、もし相手が甘寧でさえなければこの戦場で討ち取られる様な事は無かったかも知れません。

実際に孫策や孫権からはそこそこ高い評価をされていたみたいです。


また、甘寧だけでなく、朱桓や張温、諸葛瑾と言った面々も名前だけはちらっと出てきましたが、おそらく今後登場の機会があるはずなので、その時にでも。

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新お疲れ様です 甘寧、諸葛瑾、朱桓、張温。 呉の人材の中核を担う。 諸葛瑾はこれから胃に穴が開きまくる。 ストレスは魯粛と同じかそれ以上。 胃に負担をかける一族の弟に従兄弟に、荊州問題で…
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