第十五話 暗躍する魯粛
さっそく魯粛は凌操の元を訪ねた。
「坊ちゃん、いくらなんでも安請け合いだぜ、そいつは」
凌操は苦笑いしながら言う。
「安請け合い? ワシとしては十分過ぎるくらいの勝算ありきの話なのじゃが、最近で息巻いておる川賊と言えば誰がおる?」
「俺は正式にはまだ孫策軍の武将ではないが、一応の内定をもらっている身だから、最近は川賊ではないんだがこの頃で言えばやはり陳武だろうな。後は若いが蒋欽と言う者も名を上げている」
「よし、それじゃそっから当たろうかのぅ」
「待て待て、驚くくらい簡単に言うなよ。どっちも相当な暴れん坊だぞ? 簡単に話してわかると言うモノでは無いだろうに」
「いや、大抵の場合は話せばわかるモノじゃ。話す内容が問題なんじゃよ。では親父殿、さっそく行こうかのぅ」
「待て、商人。お前が思っているほど父上は暇では無いぞ!」
魯粛と凌操の間に入る者がいた。
多少の幼さは残すものの、精悍な男が魯粛を睨んでいた。
「よさんか、公績。我々にも有用な話だ」
「……統か?」
魯粛はようやく思い当たる。
「何じゃ、デカくなったのぅ。字までもらっておったか」
「お前の尊大さほどはデカくなっていないがな」
「お? えらく賢くなっておるではないか。いっぱしの武将のようじゃぞ?」
魯粛は笑いながら言うが、凌統は馬鹿にされていると思っているのか睨みつけてくる。
「よし、お前もついて来い。何事も勉強じゃ」
「はぁ?」
「まぁ、坊ちゃんの言う事も悪い話じゃ無い。公績も俺と共に孫策軍の武将となるのであれば、人との繋がりは切っても切れないモノになるからな」
「……まぁ、父上がそう言うのであれば」
凌統は渋々ではあるものの、従う事にする。
「それで、坊ちゃん。兵はどれくらい連れて行くんだ?」
「ん? それはまだ必要無い。ワシと親父殿、それにそこの倅の三人で十分じゃよ」
「坊ちゃん、そりゃいくらなんでも無謀だ。陳武とはやりあった事もあるが、相当な手練だ。何かあっては遅いだろう?」
「案ずるな、親父殿。親父殿達にとっては川賊としての敵なのかも知れんが、ワシにとっては商売相手のお得意様になるかもしれん程度じゃ。何だったら、その蒋欽とやらも呼ぶと良い。手間が省けると言うモノじゃ。よし、それが良い。親父殿、さっそく使者を出してくれ。よっしゃ、楽しくなってきたのう」
周りは気が気じゃないくらいに不安を感じているのだが、魯粛だけは喜々として書状を書いて方々に使者を走らせる。
魯粛が選んだ場所は横江津の程近くの寒村であり、袁術領や劉繇領だけでなく陸康や祖郎との戦いの煽りを受けて、元から貧しかったと思われる村がさらに悲惨な事になっているところだった。
「ほほう、これほどとはのう。ちとワシの予想より酷い有様じゃな」
寒村を周りながら、魯粛はそう呟く。
「坊ちゃん、何なら集合場所を変えるかい? ここでは歓待など出来そうも無いが」
「いや、ここが良い。歓待の準備など、ワシがいくらでも整えてやるわい。いっそ、村の者にも手伝ってもらう事にしよう。その方がワシにとっても都合が良いからのう」
魯粛も孫策ほどでは無いにしても、思い立ってから行動に移すのが早い。
機を見るに敏な商人気質がそうさせるのかもしれないが、周りはそれを察する事が出来るほど鋭い者達ばかりと言う訳ではない。
凌操や凌統は魯粛の考えが読めないまま、それでも言われた通りに寒村の者達の協力を取り付け、周囲の同じ様な寒村の者達から寂れているとはいえ近場の小城に住む者達も集める。
その結果、数千もの人手が集まることになった。
「言葉は悪いかもしれないが、貧しさの割には人が集まったな」
集めた側が言う事では無いと言う自覚はあるが、それでも凌操はそう呟く。
「袁術にしても劉繇にしても無駄で無意味な気位の高さをもっておるからのう。兵卒など身体能力の高さがあれば出自などどうでもよかろうに、そこまで名門士族で集めたいと見える。阿呆の極みじゃな」
魯粛は笑いながら答えた。
「さらに言えば、身体能力の高さと言っても特別に強靭である必要もないし、心身ともに健康であれば名門士族の御子息様などより、寒村の住民の方が戦場では遥かに役に立つと言うものじゃ」
「坊ちゃん、まさかこの村人たちを使って劉繇攻めを考えているのではないだろうな?」
「うむ、親父殿と陳武、蒋欽、さらにこの者達の手で横江津を攻め落とす。その為の集会じゃよ」
