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新説 魯粛子敬伝 異伝  作者: 元精肉鮮魚店
第一章 雄飛の時を待つ

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第二十四話 厳虎との戦い前に

 徐州へ張紘と周瑜を送り、袁術に借り受けた兵を返還するのと同時に、孫策達は厳虎の討伐の準備も進めていた。


 これまで戦った劉繇や王朗と比べると勢力は小さいが、前者と違って好戦的な人物でもある。


 とは言え、孫策は大勢力を吸収した事もあって勢力として厳虎より大きくなっているのだから、いかに好戦的な厳虎と言っても真っ向勝負では勝目が無い事は分かっているはずだった。


 また、朱治に敗れた許頁が身を寄せている事を考えても、何かしらの動きがあるはずだと言うのが程普、張昭、魯粛と言った参謀達共通の考えである。


「真正面からぶち壊してやれば良いんじゃないか?」


 孫策は面白く無さそうに提案する。


 好戦的と言うのであれば、おそらく厳虎以上であると思われる孫策なので、相手の出方待ちと言うのが性に合わないのだろう。


「伯符、お前さんは自分から動きたいのは分かるが、ただの暴れん坊というのはお前さんも望んでおらんじゃろう? ここは格の違いを見せてやろうぞ」


「格の違い、か。まぁ、ここは子敬の口車に乗せられてやろう」


 やはりおだてには弱いらしく、孫策は大きく頷く。


 そうは言っても周瑜がいないのだから、いつまでも孫策を大人しくさせていられるかは分からない。


 いかに勢力が拡大しているとは言え急激に膨張した孫策軍なので、軍の再編や本拠点となる曲阿の備えや人材の確保など参謀達や武将達にはやるべき事が多い。


 武官や文官に関わらず、この時点ではほぼ全員が孫策には大人しくしてもらっていたいと思っていた事だろう。


 その願いが叶ったと言う訳でも無いだろうが、孫策が痺れを切らすより先に厳虎からの使者が会稽へとやって来た。


 孫策軍の中で唯一暇を持て余している孫策は、もちらん使者を迎え入れた。


「呉郡の賊が何か用かな?」


 孫策はさっそく先手を取るかの様に挑発する。


「厳白虎の弟、厳輿げんよだ」


 しかし、使者としてやって来た厳輿はそれに対し気にもとめないと言った様に、尊大な態度で名乗る。


「漢に弓引く意志を持つ、若き覇王よ。我が大王が同盟し、江東を二分しようではないか」


「ほう、面白い事を言うな。この俺と江東を二分すると?」


 孫策は笑いながら、頷く。


「はっはっは、さすがは若き覇王よ。話が分かるではないか」


 厳輿が笑うと、孫策は軽く手を振る。


「面白い話ではあるが、俺に利点が無い提案だな。酒の肴としては面白い話であったが、同盟など笑い話としても面白味に欠ける寝言だ。降伏の間違いではないのか?」


 孫策は笑いながらだが、辛辣な事を言う。


「わざわざ来てもらって、披露する笑い話はそれだけか? 一度帰ってもう少し面白い話を練ってくると良い」


「フ、フン。若僧はモノを知らん様だ。貴様独自の力で江東を統一出来るとでも思っているのか? そもそも貴様が漢に背くつもりがあるのは一目瞭然ではないか。そうであろう、小覇王よ」


「小覇王、か。それは許頁の入れ知恵だろう? どうしても俺を漢の敵にしておきたいらしい様だが、その俺と同盟してはお前達も同じ様に漢の敵になるのは分かっているのか?」


「漢の敵? フン、それこそ片腹痛いわ。十年以上前に言われていただろう? 蒼天既に死す、と」


 一瞬は怯んだ様子を見せた厳輿であったが、そこは使者に選ばれるだけの人物であり、胆力と弁舌には長けているらしく孫策に言い返す。


「それだからこそ、お前も好き放題に暴れているのだろう?」


「そう見られているのは、いささか心外ではあるな」


 孫策はそう言うと、自ら剣を手に取る。


「その剣で脅すか? この俺を剣で切る事など出来んぞ。俺は座ったままでも飛び上がる事も出来る。その程度では脅しにもならないぞ。それに、俺達を敵に回すつもりか? お前達は前面に袁術と言う問題を抱えているのだろう? その上で徳王までも敵に回して生きられると思っているのか?」


