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クモをつつくような話 2019~2020 その3

作者: 山崎 あきら

『クモをつつくような話』の下書きが溜まってしまいましたので、再編集して四回分ほどをまとめてアップさせていただきます。今後も毎週日曜日にアップしていく予定でいます。どうぞごひいきに。

 なお、この作品はノンフィクションであり、実在のクモの観察結果に基づいていますが、多数の見間違いや思い込みが含まれていると思われます。鵜呑みにしないでお楽しみください。

 8月15日。

 近所の体長20ミリほどのナガコガネグモは円網に隠れ帯を付けていない。これも生物的なゆらぎの範囲内なんだろうか? 

 今日は体長4ミリくらいのオニグモの仲間の円網に指を置いてみた。すると、この子は触肢でもしょもしょをいつまでも続けるのだった。クモはこれくらいの子が一番かわいいね。体長8ミリを超えるジョロウグモだと、ほとんどの子は指を近づけただけで「あ、また指が来た」とばかりに逃げていくか、逃げない子でも「しょうがないわねえ」とでも言いたげに脚先でチョンチョンしてから触肢で軽くもしょもしょして終わりなのだ。お金を払っているわけでもないから「もっとサービスしてくれよ」とも言えないし……。まあ、来年になればまた若いジョロウグモたちに会えるはずだからそれまで我慢だな。


 8月16日。

 近所のナガコガネグモの円網をエノコログサ(猫じゃらし)の枯れた穂でツンツンしてみた。するとこの子は駆け寄って、枯れた穂を脚4本でしばらくの間抱え込んでチェックした後、ホームポジションに戻ったのだった。

 次は指でツンツンしてみる。この場合はあっさり円網を揺らして威嚇。

 最後に0.3ミリの針金。ナガコちゃんは第1脚をピクリとさせただけでそれ以上の動きを見せなかったのだが、しばらくの間ツンツンし続けると寄ってきて数回脚でタッチして納得したようにホームポジションに戻ってしまった。ナガコガネグモはジョロウグモよりは大物狙いだとは言えそうだ。ただし、十分な間を置いたわけではないからエノコログサ以外は記憶が影響したという可能性も否定できない。

 ついでにクサグモの棚網もエノコログサでツンツンしてみたのだが、まったく反応なしだった。この子は比較的小型の獲物を狙っているということらしい。

 さらにジョロウグモ。8ミリクラスの子2匹は脚で何回かチョンチョンとタッチしてからホームポジションに戻った。そして12ミリクラスの子2匹は何回かチョンチョンした後、しばらくの間触肢でもしょもしょしていたが、最終的には諦めた。

 クモたちにとっては迷惑な実験だっただろうが、どうやらそれぞれの種で狙っている獲物の大きさが違うらしいくらいのことは言えそうだ。しかも、ジョロウグモでは大きくなるにつれてより大きな獲物を狩るようになるという可能性もあるかもしれない。いずれにしろ、何かしらの棲み分けが行われているのは間違いないと思う。


 8月17日。

 枯れ葉の下に隠れているヒメグモたちのお尻のオレンジ色はだいぶ薄くなってきた。色素の量を増やさずに体だけを大きくしているような感じだ。そして相変わらず雄の姿は見えない。もう雄の出番は終わってしまったのかもしれない。交接を終えたら無駄飯食らいどころか、雌の獲物を横取りする有害な存在になりかねない雄などいない方がいいのだろう。そういう考え方は人間としては異常なのは承知しているつもりだが、ほとんどの地球型生物にとっては正しいことだろうと作者は思う。


 8月18日。

 ヒメグモが何匹か住んでいるツゲの木で、1匹だけ不規則網に枯れ葉を付けていないヒメグモがいるのに気が付いた。しかも、そのポジションは枯れ葉を付けているヒメグモたちの中心近くになる。ヒメグモが枯れ葉を用意するのは、その下で産卵し、卵から孵った子グモたちに食べ物を与えるためだというから、それを必要としないということはこの子は雄なのかもしれない。そういうことならば、このツゲの木は1匹の雄が支配しているハーレムということになる。まあ、複数の雌と交接できるのなら1匹の雄が行動できる範囲に他の雄がいてもただの無駄飯食らいでしかないということなのかもしれない。ああっと、その雄がいなくなった時のためのスペアにはなるわけか。


 8月18日。

 ミナミノシマゴミグモのミナミちゃんと再会した。嫁に行ったわけではなかったらしい。いやいや、もしかしたら旦那さんに暴力を振るわれたとか、お姑さんにいびられまくったとかで泣きながら実家へ帰ってきたのかもしれない。〔んなわけあるかい!〕

 ただ、お尻の模様はそのままなのだが、その横方向への張り出しが弱くなっていた。お尻の46サンチ砲も太く、先端が丸くなって、お尻が全体的に紡錘形になってきている。もしかするとこの子はヤマトゴミグモだったのかもしれない。そして円網に指を置いてみると、ためらいがちに寄ってきて脚でチョンチョンしてからホームポジションに戻ってしまった。ジョロウグモでもこういう傾向が見られるのだが、指は食べられないということを学習してしまったんだろうかなあ……。

 コンクリートの低い壁に手をついてミナミちゃんを観察していたら左手の甲を体長3ミリほどのアリが歩いていた。せっかくなので近くにあった体長12ミリほどのジョロウグモの円網に投げ込んだ……のだが、この子はアリに近寄ってもどうしたらいいのかわからない様子で脚を振り上げるだけで、それ以上のことをしないのだった。そのうちにもがき続けていたアリは円網から外れて落下し、この子はほっとした様子でホームポジションに戻っていった。体格差から見て勝てない相手だとは思えないのだが、これでも獲物にするのには大きすぎるということなんだろうか? 安全第一で小さな獲物だけを捕らえる慎重派だというのなら成体になる時期が9月から11月とナガコガネグモ(8月から11月)に比べて遅めなのも納得できるのだが……。


 8月20日、午前5時。

 体長12ミリほどに成長したイエオニグモの円網に指を置いてみた。この子は最初は脚1本を動かしただけだったが、指を少しずつ寄せていくと飛びついて指に乗ってきた。それからしばらく指の周囲をウロウロしていたのだが、やがて湯沸かし器の裏に入り込んでしまった。夜が明けていたせいもあるんだろうが、同じくらいの大きさのジョロウグモたちよりもあっさりしたものである。


 8月21日。

 今日は昼過ぎに買い物に出たのだが、近所のナガコガネグモたちもジョロウグモたちも微妙にお尻が傾いていた。そして、そのお尻の向いている方向には太陽がある。つまり、あまりにも暑いので少しでも体温の上昇を遅らせるために太陽光を受ける面積をできるだけ減らそうということらしい。日陰に入れば済むことだとは思うが、クモにはクモの意地があるということなんだろう。〔あるのか、そんなもの?〕


 8月22日。

 昨日の最高気温は31度を超えていたのだが、今日は30度台である。そのせいか、近所のナガコガネグモもジョロウグモもお尻を太陽に向けていなかった。気温31度の辺りにボーダーラインがあるのかもしれない。


 8月23日。

 ヤマトゴミグモ(多分)のミナミちゃんの円網に指を置いてみると、今回はかなり長時間もしょもしょしてくれた。前回は作者の触り方が悪かったということなのかもしれない。まだまだ修行が足りないのだな。

 今日は今年初めてコオロギの鳴き声(正確には羽をこすり合わせて出している音らしい)を聞いた。まだまだ暑いのだが、秋は確実に近づいているのだなあ。

 話は変わるのだが、用水路の脇の草地に入り込んでショウリョウバッタやイナゴを捕まえることにした。もちろんクモに食べさせるためである。近所のダイソーには捕虫網がなかったし、あったとしてもそれを背負ってロードバイクに乗るのはみっともないので、金魚などをすくうのに使う30センチほどの柄が付いた手のひらサイズの網を用意したのだが、結局ナップザックを投げつけて飛び立てないようにしておいて手で捕まえるのが一番だった。

 この用水路周辺は獲物が多くて早く成長できるらしく、長さ五メートルほどの範囲に体長25ミリクラスでお尻の幅が約15ミリという立派な体格のナガコガネグモが3匹もいた。力士キャラというのはコガネグモで使ってしまったので、ここでは相撲部屋のおかみさんということにさせてもらうことにする。相撲部屋のおかみさんで太っている方というのは見たことがないのだが、そこは気分である。

 ここにはその他にも体長10ミリほどのオニグモの仲間が1匹、同じく10ミリクラスだが、細身のヤサガタアシナガグモらしい子も1匹いた。しかし、どういうわけかこの用水路にはジョロウグモがいない。ジョロウグモは人間がいる場所の近くが好きということなんだろうか? 

