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新説 魯粛子敬伝 異伝  作者: 元精肉鮮魚店
第一章 雄飛の時を待つ
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第十七話 牛渚にて合流

「いや、別に変わった事はやってないさ。さくっと突破してきただけで」


 孫策は不思議そうに言うが、それが相当変わった事なのだと言う事を教える必要はありそうである。


「お? 新顔もいるな? 俺が孫策だ、よろしく!」


 いきなり無防備極まり無い状態で現れた総大将に、陳武達は魯粛の方を見る。


「間違いなく、本人じゃよ。こちらも挨拶した方が良いな」


「陳武と申します。こちらに控えるは、私と同じく川賊の蒋欽。この度は魯粛殿の誘いにより馳せ参じました。以後、お見知りおきを」


「おー、凄くしっかりしてるな。袁術のところの連中より立派だ。以後と言う事は、俺の旗下に加わると言う事だな?」


「俺はそのつもりですが、都合が悪かったですかな?」


「とんでもない。大歓迎だ、よろしく頼むよ」


 孫策は満面の笑顔で、陳武の手を握る。


「そこの君は? 見たところ君は川賊では無さそうだけど」


「周泰です。魯粛殿より警護役を仰せつかりました」


「ほう、子敬の警護か。だとすると、相当な使い手じゃないのか?」


「俺が? いえいえ、とんでもない! ただ頑丈なだけです!」


 孫策から尋ねられ、周泰は慌てて手と首を振る。


「そうかい? 子敬は護衛いらないくらいの使い手だろ?」


「無茶言うな。ワシにも護衛くらい付ける権利はあるわ。それに戦場では多少腕が立つ程度では意味が無かろうに」


「お前は多少じゃないだろ?」


「そんな事より、お主の話を聞きたい。百歩譲って当利口は抜けたとしよう。なんで牛渚まで抜けているのかを聞かせて欲しいものじゃ」


 孫策が新顔達に興味津々なので、魯粛は面倒な事になる前に話を振る。


「さっきも言った通り、さくっと突破してきただけで大して特別な事はやってないけどなぁ」


「いいから。お主の主観はいいから、一から全部話せ。黄蓋や韓当もおるのか? ならば一緒に話を聞きたい」


 孫策では話にならない事は十分考えられる、と言うより間違いなく話にならないのでそれを止める為と、正確な情報を得る為にも黄蓋や韓当と言った宿将は必要である。


 また、早急に情報を集める必要もあった。


 横江津の突破と言う最優先事項は成したものの、敵将の判断の良さから想定していた以上の兵力を相手に残されている。


 こちらも孫策と合流は果たしているが、最初から数が違いすぎる事もあってその兵力は決して多くない。


 孫策もその事を気にしていたところはあったらしく、すぐに軍議に入る。


 ここでも問題があった。


 軍師役である程普や呂範は当利口の守りに付いているらしく、現状では参謀役は魯粛と孫策の相談役である張紘くらいしかいないのである。


「程普を当利口に残したのか?」


「止むを得んのだ」


 魯粛の質問に、黄蓋が答えた。


 当利口の戦いは、まさに一瞬で勝負がついたらしい。


 魯粛はいかに孫策であっても、千程度の兵力であれば勝利には奇襲しかないと考えていた。


 敵将の樊能もそう予想していたし、当事者である張英もそう考えた。


 兵力一万を有する張英も、最初は守りを固めるつもりだったのだが、ここで孫策は魯粛の様な一流の参謀でも考えつかない様な行動に出た。


 奇襲どころか、一千の兵を隠す事無く真正面から堂々と姿を現した。


 それどころか、孫策自らが先頭に立って当利口に向かって宣戦布告まで行ったらしい。


 あまりにもあからさまな示威行為は、露骨に策や罠を感じさせる行動である。


 が、それは逆に何の策も罠も無く、時間稼ぎをしているだけではないかと言う疑念も呼び起こす。


「……確かにのう」


 それは魯粛も頷く。


