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新説 魯粛子敬伝 異伝  作者: 元精肉鮮魚店
第一章 雄飛の時を待つ
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第二十話 太史慈子義

 孫策の快進撃を止める事ができず、劉繇軍の動揺は広がっていた。


 当利口、横江津を落とされたにしても、その攻略方法が劉繇軍にとってまったくの想定外だった事が始まりだったと言ってもいい。


 剛勇を誇る張英が一蹴され、智勇に優れた樊能が手玉に取られた上での敗北。


 さらに牛渚を囮とした樊能の策は見事だと思っていたが、それすらも逆手に取られて樊能の軍は全滅したと報告を受けた。


 支城を守る笮融と薛礼も、薛礼は孫策の奇策によってわずか一戦によって敗れ去った。


 笮融は城の守りを固めていたのだが、その城攻めの最中に孫策が流れ矢に当たって死んだと言う情報が流れた。


 その時の混乱は目に余る状況だったらしく、守りを固める判断を下した慎重な笮融ですら孫策軍への攻撃を命じた。


 それが孫策の策であったにも関わらず。


 混乱を招いたのが、孫策自身であった事から孫策軍は混乱していたのだ。


 彼の足に矢が当たった事は事実だったが、それによって孫策が命を落としたと大騒ぎしたのが孫策自身だったのである。


 孫策の側近だったはずの黄蓋や韓当は何事かと思ったが、牛渚の守りに必要無くなったと言う事で孫策と共に行動していた陳武や蒋欽、凌統といった川賊組が大喜びで大騒ぎした事が混乱に拍車をかけた。


 が、大半の兵が混乱していたとはいえ、騒ぎを起こした本人達とその側近の精鋭までも同様に混乱していると言う事は無い。


 笮融ほど冷静であれば、その事にも気付いただろう。


 しかし、彼がその事に気付いた時には、孫策軍に攻撃を仕掛けた部隊が全滅した時だった。


 圧倒的な攻撃力を持つ孫策軍に恐れをなした笮融は支城へ篭って、さらに守りを固めた。


 その後、孫策は挟撃を狙っていた劉繇軍の別働隊を撃破。


 それによって劉繇と笮融は分断され、互いに孤立する事になった。


「ここは一戦に及ぶべき。いかにも勢いがあると見えても、孫策軍は少数。こちらの兵力は未だ向こうの数倍! 野戦によって十二分に勝利を得られましょう!」


 士気は地に落ち、戦意が失われた劉繇軍の中で一人気を吐く武将が残っていた。


「そうは言うが……」


 劉繇はそれに応えるつもりが無いのか、言葉に力が無く歯切れも悪い。


「ご命令下さい、戦えと。さすればこの太史慈たいしじ、敵将の首、主の元へ差し出しましょう!」


 彼は詰め寄ったが、劉繇はおろおろするばかりであった。


 彼の名は太史慈、字を子義しぎと言う。


 かつて主君であった孔融こうゆうが、黄巾賊残党である管亥かんがいに攻められ窮地に陥った時、知略と武勇を駆使して単騎で囲みを破り、平原相の劉備に救援を頼む事に成功して主を救った猛将である。


 その後、孔融の勧めもあり、同郷でもある劉繇の元に身を寄せていた。


 が、それだけの実績を持ち、十分な将器を見せる太史慈だったが劉繇から重用される事は無かった。


 原因は彼の外見にある。


 幼い頃には美男子と評されていた太史慈だったが、今の彼は顔の左半分を重度の火傷によって焼けただれ、右側には無数の深い刀傷を刻まれて引き攣れていた。


 その凶相は見る者を不快にさせるだけでなく、何か不吉なモノを感じさせる様だった。


 劉繇にもそのせいで遠ざけられていたのだが、さらに人相学で高名な許劭にも「反骨の相あり」と評された事もあって、太史慈は何をするでもなく劉繇から不信感を抱かれる事になった。


「孫策には勢いがあり、まともにぶつかるのは得策とは……」


 劉繇軍の武将の一人が太史慈に反論しようとしたが、太史慈から目を向けられただけで言葉を切って黙り込む。


「否。勢いがあるのではなく、勢いに乗るしか無いのだ。見るからに強兵集団と思える孫策軍だが、袁術との連携は無く、率いる兵も少なく、多くの捕虜を抱えて後方から攪乱されないかを恐れている。然るべき戦場で孫策と一戦交え、その勢いを挫くだけで孫策は成す術なく全滅せざるを得ない」