※成体に近づいたジョロウグモはより高いところに引っ越していくために、家や立木のある場所を好むということらしい。獲物の大きさやその総量にもよるのかもしれないが。


 3匹のおかみさんのうち1匹は体長30ミリほどの獲物を食べているようだったので、残りの2匹の円網にそれぞれ体長20ミリほどのバッタと25ミリほどのイナゴを置いてみる。というか、踏み外して用水路に落ちると困るので、最初はおかみさんAの円網にイナゴを投げてみたのだが、円網を突き抜けてしまったのだ。で、新たに捕まえたバッタを持った手をいっぱいに伸ばしておかみさんAの円網にそっと置いたのである。すると、おかみさんAはすぐに駆け寄ってきてバッタの脚を捕らえると捕帯を巻きつけ始めた。クモの脚は8本もあるから円網の糸に脚を引っかけたまま、獲物に捕帯を巻きつけることができるのだ。こうなると8本脚というよりも8本腕という感じになる。ナガコガネグモもコガネグモに負けず劣らず、自分よりも大きな獲物にも立ち向かっていく勇敢なハンターなのである。

 あっという間にバッタをぐるぐる巻きにしてしまったおかみさんAはいったんホームポジションに戻った。これは先日のコガネグモと同じ行動なので、すぐに食べないのがコガネグモ科のマナーなのかな、と思って次のクモにかかる。

 次はオニグモの仲間である。この子の円網にもイナゴを置いてみたのだが、この子は近寄ってチョンチョンしただけでホームポジションに戻ってしまった。「やだっ。こんな大っきいの無理!」ということらしい。〔こらこら〕

 この子の円網は科学雑誌によく出てくるブラックホールのイラストのようにへこんでしまっているし、体長で3倍以上のイナゴというのはさすがに無理があったようだ。イエオニグモなどもそうだが、オニグモの仲間はごつい容姿に似合わず、あまり大きな獲物には手を出さないのかもしれない。作者の指のようにまったく抵抗しない獲物ならば納得いくまでチョンチョンもしょもしょするようだが。

 次はおかみさんB。今度は捕まえたイナゴを最初から円網にそっと置いてあげる。すると、おかみさんBも飛びついてきてイナゴをぐるぐる巻きにしたのだが、おかみさんAとは違ってそのまま食いついた。これはどういうわけなんだろう? あり得る可能性としては、獲物に激しく抵抗されるとその分疲れるので、抵抗できなくしてしまってから一息入れて、それから食べるというところだろうか。おかみさんBの場合はイナゴの抵抗も弱かったので、あっさりとぐるぐる巻きにしたのだろう。

 用水路の上や川沿いのガードレールのような場所に円網を張っているクモたちは、水辺でない場所に比べて成長が早い傾向があるような気がする。獲物が豊富だということなんだろう。本来は垂直に張るべき円網を大きく傾けても、それに見合うだけのメリットはあるわけだ。


 8月24日。

 近所にいる体長20ミリほどの細身のナガコガネグモにもイナゴをプレゼントしたのだが、この子は円網の端まで逃げてしまった。そこで円網を揺らしているうちに暴れ続けるイナゴは円網に大穴を開けて逃げてしまった。お尻の幅はともかく、脚の長さは用水路のおかみさんたちと同じくらいだと思っていたのだが、ナガコガネグモだから積極的に大物を狩るということでもないらしい。〔迷惑な話だな〕

 この子は円網に隠れ帯を付けていないからナガコガネグモとしては少々変わり者なのか、あるいは、大物狙い・小物狙いという原則はあっても、その範囲内で自分の能力に合わせて仕留めるか、逃げるかを判断しているという可能性もあるかもしれない。この辺りは来年以降の課題ということになりそうだ。前年にクモが現れた場所にまた現れるという保証はないから広い範囲をこまめに観察していく必要があって面倒ではあるのだが、それぞれのクモが好む場所や現れる時期といったデータは確実に集まっているし、年金生活者の暇つぶしにはちょうどいいのかもしれないしな。


 8月25日。

 昨日は近所のナガコガネグモ(「ナガコちゃん」と呼ぼう)に迷惑をかけてしまったので、今日は体長15ミリほどのバッタを進呈した。すると、ナガコちゃんは少々手間取りながらもちゃんとぐるぐる巻きにして、一休みしてから口を付けたのだった。コガネグモ科ではこれが一般的な作法なのかもしれない。ただし、気温が低い場合は別、という可能性もなくはない。これも今後の課題だ。


 8月26日。

 近所のナガコちゃんの隠れ帯が付けられていない円網を長さ50センチの針金でツンツンしてみた。これはつまり大型の獲物の振りである。そうしたら、いきなり捕帯でぐるぐる巻きにしてくれた。昨日バッタをあげたばかりなので期待していなかったのだが、食欲はありそうだ。そこでスーパーからの帰りに近くの駐車場の草むらで体長15ミリほどのバッタを捕まえた。実はナガコガネグモが獲物に捕帯を巻きつけている場面の撮影にはまだ一度も成功していないのだ。

 バッタを円網に置いてみると、ナガコちゃんは円網の端まで逃げて円網を揺らした。その間暴れ続けていたバッタは円網から外れてしまう。他のナガコガネグモなら飛びついて来るような置き方をしたつもりなのだがうまくいかなかった。どうもこの子はナガコガネグモとしては、よく言えば慎重、はっきり言えば臆病で鈍くさい子のようだ。そのせいか、お尻の幅はこの時期でも12ミリほどでしかない。しっかり食べて用水路のおかみさんたちのようになって欲しいものだ。1日おきに20ミリ以下のバッタをあげてみようかなあ。30ミリクラスのイナゴなら捕まえやすくて楽なのだが、この子の場合はおびえて威嚇しているうちに逃げられてしまうような気がする。

 バッタをもう1匹捕まえてきて再トライ。今度は素早くぐるぐる巻きにしてくれた。手(脚)が速すぎてカメラの準備が間に合わなかったくらいだ。つまり、またもや失敗である。今回は作者の側の問題なのだが、どうにもつきあい方が難しい子である。

 この子に獲物をあげるのにはもうひとつ理由がある。ナガコガネグモがいつ交接するのかを知りたいのだ。以前ツーショットを撮影したナガコガネグモは用水路のおかみさんたちのように太っていなかった。ということは、まだスマートな体型のうちに円網から数本の枠糸に切り替えて雄を呼び寄せ、交接した後に再び円網にして、今度は卵のために栄養を摂るのではないかと思うのだ。この子をまめに観察し続ければ交接のために円網を数本の枠糸に切り替えるところを見届けることができるんじゃないかと期待しているわけである。ストーカー行為だという自覚はあるのだが、科学の発展のために必要なことである。お許し願いたい。

 話は変わるのだが、昨年に引き続き今年も近所の畑でサツマイモの花が咲いた。ただし、道路から数個見えるという程度で、一枚の畑のサツマイモが一斉に開花というものではない。花は同じヒルガオ科のアサガオに似たトランペット形で、中心部が薄い赤紫色、周辺部は白っぽくなっている。一般的なアサガオの花は外側が濃い色で中心部が白いから逆の配色である。

 ウィキペディアによると、サツマイモは「本州などの温帯地域では開花しにくく、品種や栽培条件によってまれに開花する程度である」のだそうだ。ごくわずかとはいえ、毎年開花するというのは温暖化が進行している証拠なんだろうか? 日本は、地球は、いったいどうなってしまうんだろう?


