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科学の天才グノーメ(4)

 雨が止んでも、リシフィラの町を覆っていた水が完全に引くまでには、まだ時間がかかっていた。通りを行く人もまばらで、誰もが(くるぶし)まで水に浸かりながら歩いている。家の中が水浸しになり、その後始末に追われる人の姿も少なくない。

 ブーツで水を跳ね上げながら、はしゃぐようにして歩くフィシスを連れてマーヤーはダルトンの店を訪れていた。

 「よう、久しぶりじゃないか」

 水が引いて、きれいに掃除された店の中にダルトンがいた。マーヤー達を見ると親しげに声を掛けてくる。

 「どうだったい、あの雨の日は」

 「別に。ずっと部屋にこもってた」

 「ああ、そりゃそうだよな。シーフリートにだって、あれはどうにもできはしないだろうぜ。全く閉口しちまったよ」

 「どうにもできなくて悪かったな」

 その声に店の隅を見ると、そこにシーフリートがいた。

 「は、そう気にしなさんな、って。いくら魔法が使えたところで、天気まではどうにもならねえんだろ?」

 そう軽い調子で言ったダルトンに、シーフリートは不機嫌そうな顔を向けた。

 「なんとかできる奴はいる。生憎、私にはできないがな」

 「へえ、そんな魔法が使える奴がいるのかい。だったら是非ともお目にかかりたいもんだね。そいつはシーフリートよりもすごいわけなんだろ」

 「私には私の得意がある。得意なことがあれば、そうでないこともある。それだけのことだ」

 そうつまらなさそうに言うと、シーフリートの視線がマーヤーに、そしてフィシスに向く。

 「で、そういう奴がリシフィラを救ったわけだ」

 マーヤーの横で、フィシスが得意そうに胸を反らしてみせる。そんな様子をダルトンは気にも留めない。

 「ってことは何かい、誰かが魔法であの雨を止ませたってことなのか」

 そうだ、とシーフリートが言う。

 「それでなければ、あんなに唐突に雲が消え去るわけがないだろう」

 「へええ、そんなものなのかね。まあ、何にしてもそのおかげで助かったわけだ。感謝しなけりゃいけねえだろうな」

 この店もひどいことになっちまったんだぜ、と愚痴を言いながらダルトンはカウンターの奥に引っ込んでいく。

 「マーヤーのしたことではないな」

 そう言ってシーフリートの視線がフィシスの方を向く。えへん、と笑うフィシスは自分のしたことを隠そうともしない。あまり、人にフィシスの力を知らせたくはないと思うが、これではどうしようもない。仕方なく、マーヤーが事の次第を語って聞かせる。

 「なるほどな、風はフィシスの友達、か」

 感心したように言うシーフリートに、フィシスが得意そうな顔をしてみせる。

 「それなら、一緒に行っても問題なさそうだな」

 シーフリートのその一言に、マーヤーの表情が凍り付く。この男は、また冒険を持ち込んでこようとしている。そんな予感が胸をよぎった。

 「わたしは冒険者じゃない、って知ってるよね?」

 もちろんだ、とシーフリートが返す。

 「だが、フィシスはどうなのだ?」

 「フィシスはマーヤーについて行くよ」

 即答したフィシスに、シーフリートがにやりと笑う。

 「それが冒険でも、か?」

 「うん、マーヤーが行くなら」

 「そうか。お前はいい目をしているな。どんなことにでも恐れず向かっていける目だ」

 ちょっと、とマーヤーが慌てて言う。

 「フィシスを丸め込もうとしないでくれる?」

 「ずいぶんと人聞きの悪いことを言うではないか。私は、ただ、フィシスがすばらしいと言っているだけだぞ」

 「だったら、それだけでやめておいてね?」

 ふ、とシーフリートが笑いを漏らす。

 「しかし、私が何かを言うまでもなく、とっくにお前達は冒険を始めてしまっているのではないか。グノーメの降らせた雨を止ませてしまったのはフィシスだ。違うか?」

 そうだよ、とフィシスが無邪気に答えるのをきいてシーフリートが満足そうな表情を浮かべる。

 「その前に、グノーメの鳥を落としたのはマーヤーだったな」

 「…ええ、そうね」

 ぎくりとして答えたマーヤーに、容赦なくシーフリートが言う。

 「それだけのことをされて、グノーメが黙って引き下がると思うのか?」

 え、とマーヤーが言葉に詰まる。つまり、まだグノーメ達の悪戯は続くということだ。

 「グノーメ達は、腕自慢だ。ナルシスト…自尊心の塊と言ってもいい」

 「そう…なの?」

 「自分たちの作ったものを打ち負かすような相手がいるとわかれば、黙っていない。悔しがって…、あるいは面白がって、突っ掛かってくる」

 「え…」


 (もしかして、わたしが鳥を落としたから、グノーメ達が挑戦されたと思ってる、ってこと? あ、じゃ、リシフィラに雨が降ったのって、もしかして、わたしの…)


