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新説 魯粛子敬伝 異伝  作者: 元精肉鮮魚店
第三章 天下遼遠にして

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第三十五話 単刀会

「なるほど、よく分かった」


 孫権は諸葛瑾からの報告を受けると、大きく頷いて言う。


「っざっけんなよ、あのヒゲ! ぶっ殺してあのヒゲむしり取ってやらぁ! やんぞ、てめぇらぁ!」


「酔っとるのか?」


 突然怒鳴り始めた孫権に、魯粛は冷静に呟く。


「酔ってねーよ! って言うか飲んでねーし! 今の子瑜の話聞いてなかったのかよ。あのエセ君子と口先軍師は一応形には沿っていても、あのヒゲはそれを反故にしやがったんだぞ? 許されてたまっかよ! やってやろうじゃねぇか!」


「熱いのう。そんな事せんでも、そのヒゲからエセ君子が約束した土地は取り返せるわい」


 熱くなっている孫権だけでなく、直接交渉した諸葛瑾や他の文武官達も魯粛の言葉に驚いている。


「魯粛、この場は冗談を言う場では無いぞ?」


 張昭が睨みつけてくるが、魯粛は首を傾げる。


「冗談? ワシは大都督としてモノを言っておるのじゃがのぅ」


「大きく出たじゃないか、大都督。冗談のつもりではないと言うのであれば、言った事は実行してもらうぞ。兵はどれくらい必要だ?」


「最小であればワシ一人で事足りるのじゃが、一応体裁も整えたいからの。そうじゃな、三千もあれば十分過ぎるわい」


「関羽相手に、三千? 三万ではなく?」


 呂蒙が尋ねると、魯粛は頷く。


「戦にはいろんな形があるからのう。お主にも教えてやるから、ワシの副将じゃな。あとは酒と肉があれば文句なしじゃ」


「……戦、だよな?」


 孫権は疑わしそうに尋ねるが、魯粛はニヤリと笑いながらも頷く。


「先ほど子明にも言うたが、戦にはいろいろな形があるのじゃ。武将を殺す事が目的の戦であれば刀槍の類が必要じゃが、今回はそう言う戦では無いからの」


 魯粛はそう言うと、呂蒙を副将として、その旗下には甘寧やこれまで後方支援が主だった呂岱りょたいなどを加え、荊州の堺に兵を率いて出向いていった。




 出撃そのものを隠すつもりが無い魯粛だったので、すぐに荊州の守備軍から捕捉される事となったが、それらの事にもまったく意に介する事無く荊州の堺へ進んでいく。


「ふむ、この辺りが良いのう。見晴らしも良いし、ここに宴会場を設営するぞ」


「宴会場?」


 戦とはまったく関係無い事を言い出したので、呂蒙が尋ねる。


「うむ、言うたじゃろ? 今回の戦はお主や甘寧の考える戦では無い。故に呂岱も連れてきたのじゃ。むしろ、この戦の主力は呂岱と言っていいじゃろう。呂岱はワシのやろうとしておる事が分かるかの?」


「接待、でしょうか?」


 呂岱は自信無さげに答えるが、それ以外に無い事は呂蒙達にも予想出来た。


「正にその通り。これで荊州南部を頂く」


「何を馬鹿な事を。あのヒゲが機嫌を取っただけで譲るワケないだろ? あんた、ナメてるだろ?」


「子明は熱いのう。まぁ、心配いらん。ワシとて主の前で大口を叩いたのじゃ。ちゃんと口にした程度の仕事はやってみせるわい」


 魯粛は広大な大地を見ながら言う。


「……これが最期の仕事になるじゃろうからの」


「は? 何ブツブツ言ってんスか?」


「お主には大都督に対する敬意が足りんのう」


「俺にとっての大都督は先代であって、当代は代理みたいなモンなんで」


「言うてくれるのう。じゃが、今のお主は代理の副将じゃ。働け、働け。余った酒と肉は振舞ってやるわい」


「では、働きましょう」


 甘寧は渋る呂蒙に言う。


「興覇、お主はダメじゃぞ?」


「え? 何で?」


「ふむ、ここは皆の意見を聞いて決めよう。興覇に酒を飲ませたくない者」


 魯粛の言葉に、呂蒙や呂岱だけでなく兵士達までも手を上げている。


「そう言うワケじゃ。肉は良いところを分けてやるから、大人しくしておれ」


 肩を落とす甘寧を尻目に、まさに主力と言うべき仕事ぶりを見せる呂岱のお陰で関羽率いる荊州軍が到着するまでに宴会場の設営は完了した。


「お主らは下がっておれ。ここはワシと楽隊、あとは女官達で十分じゃ」


 魯粛自身は宴会場に残り、率いてきた軍はその場から百歩以上離れさせる。


「見たところ、荊州軍は三万か。雲長め、全軍を率いて来おったわ。さて、一人向こうの大将を誘ってきてくれんかの。見た目は怖いが、特に害は無いじゃろう」


 とは言え、そこまで肝の座っている人物はそう多くはない。


「私でもよろしいでしょうか」


 恐る恐る声をかけてきたのは、若い女官の一人だった。


「うむ、構わんぞ。若いのに大した女傑じゃの」


「いえ、大都督と奥方様にはお世話になっていますので」


 どうやらこの女官は魯粛の邸宅に住んでいる使用人の一人らしく、魯粛とは面識は無いものの于氏から招かれた貧しい生まれの者と言う事だった。


 生まれが貧しかった事もあって、母と弟が病で困っていたところを于氏に拾ってもらい、しかもたまたま華佗が滞在していた事もあって、大きな恩があると言う事でそれを返したいと、肝っ玉だけではなく忠心と孝心も持ち合わせている女官だった。