 8月27日、午前6時。

 ズグロオニグモの円網に人差し指を置いても逃げる様子がないので、指を近づけていって左の第一脚に触れてみた。するとこの子は「やめてよ」と言うようにその脚を持ち上げたのだった。さらに左の第二脚にも触れてみると「やめてってば」とこの脚も持ち上げた。これは脚の先が触れただけで獲物にするかしないかの判断ができるということなのかもしれない。しかも逃げるわけでもない。こういう反応を見せるクモは珍しい。作者の記憶にある範囲ではサツマノミダマシくらいだ。ジョロウグモやイエオニグモだと触れる前に逃げるか、脚でチョンチョンと触れてみたり、触肢でもしょもしょしてみたりである。まだ確認できていないが、ナガコガネグモなどは女王様気質なので、いきなり押し倒してロープを持ち出すんじゃないかと思う。〔「捕帯」と言え。「捕帯」と!」

 獲物をぐるぐる巻きにしてしまったナガコ女王様は哀れな獲物に歩み寄ると、そっと唇を寄せ、鋭い牙を……。〔やめんか!〕

 ええと、脚2本にタッチできたのなら3本目を目指すのが男というものである。作者が左の第三脚にそっと触れると、この子は「もういやっ」とばかりに湯沸かし器の裏に帰ってしまった。つまりこの子の許容範囲は脚2本までということらしい。機会があったら(早起きできたら)追試をしてみたいものだ。


 8月28日、午前6時。

 ツゲの木のヒメグモたちの中にお尻がモスグリーンになった子が2匹現れた。片方は同じような色のワンタンのようなものを抱えている。これは卵囊か……と思ったのだが、獲物のガだったようだ。

 枯れ葉の下に隠れるクモでお尻が緑色の子というのは『日本のクモ』には載っていない。緑色のお尻に注目すればコンピラヒメグモとキヨヒメグモがいるのだが、枯れ葉を使うという記述はないのだ。ヒメグモの個体変異の範囲なんだろうか? わからん。

※ヒメグモのお尻の色は食べた昆虫の血液(血リンパ)の色によって変化するのらしい。


 そして不規則網に枯れ葉を付けていない、雄らしいヒメグモをもう1匹確認した。やっぱりいたんだ。

「あのヒメグモの雄が最後の1匹だとは思えない。もし水爆実験が続けて行われるとしたら……」〔いいから。それはもういいから〕

 ナガコガネグモのナガコちゃんは円網の上半分をカットしていた。これは……数本の枠糸だけの「お婿さん募集中」の看板を掲げる日が近いのだろうか? ああっと、バッタはともかく、お婿さんまで用意してあげるわけにはいかないなあ。いいクモが現れるといいのだけれど。

 とりあえずナガコちゃんの円網には体長10ミリほどのバッタをそっと置いてあげる。それなのに円網を揺らすんだ、この子は! わざわざ小さめのバッタを用意してあげたのに、怯えて威嚇してどうするんだよ。

 バッタが逃げてしまうんじゃないかとハラハラしたのだが、ナガコちゃんは逃げられる前に捕帯を巻きつけてくれた。しかし、後で確認したらピントを合わせている間にだいぶ作業が進行していたのでワンカットしか撮れていない。しかも獲物はほとんどミイラ状態になった後である。うまくいかないものだ。チャンスがあったら撮り直しだな。


 昼頃。

 スーパーから帰る時に体長12ミリほどのジョロウグモが食事をしていたので撮影しておいた。その画像を拡大してみると、獲物は体長1ミリほどの羽を持つ昆虫らしい。そこで気が付いたのだが、コガネグモ科の捕帯のように獲物が真っ白なミイラにされていない。うっすらとではあるが、中の昆虫が透けて見えている。これはつまり、獲物が小型なのでこの程度でも動きを封じることができるということなのだろう。逃げられたり反撃されたりすることのない草を食べるウシやウマの食事に近いと言える。というか、コガネグモ科のクモのように自分よりも大きな獲物まで狩る方がおかしいのかもしれない。オオカミは群れで大型の獲物を狩るようだが、群れないタイプの捕食性哺乳類でそんな無茶な生き方をするのは……銃を持った人間? まあ、人間は生態学的には標準的な地球型生物の範囲からはみ出しているから考えないとして、イタチ科のラーテルくらいしかいないんじゃないか? しかもラーテルがアフリカスイギュウやライオンなどに立ち向かっていくのは繁殖期で気が荒くなっている場合限定らしいし。

 ジョロウグモは小型の獲物を狙っているから捕帯を節約できるのか、逆に捕帯を節約するために小型の獲物を狙うように進化したのかはわからないが、うまくできているものだと思う。円網の前後にバリアーを張り、さらにゴミまで取り付けるというのも、「ゴミに気が付くような大型昆虫はお断り」というサインなのだろう。逆襲されるリスクがほとんどない獲物をコツコツと捕らえて少しずつ成体になっていこうという戦略である。これはもう「美しい」と言ってもいいくらい合理的だ。まあ、ナガコガネグモのダイナミックな狩りの方が見ている分には面白いのだが。あ、ちょっと待て! ジョロウグモは小型の獲物専門だというのなら作者の指をチョンチョンもしょもしょするのはどういうわけなんだ? 作者の指は体長10ミリクラスのジョロウグモが狩っている獲物の数十倍の大きさだぞ。……もしかしたら、ジョロウグモは作者の指を食べる気など最初からなかったんじゃないか?

「何かしら、これ? 危険はなさそうだけど……何か変な感触……あら、羽がないわ」というように、ただ単に好奇心に従ってチョンチョンもしょもしょしていただけなんじゃないだろうか? そして、もしょもしょするのにも飽きると作者の指を放り出してホームポジションに戻ってしまう。それは生きるために必要ではない行動、つまり「遊び」だからだろう。そう、ジョロウグモは遊ぶのだ! ああ、なんということか。作者は今「エウレカ! エウレカ!」と叫びながら街の中を裸で駆け回りたい気分だ。〔気持ちはわかるが、それは犯罪だぞ〕

 ええと、おそらくゴミグモ婦人やミナミちゃんのもしょもしょ行動も遊びだったんだろう。ジョロウグモの場合も体長が10ミリを超えるともしょもしょされる確率が低下するのだが、これもオトナに近づいたからだと考えるとつじつまが合うだろう。

 ウィキペディアによると、「遊び(あそび)とは、知能を有する動物(ヒトを含む)が、生活的・生存上の実利の有無を問わず、心を満足させることを主たる目的として行うものである」のだそうだ。そして、フランスのロジェ・カイヨワ氏が考えた「遊び」の特質は以下のようなものになるらしい。

(1)自由意志に基づいて行われる

(2)他者の行為から空間的にも時間的にも隔離されている。

(3)結果がどうなるか未確定である。

(4)非生産的である。

(5)ルールが存在する。

(6)生活上どうしてもそれがなければならないとは考えられていない。

 クモが作者の指で遊ぶ場合、(5)はあやしい(クモのルールなんかわからん)のだが、他の条件はだいたい満たされているんじゃないかと思う。また、クモが行うチョンチョンやもしょもしょにはカラスなどがよく行う遊び行動に通じるものがあるような気がするのだが、どうだろうか? ああ、体重に対する脳の重量の比もヒトとカラスとクモで比較してみる必要があるかもしれない。

 そして作者個人としては、遊びが行われるための条件として「空腹ではない」を挙げておきたい。腹ぺこならば遊ぶことよりも食べることを優先するだろう。クモの腹具合など推測するのも困難ではあるのだが、少なくともヤマトゴミグモ(多分)のミナミちゃんについては獲物を食べた翌日にはけっこう長い時間もしょもしょしてもらった経験があるし。


