『メルティーナ』始動
・・・・・・・。
・・・・・・・・・・。
ガバッ!!
「・・・はぁ・・はぁ・・夢・・ですか」
夢から目覚めると、私はびっしょりと汗をかいていました。
五年前に起こった事件。
表向きには鬼が原因不明の『大量襲撃』を起こしたとして処理されています。
そして、その『大量襲撃』によって『ライズ』の町は壊滅して、私を除いた全ての住民が犠牲となったと言われています。
私が現在暮らしている『ヨークスカ』の郊外には、当時の犠牲者となった人々の慰霊碑が建てられています。
「そう言えば、最近忙しくて行けませんでしたね・・」
夢をきっかけにして久しぶりに慰霊碑へ足を運ぼうと考えた私は、簡単に身支度をしようと自室の机にある引き出しからバレッタを取り出します。
知っている人が見ると、バレッタが神白銀で出来ている事がバレてしまうので普段は身につけませんが、せめて慰霊碑に行く時はおばあちゃんの形見を身につけたいと思い、今日は特別に『白銀薔薇のバレッタ』を持っていくことにしました。
そして、そのままイシズおばさんのいる厨房に足を運びました。
「おや?アリアちゃん今日は遅かったね?どうかしたのかい?」
不思議に思ったイシズおばさんは、私のバレッタを見ると納得した表情をしました。
「あの・・」
「慰霊碑に行くんだろ?今日は宿泊者も少ないし、私一人で大丈夫だよ。行ってきなさい」
「ですが・・」
「いいからいいから、なんなら今日はお休みにして久々に町を散策してきたらいいよ。最近忙しくてずっと手伝ってもらっていたからねぇ」
「っ!・・ありがとうございます!イシズおばさん!」
私はおばさんに礼をすると、早速慰霊碑へと向かいました。
・・・・・・・。
・・・・・・・・・・。
ザァ・・。
『ヨークスカ』の郊外にある丘に建てられた慰霊碑に吹く海風が私の頬を優しく撫でます。
『創世紀六一九五年九の月、全ての『ライズ』で亡くなった魂に『女神ハーティルティア』の祝福があらんことを』
私は、慰霊碑に刻まれた文字を撫でながら、それを心の中で読み上げます。
「おばあちゃん・・私、がんばっているよ?おばあちゃんも『失われた神界』から私の事を見守ってくれているのかな?」
「この五年間、いろんな事があったけど・・今はイシズおばさんのおかげで毎日楽しく過ごしているよ」
「でも、私も今年で十六歳・・いつまでもイシズおばさんのお世話になるわけにはいかないし、独り立ちする方法を考えないとね」
「私の・・この黒い髪でも魔導を使う事を認めてくれる場所が見つかればいいね・・」
「私には・・有り余るマナで魔導を使うくらいしか能が無いから・・」
「っと!いけない!落ち込んでばかりもいられません!せっかく頂いたお休みですし、日頃お世話になっているお礼にイシズおばさんに渡すお土産を探しにいきましょう!」
キィィィィン!!!!
ゴゥゥゥ!
「!?」
ちょうどその時、私の上空で巨大な複数の黒い影が暴風を巻き起こしながら過ぎ去って行くのが見えました。
「っ!?あれは!?」
私は、遠ざかって行く黒い影を見て目を見開きました。
「あの時の・・・魔導機甲・・!!」
五年前の出来事を忘れた日はありませんでした。
そして、今私が見た魔導機甲は、間違いなく五年前に焼け落ちていく私の家の前で目撃した二機の魔導機甲と同じ機体でした。
しかも、五年前に目撃した機体以外のものも合わせると、確認した数は八機程にもなります。
そして、それらは全て『ヨークスカ』市街地へと向かっていきました。
その光景を見て、嫌でも五年前と同じ悪い予感がよぎります。
「『ヨークスカ』が危ない!!っ!イシズおばちゃん!!」
五年前に大切なおばあちゃんを失ってから、まるで実の親の様に面倒を見てくれたイシズおばちゃん。
私はもう、大切な人を誰一人失いたくありません。
魔導機甲八機を相手にすることができる戦力なんて、すぐには派遣できません。
私はぐっと手に力を込めました。
「こうなったら・・私が食い止めるしかありません。この力は・・きっとその為に授かったものですからっ!!」
ドォォォォン!!!!