 関羽との対談となると諸葛瑾ですら緊張するのだが、若い女官は見事にその任を勤め上げ、関羽は極近しい者を数名連れて魯粛の待つ宴会場へとやって来た。


「孫呉の大都督とは、この様に酔狂を好むか?」


「その誘いに乗る側も相応に酔狂じゃろう? それとも、何か思うところがあるのかのぅ」


「それはそちら側であろう」


 関羽は馬上で青龍刀を手にしたまま魯粛に言うが、魯粛はまったく意に介する事も無く、宴会場に用意していた卓に座ったまま立ち上がろうともしない。


 しばらく睨み合った後、関羽は傍らの武将に青龍刀を預け、馬を降りて魯粛の前に座る。


「何か誘いがある様だが、この関羽、恐るるものなど何も無い」


「さほど警戒する様な事なんぞ無いわい。ワシはただ、お主と話がしたいと思っておるだけじゃ」


 魯粛はそう言うと、関羽の前に酒と料理を出す。


「今はお主に対してだけではあるが、後から荊州の者にも同じ酒と料理を振舞おう」


「それで、先頃軍師殿の兄を遣わして奪おうとした土地を改めて奪おうと言う魂胆か」


「それも有るには有るが、それよりやはり雲長と話がしたいと思ってのう」


 そう言って力無く笑う魯粛を見て、関羽は眉を寄せる。


「何やら、らしくない物言い。それに顔色も優れない様子だが」


「うむ、生憎と長く無いらしい。こうして雲長と話が出来るのも、今日が最期になるじゃろうの」


「……その手の泣き落しで、この関羽が譲るとお思いか?」


「どうせならもう少し楽しい話をしたかったのだが、時間が無いからのう。確かこの書状には長沙、零陵、桂陽を返還するとあったらしいのう」


 魯粛は諸葛瑾が劉備からもらった書状を、関羽に見せる。


「それが何か?」


 関羽は冷然と尋ねるが、魯粛はその書状をまともに見ようともせずに近くで肉を焼いている火の中に放り込む。


「何をされるか? それは正式な書状では無かったのか?」


「従うつもりが無いなら、いらんじゃろ」


 平然としている魯粛に、関羽の方が焦ったくらいである。


「そんな土地の話より、雲長とくだらない話をする方がワシには貴重で有用なのじゃがのぅ」


「荊州南部の問題はさほど大きなモノではない、と?」


「無いな。この会談が終わる時には、荊州南部はお主の意思で返還するからのう」


「この関羽が譲ると?」


「むしろ譲りたいと思っておるじゃろうに。無理はせずとも良かろう」


「無理? 何を言われるか?」


 関羽は本当に何を言われているのかわからないと言う感じで、魯粛に尋ねる。


「土地は徳ある者が治めるべきである!」


 我慢ならなかったのか、関羽が青龍刀を預けた武将が少し離れたところから怒鳴る。


「ほう、元気な者がおるな。お主の息子か、雲長」


「お恥ずかしい限り。この様な者に国家の大事の何が分かりましょうか、控えよ、関平」


 関羽が手で制すると、乗り込んでこようとしていた関平は踏みとどまる。


「土地は徳ある者が治めるべき、か。なるほどのう。じゃが、その論で言うのならば、今の雲長は治めるに値せぬのでは無いかのう?」


「魯子敬殿、この関羽を愚弄するつもりかな? この関羽、先には曹操の関を破り守将も切った。愚弄するつもりであれば、病人であれど容赦するつもりはありませんぞ」


「出来ん事は言うな」


 関羽が冷静な口調で脅してくるのを、魯粛は薄笑いを浮かべながら言う。


「ほう、この関羽には出来ないと申すか?」

「出来んよ。例えばそこのせがれ、翼徳などであれば喜んでワシの首を刎ねる事じゃろう。子龍や孔明も、なんなりと理由をつけてワシを切る事は出来るじゃろう。が、雲長、お主には切れんよ」


「理由が聞きたいものですな」


「お主が『関羽雲長』じゃからじゃよ。戦場で敵に囲まれようと、お主の青龍刀と赤兎馬があれば敵を切り裂き屍の山を築く事じゃろう。しかし、今のワシを切る事は出来ん。それは主君の為を思えば正しき事であったとしても、その忠は『関羽』の忠道ではない。お主はまず『関羽』であり、そこから逸脱する事を良しと出来るほど器用でもあるまい。お主がどれほど息巻いたところで、『関羽』が切るにはまだワシは値せんじゃろう。病身を押して単身、武器すら持たぬワシを『関羽』が敵として認識出来んのじゃからな」