 8月29日、午前3時。

 ズグロオニグモが脚4本を大きく広げてつつーっと数十センチ下降し、そこからまたしおり糸を伝って元の高さまで戻るというのを繰り返していた。そのきれいなフォームに意味があるとは思えない。これも多分遊びなんだろう。

※これは多分、円網を張る準備だ。


 午前6時。

 近所のナガコちゃんはまた円網を広げてしまった。お婿さん募集は延期らしい。しょうがないのでまたバッタを円網に置いてあげたのだが、いつもよりもかなり長い時間円網を揺らしてくれた。それはもう、カメラが2回スリープモードに入ってしまったくらいだ。揺られながらバッタが暴れるものだから円網に開いた穴がどんどん大きくなっていく。最終的にはバッタをぐるぐる巻きにしてくれたのだが……何なんだろうかなあ、この子は……。食事よりも円網を揺らすことの方が大事なんだろうか。よく言えばアスリートタイプ? それとも食欲がないだけなのかなあ。


 午前7時。

 ヒメグモたちがいるツゲの木から20メートルほど離れた所のツバキの植え込みの2ヶ所でヒメグモの卵が孵化していた。この幼体たちは黒い脚の生えた黄色っぽいボールにしか見えない。脚を縮められたら卵だと思ってしまいそうだ。

 そしてそのお母さんはオレンジ色に白い線が2本入ったお尻をしている。これはどう見てもヒメグモである。こちらが正しいヒメグモだとしたらツゲの木にいるお尻がモスグリーンの子たちは何者なんだということになる。あり得る可能性としては葉を曲げて簡単な住居を造るというコンピラヒメグモが挙げられるかもしれない。ツゲの小さくて硬い葉は曲げられないのでカエデの枯れ葉を使った……と思いたいところなのだが、『日本のクモ』には「不規則網の下にシート網を作ることは無い」とも書かれているのだ。たまたまお隣のヒメグモがシート網を造っているのを見たコンピラヒメグモが「あたしも真似してみようかしら」と思った……ということはないよなあ。そもそも曲げられるような細長くて柔らかい草が生えている場所に居着けば済むことだし。では、コンピラヒメグモのようなお尻のヒメグモだろうか? その場合は子グモが孵化していてもいい時期だろう。わからん。

 まあ、作者の興味の中心は、そのクモはなぜそういう行動をするのか、その行動にどういう意味があるのかということだから、そのクモが何グモだろうがとりあえずどうでもいい。ヒメグモのように振る舞うコンピラヒメグモがいてもいいだろうし、ジョロウグモののようにバリアーを張るナガコガネグモがいてもいい。それがその子の個性なのだろうから。ああっと、もしかするとこのモスグリーンもいわゆる婚姻色、つまり「お婿さん募集中」のサインなのかもしれない。交接が済んだらオレンジ色に戻して産卵する、とか。

 アパートの軒下にお尻が頭胸部よりも細い体長12ミリほどのジョロウグモがいた。こういう子を見るとつい愛の手を入れたくなるのが人情である。〔入れるのは「合いの手」、「愛の手」は差し伸べる、な〕

 とりあえず体長7ミリほどのアリを投げてあげる。2メートル近い高さにある円網にかかるアリなど普通はいないだろうし、ジョロウグモがここまで大型の獲物を狩るのは見たことがないのであまり期待はしていなかったのだが、ちょっと手間取ったもののちゃんと食べてくれた。

 それはいいとして、気になったのがその子の第四脚の動きだった。どう見ても捕帯を巻きつけているような仕草に見えるのだが、アリはいつまでも黒いまま、つまり捕帯が巻かれている様子がないのだ。捕帯もタンパク質でできているはずだから、ひどく飢えると捕帯も造れなくなってしまうということなのかもしれない。

※後でわかるのだが、ジョロウグモの捕帯には獲物の抵抗を封じる機能が要求されていないので、オニグモのそれよりも薄い(本数が少ない)のだ。


 午前11時。

 今日も問題が発生した。近所の植え込みに体長1ミリくらいの銀色で紡錘形のお尻のギンナガゴミグモかクマダギンナガゴミグモの幼体だと思われるクモが数匹いるのだが、頭胸部を5時方向と4時方向に向けている子が1匹ずついたのだ。しかし、『日本のクモ』には、この2種のクモは「頭を上にして止まる」と書かれているのである。水平よりも下向きでは「上」とは言えまい。これは……クモの世界に何かが起こっているのかもしれない。日本は、世界は、いったいどうなってしまうんだろう? まあ、日差しが強い時には下向きに生きたくなることもあるのかもしれない。顔を上げ、胸を張って歩き出せるようになるまで見守ってあげようと思う。

 スーパーの近くには体長5ミリほどのキザハシオニグモがまた現れた。以前書いたように『日本のクモ』では水平円網とされているのに垂直円網を張っている子である。これはやっぱり類友なんだろうかなあ……。それとも『日本のクモ』の記述はあくまでも分布の中心であって、形質の裾野は大きく広がっている、とか?


 8月30日、午前6時。

 ナガコガネグモのナガコちゃんのお尻はだいぶふっくらしてきた。

 そのナガコちゃんに、ちょっと大きすぎるような気もしたのだが、体長30ミリほどのイナゴをあげてみた。するとナガコちゃんは相変わらず無駄に円網を揺らしたのだが、その時間は確実に短くなった。円網の穴も大きくならないうちに獲物をぐるぐる巻きにしてしまったのだ。やっぱりやればできる子だったのだなあ。

 プレイヤーのスキルが向上していくのはコーチとしても嬉しい限りである。ただ、この子は用水路のおかみさんたちのように獲物が真っ白いミイラになるほど大量の捕帯を使っていない。イナゴの腹部が透けて見えるのだ。この辺りがこれからの課題だろう。メダルを狙えるだけの素質は持っているのだから頑張って欲しい。〔どこの大会のメダルだ!〕

 軒下のジョロウグモ(「ジョロウちゃん」と呼ぶことにしよう)は、円網を作者がアリを投げた方向に1メートルほど移設していた。よほどアリがたかったらしい。そこで調子に乗ってジョロウちゃんの円網にも体長25ミリほどのイナゴを置いてあげたのだが、ジョロウちゃんはお尻からしおり糸を引いて地面まで逃げてしまった。


 午前8時。

 軒下のジョロウちゃんの様子を見に行くと、イナゴの脚を1本だけ口に咥えていた。おそらくイナゴは脚だけを残して逃げてしまったんだろう。やはり大きな獲物は手に負えないようだ。アリクラスの獲物をあげるしかないんだろうかなあ……。

 

 午前10時。

 少々出遅れたのだが、ロードバイクで涸沼方面に向かった。

 いつものコンビニの隣にはツバキの植え込みがあるのだが、その葉に毛虫が大量についている。この毛虫たち(チャドクガの幼虫らしい)はツバキの葉を食べているのだが、葉の上に横一列に並んで後ずさりしながら食べていくのらしい。さらに葉の下側にも毛虫が並んでいる。上と下から食い尽くすという、とても合理的なやり方である。食べられて丸裸にされてしまうツバキはたまらんだろうが。


 午後2時。

 首筋に水をかけながら帰って来ると、近所のナガコちゃんはまだイナゴを抱えていた。まだ朝食が終わっていないのだ! よく見るとイナゴの腹部が少ししぼんでいる程度である。人間だと自分の体重と同じくらいの子牛か豚をまるごと食べるようなものだしなあ。明日は丸1日食休みさせてあげよう。

 軒下のジョロウちゃんの円網には体長5ミリほどのアリを投げてみた。するとジョロウちゃんが飛びかかって来るではないか! どうやらこの子はジョロウグモとしては大きめの獲物も仕留められるタイプであるのらしい。まあ、アリでよければ毎日でも投げてあげよう。アリばかりでは栄養が偏るかもしれないのだが、飛行性の小型昆虫ならジョロウちゃんでも捕らえられるだろう。