 太史慈ははっきり言うが、それでも劉繇軍の武将は動こうとはしなかった。


「こちらの方が兵数、装備、共に上回っている。戦場さえ選定すれば、孫策など恐れるに足りぬ。この太史慈、自ら斥候として戦場を調べて来よう」


 劉繇軍からは誰も動こうとしないのは分かっていたので、太史慈は自ら斥候の任を引き受けて単騎で城を出る。


 劉繇の腰が重いのは、何も太史慈が信用されていないと言うだけではない。


 彼が信用して重用している両翼と例えられる武将の張英と樊能が、すでに孫策に敗れている事が大きな問題なのだ。


 特に樊能は太史慈同様に孫策軍の弱点に気付いていた。


 最前線の砦である牛渚を失った時、樊能はその砦を守る兵が孫策に無い事を察し、そこを奪い返す事で孫策軍を孤立させようとした。


 その策は見事だと太史慈も思ったが、それさえも逆手に取られて樊能は敗れ、帰ってくる事は無かった。


 それもあって劉繇は及び腰なのだが、座していたからと言って事態が好転する事は無い。


 ここは動くべきところだと言う事が、劉繇には分かっていないのだ。


 やはりここは離れるべきだったか。


 太史慈は劉繇の元を訪ねてから、ずっとそう思っていた。


 以前、孔融救出の為に協力してくれた劉備に身を寄せた方がマシだと思い、劉繇の元を離れる事を考えていたのだが、その前に孫策が攻めてきたのである。


 自身を軽視しているとは言え、主は主。


 この窮地で主を見限ってしまっては、やはり太史慈には反骨の相有りとなってしまう。


「お? 斥候か?」


 こちらが気付いたのと同時に、向こうから来る一騎もこちらに気付いて声をかけてきた。


 斥候? いや、それにしては身なりが良い。雰囲気もある。何者だ?


「貴様、何者だ?」


「俺か? 俺は孫策。お前は?」


 驚く程簡単に名乗る人物だったが、名乗った名前にも驚かされた。


「孫策、だと?」


「おう。劉繇軍の武将か? いい面構えをしているな」


 孫策は笑いながら言う。


「愚弄するか」


「とんでもない。戦場を知らない口先だけの輩はなんやかんや言うかもしれないが、お前さんのは戦場を知っている顔つきだ。悪くない。今すぐ帰って劉繇に伝えるが良い。降れば命は保証するが、戦になってはその限りではないとな」


「その首を落として、主に報告すればその必要もあるまい」


「それはその通りだ」


 太史慈の言葉に孫策は大きく頷くと、互いに手にした槍で一騎討ちを始める。


 先手を取ろうとした太史慈だったが、孫策の方が先に鋭く槍を突き出してきた。


 かろうじてではあるが、太史慈は孫策の槍を弾く。


「ほう、やるじゃないか。劉繇如きの武将にこれほどの手練がいるとは思わなかったぞ」


 孫策は楽しげに言う。


 一撃で決めに来たのか。若いが、悪くないな。


 孫策の繰り出す攻撃は素早く手数も豊富なのだが、それに見合わない重さがあり、さらには討ち取ろうとする殺気に満ちている。


 これは、若いなどと言っている場合ではない。コイツは虎だ。


 様子を見ようとした太史慈は、自らの不覚を悟った。


 通常の攻防など考えている場合ではない。孫策は本気で容赦無く討ち取りに来ている。


 太史慈は苦し紛れに槍を突き出すが、孫策はその槍を躱して脇に抱え込む。


 かかった!


 太史慈はそのまま孫策を押し込んで馬から落とそうとしたのだが、孫策はその不自然な体勢からでも槍を突き出してくる。


 太史慈も同じように孫策の槍を躱して槍を脇に抱え込む。


「さて、力比べといくか?」


「わざと、か。大した胆力だ。だが、自惚れが過ぎるな」


「お互い様だろうが」


 太史慈と孫策はお互いの槍を抱えて、力比べになる。


 槍が折れると察した太史慈は槍をかなぐり捨てたが、孫策もまったく同じ事を考えていたらしく、二人は同時に槍を手放すとお互いに飛びかかって馬から落ちてもつれ合う。


「気が合うじゃないか、太史慈!」


「このまま首になって俺の武勲になってくれれば、より感謝もしようじゃないか!」


「はっはっは! それには同意出来んな!」


 孫策はそう言った後、太史慈が背負う二本の短戟の片方を奪い取って突き掛かるが太史慈は素早く孫策の兜を奪い取ると、それでその攻撃を防ぐ。


 互いに立ち上がったところで、孫策が太史慈の焼けただれた左側を狙って攻撃してきたが、突然その手を止めて一歩下がって間合いを取る。


「どうした、孫策? 臆したか?」


 太史慈は残った短戟を手に構えると、眉を寄せる孫策を挑発する。


「……その左目、見えているな?」


 そこに気付くか。ただの猛獣では無いな。


 太史慈は油断なく孫策を見る。


「よく見れば、もっと早くに気付くべきところだったな。その右側の傷、さほど新しい傷では無い。火傷で左目が見えていなかった頃についた傷だろうが、その目が見える様になってからは傷を受ける事も無くなったと言う事だろう。迂闊にその偽りの弱点を狙えば痛い目に合う、と言う事だな」