「それはむしろ俺の方が聞きたいくらいだ」


 孫策は首を傾げて言う。


「お前達は俺が袁術と戦うまで生きていられるつもりなのか? 自分達をどれくらい過大評価しているのかは知らないし興味も無いが、戦うとなれば勝敗は自ずと明らかだぞ? 素直に降伏したらどうだ? 少なくともその首は繋がっていられるぞ?」


 孫策はそう言うと高らかに笑う。


「はっはっは! そいつは良い! ここで素直に頭を下げて命乞いしてみるか? よほど面白い余興じゃないか!」


 黄蓋が笑いながら賛同する。


「それは良い考えじゃのう! そこまですれば降伏したとしても、誰からも笑ってもらえるじゃろうから、笑顔に囲まれて暮らせると言うものじゃ」


 さらに魯粛も大笑いする。


「……使者を侮辱するのが、お前達の礼儀と言う訳か」


「まさか、とんでもない。そもそも俺と同格だと思い込んでいる事がおこがましいだろうに」


 孫策はそう言うと、突然前触れも無く剣を投げつける。


 あまりに唐突な行動だった事と、孫策の桁外れの膂力もあって座ったままでも剣を避けられると豪語していた厳輿だったが、まるで反応する事も出来ずに貫かれる事となった。


「さて、賊退治と行こうか」


「待て、伯符。せっかく作った死体なんじゃから、有効活用しようじゃないか」


 魯粛はそう提案するが、孫策を始め全員が不思議そうな顔をする。


「せっかく作った死体を有効活用? 子敬、何を言ってるんだ?」


「言葉の通りじゃよ。厳虎程度の賊では物足りんが、この程度の敵に犠牲を出すのもバカバカしいじゃろう? 楽に勝てる戦は、楽しようではないか」


 魯粛が笑いながら、厳輿の亡骸を見る。


「と 言う訳で、ワシがちょいと厳虎のところにちょっかい出して来よう。伯符には、ちょいと仕掛けをしてもらえば、すぐに勝負が着くように仕込んでおこう」


 魯粛はそう言うと、孫策に耳打ちする。


「……子敬、お前、そう言うのホント好きだよな。俺も大好きだ」


「では頼むぞ」


「護衛は?」


 孫権が尋ねると、魯粛は軽く手を振る。


「いらんわい、そんなモン。ワシ一人で十分じゃ」


 誰の目にも危険極まり無い役割なのだが、魯粛だけはまったく危険を感じていないのが周囲には不思議でたまらないようだった。


「はっはっは、まあワシに任せておけ。面白いくらいに引っ掻き回して来るわい」




 魯粛は周囲の反対をよそに、単身で厳虎の元を訪ねる。


 厳虎の弟が使者として出向いて、孫策によってその命を奪われた事は厳虎の元にも伝わっている。


 それは魯粛が隠そうとせず、あえて知らせたと言う事もあったのだが、その上に魯粛は手土産に首桶を持ち厳輿の首であるとまで伝えたのである。


 当然ながら歓迎されるはずもなく、兵に取り囲まれながら魯粛は厳虎の元へ連行される様に連れて行かれた。


「なるほど、孫策は一応の筋は通すらしいな。弟を殺されたのだから、代わりに一人切れと言う事か」


 厳虎は見るからに蛮族と言う様な大男で、力こそ全てと言わんばかりである。


「わざわざ殺されに来るのだから、貴様も律儀な者よのう」


「兄弟揃って面白い事を言うのう。笑い話を作る素質は十分にあるのは認めようぞ」


 魯粛はどっかと座り込むと、薄ら笑いを浮かべて厳虎に言う。


「ほう、よほど殺されたいらしいな。せめて名だけでも聞いておこうか」


「魯粛と言う。お主の様な賊なら知らんかもしれんがそこの二枚舌であれば、ワシの名も聞き覚えがあろう」


 魯粛は笑いながら、許頁の方を見る。


「……魯粛、だと? あの、魯家の狂児か!」


「許頁、知り合いか?」


 厳虎は許頁に尋ねる。


「この者、商いを生業とする者の中でも影響力の強い家の者です」


「そうじゃのう、お主の様な賊にわかり易く言うとじゃな、戦場で討ち取るのであればともかく、この場でワシを切り捨ててその首を晒した場合、この呉郡の流通を全て止める事になる。武具も食料も無い状況で孫策と戦って勝てるかのう?」