 ネコなどを含む野生動物に餌付けするのは良くないということは承知の上だが、科学の進歩のためだ。お許し願いたい。


 8月31日、午前1時。

 指を置くと必ず逃げられてしまう体長6ミリほどのズグロオニグモの円網を針金でツンツンしてみた。すると、この子は逃げはしなかったが、それ以上の反応もなかった。そこでもっと近くをツンツンしてみると、ビンゴ! この子に関しては初めて針金を抱え込ませることに成功した。ただし、すぐに「これは食べられない」と判断したらしくて、針金を放り出してホームポジションに戻ってしまった。五〇センチの針金を捕帯でぐるぐる巻きにしたナガコガネグモもいたし、針金を抱え込んで放そうとしなかったジョロウグモもいたのだが、この子はこれら2種のクモよりも高度な判断力を持っているのかもしれない。


 午前6時。

 雨がパラつくような天気のせいか、アリがほとんどいない。代わりにそこらにいた体長5ミリほどの甲虫を軒下のジョロウちゃんの円網に投げてあげた。ところが、ジョロウちゃんはこの獲物を無視するのだ! どうも獲物が動かないとゴミと区別できないらしい。そこで枯れ草で甲虫のいる辺りをツンツンすると、ちゃんと飛びついてくる。甲虫はぐるぐる巻きにせずにホームポジションに持ち帰ったが、アリよりは硬そうな外骨格に牙は通るんだろうかなあ……。


 午前7時。

 ジョロウちゃんは甲虫を咥えたままである。その後、午前11時には甲虫が見えなくなった。食べ終えたようだ。

 近所のナガコガネグモは、昨日捕帯の一部を獲物に巻きつけ損なって円網を白くしてしまっていたのだが、今日はその痕跡がない。きれいに整った円網になっている。円網の大きさも毎日変化するし、どうも夜から朝にかけての時間に張り直しているようだ。きちんと掃除をして準備を整えてから開店する小料理屋というところである。食材はお客さん自身だが。

 今日は久しぶりにロードバイクで市内のクモたちを見て回った。そこで目に付いたのが同棲しているジョロウグモのカップルの多さだ。作者の自宅周辺には見当たらないのだが、場所によっては半分以上が同棲している。もう8月も終わり。豚カツの季節が始まりつつあるのだな。〔……婚活?〕

 そういうわけでカップルの画像を撮り放題だったのだが、その中の体長20ミリほどの見事な雌の立ち位置が少し残念だったので、ちょっと移動してもらおうと思って左の第一脚にタッチしたのだが、反応がない。第二脚にタッチしても動かない。「もうちょっとそっちへお願い」と第一脚の先端を押してやると、やっと歩き出したのだった。これはいったいどういうわけなんだろう? もしかしたら、間違っても同棲している雄を食べてしまわないように穏やかな性格に変わっているんだろうか? わからん。

※これも後でわかるのだが、脱皮直後でまだ外骨格が硬化していない状態ではあまり動きたがらないという可能性はある。


 新たにわかった、というか、見当が付いたこともある。以前水田の脇の用水路にはジョロウグモがいないと書いたのだが、今回ジョロウグモのカップルが多かった場所は水田に沿った林の縁である。そして作者のアパートの軒下にもジョロウちゃんがいる。おそらく成長したジョロウグモはより高い場所に円網を張りたくなるのだろう。

 体長10ミリ以下のジョロウグモの幼体はだいたい地上20センチから1メートルくらいまでの高さにいる。しかし、その周辺には必ず2メートル以上の樹木や住宅や街灯などがあるのだ。つまりジョロウグモは「もっともっと大きくなって、いつかはあそこまで登りつめてやるわ」という決意を頭胸部に秘めつつ獲物がかかるのを待ち受けているということなのだろう。捕食性という点ではクモと同じトンボも大型の種はヒトの背と同じか、それよりも高い所を飛んでいる。体の大きさに見合うような獲物の昆虫もそれくらいの高さを飛ぶということなんだろう。大型のクモも成長するにつれて大型の獲物を狩るために円網の位置を高くしていく必要があるということだ。ジョロウグモはその傾向が強く、ナガコガネグモは円網の高さにあまりこだわらない。オニグモはその中間というところか。コシロカネグモはせいぜい1.3メートルまでだが、これは水面近くには獲物が多いので円網の位置を高くする必要がないということなんじゃないかと思う。

※これも後でわかることだが、成長したジョロウグモとナガコガネグモとオニグモでは主に狙っている獲物が違うようだ。


 9月1日、午前6時。

 今朝は気温が低いせいか、草地に踏み込んでもバッタやイナゴが飛んでくれない。しょうがないので体長10ミリほどのガを近所のナガコちゃんに与えた。するとナガコちゃんは獲物をいきなり咥えるとホームポジションに戻り、それから捕帯を巻きつけるのだった。小型の獲物に対してはこういう手順もありなのか、それとも翅に鱗粉が付いているガの場合のみの特殊なやり方なのかはわからない。

※円網を張るクモがチョウ目昆虫を仕留める場合はまず牙を打ち込むことが多い。急がないと鱗粉を円網に残して逃げられてしまうのだ。


 軒下のジョロウちゃんにもガをあげたのだが、無視された。しかし、しばらくしてから見に行くとちゃんと食べている。シャイな子なのである。

 近くの藪にもジョロウグモの同棲カップルが一組だけいるのを見つけたのだが、この2匹は脚を伸ばせば届くくらいの位置に寄り添っていた。脚だけなら雌よりも長いくらいのかなり大型の雄だったのでそのせいかもしれない。

※この2匹はどちらも雌で、片方が移動の途中でそこにあった円網に立ち寄っただけだったようだ。この時期、大半のジョロウグモは高い場所に円網を張るために移動を始めるのである。


 午前10時。

 ヨツデゴミグモの幼体は円網に細い渦巻き状の隠れ帯を付けるのだが、これが時計方向巻きだったり、反時計方向だったり、途中で巻き方向を変えてみたり、長かったり短かったり、渦に縦線を付けてみたり、まったくやる気がなくて半円にもならなかったりと、同じものは2つとないということに改めて気が付いた。これは各自の判断で好きなように付けているということなんじゃないかと思う。体長1ミリくらいだとまだまだ子どもだから遊び半分なんだろうかなあ。


 午前11時。

 ツゲの木にいるヒメグモの1匹が卵を産んでいた(卵は卵囊という糸で作られた袋に入っている)。そのお尻はくすんだオレンジ色に白い線と黒い斑点になっている。やはりあのモスグリーンは期間限定カラーで、産卵したらオレンジ色に戻るということなのだろう。ただし、いつモスグリーンに変わったのかがわからない。多分繁殖期に入ってからか、交接した後だろうとは思うが、これも来年以降に確認しよう。

 買い物に行く途中でまたジョロウグモのカップルを見つけた……のだが、どうもおかしい。2匹ともお尻が細すぎる。上から見るとほとんど鉛筆のようなお尻なのだ。さらによく見るとお尻の黒と黄色に鮮やかさがない。そこで気が付いた。円網がない! 2匹ともバリアーの上にいる。こいつら2匹とも雄だ!