 孫策の率いる兵は一千。常識的に考えて、その兵力で当利口は落とせない。


 そんな部隊が堂々と宣戦布告して、一万の兵を砦に釘付けにする。


 時間を稼げば援軍が来るか、あるいはもう一方の砦である横江津を突破する為の陽動か。


 剛勇を誇る張英も単なる猪武者では無く、最低限の危機管理としてそこまで警戒する事は出来た。


 そこで張英は孫策の挑発に乗る事にした。


 と言っても、兵力二千を砦に残し自ら八千の兵を率いて打って出る。


 何らかの策を使ってきたとしても、簡単に砦を落とされる事のない兵力で守り、また一戦にして敵を撃破するに十分な兵力を持って攻め込むのも悪い手ではない。


 張英だけでなく、話を聞いている魯粛としても妥当だと思う行動である。


 おそらく、この奇策を目の当たりにして引っかからない者がいたとすれば、それは孫策の事をよく知る周瑜だけであった事だろう。


 張英が出撃してきたと知った孫策は、すぐに突撃体勢に入る。


 異様な戦意の高さを感じたらしいが、そこは勇猛果敢な張英。迎え撃つだけでは手緩いと感じたのか、真っ向からその突撃を撃砕出来ると考えたのか、彼もまた正面からの突撃を狙ってきた。


 一千対八千の正面衝突では、普通は一千に勝ち目はない。


 そのはずだったが、孫策の突破力は常識の範疇には留まらなかった。


 危険を察知した張英はすぐに自ら槍を持って孫策を迎え撃つが、それが決定打となった。


 張英は士気を高める為に高らかに名を名乗って孫策に向かったらしいのだが、孫策はその槍を掴むと張英ごと引っこ抜く様に持ち上げて振り回し、そのまま兵の中に放り投げたと言う。


 劉繇軍の中では群を抜いた剛勇を誇るはずの張英がまったく相手にならないだけではなく、甲冑を身にまとった体格の良い武将を槍で引っこ抜いて振り回すと言う人間離れした怪力を見せられて、総大将を失った張英軍にもはや孫策に対抗する術は残されていなかった。


「以前、反董卓連合での戦いの際に呂布将軍が似た事をやっていたからな。俺にも出来るかな、と思ってやってみたんだ。案外出来るものなんだな」


 と、孫策は笑ったが、普通は出来ない。


 出来るかな? とは頭の片隅にも浮かばないモノである。


 孫策はそのまま砦に突き進み、撤退する味方を受け入れようとしていた砦の中に入り込んだ。


 当然孫策単騎では無く、そこに付き従うモノ達や黄蓋らも突入して一気に砦を陥落させたらしい。


「とんでもない話じゃな。参謀いらんじゃろ?」


 魯粛は空恐ろしいモノを見る様に孫策を見る。


 そんなざっくり戦法で武将を失っては、戦術も何もあったものではない。


 この孫策をして、呂布には敵わなかったと言うのだから天下には魯粛の想像を遥かに超えた化物はまだまだ存在している様だ。


 とは言え、そんなトンデモ戦法だけで通用するはずがない事は孫策以外は分かっていたらしく、自軍より多い張英軍残党を程普や呂範がまとめていると言う。


 もっとも、張英軍の兵士達は孫策の規格外の戦闘能力を見せつけられているのでもはや戦意は無く、程普達もまた強く締め付ける様な事はせずに逃げるなら逃げるに任せ、敵対しないのであれば砦の中での行動の自由を約束すると言う寛容な方針をとっている。


 実はそれしか手がないのだが、孫策の圧倒的な存在感を示した後であれば、反乱を起こせば戦える兵力があると頭で考えても行動に移せない事を見越して、あえてこちらから器の大きさを見せているかの様に振舞っているのである。


 当利口の捕虜達からすると孫策は袁術軍の武将であり、孫策の率いる兵数は少なくともその後ろには袁術が控えているかの様に見える事もあって、無理に押さえつけなければ反乱される事は無いと言う程普と張紘の判断もあって、と言う一面もあった。


 色々とおかしなところや問題点はあるものの、当利口に関してだけ言えばこれ以上は望めないほどの圧勝だったが、あまりの圧勝振りに劉繇は焦り、恐れおののいて最前線の要塞である牛渚を捨てて曲阿へ逃げていった。


