4.男の思惑、魔女の思惑
街を出た所で、男の子が座り込んでいた。
金色の髪が太陽の光に反射してキラキラしている。
この世界に来て、こんな綺麗な金色の髪をした人に会わなかった。
そっと近寄って声を掛けてみる。
「どうしたの?大丈夫?」
振り向いた男の子はビクッとして振り返った。
その目も髪の毛ほど明るくはないが、金色の目をしていた。
男の子を見下ろすと、膝の辺りのズボンが破れて出血している。
「転んだの?」
「うん。痛くて立てないんだ。」
ハンカチを取り出して「痛かったらごめんね」と声を掛けながら傷口を押さえるように、膝にハンカチを巻きつけた。
「1人で何をしてたの?」
「・・・」
言いたくないみたいだから、これ以上聞くのは良くないだろうと思い横に座る。
「いてくれるの?」
「1人じゃ心細いでしょ?歩ける様になったら言って。送って行くから。」
と言うと、ほんのり頬を染めて「ありがとう」と言ってくれた。
しばらくすると男の子は立ち上がる。
「大丈夫みたい。」
と言うので、手を差し出した。
戸惑いながらも私の手を握ってくれた。
手を繋いで町まで並んで歩く。
ちょうど街の入口に着いた時に
「ここで大丈夫だから、ありがとう。」
と言って走り出した。
あれ?あんな怪我をしてたのにもう走れるんだ。
異世界人ってすご〜いなんて、楽観的に考えていた私だった。これが回復魔法だとも知らずに。
男の子の走る先には、騎士の制服を着た、赤茶色の髪のイケメンがいた。
お父さんかな?あの子が無事に帰れるなら良かったと思って、私は家路を急いだ。
★★★
「アーノルド!!」
声をした方を振り向くと、私たちが探し回っていたエバンズ殿下が走ってくる。
見つかった安堵感で、疲れがどっと出てきた。
「殿下、どこへ行っていたのです。
城を抜け出すなど、もうおやめ下さい。」
と頭を下げる。
「アーノルドすまない、その…約束は出来ない。
女神にあった。だからその女神を探さなければならないからな。名すら聞けなかったのだ。」
と真っ赤になりながら宣言されてしまう。
一国の皇子が何を言っているのだと頭を抱えなくなる。
興奮気味に話すエバンズ殿下の話は、毎日の勉強が嫌過ぎて城を抜け出したら、いつもの好奇心が疼き、街の外はどうなっているのかと興味がでてきた。
街を出た時、すごい勢いで転んで膝を擦りむき、恥ずかしさから隠れていたのだとか。
捕まらないうちにと全速力で走ったのだろう。
そんな殿下を見つけた女性が、殿下の膝にハンカチを巻き、痛みが和らぐまで側にいてくれたのだと言う。手を繋いでここまで来たと話した時には頬がほんのり赤くなっていた。
しかしこの王家特有の金色の髪を見ても、金色の瞳をみても王族だと気が付かない者がいる事に違和感を抱いた。いや、気付いているのか?