「ジョロウグモたちはいつもと同じだ。でもバリアーに乗ってる。この2匹はゲイのカップルなんだ!」〔んなわけあるかい!〕

 おそらくは雌の所へ行く途中でたまたま一緒になったとか、その程度の話だろう。〔雄だからタマタマか?〕

 下品な冗談はともかく、ちょっと気になったのでもう一度スーパーまで行ってきた。ここの植え込みにも円網を張らないくすんだ色合いのジョロウグモがいたのだが、この子の体長は13ミリくらいだった。しかし、『日本のクモ』には雄の体長は6~10ミリと書かれている。標準的なヒト男性の身長を170センチとすると通常の1.3倍で220センチに相当する体長だ。プロレスラーだとアンドレ・ザ・ジャイアント、格闘家ならチェ・ホンマンのサイズである。どうも今年のジョロウグモの雄は巨大なやつが多いようだ。いやいや、もしかすると、これはどちらも雌で、より高い場所に円網を張るために移動中だった雌がたまたまそこにあった雌のバリアーに侵入してしまったというだけのことなのかもしれない。

※やはり後でわかるのだが、ジョロウグモの雄は触肢が太めなのでそこで見分けられるのだそうだ。体長13ミリなら雌だったんだろうなあ。


 午後1時。

 今日は体長30ミリほどのバッタを捕まえたので軒下のジョロウちゃんにあげたのだが、食べない。針金まで使って誘いをかけたというのに、左右の第一脚でチョンチョンとつついただけでホームポジションに戻ってしまった。「やだっ。こんな大っきいの無理!」というわけだ。〔何度も使っていいギャグではないぞ〕

 ナガコガネグモでも観察しているが、チョンチョンとタッチしただけで獲物の大きさが判断できるというのは器用なものである。ヒトならいわゆる手尺にあたるものだろうか。めんどくさいのだが、明日からはまたアリを食べさせることにしよう。実家の畑にいた5ミリくらいのヒシバッタあたりがちょうどいいんだろうけどなあ……。


 9月2日。

 近所のジョロウグモのゲイカップルの姿が見えなくなっていた。それぞれの道を歩いて行くことになったんだろうと思う。

※これは多分、2匹とも雌。


 9月3日、午前7時。

 お尻がふっくらとして、ウインナーソーセージのようになってきた軒下のジョロウちゃんに体長5ミリほどのアリをあげたのだが、駆け寄ってくるだけで口を付けようとしない。小さなアリを恐れるように、振り上げた第一脚を上下させるだけである。「食っちまえよ」という本能と「食べちゃダメだ。食べちゃダメだ」という意思がせめぎ合っているという感じだ。今は空腹ではないということなのかもしれない、と思ったのだが、10分ほど後にはぐるぐる巻きにした獲物をホームポジションに持ち帰るところだった。アリが疲れるのを待っていた……のか? 

 近所のナガコちゃんは円網の直径を半分くらいまで小さくしていた。円網を小さくするだけなら食欲がないということなんだろうが、ホームポジションの上下にはあまり長いものではないが白い隠れ帯まで付けている。これは……お尻がだいぶ重くなったので円網の外側まで行くのがおっくうになったということだろうか? それとも婚活シーズンが近いのか? とりあえずアリをあげると、ためらいもなくぐるぐる巻きにしてくれた。


 午前11時。

 近所の生け垣にいるヒメグモたちの中にお尻がモスグリーンの子がいた。近所のツバキの木には妙にオレンジ色が薄くなった子もいる。ヒメグモのお尻の色は数日単位で、しかもかなり大幅に変化するんじゃないだろうか? もちろん、これは作者の自宅周辺だけの現象だという可能性もないとは言えないが。

 なお、まだ産卵していないヒメグモの不規則網の中にそっと指を入れてみたら、ちゃんともしょもしょしてくれた。

 近所のツバキの木にいるヒメグモの1匹は枯れ葉を1枚増やしていた。そこにも子グモたちがいるから子どもたちが大きくなって家が狭くなったので増築したということなのかもしれない。お母さんは大変なのだ。

 今日もバリアーだけで円網を張っていないジョロウグモを見かけた。しかも昨日見かけた円網なしの子は姿が見えない。この時期に円網を張らないのは旅立ちが近い雄だということなのかもしれない。雌のいる所まで歩いて行くのは大変なので準備にも時間がかかるのだろう。

 同棲中らしいノーマルなジョロウグモのカップルもいた。体長12ミリほどの雌と10ミリほどの雄の組み合わせだ。雌と雄の体格差がもっと大きいと、雄はつつましく円網の端の方にいるものなのだが、このカップルのように差が小さいとすぐ近くに寄り添ってしまうようだ。これだと獲物の取り合いになりそうな気もするのだがどうなんだろう? 体格差が小さい場合には雌の攻撃性が低下するというような安全回路が作動するのかもしれないが……。

 そのカップルの円網にそっと触れてみた。同棲を始めると雌の性格が穏やかになる可能性を検証するためである。

「べ、別にジェラシってるわけじゃないんだからね!」〔……やめろ。気持ち悪い〕

 ええと、この雌はおもむろに指に近寄って来てゆっくりともしょもしょし始めたのだが、少し遅れて駆け寄って来た雄も一緒にもしょもしょするのだった。なんとまあ、〇Pプレイをすることになるとは思わなかったよ。〔ヤ・メ・ロ〕

 ええと、これは雌が何か始めたらとりあえず真似をしてみるということなのかもしれない。あるいは、大きな獲物ならそれを盾にして反対側から食べるとか? イソウロウグモの仲間はそういう食べ方をすることもあるらしいからジョロウグモの雄でも普通に行われているのかもしれない。「夫唱婦随」……じゃないな。「婦唱夫随」を絵に描いたようなカップルである。何かもう「やってらんねえや」という気分だ。ああ、女が欲しい。〔…………〕

 いけない。性格の変化を観察し損なった。


 午後4時。

 体長20ミリほどのバッタが手に入ったので軒下のジョロウちゃんの円網にくっつけてあげた……のだが、駆け寄ってきたジョロウちゃんは遠すぎる間合いから届きもしないジャブを繰り出すだけだった。たまにもう少し近づいてもバッタがちょっと暴れただけでまた距離を取ってしまう。捕まえて……いや、捕まえる必要もない。一瞬でもいい。毒牙を打ち込めばKOできるはずなのに。もっと踏み込め! お前の持つ最大の武器を使わないでどうするんだ!

「立て。立つんだ、ジョロー!」〔古い! アニメ版ですら70年代だぞ〕

 30分後。作者の声援もむなしく、暴れ続けていたバッタは円網から外れて落ちた。消極的過ぎたために「指導」を3回受けてジョロウ選手の判定負けというところである。〔今度は柔道かい!〕

 いやいや、体長12ミリのジョロウちゃんには相手が大きすぎたのだろう。相手が20ミリもあったにしては善戦したと褒めてあげなくてはなるまい。そして、明日からはまた、地道にアリを食べて成長していってもらおう。なお、バッタは後で近所のナガコちゃんが美味しくいただきました。


 9月4日、午前6時。

 近所のナガコちゃんが引っ越しをした。実は前日の午後5時頃に円網の枠糸を切っていたので何かありそうだなとは思っていたのだが、フェンスの内側の植木の間から水平に1メートルほど移動して、フェンスの外側に円網を張っていたのだ。高さは1メートル以上だったのが約60センチまで下げられた。そしていままでは腹側を見せていたのだが、今度は背中側を見せている。お尻がやや細くなったようにも見えるが、引っ越しというのはそれだけエネルギーを使うのだろう。まあ、完全に同じ個体だとだとは断言できないのだが、円網が小さめのままだし、何よりも隠れ帯を付けていないところはナガコちゃんだとしか思えない。

 そういえば、最初に出会ったナガコガネグモも同じくらいの高さに円網を張っていたし、スマホで撮影したカップルも斜面の途中の下草の上数十センチくらいの高さにいた。ということは、ナガコガネグモはゴミグモよりも上でオニグモなどよりも下の高さを好むということなのかもしれない。乱暴なのを承知の上で思いついた仮説を提示させてもらうなら、低い位置にいれば高い位置にいるライバルよりも先に地上を歩いてやって来る雄に出会えるということなのかもしれない。そうすると「水平に張られた数本の糸が『お婿さん募集中』のサインだ」という仮説が否定されてしまうわけだが……。

 いやいや、新たに低い位置に円網を張るために最初の糸を渡したところでたたまたま近くにいた雄がやって来てしまったという状況だったのかもしれない。というわけで、とりあえず「お婿さん募集中」のサインは「円網を低い位置に張り直す」に変更させていただく。科学の世界ではただの思いつき程度の仮説を提示するのはタブーなのかもしれないが、これはSFエッセイであって、科学論文ではない。新しいデータに合わせてどんどん新たな仮説を立ててしまってもいいだろう。読者の皆様には作者がミスをすることまで楽しんでいただけたら幸いである。