 様に見えた。


「ふむ、ワシはもう少し楽な相手かと思っておったが、中々どうして劉繇のヤツめは侮れんのう」


「そうか? あとは曲阿落として終わりだろ?」


「落とせんわい。よう状況を見んか」


 魯粛はあまりにも簡単に考えている孫策に呆れながら、魯粛は地図を広げる。


 張紘も本来であれば参謀役なのだが、あくまで孫策の相談役であり軍略や戦略であればともかく、戦術の話になるとあまり口を挟まない傾向にある。


「この牛渚の要塞は、あくまでも袁術に対抗する為の最前線の砦であって、曲阿からの侵攻を防ぐ様には出来ておらん。それに曲阿の兵だけでなく横江津から撤退した兵や当利口から逃れてきた兵が合流すれば十分に守る事も攻める事も出来よう。その上こちらから攻めようにも、兵力が少ない上に支城に阻まれて一気に制圧と言う訳にはいかん。それはいかに伯符であっても無理じゃ」


「で、ここで終了って訳じゃないんだろう?」


「無論。これで手詰まりと言うとっては、三流どころか参謀と名乗る事など許されんからのう」


 魯粛はニヤリと笑う。


「まず何より、支城を無視して曲阿を狙う事など出来ん。伯符には兵を率いて支城を攻めてもらう。どの支城からでも構わんし、戦い方は任せる」


「待てい。それではこの砦が手薄になるだろうが」


 黄蓋が口を挟む。


「うむ。手薄になるのう。間違いなく劉繇軍の武将がそれなりの兵力を持って、この砦を奪い返しに来るじゃろう」


 魯粛は簡単に頷く。


「もちろん、ワシらには守る術は無いから奪い返される。で、伯符は兵を進める事も退かせる事も出来ず、劉繇軍領内で立ち往生の末に打ち破られる事になると言う訳じゃな」


「……ふざけてるのか?」


 黄蓋だけではなく、韓当も怒りの表情を浮かべて魯粛に凄む。


「と言うのが、劉繇の軍略じゃよ。何しろ守る側の方に兵力と地の利があるのじゃから、やりたい放題じゃな」


「それで対抗策はあるのか?」


 孫策だけは興味深そうに尋ねる。


「劉繇の軍略のキモは、まさにこの牛渚にある。ここを奪い返せる事が大前提の策なのじゃから、ここから切り崩してやれば簡単に破綻するわい」


「待てい。兵は率いていくのであろう? いかにして砦を守ると言うつもりだ」


「守る?」


 黄蓋の質問に、魯粛は首を傾げる。


「そんな事をしてどうなると言うのじゃ?」


「敵のキモがこの砦だと言うたではないか! はぐらかす気か!」


「一口に守ると言うても色々あるからのう。敵がここに来る事がわかっておるのであれば、この砦を守ると言うより、敵軍を殲滅してやる事を考えておるのじゃよ」


 魯粛はそう言うと、周囲を見る。


「守りの戦と言うのは、耐え忍ぶ戦いだけではない事を教えてやろうかのう」

当利口の戦い


前回の横江津の戦い同様に、本編中で孫策が言っていた様にさくっと突破した戦いです。

当利口と横江津をさくっと抜かれた事もあって、劉繇は牛渚を捨てて曲阿に引っ込んだのは正史にもある流れです。


孫策無双だったかはわかりませんが、少なくとも張英や樊能の手に負える相手ではなかった事は間違い無い様で、これから孫策による江東統一の戦いが本格化していく事になります。


この物語は完全フィクションなので独自展開してますが、正史などでは同行しているっぽい周瑜はこの戦いではほとんど出番が無く、魯粛に至ってはまだ孫策軍に参加もしていなかったかも知れません。

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新お疲れ様です。 蒋欽は最初はパッとしなかったですが、老いて老醜を晒した孫権とは別人の若い頃の孫権から学問をさせるように勧めた。 呂蒙と共に育成した結果、それなりに使えるようになりましたし…
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