 そんなマーヤーの心を読んだように、シーフリートが畳みかける。

 「鳥を打ち落とし、雨を止ませた以上、必ず次がある」

 彼の目が笑っている。良くないことを企んでいるときの笑いだ。そうマーヤーは思った。

 「何もせずに待っていれば、グノーメ達が何をしてくるかわからん。悪意のない奴らだが、腕自慢に興じている間は、いつまでたっても満足することはない。どんどんやることがエスカレートしてくる。自分たちさえ楽しければ、そのせいで誰がどうなるかなどお構いなしだ。そもそも、彼等にそんな発想はない。それは、あの雨でもわかるだろう」

 「…そうね」

 「お前はすでに当事者だ。グノーメ達の悪戯を止める責任がある」

 そう言って、一度言葉を切る。

 「だが心配するな。私が力になってやる。お前がグノーメ達と対決する手助けをしてやる」

 そうシーフリートが言ったときだった。後ろからダルトンが声を掛けてきた。

 「調子いいじゃないか、シーフリート、元々グノーメの悪戯をなんとかするのはあんたが請け負ってた仕事じゃねえの」

 え、とマーヤーがダルトンを、そしてシーフリートを交互に見る。

 「余計なことを…」

 舌打ちして言うシーフリートに、ダルトンが続ける。

 「しばらくグノーメ達が静かにしてたんで、ほったらかしてたんだよな?」

 ああ、そうだ、とシーフリートが苦々しげに言う。

 「女の子を脅かして、恩着せがましく言ってちゃいけないと思うんだよな」

 「そういう話だったの?」

 気色ばんで言うマーヤーをシーフリートが手を挙げて止める。

 「それとお前のしたことは別だ。お前がグノーメのプライドを傷つけるようなことをしたのは、私に関わりのないことだ」

 う、と何も言えなくなったマーヤーにダルトンが助け船を出す。

 「その子が何もしなかったら、あんたがやるしかなかったんだよな?」

 む、と今度はシーフリートが言葉に詰まる。

 「だったら、中を取って、2人で…、いや、3人か、仲良く揃って、一緒に行くしかないんじゃないのかい。あんたの方が頼んだっていい筈だぜ」

 「…そうだな」

 シーフリートがうなずくと、マーヤーに向かって頭を下げて腰を折る。

 「マーヤー、手を貸してくれ。このまま放っておくわけにはいかないのだ」

 マーヤーは、一瞬、驚いて何も言えなくなる。シーフリートがこんなふうに頭を下げるのを見るのは初めてだ。

 「わ、わかったわ。それに、わたしの責任でもあるのだし…ええ、わたしの方こそお願いするわ」

 その言葉を聴いたシーフリートの顔に笑みが浮かぶ。

 「そう言ってくれると信じていた。やはりお前は冒険を忘れられぬようだ」

 最後の言葉は聞こえなかったことにして、マーヤーが尋ねる。

 「…それで、どうするつもり? ここで次の事件を待ってても仕方ないんだよね?」

 「当然だ。後手に回るばかりでは解決にはならん。それに、グノーメの悪戯は度が過ぎている。見ていて済ませる段階(レベル)ではない」

 「そうね」

 「だから、行くしかない。彼等の里へ」

 「グノーメの? どこにあるか、知ってるの」

 ああ、とシーフリートがうなずく。

 「依頼を受けてから何もしていなかったわけではないからな。何か起これば、すぐに手が打てるように用意はしていた」

 「さすがね。…ってことは、すぐにでも出発できるわけかな」

 あの雨の間、シーフリートが無為に過ごしていたとは思えない。フィシスが雲を吹き飛ばしていなければ、今頃リシフィラは大変なことになっていたはずだ。それに備えて、彼は準備を調えていたに違いない。

 そうだ、とシーフリートは言った。

 「お前達さえ良ければ、私はこのままでも旅立てる」

 流石にマーヤー達はそういうわけにはいかない。この店に来たのは、昼食のためで、冒険に出るためではないのだ。

 「支度してくるわ」

 ああ、とシーフリートが答える。

 「片道で7日もあればいい。里の位置はわかっている」

 「わかった。1時間で戻る」

 そう言ってフィシスの方を見れば、彼女もにっこり笑ってうなずいている。きちんと頭数に入っているのがうれしい、と言った様子だ。

 「フィシスも行くからね」

 「そうしてもらいたい。フィシスの能力、私は認めている」

 シーフリートの言葉に、フィシスはうれしそうに、えへへ、と笑う。そんなフィシスを促してマーヤーは下宿へ戻った。

 不測の事態に備え、いつでも旅に出る支度は調えてある。万一、ここに戻れなくなるようなことがあっても、困るようなものは何もない。暮らしのための品が増えたとは言え、いつでも捨てて身軽になれるだけの割り切りはしている。

 ポーチの中身を確認してベルトにいくつかの装備を下げ、マントと杖を取ればそれでマーヤーの支度は終わりだ。フィシスも、さほど用意に時間はかからない。シーフリートに告げた1時間よりも大分早く、2人はダルトンの店に戻っていた。

 「早かったな。相変わらず手際のいいことだ」

 満足そうに言うと、シーフリートは2人を連れてダルトンの店を後にしたのだった。


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