 とりあえずナガコちゃんにイナゴをあげるとすぐに捕帯でぐるぐる巻きにしてくれた。

「ナガコちゃんはいつもと同じだ。でもお尻の大きさが違う……」〔やめい!〕

 ええと、いったんホームポジションに戻ったナガコちゃんは脚の先を順に口元に持っていった。この行動についても少し考えてみよう。円網を張るタイプのクモの脚の先端にはフック状の爪が3本生えているらしい。この爪はおそらく糸に引っかけて体を支えたり、獲物を運んだりするためのものだろう。そしてクモの円網の横糸には粘球という獲物を捕らえるためのネバネバが並んでいる。クモが円網の上を素早く移動すると、どうしてもこのネバネバが爪にくっついてしまうのだろう。これは気持ち悪い……のか、実用面でも問題になるのかまではわからないが、爪に付いてしまったネバネバを舐め取る必要があるのだろう。つまりネイルのお手入れが欠かせないのである。マニキュアまではしないと思うが。〔当たり前だ!〕

 話は変わるが、円網についてのウィキペディアの記述の中にちょっと気になるところを見つけた。「横糸を張る時、クモは縦糸に出糸突起をつけて糸を張ると内側に向かって進み、足場糸にさわると外側へ進路を変更し、次の縦糸に糸をくっつける」と書かれているのだが、作者がナガコガネグモとジョロウグモで観察した時にはお尻から出した糸を片方の第四脚の爪に引っかけて縦糸に接続しているように見えたのだ。縦糸にいちいちお尻をくっつけていたのではお尻がベタベタになってしまうだろうと思うのだが、どうなんだろう? あるいは、お尻に粘着テープの表側のような表面加工がされているのか、だな。


 午前7時。

 軒下のジョロウちゃんはまた円網を下方向へ広げた。もう手を伸ばせば枠糸(円網の外枠になる糸)に手が届く高さになっている。これは獲物に駆け寄る時には下へ向かった方が重力加速度を利用できる分、時間を短縮できるからだそうだ。ジョロウグモとしては正しいやり方なのかもしれないが、人間の手が届く位置まで下げられると「じゃまだ」という理由で壊されてしまう可能性があるのだよなあ……。できればオニグモやナガコガネグモのように丸い円網にして欲しいものだ。

 ジョロウちゃんの円網にはアリを投げてあげる。過保護なのは承知の上だが、鉛筆のように細かったお尻が少しずつソーセージのような丸みを帯びた形になっていくのを見るのは楽しいのだ。できればラグビーボールのような立派なお尻の成体になって欲しいと思う。ああっと、イナゴやバッタのような大きな獲物でも弱らせておけば食べてもらえるかな? 試してみる価値はあるかもしれない。

 というわけで、買い物のついでにスーパーの近くにいる体長10ミリほどのジョロウグモで予備実験をしてみた。まずは8ミリくらいのアリを与えてみる。実は最近スーパーの近くに妙にアリが集まる低い灌木が2本生えているのに気が付いたのだ。この木は葉から甘い蜜か、あるいは匂いでも出しているんだろうか? わからん。

 さて、体長10ミリのジョロウグモと8ミリのアリではどちらが強いか? 正解はアリだった。ジョロウグモはガなどの場合は飛びついてくるのだが、アリは苦手らしくて脚の先が届かない間合いからフェイントのジャブを放つだけだったのである。そのうちにアリは円網から外れて落ちてしまった。

 次に同じサイズのアリを少し弱らせてから与えると、ビンゴ! 飛びついてきた。同じサイズでも抵抗が弱ければ狩るということだ。羽を持たないアリがジョロウグモの獲物になることなどほとんどあり得ないだろうから手を出していいのかどうかの判断が難しいということなのかもしれないが、相手が弱いと判断すると、そこからの行動は素早いのである。どんな方法で、何を基準にして判断しているのかまではわからないのだが。

 次はいよいよ軒下のジョロウちゃん。まずは近所の草地でバッタを捕まえた……のだが、これが体長40ミリクラスだった。ちょっと、というか、だいぶ大きすぎるような気もするので、8ミリのアリも用意しておく。で、バッタを少し弱らせてからジョロウちゃんに与えたのだが、近寄りもしないどころか円網の反対側に逃げてしまった。やはり「こんな大っきいの無理!」ということらしい。まったくもう……。南西諸島産のオオジョロウグモは鳥ですら捕食すると言われているのに、どうしてこうも小物狙いなんだろうか。「それでも円網を張るクモの世界で最も巨大なクモの眷属か!」と言いたいところである。「焼き払え!」とまでは言わないが。〔巨神兵かい!〕

 ジョロウグモの個体数はコガネグモはもちろん、ナガコガネグモよりもはるかに多い。ということは、小物狙いの戦略も間違いではないのだろう。軒下のジョロウちゃんの円網からはバッタを回収して、代わりにアリをあげた。今後は地道にアリを食べさせるしかないようだ。やれやれ……。


 9月5日、午前9時。

 部屋の中に体長10ミリほどのガがいた。昨日洗濯物を干すために窓を開けた時に入り込んだらしい。ありがたくお尻がラグビーボール形になってきた軒下のジョロウちゃんに食べてもらう。「飛んで部屋に入る夏の虫」である。


 9月6日、午前6時。

 昨日から姿が見えなくなっていた近所のナガコちゃんがまた現れた。またまた1.5メートルほど引っ越して歩道から少し離れた所に円網を張っていたのだ。その高さはほとんど同じだが、直径が1.5倍ほどに大型化している。そして隠れ帯は相変わらず付けていない。これは、交接(クモの場合、直接生殖器をくっつけるということをしないので「交尾」とは言わない)を済ませたので、これからは産卵に備えてせっせと食べるために円網を大型化した、ということではあるまいか。つまり、あの小さな円網は雄が楽に登って来られるようにという婚活シーズンの限定仕様だったのだろう。

※これも間違い。雄が現れるのはまだ先になる。


 円網が大きくなったので、とりあえず食欲はあるのだろうということで近くの街路樹にいた、元気のないアブラゼミの雄の羽を短く切り落として円網にくっつけてあげる。セミの羽ばたきはガなどと比べるとはるかに強力だからだ。「過保護だ!」と非難されるのは覚悟の上である。作者はナガコちゃんが好きなのだ。

 体長で2倍以上、お尻の直径で3倍近い大物だが、予想通りナガコちゃんは果敢に挑んでいった。まずは円網を転げ落ちていくアブラゼミを追いかけながら捕帯で獲物の脚を封じにかかる。「ジョロウグモとは違うのだよ。ジョロウグモとは!」というところである。〔ナガコちゃんは雌だぞ〕

 しかし、例によって捕帯の量が少ないのでミイラ状態にはならない。アブラゼミも身動き程度はできるようだ。それからナガコちゃんは獲物の上を横方向にぐるぐる歩き回り始めた。捕帯を追加している様子はない。何かを探しているような動きだ。そしてナガコちゃんは獲物に一瞬口を付けたように見えた。それで一気に動きが鈍くなっていくアブラゼミをそのままにしてホームポジションに戻ると爪のお手入れである。さらに数分後、ナガコちゃんはまったく動かなくなった獲物にまた口を付けるのだった。用水路のおかみさんたちと比べると捕帯をケチっているし、手際もよくはないのだが、小物狙いのジョロウグモに比べれば見応えのある狩りだった。

 作者の視力はだいぶ低下しているのでよくわからなかったのだが、後で撮影した画像を拡大してみると、どうも食事中のナガコちゃんはアブラゼミの頭部と胸部の境目に口を付けていたようだ。関節部分のキチン質は動かす都合上薄く柔らかくなっているので、そこに牙を打ち込むのは合理的である。アブラゼミの上を歩いていたのも獲物の弱点を探るためだったのかもしれない。なお、おとなしくさせるために牙を打ち込む場所についてはいまだによくわからない。ほんの一瞬踏み込んですぐに跳びのいたと思ったら、まもなく獲物の抵抗が弱くなっていくのだ。その一瞬を捕らえられるような機材は手元にない。死角ができないように多数のカメラをセットして動画を撮影しながら獲物を与えればいいのかもしれないが、カメラはともかく、三脚が足りないのだ。


 午前7時。

 軒下のジョロウちゃんの円網がまた小さくなった。下端が上に移動した分、上下方向が短くなったのだ。しかもジョロウちゃんが待機している円網の中心から上に向かってゴミが七個、ほぼ一列に並べられている。背中側のバリアーには三個だけ、腹側には1個だ。ゴミグモじゃあるまいし、円網の方にゴミを並べるジョロウグモは初めて見た。何があったのか、何を考えているのかわからない。あ、もしかしたらこれも雄を呼び寄せるサインなんだろうか? 

