16.忙しくしています
それからの私は、とにかく忙しくしていた。
ただ朝昼晩の3食は作っていただけるのでありがたい。アーノルド様のお食事はたまに私が作る事がある。
まだアーノルド様が目を覚ましてすぐの頃、お粥を作った。それをアーノルド様が気に入ってしまった。「優しい味」だと言って。
たまに「お粥を食べたい」と言うアーノルド様の為に作るぐらいだが。
厨房は空いている時間に使わせてもらっている。
今では料理人の皆さんが手伝ってくれるので、いつものクッキー、スコーン、タルトに加え、マフィンやマドレーヌも作り始めた。
クッキーもプレーンだけだったのが、味も形も色々なものができ始めた。
別にレシピを隠すつもりもないので、公爵家の料理人さん達はみんな作れる。
だからかみんな私に親切だ。
奥様に至っては、元皇女さまで公爵夫人にもかかわらず厨房を覗きに来る。なんなら手伝おうとするのだ。
そしてジフリート様は「義姉上、ダンスの練習をしましょう!」と私にまとわりつく。
なんでも社交界デビューに向けてダンスの練習をするのだが、1人だと心細いと言う。
目が泳いでいたから怪しいが、まぁそう言う事にしておこう。
たまに奥様にお茶へ誘われたりもする。
「奥様の前で恥ずかしい真似はしないで下さいませ」と侍女長に言われ、マナーも叩き込まれた。
これはアーノルド様のお部屋でだったので恥ずかしかったが、なんせ私はブラック企業で働いていたのである!根性だけは人以上だ!やると決めた事はやってみせる。
公爵様も私が本が好きだと知ると、魔法の本の他に、これも読むと面白いからと、王国の歴史本や貴族名鑑を渡してくる。
歴史本は確かに興味深いし、読んでいて楽しかった。しかし貴族名鑑のどこが楽しいのか分からない。
根が真面目な私は、貴族の方がたの特徴を面白おかしく頭の中で変換しながらパラパラ見ていたら、殆どの貴族の方の顔と名前を覚えてしまった。
必要あるのか⁇
その後、公爵様になぜかテストまでされて、合格!とお墨付きをいただいた。
そして一番大切な事!
アーノルド様はみるみる元気になって行った。
あの生死を彷徨っていたアーノルド様が、3ヶ月で騎士団へ復帰出来るのは奇跡でしかない!
みんなに感謝され、私ってばやるわ〜なんて鼻高々だったけれど、私だけの力ではないし、アーノルド様が元気になられた事が何よりも嬉しい。
しかし事あるごとに「アリサ、アリサ、アリサ」と甘えっ子の様に呼ばれるのは、最初は嬉しかったけれど、ちょっと鬱陶しくなってきたことは内緒です。
★★★
そして何故か私の前には可愛らしい、もう1年近く前に怪我をしていて助けた?治療した?男の子が座っている。
只今、公爵家のサロンに、公爵夫人のカーラ様、ジフリート様、私、そして可愛らしい金色の髪と目をした男の子の4人がいる。
なんでもこのお方は、カーラ様の甥っ子で、アーノルド様とジフリート様の従弟でもって、この国の王太子、エバンズ殿下であらせられた。
知った時の衝撃と言ったら…言葉では言えません。
貴族名鑑には王族の方々は載っていない。知ってて当たり前と言う訳だ。
「私の女神!やっとお会いできました。
まさかシュガー公爵家におられたとは思いもしませんでした。ジフに聞いて、大慌てで迎えに参りました」
えっ?迎えに来たの?なんで⁇
ジロリとジフリート様を睨んだカーラ様がにこやかに
「殿下、渡しません!」
と言い放ったー!!
「叔母上何故ですか!アリサは私の女神です!
アリサには私の側に来てもらいます」
「いいえ!
所詮殿下は擦り傷を治してもらっただけでしょう。心細い時に側にいてもらえただけでしょう。
殿下のお気持ちは分かりますよ。
しかし!
それを言うならば、生死を彷徨っていたアーノルドの女神ではありませんか〜!!」
「母上…」ジフリート様が慌てている。
「アリサに会わせたのですから、殿下はさっさとお帰りください」
とカーラ様は容赦ない。
居た堪れない私である。
「殿下…殿下とは存じ上げず、その節は大変失礼致しました。」
それだけはお伝えできた。
「アリサは年下は嫌い?」
とあざとい顔で聞いてくる。
カーラ様の視線が怖い。
そりゃそうですよ!どこの馬の骨とも分からない私を、この国の王太子殿下が女神なんて言うのですから。
「そうですね…出来れば年上の方が良いかな〜と。
でも私にはそのよう方が出てくるはずもありませんので、あくまで私の理想ですが。」
そこにいたエバンズ殿下以外の者はみな、アーノルドを不憫に思った。
殿下だけは悲しそうに
「分かった。僕がどんなに頑張っても年上にはなれない。アリサがずっと1人でいると言うなら、僕がアリサのそばにいてあげるよ。」
「なりません!」
カーラ様の叫びが響いたのであった。
エバンズ殿下は叔母の剣幕によって、トボトボと帰っていった。
立ち去る前に「私の女神…」と私に向かって呟いていたが、聞こえなかったことにしておきます。
なによりも王太子様は次の国王様ですから、立派な後継をよろしくお願いします。
★★★
いよいよアーノルド様が騎士団へ行かれる日がやってきた。
なぜか私はまだ公爵家にいる。
アーノルド様に引き留められているからだ。
でもこの後、公爵様にお伝えして、私は我が家へ戻るつもりでいる。
「アリサ、本当にありがとう。
アリサのおかげでこんなに早く復帰できる。
今日は国王陛下へ謁見し、騎士団へ顔を出してくる。」
「はい、行ってらっしゃいませ」
あら、なんだか新婚みたい。顔が赤くなる。良い思い出が出来たわ。
「アリサ、あの…頼みがあるのだが。
アリサも知っての通り、魔力は触れ合う方がより強く相手へ移行する。
その…キスをしてもらえないだろうか…」
何を言ってんのこの人⁇と思ったが、すごく真面目な顔で言っているので、冗談ではないのだろう。
これも魔法の世界では当たり前のことなのかも知れない。
いくら魔力を渡す為とはいっても、好きでもない女から口付けされるのは気持ち悪いだろう。
私だってファーストキスだ!
「分かりました」と言って、屈んでもらい、額にキスをした。私の唇が熱くなる。魔力だ!
アーノルド様はビックリした顔をしている。
私は魔力にビックリしたのだと思っていたが、アーノルド様は額だった事に驚いていたようだ。
これに関しては、私が知る事はないのだけれど。