「若いだけではないな、孫策。主に持つなら貴殿の様な武将にこそ仕えたかったものだ」


「今からでも遅くはないぞ、太史慈。この孫策に仕えよ」


「有難い申し出ではあるが、二君に仕えるほどに俺は器用でも不忠でもない。悪く思われるな」


 太史慈から攻撃しようとした時、孫策の後方から駆けてくる救援の部隊が見えた。


「時間切れか」


「伯符! 一人でどこまで行くつもりだ!」


 後方から来ている者達は雑兵などではなく、孫策の側近の武将であるらしい事も分かった。


 孫策一人でも十分過ぎるほど手に余ると言うのに、その側近達まで参戦してきてはいかに太史慈であっても勝負にならない。


 太史慈はそれを察すると、素早く身を翻して撤退する。


「太史慈、曲阿に戻って劉繇に伝えるが良い! 首を洗って待っていろとな!」


 逃げる太史慈を追う事はせず、孫策はその言葉だけを太史慈に投げかけてきた。


 理由は分かる。


 孫策には余裕があるのだ。


 何かしらの秘策があるのかもしれないが、それ以上に孫策には劉繇を相手に戦って勝つ自信がある。


 それはむしろ確信に近いだろう。


 そして、太史慈にも分かった。


 戦っても勝てない、と言う事を。


 劉繇に言った通り、兵数でも装備でも上であるのは間違い無い。まともに戦えば互角以上である事は、今でも変わらない事実である。


 が、主の気構えがここまで違っては話にならない。


 おそらく孫策が兵を構えて一声吠えるだけで、劉繇は戦意を失う事だろう。


 太史慈はそう思い、いかにして主を説得するべきかを考えていたが、結果としてそれは無駄に終わった。


 太史慈が曲阿に戻った時、孫策が一声吠えるまでもなく劉繇はすでに本拠地である曲阿を捨てて逃げ出していたのである。


「太史慈将軍、我々はどうすれば?」


 逃げる事を知らされていなかったのか、曲阿に残された、と言うより逃げ遅れた一部の兵が太史慈に助けを求める様に尋ねる。


「我々は仕える主を間違えたのかも知れん。だが、あるいは自らの行いを悔いて思い直されるやも知れん。故にこの拠点を守る事こそ、臣下たる者の勤めだ」


 太史慈はそう言って士気を高めようとしたが、太史慈が曲阿の兵を束ねて戦う準備をする前に孫策が軍を率いて堂々たる陣を敷いてみせた。


「孫策、恐れ入るな」


 太史慈は天を仰ぐが、それでも自ら城楼に立つ。


「太史慈、本来であれば自らの得物で串刺しになっていたところ見逃してやったのだ。素直に降れ!」


 孫策が笑いながら、太史慈から奪った短戟を掲げて言う。


「ほざけ。お前の首とて、この通りよ!」


 負けじと太史慈も孫策から奪い取った兜を掲げ、孫策を笑う様に言う。


 が、士気に差が有りすぎる。


 このまま戦っても敗れる事は目に見えている。曲阿を守るにも兵力が足りない。


 いかにも決戦に及ぶと見せていた太史慈だったが、負けると分かっている戦に踏み切る事はせずに残兵を率いて支城である涇県城に立て篭り、自ら丹陽太守を自称して孫策に対して徹底抗戦の構えを見せていた。

案外謎の多い武将


と言うより、演義と正史で役回りが違うのが太史慈です。

共通している事は孫策の引き立て役と言う事くらい。


正史では赤壁の戦いの前に病没していて、本当に孫策の引き立て役以外の何者でもないと言う可哀想過ぎる猛将です。

演義ではもうちょっと活躍の場はありますが、結局のところ孫策の引き立て役である事は違いなく、本来なら甘寧辺りと肩を並べているはずなのですが……。


外見と風評被害で苦労した人なので、思いっきり顔に怪我をさせてみましたが、これはこの物語だけの創作設定で、反骨の相とか言われてますが勉強家で美髯の美男子だったそうです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新お疲れ様です。 太史慈ですか。 いろいろ言われてますが、優秀な武将だったことは確かです。 演義では評価出来る武将。 最後は、相手が悪かったというか、相手と互角に近い能力はあったと思うん…
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