 とりあえず体長7ミリほどのアリをあげることにした。ジョロウちゃんが攻撃をためらっている時間は少し短くなったような気もする。学習したのかもしれない。それでも自分より大きな獲物にも一気に飛びかかっていくナガコガネグモやコガネグモには及ばない。とにかく安全第一で小型の獲物を狙うというのがジョロウグモの生き方のようだ。やれやれ。

 近所でアシナガグモの仲間らしい体長12ミリほどの細身で脚が長い赤茶色のクモも見つけたのだが、この子もジョロウグモのバリアーのような不規則網に乗っていた。その姿に一番近いのはヒカリアシナガグモの雄なのだが、『日本のクモ』によればアシナガグモ科のクモは基本的に水平円網で、不規則網を張るアシナガグモの仲間は掲載されていない。もしもこの子が旅立つ前の雄であるのなら、雌の所へたどり着いて交接するのに必要なだけのエネルギーがあればいいのだろうし、重すぎる体重は余計な荷物でしかない。十分に成長した雄なら円網を張らなくても不思議はないだろう。

 円網を張るタイプのクモの雄は雌より小さい場合が多い。それは雌の所まで歩いて行かなければならないという事情によるところが大きいのだろうと思う。最初から雌のそばにいると獲物を横取りして雌が成長するのをじゃますることになってしまうのだろうし。そして雌は大量の卵を造るためにより多くの獲物を食べる必要があるから大型化する。そうすると歩くのが大変になるから移動しないのだろう。どちらも一生の間にできるだけ多くの子孫を残そうという戦略に沿った生き方である。


 午前11時。

 ツバキの木で子育て中のヒメグモの1匹のお尻が濃いモスグリーンになってしまった。このタイミングで1匹だけお尻の色を変えるとなると、繁殖に関わるものではなさそうだ。となると、人間が部屋のカーテンを替えるような単なる気分転換、たいした意味のない「遊び」の一種なのかもしれない。お母さんになってからも遊ぶというのなら高度な知性の証拠にもなる……かねえ……。

 近所のスーパーの近くにはジョロウグモが3匹いる。1匹は体長15ミリクラスの立派な雌である。残りの2匹はどちらも10ミリクラスなのだが、片方は上側三分の一をカットしたような円網を張っている。ジョロウグモは下方向へ円網を広げていくのでこういう形(馬蹄形(ばていけい)円網)になるらしい。問題は最後の1匹で、縦糸のところどころに横糸が残っているだけというような状態でもはや円網とは言えないようなものを張っている。まともな円網を張らないということは獲物を狩る気がないということだ。そういうわけで、この子も雄で旅立ちの準備に入っているんじゃないかと思う。


 午後2時。

 近所のスーパーの近くにアリの集まる木があるのがわかったので、その近くにいるジョロウグモ3匹の円網にアリを投げてあげた。すると、体長10ミリの雄(多分)の穴だらけの円網はそもそも横糸の粘球が粘らなくなっているのでアリが引っかからなかったのだが、体長15ミリの子ともう1匹の10ミリの子はどちらも牙を打ち込んで、獲物の動きが鈍ってから捕帯を巻きつけていた。この手順が小物狙いのジョロウグモでは普通なのかもしれない。ナガコガネグモやコガネグモではぐるぐる巻きにする方が先のような気がしていたのだが、自信がなくなってきた。獲物が大きいと毒がまわるのにも時間がかかるので先に捕帯を巻きつけてしまうのかもしれないし。牙を打ち込む動作は一瞬なので作者の目では追いきれないのだ。なお、撮影した画像をチェックすると15ミリちゃんはアリの頭部に牙を打ち込んだようだった。

 午後3時。

 軒下のジョロウちゃんにも体長5ミリほどのアリを投げてあげた。ジョロウちゃんはこの程度の大きさの獲物だとすぐに飛びついてくる。獲物がガの場合は10ミリでも飛びついてきたのだが、7ミリのアリだと明らかにためらうのだよなあ。ついでに言っておくと15ミリちゃんは7ミリのアリでも迷わず飛びついてくる。ということは、ジョロウグモは獲物の大きさ、というか、大きさの割に軽いであろうガの場合まで考慮すると、獲物の重さと暴れ方によって襲うか距離を取って様子を見るかを決めているということになるかもしれない。しかも、その判断基準は自分自身の体重にあるようだ。獲物の重さは円網の振動から判断できるのだろうが、自分の体重はどうやって知るんだろう? 獲物がかかっていない状態で円網を揺らしてみればわかる……のか? とにかく、ナガコガネグモのように円網に獲物がかかったら何も考えずに飛びついていくということはしないようだ。そこで頭を使う分、ナガコガネグモよりは知的である、とは言えるんだろうかなあ……。


 9月7日、午前5時。

 軒下のジョロウちゃんに体長5ミリほどのアリをあげた。やはりこの大きさだと一発で食いついてくる。釣りの世界で言う「入れ食い」である。

 近所のナガコちゃんはまだアブラゼミを食べている。ただ、今は獲物の腹部に口を付けているから今日中に食べ終えるだろう。


 午前11時。

 ナガコちゃんはアブラゼミを食べ終えたようだ。それでいて円網に隠れ帯を付けているのはどういうわけなんだろう? しかも下向きのだけだ。もしかして、獲物を呼び寄せる効果があると言われている隠れ帯を満腹の時に付ける天邪鬼な子だったとか? 

 スーパーの東側の植え込みに体長3ミリほどのゴミグモの仲間が現れたので、挨拶代わりに同じくらいの体長のアリをあげてみた。さすがにこれはこの子には大きすぎたらしくて円網の反対側へ逃げてしまったのだが、買い物を終えてからチェックするとアリはぐるぐる巻きにされていた。獲物が弱るのを待って仕留めたらしい。こうしていろいろなクモの狩りを見てくるとナガコガネグモの、円網にかかった獲物は大きかろうが小さかろうが何も考えずに飛びついてくるというやり方がものすごく野蛮なものに思えてくる。

 お上品な狩りの代表であるジョロウグモの15ミリちゃんにもアリをあげたのだが、最初に牙を打ち込んだのはアリの腹部だった。その後、おとなしくなった獲物を食べる時は体の前半部に口を付けているようだった(獲物は捕帯で包まれているので画像をチェックしてもよくわからない)。多分胸部が一番食いでがあるんだろう。近所のナガコちゃんはアブラゼミの腹部にも口を付けていたが、それは獲物が大型だったからだろうと思う。

 ヤマトゴミグモのミナミちゃんには7ミリほどのガをあげる。で、この子は捕帯でぐるぐる巻きにした獲物を第四脚2本でぶら下げたままホームポジションに戻ったのだった。口に咥えたまま戻るのには大きすぎる獲物の場合はぶら下げて運ぶのが合理的なのは理解できるのだが、これはどうにも、プロテニスプレーヤーが大きなダッフルバッグを肩にかけて歩いているところを連想してしまうようなやり方だ。今さらだが、クモの脚は腕でもあるのだなあ。

 ヒカリアシナガグモの雄らしいクモは姿を消していた。この子も雌のもとへ旅立ったのだろう。



     クモをつつくような話2019~2020 その4に続く   

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