 魯粛は笑いながら言うが、関羽はさらに表情を険しくする。


「この関羽を理解した気でいるのか」


「いや、理解してなどおらんよ。ただワシが『関羽』に期待をかけておるだけじゃ」


 どれほど関羽が凄もうと、魯粛は眉一つ動かす事無く平然としている。


「その関羽にとって、此度の理不尽は望むところではあるまい。軍略として荊州を返すのは避けたいと思っていても、『関羽』は筋を通す為に三郡の返還を望んでおるのではないか?」


「それこそ期待だな、魯粛殿よ」


「かも知れん。じゃが、侠とはそう言うモノじゃろう? 軍略にとる成否など、言わばただの損得勘定じゃからのう。侠とはそう言うモノではあるまい?」


 魯粛はそう言うと酒を飲むが、関羽は何も答えられず同じように酒を口に含む。


「……良い酒だ」


「本当は酢を用意しようとも思ったのじゃ。お主らが荊州を返還する時に飲もうと思っておった名酒が、いつまでも返さんから酢になってしもうた、とか言うのも面白そうじゃと思ってのう。もっとも、そんな無駄な時間で雲長との時間を無駄にしとうなくてのう」


「それによって返還を迫るつもりか?」


「長沙だけはそのつもりじゃ」


 魯粛の提案に、関羽はやはり妙な表情を浮かべる。


「お望みは三郡だったはず。長沙だけとは如何なる判断で?」


「それこそ軍略ではなく、感情の話じゃよ。我が主の孫権にとって、長沙は特別な場所と言うだけの話じゃからのう」


「特別?」


 関羽は一瞬考えたが、すぐに答えに行き着いた。


「海賊狩りの孫堅、と言う事か」


「ご名答。主君の父、大王たる孫堅がその名を馳せた足掛かりの地。軍略などではなく道義の意味で長沙さえ返還されれば、ワシとしては言い訳も出来ると言うものじゃ」


「結局は泣き落しに行き着く、と言う訳ですかな」


「芸は無いが、嫌いでは無かろう? それとも軍略の損得勘定の話がしたいか? ワシにとってはそれこそ専門分野じゃが?」


「いや、全てがその通りと言うワケではないにしても、この関羽にとって痛いところを突いて来ている事は認めざるを得まい。そちらの言い分通り、長沙の返還はお約束致そう。それで満足かな?」


「はっはっは、あの雲長から妥協を引っ張り出したのじゃからワシの武名となろうぞ。十分じゃろう」


 楽しげに笑う魯粛に対し、関羽は残った酒を一気に飲み干すと立ち上がる。


「一つ、確認させてもらおう」


「一つと言わず、何なりと」


「先ほどから鳴らしておる楽曲だが、『羽』の音を除いて演奏しておるが、これはこの関羽を除こうとしていると伝えているおつもりか?」


「もし本当にそれを実行するつもりであれば、それを悟らせる事などさせまいよ。じゃが、その様に考えておる者は孫権軍内において皆無ではないからのう」


「張遼如きに遅れを取る様な軟弱な兵など、恐るるに足りん。それで恩に着せるつもりであれば、安かったですな、魯粛殿」


「張遼に遅れを取ったのは事実。じゃが、それは張遼があそこまでの武将であると読みきれなかった事が原因。相手が関羽であったならば当然それに合わせた警戒はするじゃろう。残念じゃが、関羽と張遼では武名の通りが違うのじゃから、同じ失態はせぬよ」


 魯粛の答えに、関羽は力を抜いて笑う。


「よろしい、長沙と桂陽の二郡の返還はこの関羽の名において約束致しましょう。それで良かったか?」


「十分に。今日は楽しめたぞ、雲長よ。後日、酒と料理は荊州軍にも振舞おうぞ。その際には通行の許可は出してもらえるかのぅ」


「商人の通行はお許し致そう」


 魯粛と関羽はそう言って別れる事となった。




 が、二郡の返還はすぐに履行されなかった。


 その事を不満に思った袁龍えんりゅうが兵を起こして、立て篭ったのである。

正史と演義で大幅に違う単刀会


正史において、この時の魯粛と関羽は本当に戦してます。

けっこうガチでやり合っていたのですが、曹操が来ると言う報告を受けて劉備側が停戦を呼びかけ、その時に長沙と桂陽を差し出して停戦してます。

演義では髭男爵がやりたい放題です。

なんだかんだ言い訳した後、魯粛を人質にして立ち去っています。

土地の返還もされていないとする話もあった為、孫権軍の恨みを買いまくってます。

ただし、話によっては土地の返還を果たしていると言うモノもあり、おそらく年代の古い方が理不尽髭男爵で、新しくなるほど度量が広くなっているのではないでしょうか。


また演義準拠の魯粛も新しくなるほどに、一方的に人質にされる事も少なくなってます。

功績に対しての扱いがあまりにも酷いと思われた為でしょう。

演義での魯粛の扱いって、本当にただの中間管理職だったので見直されてきたと言う事だと思います。

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