そして、とうとう市街地中心部から火柱が上がり始めました。
もう迷っている暇はありません。
私は身に着けた『白銀薔薇のバレッタ』に手を添えると、声高らかに言葉を綴ります。
「お願いします!『メルティーナ』!!私に力を貸してください!!」
パァァァァァ!!!!
直後、凄まじい閃光が私のバレッタから放たれます。
そして、直径十メートルにもなる、複雑な模様の円状魔導式が出現します。
ズズズズズズ・・・・・。
その魔導式の中心から、美しく黒光る機体が徐々に顕現してきます。
やがて、跪いた状態の全高十七メートルにもなる機体の全容が現れました。
シュッ!シュッ!シュッ!
私は跪いた『メルティーナ』を器用に昇って行き背面ハッチまで辿り着くと、近くの小さい魔導式に手を触れながらマナを込めます。
バッシュウ・・・!
直後、空気が漏れるような音が鳴りながら重々しい背面ハッチが開きました。
ウィィィィン・・・。
シュタッ!
そして、コクピットからせり出してきた座席に素早く乗り込みます。
『メルティーナ』の座席は魔導二輪車のような形状をしていて、操縦レバーとフットペダルに手足を置くと前傾姿勢になります。
私は今、町娘がよく着るような木綿のワンピースを身に着けているので、座席に跨ると太腿がめくれてしまって少々はしたない見た目になってしまいますが、緊急事態ですので致し方ありません。
ウィィィィン・・・プシー・・。
そして、私を乗せた座席が再びコクピットに呑み込まれて背部ハッチが閉じられるのを確認すると、私は操縦レバーを握りこみます。
「『メルティーナ』始動します!」
シュイィィィィィン!!!
『始動します』と言っていますが、実際はレバーに触れるだけで操縦座席やコクピット内の神白銀板に刻まれた魔導式が発光して、次々と複雑な魔導が発動していきます。
おばあちゃんは今まで誰も『メルティーナ』を始動できなかったと言っていましたが、私が何不自由なく機体を始動できるということは、『メルティーナ』が私の事を認めてくれていると思っていいのでしょうか。
この『メルティーナ』は機体全てが神白銀で出来ており、勇者ニアール様とクラリス様が設計した二機の機体の一つで、後に『女神ハーティルティア』様が神白銀化を施したものだと、歴史書には書かれています。
『女神様』が神白銀化を施した二機の機体は魔導機甲ではなく『人工女神』という特別な名称で呼ばれ、この『メルティーナ』は勇者ニアール様が設計した方の機体です。
そして、その話が事実なのであれば、『メルティーナ』は間違いなく唯一無二の『神器』ということになります。
「おばあちゃん!今度こそ大切な人を、この手で救うから!!」
グイッ!
握っていた操縦レバーのマナ出力調整スロットルを一気に捻ると、魔導コンソールに表示されたマナ出力表示が一気に跳ね上がります。
マナ出力表示は『二十五万サイクラ』を軽く超えた数値を示していましたが、正直それが魔導機甲に対してどれだけの出力差があることを示しているのかはわかりません。
『一サイクラ』が一般的な魔導士一人分のマナ出力とほぼ同等という事はわかりますので、とりあえず凄い数字だというのはわかりますが・・。
そして、背部の可変『飛翔魔導』ユニットが展開し、『飛翔魔導』の術式が発動しはじめました。
ドォォォォン!!!
直後、爆発のような音と衝撃波を発生させながら、『メルティーナ』は市街地中心部に向けて一気に飛翔し始めました。
「急がないと・・『ヨークスカ』の町が火の海になる前に・・・!!」
そして、空気の壁を突破した『メルティーナ』は、瞬く間に火柱の発生源となっている市街地に到達しました。