「はっ、上手くいく訳が無い。所詮は商人の浅知恵だ」
凌統は鼻で笑い、凌操も苦い顔をする。
「坊ちゃん、いくらなんでも問題が有り過ぎる。そう上手くいくとは俺も思えないのだが」
「はっはっは! 何も案ずる事などない。ワシにとってこの程度瑣末な事じゃ」
親子の心配をよそに、魯粛はテキパキと準備を整える。
何も無かった寒村の一帯が、瞬く間に大型の集会場に変えられていくのはさすが魯家とも言える財力を見せつけられたが、それはあくまでも協力的な寒村の村人達の協力があってこそだった。
問題があるとすれば、それはこれから来るはずの陳武や蒋欽と言った川賊である。
川賊は寒村の民の様な奪われる者ではなく、奪う者達である。
今魯粛が行っている事は、奪う者達の為に奪われる物資を見せつけようとしているだけでしかない。
魯粛はそんな川賊を説得して仲間に引き入れるつもりらしいが、そもそもの話として陳武や蒋欽がこちらの話をまともに聞くかどうかすら怪しいものだと、凌操は心配していた。
「お、来なさったか」
魯粛がいち早く気付いて、出迎える準備をする。
大きく旗をなびかせながらやって来る一団が二組。
その旗印から、陳武と蒋欽である事は間違い無い。
が、その二人は魯粛が予想していた者とはかなり違っていた。
「貴殿が『魯家の狂児』か。貴殿の企み、乗るか反るか決めかねているので、話を聞きに来た」
先手を取るかの様に切り出してきたのは、旗を見る限りでは陳武であろう人物である。
先に川賊であると凌操から言われていなければ、この人物が賊であるなどとは思わなかっただろう。
飾り立てていない、地味にすら見えるきっちりとした甲冑姿や立ち振る舞いなどにも十分過ぎるほどに知性と教養を感じさせた。
が、この人物を語る上でそれらの事はまず語られる事は無い程に、特徴的なところがあった。
見るものを不吉に感じさせる、赤い瞳である。
まるで血が流れ込んだのではないかと思える様な真紅の瞳は、この世のものとは思えない恐ろしい雰囲気を与え、十分な知性や気品すら人外の妖怪の化身と思わせる人物だった。
先手を取られた事が気に入らないのか、舌打ちして魯粛を睨みつけてくるのが蒋欽だろうが、こちらも魯粛の予想とは違う人物だった。
こちらはいかにも川賊と言った、派手に飾り立てた姿をしているのだが、予想していたより遥かに若い。
凌操から若いと聞いていたので孫策や周瑜と言った、自分達と同世代の人物だろうと予想していたのだが、それより遥かに若く、おそらくは十代の少年と思われる。
いわば凌統と同じ世代なのだろうが、その歳で賊頭として集団をまとめていると言うのは決して簡単な事では無い。
「ワシは商人。そのワシが持ちかける話と言うのだから、それは儲け話に決まっておるじゃろう。とは言え、せっかく宴の準備も整っておる。飲みながら話そうではないか」
「ふん、毒でも盛ろうとしているのか?」
蒋欽が下から睨めつけてくるのを、魯粛は鼻で笑う。
「何じゃ、そんな事を恐れておったか。案外小心者じゃのう」
「あぁん! てめぇ、舐めてんのか?」
「舐められる程度の事を言う方が悪いじゃろう。安心せい。料理にも酒にも毒など盛ってはおらん。毒を含むというのであれば、それは宴ではなくワシの話の方じゃよ。毒を恐れるのであれば、酒と料理だけを楽しんで帰ると良いじゃろう」
魯粛の挑発に蒋欽は食ってかかろうとしたが、陳武に止められる。
「可愛いヤツじゃのう。陳武とやら、お主もそう思うじゃろう?」
「……確かに毒の様だ。ところで一家を率いてやって来たのだ。その者らにも上手い酒や食事は振舞ってもらえるのだろうな?」
「言われるまでもない事よ。蒋欽よ、お主はどうする? 本気で毒を恐れるのであれば、無理強いするつもりはないぞ?」
「けっ、たかが商人を恐れる蒋欽ではないわ!」
若さのせいか、蒋欽は魯粛に乗せられる形で宴の席についた。
「魯粛、先のやり取りでもわかるだろうが、我らは気が短い。そちらの言う儲け話が安い話であれば、この場で貴様を切り、この場の全てを奪っていくがそれも覚悟の上なのだろうな?」
陳武は平然と脅し文句を言うが、魯粛は眉を寄せて険しい顔をする。
「どうした? まさかその程度の覚悟も無かったとは言わんよな?」
「いや、随分と脅し文句が安いと思うてのう。むしろその程度かと侮られているのか、本気で脅しておるのかを測り兼ねてのう」