 魯粛は笑いながら言う。


「ふん、戯言を」


「……いや、この男にはそれが出来るだけの力があるのです」


 許頁は苦々しい表情で言う。


「ま、そう言う事じゃ。面白いじゃろう? ワシらはお主の弟を無礼と言うだけで切り捨てる事も出来たと言うのに、貴様らはワシがどれほど無礼を働いたとしても手も足も出せんと言う事じゃ。一人の使者に対してさえ、これだけの差があるのじゃ。戦ってどうにかなると思うか?」


「何故貴様を切れんと思っておる? 流通を止めるなど、戯言に過ぎん。実際に出来るかどうか、貴様を切り捨て、その首晒して試してみるか?」


「数年前になるが、蝗が大発生したのを覚えておるか?」


 魯粛が尋ねると、厳虎は魯粛を睨む。


「少なからず被害は出たからな。それがどうした?」


「それを覚えておるのならば、その時の米の相場は知っておるか? 一升一万銭とも、一表百万銭とも言われておったのを覚えとるじゃろう? 人が人を喰らう時期じゃ」


 魯粛はそう言うと、ニヤリと笑う。


「その時にちょいと稼がせてもらってのう。この周辺のモノであれば、全てのモノを三倍の値段で買っても釣りが来るわい」


 魯粛が言う事に、厳虎は眉を寄せる。


 悩め悩め。いくら考えたところで、貴様に出せる答えなど無いわ。


 はっきり言ってしまえば、いかに大富豪であったとしても魯家の資産だけで呉郡の全ての物を買い占める事は不可能である。


 が、魯家単体でなければ可能でもある。


 魯家は他の商人に対しても十分な影響力があるので、商人達で協力すれば出来る事なのだが、厳虎や許頁はその事を知らない。


 だからこそ、許頁は魯粛なら出来るかも知れないと口走っていた。


 先の例え話でもしかしたら、と思わせる事が出来た時点で厳虎や許頁は策に落ちているのである。


「王を自称する賊に言おう。お主が生き延びる方法が一つだけある。それはこの首のついでに教えておこうかの」


 魯粛はポンポンと気安く首桶を叩く。


「何、簡単じゃよ。そこの二枚舌の首を孫策に届けて命乞いする事じゃ。そうすれば貴様だけなら物乞い程度の生活を許されるくらいには生きていける事を約束するぞ」


 魯粛の露骨な挑発に、厳虎は剣に手をかけるが魯粛は薄ら笑いを浮かべたまま身構えようともしない。


「大層な胆力ではないか、商人の分際で」


「この程度の脅しに屈して商いが出来るか。それにの、自称王。そこの者は決して貴様の仲間ではない事は知っておいた方が良いのう。そこの者はお主の破滅を望んでおるぞ」


 魯粛は許頁を見ながら言う。


「そこの者はお主と孫策を破滅させ、自分が乗っ取るつもりじゃ。その事は覚えておけ」


 魯粛が話しているところに、厳虎へ伝令が走ってきて何かを耳打ちする。


「……なるほど、面白い事を考えるではないか、商人」


 厳虎はニヤリと笑う。


「貴様は何やら思わせぶりな事を言って惑わせておきながら、主の奇襲を待っておったか」


「ほう、情報を得たか。見た目ほど頭が悪い訳ではないか」


「失せろ。貴様は戦場でその首落として晒してくれるわ」


「出来ん事は言わん方が良いぞ」


「大方準備を整わせる間を与えず奇襲するつもりであったのだろうが、この厳白虎の軍は漢の者達ほど鈍くも弱くもないぞ」


 厳虎はそう言うと、魯粛を追い払う。


 まったく、ここまでハマっては逆に面白く無いモノじゃのう。


 魯粛はそう思いながら、厳虎の元を去っていった。

厳白虎の弟


厳輿は正史にも演義にも登場する厳白虎の弟で、正史でも演義でも孫策の元に使者としてやって来てそこで殺されてます。

ちなみに座ったままジャンプして攻撃を避けると言うのは、事実かはわかりませんが孫策がそう言って厳輿をからかっているみたいで、正史ではその後に戟を投げつけられて絶命しています。

演義ではそんな面白特技があったかはわかりませんが、孫策から

「同格とか無いわー」

と言う理由で切り殺されてます。

なんか、ちょっと可哀想になってくる使者です。


ちなみに魯粛が厳白虎のところに使者として赴いたと言う事はありません。

この物語だけの創作設定で、こんな会話は行われていません。

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