「探そうと思えばすぐに見つけられるな」と納得し、殿下を迎えに来た馬車にのせ、城へ戻る。
城へ戻る道中で、仕事が増えたことにため息がでる。
殿下のする事に驚きはしない。
しかし城は簡単に抜け出せないものだ。
警備体制を強化せねばならんな…
また仕事が増え、頭が痛くなってきた。
今度こそ頭を抱えてしまった。
★★★
私の名前はアーノルド=シュガー
シュガー公爵家の嫡男でありながら、騎士団第二部隊の騎士団長をしている。
私は嫡男ではあるが、正妻の子供ではない。
父であるウィルソン=シュガーの元に降嫁してきた母、カーラにはなかなか子が出来なかったそうだ。
それを悩んでいたらしい。
貴族社会で世継ぎが産めないのは致命的である。
しかし母は、現国王の姉にあたる。
父も簡単に第二夫人を持つなど考えられない。
母は相当悩み、苦しんだのだろう。
自分が連れてきた侍女、ナンシーは幼い頃から姉妹の様に過ごしてきた間柄だったと聞く。
そのナンシーに悩みを打ち明け、頼み、父との間に産まれたのがこの私だ。
実の母であるナンシーは私が生まれたと同時に天に召されたと聞く。
その話を聞いた時、母だと思っていた公爵夫人カーラは「ごめんなさい。ごめんなさい」と私に向かって謝ってきた。
私自身、カーラが本当の母だと思っていたし、酷く衝撃を受けたものだ。
しかしその後、正妻であるカーラが男児を産んだが、分け隔てなく育ててくれた事には感謝している。
異母兄弟のジフリートとは歳が離れている。
ジフリートは私を慕ってくれるし、可愛い弟だ。
正妻の子であるジフリートこそ、シュガー家を継ぐ次期公爵だと思っている。
しかし今の王宮は若干きな臭い。
まだ幼いジフリートを守る為にも、今は私が次期公爵であると思わせる必要があった。
★★★
城に到着し、まずは魔女の所へ殿下を連れて行く。
怪我をしたのだから、怪我の具合を見てもらわねばならない。
王宮医師を呼ぶには、城の外から呼び出す為に時間が掛かる。
城の奥深くにいる、魔女のサジェの元へエバンズ殿下と行く。
「まぁまぁ殿下、お怪我をなさいましたか。見せてくださいませ。」
と言い、膝に巻いたハンカチを取ると、膝は綺麗に治っている。
「傷がない!」
驚いたエバンズ殿下に対し、サジェは
「治って良かったですね。」
と言って、クツクツ笑う。
サジェの態度がいささか気にはなったが、魔女に対して質問することもできない。
エバンズ殿下も子供ながらに気になったのだろう。
「サジェ、どうして傷はなくなったのだろう?
すごく痛かったんだ。歩けないぐらいに。」
「そうですの。でも今は跡もなく、綺麗になっているから良いではありませんか。
殿下が出会った女性に感謝する事ですわね。」
と言い、またクツクツ笑う。
私はこの時感じた。
その女性を見付けなければと。
サジェは魔女だ。女性が何者なのか、そして女性の居場所も全て知っているのだろう。
でも魔女が何も教えてはくれない事は分かっていた。
また仕事が増えたな…と考えると、めまいがしそうになる。
魔女の元を去ろうとした時、
「アーノルド、あなた1人の胸の内に…」
と後ろから声が掛かった。
振り返ると、魔女はもう私を見てはいなかった。
私1人で探せと言う事か。
殿下から女性の特徴を聞き、時間を見つけて探しに行くしかないな。
王族の特徴を知らないのなら、すぐに見つかるだろう。
そうでない場合は…
サジェの態度も気になる。何かあればサジェの方から接触してくる可能性もある。
「急ぐ事でもないか…」と言い聞かせて、政務に戻る事にした。
★★★
「アーノルド、あなた1人の胸のうちに…」
サジェはアーノルドだけに聞こえるように伝えた。
あの子は察してくれる。
アーノルドはサジェにとって特別だ。
シュガー公爵夫人が世継ぎが産めずに悩み、魔女を頼った。
一貴族が魔女に接するなど、普通には考えられない事だ。しかし公爵夫人のカーラは国王の姉。サジェの存在も知っていた。
魔女は魔法を使えるだけでなく、未来を見ることも出来る。
公爵とカーラの間にはいずれ男児が産まれる未来は見えていた。しかし世継ぎをなかなか身籠らない正妻への風当たりが強くなり、精神的に弱り切っていたカーラへ、唯一できるアドバイスをした。
「カーラが許せる者になら、公爵の子を産んでもらうことが出来る」
と。それを聞いたカーラは悩んだであろう。
そして選んだのは、自分の侍女であるナンシーだった。
しかしナンシーはアーノルドを産み落としてすぐにこの世を去った。
アーノルドから実の母を奪ったのは、自分のせいでもあると魔女は感じていた。
しかし魔女は魔女だ。
気には掛けるが、必要最小限だけだ。
登場人物がいっきに増えました。