「直接剣を見せねば脅しにもならないと思っているのか?」
「逆じゃ。暴力をちらつかせないと脅しにならないと思われている事が気に食わんのじゃ。陳武、お主もその程度の者では無いじゃろう?」
魯粛はそう言うが、陳武の方は不思議そうに首を傾げる。
それは陳武だけではなく蒋欽も、また魯粛の傍らに控える凌操や凌統も同じだった。
「個に対しての脅しなど、脅しにもならんじゃろうに。何故ワシが一味を率いて来る様に伝えたか分からんのか?」
「ほう、何か目的があったのか?」
「貴様らの寝床をもぬけの殻にする為よ」
魯粛の言葉に、蒋欽は僅かに腰を浮かし、陳武は表情を険しくする。
「もしワシに何かあれば、ワシの手の者が貴様らの寝床を焼き払う手はずになっておる。そこにある武具や食料だけでなく、そこに暮らす女子供もまとめて全て焼き払う。戦える者がここに集まっておるのじゃから、十人もおれば簡単に焼け野原じゃ」
「出来るはずがない!」
蒋欽が怒鳴ると、魯粛は大きく頷く。
「そう。出来る『はず』が無いのじゃ。が、絶対に出来ないとは思えないじゃろう? 僅かで良いのじゃよ。ちょっとして、万が一にも、もしかしたら、と思わせるだけで脅しと言うのは成立するものじゃ」
魯粛の言葉に、蒋欽は少し考えた後に腰を下ろす。
「さて、面白うも無い話はここまでにして、皆が興味あるであろう儲け話の方に移ろうかの。どうじゃ? そっちの方が楽しかろう?」
「毒、と言う話だったが?」
「うむ。ワシの提案する儲け話は、得るモノは川賊で満足していては一生手に入れる事の出来ないほどに大きなモノじゃ。しかし、その為には全てを賭けてもらう。決めるのはワシではなく、頭目のお主らじゃぞ」
「内容を聞いてからだ。安請け合いは出来ん」
陳武の切り返しが早いせいで蒋欽は口を挟めずにいるが、その鋭い目は魯粛から切ろうとはしない。
「何、別に難しい事でも複雑な事でもない。例えばここにおる凌操、さらに言えばこの近辺で最強だったはずの錦帆賊がいなくなったから勢力を伸ばせたのであろう? お主らもそろそろ川賊などと言う小さな集団で満足するのを辞めたらどうじゃ?」
「……仕官しろ、と?」
「はっ、何を言い出すかと思えば! 誰が賊を迎え入れると言うのだ!」
陳武にしても蒋欽にしても、魯粛の言葉を信用していないのがわかる。
「実際に仕官が許されておるではないか。ここにおる凌操は、正式に孫策軍の武将じゃぞ?」
魯粛は凌操を指差して言う。
「ワシが口利きしてやるし、何より大手柄を立てたお主らを手厚く迎えねば後にも人を入れれんからのう」
「……孫策、だと? 所詮袁術の一武将に過ぎんではないか?」
「今は、のう。じゃが、まもなく独立勢力となる。大きくなってからではそれこそ入る事など出来んぞ」
「大手柄と言ったが、何を狙っているんだ?」
陳武と魯粛の間に、蒋欽が割って入る。
「まずは劉繇」
「で、孫策の兵の数は?」
「今は一千程度じゃの」
「はっはっは! これだから実際の戦を知らん者は話にならんのだ! 劉繇は数万の兵を擁する一大勢力。それをたかだか一千程度でどうにかなるはずがない。俺らの助力があったとしても、たかだか数千。十倍もの敵と戦えと言うのは無駄死にだ! 貴様の儲け話と言うのは、ただの絵空事だ!」
「うむ、俺もそう思う」
蒋欽の言葉に、陳武も頷く。
「だからこその大手柄じゃよ。で、どうするのじゃ? ワシに協力して孫策に恩を売って今の環境を根こそぎ変えるか、高みの見物を決め込んで後に孫策から賊として討伐されるか。選ぶのはお主らじゃぞ?」
魯粛は笑顔を浮かべながら、陳武と蒋欽に提案する。
「な? 脅しと言うのは個に対してではなく、こうやるもんじゃよ」
演義風の陳武
アーケードゲームの某大戦シリーズでは、基本的にリザードマンやドラゴニュート扱いを受けている陳武さんですが、演義での人外描写が原因です。
赤い目と黄色い肌と言う特徴の演義陳武ですが、私は
許褚=カービ○ー説
と同じ様に
陳武=ガチ○ピン説
を唱えてましたので、ここでもガチ○ピンで行こうかと思いましたが、赤い瞳のキャラは知的でセクシーじゃないと、と思い止まりました。
なので、この物語ではヴァンパイア風セクスィー陳武になってます。
面白そうなんですけどね、ガチ○ピン陳武。
ちなみに、正史でも演義でも陳武は川賊ではありません。




